第629話 優勝カップ

 ビチャ!ビチャ!ビチャ!

「えらいこっちゃぁ!」

「なんで私まで逃げないといけないのよ!」

 殺人犯の濡れ衣を着せられると思ったタカトとビン子は川へ向かって一目散に走っていた。

 そう! 向かうは夜の川!

 そこまで行けばきっと人など誰もいないことだろう。

 いや、いたとしても変態さんぐらいのものだ。

 などと思っていると……案の定。

「はぁ♡ハァ♡ ねぇ! 君たち!」

 と、急ぐタカト達の背後から、急に呼び止める声がした。

 その声にピタリと動きを止める二人であったが、どうにも怖くて後ろを振り向くことができない。

 というのも、ココは人手がほとんどない川の土手。

 そんな夜の土手道でウ○コ臭い二人を呼び止めるような人間といえばどんな奴だろうか?

 背中に嫌な汗をにじませながらタカトは瞬時に思考を巡らせた。

 ――いったい誰やねん!

 もしかしたら、スカトロマニアとか……

 もしかしたら、カストロマニアとか……

 いや!やっぱり! スカトロマニアだろ! って、それ以外に何かあるのかよ!

 声のトーンからすると16歳のタカトと同じぐらい、いや、少し年上ぐらいの青年といったところだろう。

 なら、タカトの知り合いだろうか?

 いや違う。そもそも、この10年前の世界にタカト達の知り合いなどいやしないのだ。いたとしても、それは保育園や幼稚園に通っているぐらいのお年ごろなのである。

 ということは、やはり、声をかけきている奴とは全く知らない間柄のはず。

 もしかしたら……これから……しっぽりと仲良くなって熱い熱い夜のひと時を朝まで寝ずに過ごそうと思っているかもしれないのだ……

 ヒィィィィ!

 おケツのピンチ!

 タカトは自分のお尻をキュッとすぼめると、なぜか両手で隠した。

 ――ああ! こんな時にエロ本カクーセル巻きの取り換えプラグがあればお尻を守れたのに!

 って、やっぱり取り換えプラグはそういう使い道なんですかwww

 というか、ビン子ではなくて、どうして自分が襲われると思うのでしょうねwwwその思考回路はどうなってるのよwww


 次第にタカト達に近づく少年の声。

「はぁハァ……ちょっと待ってよ……そんなに急いでどこに行こうというの?」

 どうやら、走るタカト達を懸命に追ってきたようで、青年もまた息が切れているようであった。

 この感じ……どうやら、お尻の危機を感じる必要もなさそうである。

 ということで、タカトとビン子は恐る恐る背後を振り返った。

 そこには、年のころ18歳ほどの青年が月明りの中、膝に手を当て肩で息をしながらうなだれていた。

 しかも!

 しかも、事もあろうか、その青年の手には融合加工コンテストの優勝カップが握られているではないか!

 ということは、こいつが優勝者?


 ウ〇コ臭いカレー砲がまき散らされたことによってコンテストのスケジュールはグチャグチャになっていたwww

 だが!

「授賞式は必ず行う!」

 と、ガミガミ船団のデスラー審査員長の一声に、

「「「「ハイル! デスラー!」」」」

 何とかステージ上だけはモップをかけて、強烈なウ〇コの香りが残る中、遅ればせながら授賞式が執り行われたのである。

 そして、壇上に立つデスラー審査員長が高らかに宣言するのだ!

「優勝は! 超推進力エンジン!オイルバーン試作機! その得点はなんと49点! 彼の栄誉を称えよ!」

 そう言い終わると、デスラー審査員長は誇らしげに掲げた優勝カップを一人の青年の手に渡したのである。

「お見事だった! 祝電を送る代わりに優勝カップにデスラーの名を刻んでおいた!」

 そう……なぜか、青年が持つ優勝カップの金色の肌には黒いマジックで大きく「デスラ~ですら~♪」と書かれていた。

 

 タカト達の背後で肩で息をしているこの青年。彼こそ今回の融合加工の優勝者であるクロト = メンジェントル。のちの第二の門の騎士になる男である。

 そんなクロトも授賞式の開始がかなり遅れたため、今、コンテストからの帰りであったのだ。


 どうやら少し息が落ち着いたのだろうか、暗い土手上で膝に手をやり、うなだれていたクロトは、突然、顔を上げると18歳の青年とは思えないような屈託のない笑顔をタカトとビン子に向けたのだ。

「ねえ! 今日、ステージの上で見せたアレをもう一度見せてよ!」

 アレ?

 あれって何?

 訳が割らないタカトとビン子は当然に顔を見合わせて、いろいろと思い浮かべる。

 ステージの上で観客のウケが良かったといえば……

 あっ!

 もしかして!

 そう! ビン子のタコ踊り!

 ステージ上で繰り広げられたビン子のパフォーマンスを見て、もしかしてファンになったのかもしれない!

 ――ファン1号! ゲットだぜ!

 ビン子が心の中でガッツポーズをとったのは言うまでもないwww

 というか! あんなタコ踊りでファンになる奴などいるわけないだろうが!


 そう……

 暗くなったコンテストの帰り道、一般街の石畳の上を「デスラーですら~」と書かれた優勝カップを手にクロト青年は、トボトボと歩きながらつまらなさそうな表情を浮かべていたのである。

 ――あのデスラーって旧世代の自己顕示欲の塊だよな……いや、旧世代以下か……

 クロトにとって、この優勝カップなどゴミ以下の存在である。

 だが、デスラー審査員長のサインが入っているため、その辺のゴミ捨て場においそれと捨てるわけにはいかない。

 おそらく、プライドの高いデスラー審査員長のことだ。

 クロトが捨てたことが分かると、なんだかんだと難癖をつけて二度と道具コンテストに参加させなくすることなど朝飯前なのである。

 まあ……今のクロトにとって……もう……それでもよかった……

 クロトは別に、こんな優勝カップが欲しいわけではない。

 まして、神民であるクロトにとって金貨1枚(10万円)の賞金などはした金である。

 なら、融合加工コンテストに参加するクロトの目的は融合加工院への推薦なのだろうか?

 たしかに、それは魅力的なものであったのだが、既に、10年連続で優勝しているクロトにとって、神民学校の卒業とともに融合加工院で研究をすることは、もはや当たり前のことになっていた。

 すでに融合加工コンテストのチャンピオンの名を欲しいまましていたクロトであったが、道具作りをすればするほど、なにかモヤモヤとした感情が胸に沸き起こってきていたのである。

 そう、今の時代の融合加工は第五世代。

 人体と魔物組織の融合加工の時代である。

 そんな時代に、第一世代や第二世代のような道具の加工をしていて、一体何の役に立つのであろうか?

 おそらく天才といわれるがゆえに、自分のやっていることに対して不安と焦燥が生まれてきていたのだ。

 そんな解決の糸口を探るかのように、クロトは融合加工の可能性を探し求める。

 そして、アイデアのきっかけを見つけるためにコンテストのステージの上に立ち続けていたのである。

 それが、どうだ……

 コンテストに出てくる道具といえば、第一世代のおもちゃ以下……

 とてもじゃないが、ワクワクするようなアイデアとはいいがたいものばかりなのである。


 私はどうすればいいのだろうか?

 私はこれから何を目指せばいいのだろうか?


 そんな悩みを抱きトボトボ歩いていく彼の目の前を茶色いお尻と赤いお尻が仲良く走って行くではないか!

 ――あっ! あのお尻は!

 そう、あの茶色いお尻はステージの上でタコ様の踊りをしていた可愛いお尻である。

 そして、もう一つの赤いお尻は、融合加工のコンテストでウ〇コをまき散らした恐るべきお尻である。

「ちょっと! ちょっと待ってよ!」

 そのお尻たちを見た瞬間! なにを思ったのか、クロトはそのお尻の後を全速力で追いかけだしたのである。


 ビン子は土手上で声をかけてきたクロト青年を見るなり有頂天になった。

 というのも、クロトはイケメンだったのである。

 ――こんなイケメンが私のタコ踊りをもう一度見たいって言ってるの?

 クロトに比べるとタカトなど月とスッポン、いや、ミドリガメwww

 そんなクロトが自分のファンになってくれたのだ。

 ビン子が舞い上がるのは無理もない。

 顔を赤らめたビン子はそそくさと肩にかけていたカバンを下すと、中からすばやくマジックを取り出したのである。

 ――ヤッパリ! ファンサービスって言ったらサインよね♡

 そして、頼まれてもいないにもかかわらずクロトの持っている優勝カップをサッと取り上げると既に書かれている「デスラーですら~」という文字をグリグリと黒で塗りつぶし、その上に「タコ踊りだけど、かみさまのビン子だよー♡」と大きく書き込んだのである。

 その一連の動作をあっけにとられながら見ていたクロトは一言。

「君って……神様なんだ……」

 ――やばっ!

 慌てたビン子は「み」の文字をグリグリと黒に塗りつぶすと、さらにその上に「に」を書き換えた。

「いやだなぁwwww私、サイン、間違えちゃたwww」

 もう、あれほど金色だったカップが、いたるところ黒いグリグリのまだら模様。

 そんな小汚いカップを顔の横に掲げたビン子はかわい子ぶって舌を出すのだwww 

「もう♡ビン子ちゃんてドジっ子なんだから♡」

 テヘペロwww。

 ビン子ちゃん! 渾身のぶりっ子!

 だが、クロトは「み」だろうが「に」だろうが別にどうでもよかった様子で、すでに優勝カップなど興味がないと言わんばかりに背中を向けていた。

 タカトに至っては最初からビン子のボケなど見る気もなく、なにやらすでにクロトと話し込んでいたのであった。

「って、お前ら! ビン子ちゃんのサインはどうでもいいかい!」

 そんな二人に、とっさにビン子ちゃん、激しいツッコミを入れるのだが……

 そのツッコミも完全スルー……

 暗い土手上でツッコミポーズをとったビン子が一人寂しく静かに固まっていた。

 冷たい夜風がピューウっと通り過ぎてはビン子の黒髪を揺らしていく。

 それが……また、いち段と寒さを際立たせていたwww

 ――ビン子ちゃん! 超さびちい!


 まるでそんなビン子をあからさまに無視するかのようにクロトとタカトは熱心に話し込んでいた。

「ねぇ! 君! あの腕輪すごいよね!」

「あの腕輪?」

「そう! エロ本とかたこさんウィンナーを取り出した腕輪! あれ、深砂海しんさかい縦筋たてすじ露里ろり万札まんさつエイの胃袋を融合加工してるんでしょ」

「すごいな! よくわかったな!」

 クロトの予想を聞いたタカトはもう有頂天。

 今までの人生において権蔵にも、ビン子にも「すごい!」と言われたことがなかったのにも関わらず、目の前の青年から初めて!、嬉しいのでもう一回www本当に初めて!自分の道具のことを「すごい!」と褒められたのである。


「私はクロト = メンジェントル。クロトと呼んでください。ところで、君の名前は?」

「俺は天塚タカト! 俺もタカトでいいよwww」

「それじゃ! さっそく!タカト君! 胃袋の中の異次元からどうやってモノを取り出しているのか教えてくれないかな?」

「取り出し方?」

「そう! 取り出し方! 私もあの胃袋を融合加工して、いろいろと試してみたんだけど、どうやってもあの無限に広がる空間の中から物体を取り出すことができないんだよ」

「そんなの簡単じゃん! チョイッと引っ張り出せばいいだけのことよ!」

「簡単に言ってくれるねwwwそのチョイッと引っ張り出すことが誰にもできない訳だよwww」

「そんなに大変かなwww」

「だいたいよく考えてごらんよ、異次元空間は無限に広がっているんだよ。どこに行ったか分からないものなんて取り出しようがないだろ」

「そんなことかwwww」

「そんなことかって……そこが、一番大変なんじゃないかwww」

「だったら、異次元空間でどっかにいかないように柵を作ってやればいいだけじゃないか」

「柵?」

「そう、広い草原で羊を飼うとき柵に入れるだろ。あれと同じだよwwww」

「いやいやwwww異次元空間に柵なんか作れるの?」

「えっ? 作れないの?」

「いや、普通作れないでしょwww」

「でも、俺、簡単にできちゃったよwwww」

「またまたwwww」

 と、タカトは横で拗ねて地面の上にへのへのもへじを書いているビン子の背からカバンを無理やり奪い取ると、中から一つの道具を取り出した。


 


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