第95話 青いスライム(7)

 ビン子はひた走っていた。

『美女の香りにむせカエル』が鳴き示す方向にひた走っていた。

 カエルは、洞穴の入り口から流れ込む権蔵のおやじ臭を確かに感じ取っていたのだ。


 次々と分かれ道を的確に示してくカエル。

 それに従って懸命に走るビン子。


 幾度となく、足を取られ、こけたことであろうか。

 ビン子の顔は、コウモリの糞で黒く汚れていた。


 しかし、今のビン子にはそんなことは、どうでもよかった。

 とにかくカエルの鳴く方向へ。


 洞穴暗闇の中に光が見えてくる。


 ――出口だ!


 ビン子の足に力がこもる。

 暗闇から光の中へと飛び出した。

 一瞬、あたりが白く包まれる。

 何も見えないビン子。

 肩で息をつきながらその場に四つん這いになっていた。


 ハァハァと息が漏れる。

 まだ、息が整っていない。


 ――胸が苦しい……


 無理やり大きく息を吸い込む。


 膝を立てたビン子は力強く顔をあげる。

 そして、立ち上がると、カエルの鳴く方向に走り出した。


 そんなビン子のすぐそばで、紙袋をかぶった裸エプロンの男と可憐な少女が身動き一つできずに固まっていた。

 押し問答をしていた二人のもとに、いきなり小門の入り口からビン子が飛び出してきたのである。

 油断していた二人は、その突然の出来事に対応することができなかった。

 咄嗟に固まる二人。


 しかし、ビン子はそんな二人に気づきもしなかった。

 ただただ、カエルが鳴く方向しか見ていなかったのである。


 走り去るビン子を見つめる二人。


「お嬢……あれはただ事ではありませんよ……」

「分かってるわよ!」


 いつもの丁寧な言葉づかいではないようである。


「早くいかないと、まずいのでは……」

「分かっているって言っているだろ!」


 だんだん、素の極道が出てきたようだ。

 紙袋の男は困ったような声を出した。


「だったら……」

「ダメなもんは、ダメなんだよ!」


 大きくため息をつく紙袋の男


「ゴキブリだけは絶対にイヤァ!!!!!」


 可憐な少女の叫び声が森の中に響いた。

 青い空に鳥たちが慌てて飛び立って行く。



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