第77話 タカト!大ピンチ!

 ガンエンの依頼をこなしに、森に動物を狩りに行く権蔵とタカトとビン子。


「このあたりでいいか」

 権蔵は肩の荷物を降ろすと、荷物の中から短剣を取り出し、タカトに投げ渡した。


「また中途半端な物を作りおって。仕上げておいたぞ」


 それは、タカトが作ったカマキガルの鎌と融合させた短剣であった。その刀身は丁寧に磨かれ、それが粗末な短剣であることを忘れるほど美しく輝いていた。


「俺の『おぬがせ上手や剣』が……」

 短剣を手にうなだれるタカト。

「何が『おぬがせ上手や剣』じゃ。道具に名前なんぞつけんでもいい!」

 権蔵は、道具作りに自信を持っていた。

 だが、自分の事を名工とは思っていない。

 自分が作る道具で、使う人が喜んでくれればいい、その一念で作り続けていた。

 その権蔵のもとで、道具作りを修行するタカトもまた、この権蔵の信念を知ってか知らずか引き継いでいた。

 だが、やはり、タカトが作る道具の方向性は、若干ずれていることは否めない。


 そんなタカトを無視しながら権蔵は近くの岩にゆっくりと腰を下ろす。

「よっこらしょ。タカト、開血解放してみい」


『おぬがせ上手や剣』があきらめきれないタカトは泣く泣く開血解放をする。

「すげぇ、ここまで鋭くなるとは……」


 小剣の刃の輝きが増す。その刃の鋭さにタカトは驚きの表情を見せた。

 その剣は、名もない無名の剣である。

 だが、権蔵が丁寧にしタカトのためにと仕上げた逸品だ。

 並みの小剣とは、輝きが全く違った。

 それどころか、その小剣の刃は、木々の隙間から差し込む日の光を、鏡のように反射し、タカトの顔を顔に一筋のコントラストを作った。


「このあたりにいる熊ぐらいなら余裕じゃ」

 太陽にかざしてその刃の状態をまじまじ確認しているタカトに、権蔵は得意げに話す。


「そいつはな、普通の融合技術ではなく、わしが得意な固有融合じゃからな。お前しか使えない分、威力は3割り増しじゃ!」


「じいちゃん、ありがとう。ありがとう」

 既に『おぬがせ上手や剣』のことは忘れたタカトは、権蔵の手を握って興奮している。


 だからと言わんばかりに、権蔵がタカトに恩着せがましく命令する。

「じゃから、お前は、山の奥から獲物を追い出してこい、わしが待ち構えて、仕留めるから」

 権蔵は森の奥を指さす。


 タカトはしまったと思いつつも、短剣を嬉しそうに腰に差す。

 そして、ぶつぶつ文句を言いながらビン子と共に、森の奥に進んでいった。


 森を分け入る二人の耳に、遠くから獣の声が響いてきた。


「よっしゃ!ラッキー。こんなに早く獲物が見つかるとは」


 タカトは喜び、声がする方向に足を向けた。

 ビン子が不思議そうにタカトに尋ねる。


「でも、普通、こんな声を出す?」


 獣の声はたびたび聞こえる。本来警戒心の強いはずの獣たちが、ここまで声をあげるのは普通ではない。


「なんでもいいじゃん。とにかく、そこに獲物がいれば、それで、万事解決よ!」

 意気揚々と、森の茂みをかき分け奥へと入っていく。ビン子は心配そうについていった。


 声は移動しているようであった。前から聞こえた声は、次第に奥の方へと遠ざかっていく。まるでタカトたちを森の奥に誘うかのようであった。ますます不安になるビン子がタカトに懇願する。

「戻ろうよ! ちょっと、森の中に入りすぎてるって! 帰り道分からなくなるよ!」


「大丈夫だって、もう少しで追いつけそうだしな」


 もう、前しか見ていないタカトは、どんどんと森の奥へと進む。

 しだいに声は、はっきりと聞こえてきた。どうやらその声は、2匹、いや3匹の動物が争っているようであった。


 緑をかき分けると、開けた崖の上に出た。二人は崖のふちに立ち、真下を覗き込む。

 大人一人分位の高さの崖下では、巨大な豚と2匹の犬が争っている。子犬が傷を負った母犬をかばって低いうなり声をあげていた。


「あれ、あいつら……」

「タカト! 何とかしないと」


 崖上からその様子を見ていたタカトとビン子は、その犬たちが以前、町で出会った母犬と子犬であることがすぐに分かった。

 まぁ、子犬は少々大きくなっているが。子犬だから、すぐに大きくなるもんね。

 ということで、二人はとっさに豚めがけて石を投げつけ、挑発し始めた。


「この豚野郎! てめえの汚ねぇケツを掘っちゃるぞ! こっちに来れるもんならこっちに来てみやがれってんだ!」

「豚さん。こちらですよぉ~♪」

「この豚野郎! 尻がでかくて登れないのか! お前の尻なんか小さい方じゃ!」

「こちらにおいで、手のなる方へ♪」

「この豚野郎! フガフガ言ってんじゃねぇぞ! うちの尻デカは、もっと鼻息荒いぞ! コラ!」

「……ちょっと、さっきから私のこと言ってる?」


 ビン子が石を投げるのをやめ、タカトをにらみつける。


 へっ……(ばれた……)


 タカトの石を投げる手も止まった。

 豚が崖上のタカトたちをにらみつける。そして、唐突に崖に向かって突進した。


 崖は激しく揺れ、突き出されたへりの先端にひびが入っていく。


 あっ!

 その瞬間、崖がビン子を伴って崩れ落ちた。


 とっさに右手を伸ばすタカト。

 ビン子の手を握ると、体を勢いくひねり、後方に向かって思いっきり振り飛ばす。

 なんとかビン子は崖のへりにしがみつくことが出来た。


 タカトの目に、離れていくビン子がスローモーションで手を伸ばす姿が映る。

 何か叫んでいるようだ。


 えっ……


 落ちていくタカト。

 強い衝撃と共に、地面に叩きつけられた。


 いてぇ!

 しかし、不格好ながらも万命寺で習った受け身をとり、後頭部への直撃は避けた。


 尻もちをついているタカトに豚が襲い掛かる。


 おわぁっぁぁぁ……


 立ち上がる暇もなくバタバタと慌てふためきよけるタカト。豚の牙はタカトをかすめ、地面をまっすぐにえぐりとった。


「ひぇぇぇっ! この豚、普通じゃないぞ」


 振り返る豚。その目から発せられた緑の視線がタカトを貫く。

 目の前の豚は魔豚のダンクロールであった。


「ま・も・の……」


 固まるタカト。タカトの頭が、現状の状況を分析する。


『非常に危険!非常に危険!』

――そんなことは分かってんだよ。おれ、生きて帰れるの?


『生存確率0.01%』

――あかん、これは、あかん奴やて……


 ダンクロールが前足をこすっている。そして、タカトめがけて突進してきた。

 何も考えずに、とにかく逃げ回るタカト。

 タカト君、こんな魔物一匹に逃げ回っていて大丈夫なのか。家族の仇である獅子の魔人をやっつけるんじゃないのかい。って、マジで、今のタカトはそれどころではないようだ。本当にどうすんだよ……お前。



 ビン子はその様子を見るや否や、権蔵に助けを求めるために森に駆け込んでいった。

 しかし、獲物を追い森に深く入りすぎていたため、権蔵がいる方向が分からない。


「どうしよう……」

 焦るビン子。その顔はすでに半分泣いている。


 焦りが焦りを呼び、森がさらに渦巻いていく。どちらの方向に進めばいいのか分からなくなったビン子は、ついに泣きだし足を止めてしまう。


「わかんないよ……」

 その場にうずくまるビン子。

 ポケットの中から、一本のがこぼれ落ちた。


「バナナ!?」


 泣きべそをかいていたビン子はそのバナナを拾い上げると、そっと耳に当てる。


『……馬鹿もの……』


 とっさに、ビン子は開血解放し耳に強く押し当てる。


『あのドアホが! どこまで行ったんじゃ。帰ってきやせん。また、さぼりおって。』


 バナナから権蔵のが聞こえる。

 とっさに立ち上がるビン子。

 『恋バナナの耳』から聞こえる権蔵の声が大きくなる方向に、ひた走る。

 そして、ひた走る。

 もう、その走るビン子の目からは涙が消えていた。




 ダンクロールから逃げ回っているタカトは、ついに崖へと追い込まれた。

 右も左も逃げ道がない。

 ダンクロールの口元がうっすらと微笑んだようにタカトには見えた。

 カマキガルの鎌を融合した小剣を開血解放し、をダンクロールに向け威嚇するタカト。しかし、その短剣は小刻みに震えている。


――まずい……これは非常にまずい。このままやられたら、俺のエロ本コレクションがそのままになってしまう。せめて、あれを処分してからでないと……


 悩むところはそこなのか! お前の覚悟はその程度か!

 技術系オタクの雰囲気丸出しのタカトは、すでに涙目である。タカトが構える融合加工で鍛えた小剣が、小刻みに震えている。眼前には、豚の魔物が緑色の鋭い眼光を飛ばし、鼻息を荒くしている。


――あぁ、天地創造の神様! せめて、あの巨乳の歌姫アイナちゃんの本だけでも、天国に持って行くことは叶いませんでしょうか……


 半ばあきらめの境地のタカトは、日頃、ビン子と言う神をないがしろにしているくせに、この時ばかりは真剣に願った。まぁ、内容はというと、タカトなりにまじめに考えてのことのようだが。しかし、どうして自分が、天国に行けると思えてしまうのか、日頃の行いを顧みろと周囲の声が聞こえてきそうなのは、なぜなのだろう。


――いやいや……俺、童貞だぞ、それどころか、おっぱいすら揉んだことないんだぞ!


 豚が頭を下げ、力を貯める。地をこする前足が土ぼこりをたてた。


――それでいいのか、いや、いいはずがない。


 震えを抑え込んだ小剣が、豚をまっすぐにとらえた。それを合図とするかのように、豚が嵐のごとき土ぼこりを立て、勢いよく突進してくる。

 タカトの目が力強くダンクロールをにらむ。


――やっぱ……無理!


 目を閉じあきらめたタカトは、明らかに気を失った。


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ダンクロールの挿絵を近況ノートに掲載しました。

https://kakuyomu.jp/users/penpenkusanosuke/news/16816452221415555005


 突然、高い木の上から放たれた小石が、ダンクロールの緑の目に直撃した。


 反射的に目を閉じるダンクロール。

 しかし、その突撃の勢いは落ちなかった。


 その勢いのままにダンクロールが、タカトへと突っ込んだ。

 その瞬間、土ぼこりが大きく巻き上がる。

 あの衝撃をまともに食らえば、貧弱なタカトなどぺしゃんこだろう。

 その証拠に、ダンクロールが突っ込んだ先の崖の壁が大きな音共に崩れ落ちていた。


 しかし、あの小石は、一体誰が投げたものなのだろう。

 だが、今はそんなことに構っている余裕はない。


 それよりも、ダンクロールの直撃を受けたタカトは大丈夫なのか?

 やっぱり死んだかな……

 ムフフな本のこと、心残りだろうなぁ……

 まぁ、今頃、あの巨体をまともに食らったタカトの体はペッタンコ。

 その上、肋骨はバキバキに砕け散り、きっと即死は、間違いないことだろう。

 ナムアミダブツ! チーン!


 何も動かない。

 何も音がしない。


 静かな時間だけが流れていく。

 まるで飛び散った砂埃が、地面に落ちていく音がパラパラと聞こえてくるようである。

 辺り一面に立ち上っていた土ぼこりが、徐々に徐々にと晴れてきた。


 土ぼこりが晴れた先には、ダンクロールの巨体が一つ。


 その下に、目をつぶったタカトが倒れていた。

 タカトの額から一筋の血が流れ落ちていく。


 あー、こりゃダメだ……やっぱり死んでたか……

 まぁ、ペッタンコにつぶれてないだけ、まだましか……

 さすがに脳みそや内臓まき散らしていたら、コミカライズやアニメ化したさい絵柄的にも最悪だしね……

 って、この小説、読む人すらおらんのに、そんなこと心配してどないするんやねん!


 はぁ、この物語もココで終わりかよ。

 と言うことで、次回からは、主人公は権蔵と言うことでお送りします!


 って、なんで権蔵やねん! 普通はビン子ちゃんやろ!


 って、そんなことはどうでもいいわい!


 大切にしていたムフフな本は、きっとビン子に捨てられることになるだろうが、大丈夫!

 だって、もう君はこの世にいないのだから、バカにされても気にしない! 気にしない!

 だから、タカト君、キミは安らかに眠りたまえ。


 パチ!


 タカトが突然、目を開けた!

 もしかして、バカにしていたのに気づいたとか?

 いやいやエスパーじゃあるまいし。

 でも、なんか、タカトの顔が、ものすごくいやそうな顔をしているのは気のせいだろうか?


 ――なんか気持ち悪い……嫌な夢を見たような気がする……


 仰向けに倒れるタカトは、半目に開いた目で上空を見上げる。


 ――寒気がするような嫌な気分……あれは一体……


 その見上げたタカトの視界の先にはダンクロールの大きな鼻と牙が映っていた。


 ダンクロールの鼻から流れ出した血が、ぽたぽたとタカトの頭へとたれおちている。

 先ほどから、タカトの額から流れる血は、このダンクロールの流した血のようだ。

 と言うことは、タカト君、出血はしてないということか。

 チッ!


 ひっ!

 驚くタカトは、四つん這いになりながら急いでダンクロールの下からはい出してきた。

 その顔からは、血ではなく涙がボトボトとこぼれ落ちていた。

 まぁ、怖いものは怖いんだから、仕方ないよね。


 慌てたタカトがはい出た瞬間、ダンクロールが大きな音と共に地面へと倒れ込んだ。


 もう……ピクリとも動かないダンクロール。


 もしかして、崖にでも頭をぶつけて気絶でもしているのだろうか?


 いや……こいつ……死んでいる?


 なぜなら、ダンクロールの下あごには、根元から折れたタカトの小剣の刃が突き刺さり、その頭をまっすぐに貫いていたのだ。


 そーっと近づくタカトは、手元に残った折れた小剣のつかでダンクロールをつついてみた。


 しかし動かない。


 死んでいる?


 でも、もしかしたら……

 心配性のタカト君。念のため、もう一度つつく。


「はははは! どうだ、恐れ入ったか! この豚!」


 勝ち誇ったかのように腰に手を当て天を仰ぐタカトの目からは涙が消えていた。

 しかし、その下半身は、漏らしたションベンで、大いに濡れていた。


 先ほど小石が飛び出した高い木の枝では、屈強な紙袋をかぶった裸エプロンの男と可憐な少女がタカトの様子を見下ろしていた。


「お嬢、見ましたか」

「はい。あの溢れだした生気の量は人の持ちうる量をはるかに越えていますね」




 ダンクロールの猛突進を前に、目を閉じあきらめたタカトは、明らかに気を失った。

 しかし、その瞬間、燃え盛る炎のような気が、タカトを包み込んだのだ。

 迫りくる砲弾のごとき豚の下アゴを、気をまとった左手が弾き上げた。

 その刹那、渾身の力が込められた炎の小剣が、無防備となったアゴを貫いた。

 小剣は縦貫し、その頭上に刃先を見せた須臾の後、根元から折損した。

 止まる所を知らない豚の勢いは、タカトを巻き込み崖へとなだれ込み、大きな音と共に土ぼこりが立ち上ていた。


「お嬢、あの生気の量だけなら、騎士と同等、いや、それ以上かと」


 気を失っていたとは、弱小タカトがダンクロールを倒したのである。

 タカトの体からあふれ出すほどの生気がそれを可能にしていた。

 生気の量は、戦闘力に影響するのである。

 したがって、その生気の絶対量が、戦いにおいては重要なのだ。

 その生気の量が、騎士と同等とはいかなることか?

 もしかしたら、タカトは、ものすごく強いのではないだろうか。

 だが、今までそんなそぶりは見せたこともなかった。

 それどころか、当のタカト本人も、溢れんばかりの生気を持っているなんて知りはしない。

 知っていれば、家族の仇の獅子の魔人討伐に、すぐに飛び出していたことだろう。

 ということは、生気の暴走は何か原因がありそうだ。


「しかし、あの生気は、まだ闘気まで昇華していないようですね」

「ただ、何か嫌な感じがする生気すっね。なんというか殺意と言うか、怨念と言うか……あの兄ちゃん大丈夫っすかね?」

「私のタカト様なら、きっと大丈夫ですわ」


 だが、その生気の暴走も、タカト自身がコントロールできているわけではないようだ。

 そのため、ただ単に大量の生気が体から発せられているという状態に過ぎなかった。だが、それでもその力、カマキガルの小剣が、その力に耐え切れずに折れてしまっている。かなりの力だ。

 しかしやはり、魔人と戦うには、この生気を闘気に変える必要がある。

 だが、あれだけの生気量、全てが闘気に変わったとしたら、タカトの強さはいかほどになるのであろうか。考えただけでも恐ろしくなる。

 ただ、その生気が、普通の生気であればいいのであるが、何か、赤黒い嫌な感じがする。気のせいだろうか。

 今、高笑いをしているタカトを見ていると、それが気のせいであるように思えてならない。


「しかし、今のあいつ、ションベン漏らしてますよ……」

「そうですね……今のタカト様を見るのは、少々かわいそうかもしれませんね」


 少女は、手に持つ小石をぽいっと投げ捨てると、二人は風のように、枝から枝へと飛び移り、森の中へと消えていった。



「俺って実は結構強いんじゃない」

 ダンクロールに腰かけ得意がるタカト。


 ダンクロールがビクッと動いた。


 ギヤァァァァァァ!

 タカトは、とっさに森の茂みの中に駆け込んだ。

 そして、身震いをしながら、地面に伏せる。

 そーっと頭を起こし、草の陰からダンクロールの様子をうかがう。

 だが、動かない。

 しばらくしても、全く動かないダンクロール。


「この豚! 死後硬直かよ……脅かしやがって」

 茂みから恐る恐るでてきたタカトは、これみようがしにダンクロールのどてっぱらを蹴っ飛ばした。


 ワン!


 また、一瞬で茂みの中に駆け込むタカト。

 その茂みが小刻みに揺れている。

 地面近くの茂みの間から、涙目のタカトの目がのぞいていた。


 子犬の舌が、タカトの顔を思いっきりなめあげた。


 おわぁっ


 驚くタカト。


「脅かしやがって! 子犬かよ……」


 タカトは子犬を抱き上げる。

「重っ!」

 ――第一の門に毒消し運んだ時って、こんなに大きかったっけ?

 以前見た時は両の手の平にのるほどの大きさだったのだ。

 それが今では、母犬よりちょっと小さいぐらい。

 半魔の犬といっても、その成長速度は少々早いような気がする。

 まさか……ビン子が自らのオッパイを大きくするために悪魔召喚の呪文まで封じ込めた『思いでぽろぽろほろにがパイパイ』を食べたせいなのか?

 もしかして、あのパイ……オッパイは大きくできないが、ウ○コと半魔は大きくできるとか……

 しかし、今はそんなことを真剣に考えている暇はなかった。

 タカトは、けがをして動けない母犬のもとに近づくと、膝まづき母犬のけがの様子を伺った。


「結構深くケガをしているな」

 母犬はタカトを見上げたかと思うと、力なく頭を地につけ目を閉じた。


「手当てできるもの何かなかったかな……」

 カバンを探すために立ち上がろうと、膝に力を入れた瞬間、タカトの目の前の茂みが激しく揺れる。

 奥から確実に何やら近づいてきたのだ。


 ヒッ!!!


 もう腰が抜けて逃げることができないタカトは、涙目になりながら子犬を顔の前で盾にするかのように抱き震えている。

 茂みをにらみ、うなる子犬。


 茂みから権蔵が顔を出す。

「大丈夫か?」


「じいちゃん」

 ほっとその場に、へたり込んでしまうタカト。

 権蔵に続いてビン子も茂みから出てくる。

 タカトの手から子犬が飛び出して、ビン子に駆け寄る。

 ビン子に抱き上げられた子犬は、ビン子の顔を嬉しそうになめている。

「くすぐったいよ」


 権蔵は傷ついた母犬を見る。そして、自分のカバンから傷薬を取り出した。この傷薬は、権蔵が兵役から休息に入るときにエメラルダからもらった傷薬であった。


 権蔵は素早く母犬の傷に傷薬を塗り込む、少々しみたのか、少しうなる母犬。


「大丈夫かな?」

 タカトは心配そうに声をかける。


 権蔵は傷薬をさらに別の傷に塗りながら答える。


「この傷薬は、エメラルダさまが作られたものじゃから大丈夫じゃ」

 権蔵は母犬に包帯を巻く、そしてすぐに外れるように、簡易のテープで張り付ける。

「昔はよくエメラルダ様のもとに薬を取りに行ったものじゃ。ワシも薬の作成の仕方を教えてもらったが、エメラルダさまが作る薬は別格じゃわい」


 傷の手当てを終えた母犬は権蔵たちを振り返りながら森へと入っていく。タカトとビン子にお礼を言うかのように子犬はしっぽを大きく振りながら吠える。そして、振り返ると母犬の後を追って森の中に入っていった。



 母犬を見送った権蔵はダンクロールが倒れていることに気づいた。


「タカトこれはお前がやったのか」

 権蔵はタカトに尋ねる。

 ダンクロールは、カマキガルと違い、少々手ごわい。

 だが、カマキガルのように群れることはあまりないため、対処の方法を知っていれば、一人でもさほど難しい魔物ではない。

 恐れるべきは、その突進力。

 その太い後ろ足によって一気に加速された体重が衝突すれば、その衝撃はすさまじい。

 このダンクロールの突撃を食らえば、魔装騎兵の魔装装甲ですら砕け散る。

 だから、真正面からその衝撃を受けるバカはいない。

 しかも、その巨体の弾道は直線的。

 猪突の初撃をかわしさえすれば、その背後は隙だらけなのだ。

 その時に後ろ足でも傷つけることができれば、後は簡単。

 勢いをなくした、ただの豚となるのである。


「当然!」

 胸を張るタカト。


 権蔵は驚く。

 ――バカな。

 なぜなら、そのダンクロールの後ろ脚は健在。

 傷つけられた跡が全くない。

 それどころか、タカトの小剣の折れた刃がダンクロールの顎の下から頭を貫いているではないか。

 この小剣、権蔵の手によってカマキガルの鎌と融合したものである。

 いくら弱いカマキガルの鎌との固有融合した小剣といえども、硬度はそこそこある。

 ダンクロールの頭ぐらいでは、簡単には折れることはないという自負が権蔵にはあった。

 と言うことは、タカトは真正面からこのダンクロールと対峙したという事なのか。

 ――いやいやいや……それは、ありえんじゃろ……タカトじゃぞ……

 おおかた、タカトの事である。

 運よく、突撃してきたダンクロールの隙間にでもはまり、たまたま突き出した小剣が刺さったというオチではないのだろうか。

 そして、そのダンクロールの勢いが小剣の刃に垂直に当たらなかったため根元から折れた。

 まぁ、そんなところだろう。

 そうでもなければ、この状況は説明できない。

 それとも、別の大きな力でもかかったとでもいうのか……まさかな……


 権蔵は、腰に手を当て森を見渡した。

 ――しかし、ダンクロールがいるということは近くに小門があるということか……


 小門とは、国の中にランダムで発生している門の事である。

 小門は、一般国民や奴隷のみしか入ることができない。

 騎士や神民は小門の入り口で拒絶されてしまうのだ。

 多くの場合、小門の先は行き止まりで、一つの国にしか通じていない。

 しかし、まれに聖人国と魔人国にまたがって、二つの国を行き来できる門が形成される場合もあった。


 権蔵は、カバンの中から人魔検査のキットを取り出すとタカトに投げ渡した。


「たぶん大丈夫じゃと思うが、一応、チェックしておけ」

「大丈夫って、なんでわかるんだよ!」

「長年の経験じゃよ」

「俺がアホとでも言いたいのかよ」

「おっ、分かっとるじゃないか」

 権蔵は大笑いをする。

 ムッとしながらも、検査を行うあたりはタカトも真面目である。

 タカトは検査結果を権蔵に投げつけた。


 権蔵は、タカトから投げつけられた検査キットをさっとよける。

 検査キットが、弧を描きながら背後の茂みの中へと落ちていった。

 権蔵は、その結果には全く興味がないのであろうか。

 いそいそと帰り支度を始めている権蔵であった。

 そもそも権蔵は、その結果が分かっていたのであろうか。

 まぁ、大方、タカトの事である。

 その検査結果を投げつけた態度からして、陰性であると確信できた。

 これが、もし陽性であれば、俺はアホじゃなかった! などとこれみようがしに権蔵に大声で反論しているはずなのだ。

 その反論がないということは、陰性。

 要は自分がアホであるという事実を反論できなかったのである。

 だから投げつけることしかできなかっただけなのだ。


「ちょっと! ゴミはちゃんと持って帰ってよね!」

 ビン子がその検査キットを茂みの中から拾いあげる。

「あれ、やっぱり陰性じゃない!」

 検査結果を見るビン子はつぶやいた。


 それを片づけをしながら聴く権蔵はにやける。

「なっ、ワシの言う通りアホじゃったじゃろ!」


「俺はアホじゃない!」

 タカトは立ち上がり怒鳴る。


 そんなタカトに権蔵が、ロープを投げつけた。

「とりあえず、こいつを運べるように、これで縛っておけ」

 権蔵は、転がるダンクロールをアゴでさし示した。

 タカトは、ロープを拾いあげる。

「分かったよ。ビン子ちょっと手伝え!」



 ダンクロールをビン子が支える。

 その空いた隙間にタカトがロープを通す。

 ダンクロールが大きいせいか、二人は悪戦苦闘をしながらロープを回していく。

 次第に、巨大なダンクロールが縛り上げられていった。

 ダンクロールのぶ厚い脂肪がロープに挟まれ、いやらしく盛り上がっている。

 しかし……なぜ、亀甲縛りなのであろう?


 片付けが終わった権蔵は、タカトたちがダンクロールを縛ったのを確認する。

 そして、森の奥から、丈夫そうな木の棒を2本探してくると、ダンクロールを縛っているロープに通した。


 ダンクロールを挟んだ二本の棒の前を権蔵が持つ。

 その後ろをタカトとビン子が担いだ。

 その真ん中で、ダンクロールがつるされている。

 まさにその姿は、芸術……な、訳ないか……


「もう! ちゃんと、運んでよ!」

「このドアほ! 腰を入れんか。腰を!」

「俺はひ弱いんだよ! じいちゃん!」

「明日は、ごちそうじゃ。がんばれ!」

「今日じゃないのかよ!」

「アホ、魔物は魔抜きせずに食ったら、人魔化するじゃろが!」

「そうだった……俺、腹減った」

「ちょっと、お願いだから、ふらふらせずに運んでよぉ~」


 権蔵の鼻をかすかなアンモニア臭がかすめた。

「しかし、なんかションベン臭いのぉ」


 タカト! 大ピンチ!

 ションベンを漏らしたことがばれると、これから毎日、権蔵とビン子にいじられる。

 それだけは何とかして避けたい。避けなければならない。


「ビン子じゃね」

「私、臭くないよぉ~」

「そしたら、ダンクロールじゃね」


 必死に誤魔化すタカトであった。

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