第432話 ヨメルの偽善(1)

 魔の融合国の街並みには、円を描くように騎士の門が並んでいる。

 第七の騎士の門から第一の騎士の門まで、その中心に位置する一般街を通っていけば、すぐそこだ。

 一般街の路地には、小汚いテントでつくられた露店が並び、相変わらず多くの魔人たちでにぎわっていた。

 そこにいるのが魔人だと思わなければ、人間世界でもよくあるような市場の雰囲気である。

 そんな露店が並ぶ道の奥から、ディシウスの大声が響いた。

「どけどけ!」

 その声を聴くや否や、道の上を行き来する魔人たちが、悲鳴を上げるとともに、とっさに道を譲っていった。

 たちまち、先ほどまで人が行きかいごった返していた路地が、黒き水面が裂けるかのようにその地肌を見せていく。

 その開いた道を、虹色の繭を担いだディシウスが駆け抜けていくのだ。

 そのディシウスの剣幕、もし、彼の前に立ちふさがろうものなら、その右こぶしの一撃で吹っ飛ばされるかもしれない。

 それほど、切羽詰まった様子なのである。

 魔人たちは、目の前を走り抜けていくディシウスに、何も言うことができなかった。

 というか、あっという間の出来事だったのだ。


 息を切らしたディシウスは、第一の騎士ヨメルがいる城の前に立っていた。

 ヨメルの城もミーキアンの城同様、不格好である。

 ミーキアンの城が、上に伸びているのに対して、ココの城は横に広がっている。

 城壁というべきものの存在が、中心の小さな建物を幾重にも取り囲んでいる。

 まるで、その建物を、誰かに見られまいとするかのようだ。


 ディシウスは、一呼吸置くと、叫んだ。

「ヨメル殿は、いらっしゃるか!」

 ヨメルの城の城門を守護している魔人たちが、ディシウスを遮った。

「貴様! ディシウス! ヨメル様に何用だ!」

「ヨメル殿に頼みがある! 取り次いでくれ!」

「貴様は、ヨメル様の神民でも何でもない! なんでお前の言うことを聞かねばならんのだ!」

 イラつくディシウスは、魔人の胸倉をつかみあがると、城壁の壁に力強く押し付けた。

「俺には時間がないのだ! グダグダ言ってないでヨメルに取り次げ!」

「ひぃぃぃ!」

 魔人は、急いで、城門を通り、中の建物へと駆け込んだ。

 すぐさま、その建物から、入れ替わるかのように数十もの魔人や魔物が飛び出してきた。

 ディシウスに対して威嚇する魔物たち。

 だが、ディシウスは、そんなことを意に介せず、ゆっくりと城門をとおり、その中心の建物に向かって真っすぐに歩いていく。

 ディシウスの気圧に押される魔人たち。

 自然と後ずさっていく。

 裂けるように道を開ける魔物たちの間を、悠々と通っていくディシウス。

 だが、魔物たちは、いまだ威嚇することはやめていない。

 まさに一色触発の雰囲気である。

 だが、魔物たちの目の前にいるのは傭兵ディシウス。

 ディシウスの力はすでに承知の上だ。

 雑魚の魔人や魔物が束になってかかったところで相手にはならない。

 それどころか、今のディシウスからは、怒りにも似た闘気が立ち上っているではないか。

 生存本能に秀でた魔物や魔人たちは、その気に押され、全くとびかかれずにいた。


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