第412話 孤軍の神と背水の駐屯地(1)

 黄色い砂漠にひときわ目立つ白いドレスの女は、背後の黒い群れをにらみつける。

 砂漠の第七フィールド上でマリアナはハトネンに向けて叫んだ。

「約束よ! 私が、人間どもを倒せば、アリューシャの荒神の気を払ってくれるって約束よ!」

 マリアナは、厳しい目でハトネンをにらむ。

 だが、アリューシャが荒神爆発を起こしかけている今、時間がない。


 マリアナは、正面に向き直すと、第七の駐屯地を目指して歩き始める。

 ザクザクザク

 マリアナが歩くたびに足元の砂が音を立てる。

 今は風もなく、その足音だけが、砂地に響いていた。

 歩くマリアナが、胸の前に組んだ両手を大きく広げる。

 それに伴い、マリアナの肩にかかりそうな青き髪がざわついていく。


 第七の駐屯地では、ガンエンや権蔵を含む守備兵たちが、境界線上にとどまった魔物の群れを警戒していた。

 魔物たちは、その場所から動かない。

 ならば、こちらから打って出るか?

 守備兵たちは思う。

 しかし、総司令官である一之祐は、この時よりもほんの少し前に、城壁の上部から砂嵐の中に何かを見つけたとたん、早々に一人で飛び出していってしまったのだ。

 そのため、今、この駐屯地に、指揮をとれる者はいなかった。

 軽挙妄動は慎まなければならぬ。

 だが、目の前の魔物の黒い塊から、一点の白い人が歩いてくるのが見えるではないか。

 一人で?

 誰しもが疑問に思った。

 何をしに来るんだ?

 たった一人で、この駐屯地を攻撃できるわけはない。

 ならば、交渉でもしに来るのであろうか?

 いったい何を交渉するというのだ?

 駐屯地内の守備兵たちは互いに顔を見合わせ、その白い人影を注視した。


 その人影の輪郭がはっきりと見える。

 どうやら女のようである。

 肩にかかる短き髪。

 細身の体。

 遠目で見ても美しいのがよくわかる。

 城壁内部の窓から思い思いにその女を覗く守備兵たちは、矢を放つ代わりに口笛や、からかいの言葉を飛ばしていた。

 その女が、胸の前に組んでいた両の手を広げたその時であった。

「ぎゃぁぁ!」

 城壁の窓からのぞいていた守備兵が、振り向きざまに背後に立つ仲間の胸を剣で貫いていた。

 その悲鳴は、どんどん広がる。

 城壁のいたるところで、叫び声が上がる。

 先ほどまで、女をからかう笑いに包まれていた駐屯地が、今や、同士討ちの叫び声であふれていた。

 そう、マリアナの神の恩恵「誘惑チャーム」が発動したのだ。

 その誘惑チャームの視線によって絡み取られた守備兵たちが、周りの仲間たちに切りかかったのである。

 窓から、マリアナを見ていた守備兵たちが皆、とりこになっていた。

 わけのわからぬ駐屯地内は、たちまち混乱状態に陥った。


 城壁の上部でその様子を見ていたガンエンは、とっさに権蔵の頭を押さえて、壁の陰に隠れた。

「権蔵! あの目を見るな! あれは神だ!」

「なんじゃと! あの女! 神なのか!」

「あぁ、そして、今起こっているのは、おそらくあの神の恩恵のせいだ」

「なんで神が、わしらを襲ってくるんじゃ?」

「そんなことは知らん! だが、相手が神だとどうにもならんぞ!」

 城壁の壁に背をつけ身を隠す二人。

 そんな二人の周りでは、同士討ちの悲鳴がどんどんと大きくなっていた。

 権蔵は、怒鳴る。

「こんな時に一之祐さまはどこに行ったんじゃ!」

 ガンエンはあきれて答える。

「あのお方は、まっすぐだからな。大方、どこぞの魔人と一騎打ちでもしてるんだろ!」

 だが、今は、そんなことを言っていても仕方ない。

 あの神を何とかしないと、駐屯地は自滅である。

 それは、ガンエンたちに限らず、第七駐屯地の皆がそう思っていた。


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