第607話 ごめんなさい
そう、真音子もまた心に傷を負っていた。
あれだけアイナと二人でトップアイドルになって全国コンサートを一緒に回ろうと約束していたのにもかかわらず……
アイナが死んだのだ。
もしかして……あの時……真音子がおトイレに行こうとしたから……
あの時……真音子がアイナお姉ちゃんに捕まったから……
幼い真音子は自分を責める。
――だから、父様は……真音子を助けるためにアイナお姉ちゃんを……
やっぱり真音子のせいだ……真音子のせいだ……真音子の……
己がせいと思い込んだチビ真音子は、日がな一日、一つのドアに丸めた背中をくっつけて膝を抱えうずくまっていた。
そう、このもたれるドアの向こうには、誰よりも傷ついているはずのタカトがいるのだ。
アイナが死んで以来、タカトは部屋に引きこもり出てこない。
真音子はそんなタカトに、せめて一言「ごめんなさい」と言おう心に決めているのだが、ドアを前にすると声を出す勇気が持てなかった。
――タカトお兄ちゃんに……嫌われちゃうよ……真音子……そんなの嫌だよ……
そんな真音子にビン子がそっと声をかけた。
「真音子ちゃん……」
両ひざに埋もれた真音子の頭からか細い声がこぼれ落ちてくる。
それは冷たい廊下に吸い込まれてしまいそうなほどか細く弱く震える声。
「私のせいで……私のせいで……アイナお姉ちゃんが……」
膝まづいたビン子はそんな真音子の頭をそっと抱きよせる。
「真音子ちゃんのせいじゃないよ……だから……ね……もう……自分を責めないで……」
そういうのが精一杯のビン子の目にも、いつしか涙が浮かんでいた。
「やっぱり、真音子……タカトお兄ちゃんにも嫌われちゃうよね……もう……お兄ちゃんのお嫁さんになれないのかな……」
ビン子は、その胸にしがみつきひたすら泣きじゃくる真音子の頭を優しく撫でることしかできなかった。
このように心に傷を負った三人のはずだった。
だが、融合国の内地に向かう荷馬車の上では、なぜか笑い声がこぼれていたのだ。
そう、御者台に座るタカトのテンションがマックスなのである。
マックスと言っても、ただのカラ元気なのかもしれないが、それでもビン子や真音子にとってどれだけ心地よい笑顔であったかは言うまでもない。
御者台に座るビン子がそれとなくタカトに聞いた。
「タカト、さっきから何がそんなにうれしいの?」
フッと鼻で笑うタカトは、なぜか超偉そうに答える。
「分かんない?」
「ごめん! 全然分かんない!」
「ふっ! ならば、タカト様、この無知なビン子に是非とも教えてくださいませぇぇと頭を下げたら教えてやらんでもないがな!」
「じゃぁ、いい。別に知りたくないから」
「えっ! ちょっと! ビン子ちゃん! せっかくだから聞いてよぉ~聞いて行ってくださいませぇ~」
「まぁ、そこまで言うのなら、聞いてあげないわけでもないわよ」
「ふっ! ならば教えてしんぜよう!」
「やっぱりいい!」
「あ……ごめんなさい……私めが悪うございました……」
「分かればいいのよ! 分かれば! で、何がそんなに嬉しいのよ?」
「これですよ! これっ!」
と言うタカトは懐に大事そうにしまっていた一枚の紙を取り出した。
が、当然、意味の分からないビン子と真音子の反応は、
「何それ?」である。
だが、タカトはニヤニヤとしながら、両の手で持ったその紙を仰々しく頭の上で左右に振った。
「分かんないかぁ~♪ 分かんないよなぁ~♪ チミ達にわぁ~♪」
そのバカにした態度に殺気立つビン子。
「でっ!」
先ほどから既に、ビン子の手に握られたハリセンが小刻みに揺れているwww
ひぃぃぃっ!
次に下手なことをいえば確実にハリセンが飛んでくる。
それは、おバカなタカトにも十分に理解できた。
ということで、気を取り直したタカトは、やっとのことでその紙の説明を始めた。
「実はな……」
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