第395話 深淵の悲しみ 浅瀬の忠義(4)

 第7の騎士の門は騎士である一之祐が守護していた。

 かつては権蔵とガンエンは第7の門内の駐屯地で働いていた。

 一之祐の性格である。

 奴隷だろうが、神民だろうが、その身分をあまり気にしていなかった。

 そのため、駐屯地の兵士たちも、己が身分を特に意識していない。

 だからこそ、コウケン、コウセン、コウテンの三兄弟のように、神民に対してため口でしゃべることもできたのだ。

 そして、また、神民のために、すすんで命を投げ出せたのだ。

 権蔵たちもまた、兵役を離れたとはいえ、第7の兵士たちとは顔なじみであった。


 宿舎に向かって駆けてくる二人の姿に、門前の守備兵はすぐに気が付いた。

「権蔵とガンエンじゃないか!」

 再会を喜ぶ兵士の姿を、意に介さず、ガンエンは叫んだ。

「一之祐様はいらっしゃるか!」

 訳がわからぬ守備兵は、その剣幕に押された。

「あ……あぁ、今は内地に戻られているから、宿舎内におられるはずだ」

「それはよかった! いそぎ、取次を頼む。助けてもらいたい者がいると!」

 ヨークを背負う権蔵も、息を切らしながら大声をあげた。


 一之祐が、何事だと言わんばかりに、宿舎の入り口から姿を現した。

「権蔵とガンエンじゃないか! 久しいの!」

 嬉しそうに、再会を喜んでいる。

 だが、二人はそれどころではない。

 一之祐の足元にひれ伏すと、頭を地面にこすりつけた。

「後生です。この者の血液洗浄をお願いいたします。お願いします」

「血液洗浄だと?」

 一之祐はいぶかしそうに、権蔵の背に乗る男の顔を見た。

 ――たしか、コイツは、第六の元神民兵……

「どういうことだ?」

「このもの、魔血タンクを持たずに魔装騎兵へと開血解放し、今や瀕死の状態。すぐさま血液洗浄を施さないと、人魔症を発症してしまいます」

「しかし、コイツは、もはや神民兵ではないはずだが……」

「されど、我が子らの命の恩人でございます! なにとぞ! なにとぞ!」

「なに! 権蔵の子らのか! ならば、それは俺の子と同じことよ! コイツを医務室に運べ! そして、すぐさま血液洗浄を施せ!」

 一之祐はヨークを医務室に運ぶように命じる。

「ガンエン! お前も、責任をもって、治療に当たれ!」

「御意!」

 ガンエンは頭を下げる。

 こうして、ヨークの治療が始まった。


 ヨークとガンエンを見送る一之祐は、ともに残った権蔵に問いかけた。

「なぜ、第六の元神民兵が、魔装騎兵などになったのだ? 魔血タンクもないだろうが」

「それは……暗殺者から、エメラルダ様と我が子らを守るためですじゃ……」

「エメラルダだと? 確か、エメラルダは、魔人国と謀反を企てたという罪で騎士の刻印をはく奪され罪人とされたはず。なんで今更、エメラルダが襲われているのだ」

 権蔵はエメラルダから聞いた今までのいきさつを話し始めた。

 それを聞く一之祐の表情に怒りが蓄積していく。

 裁判をうけ騎士の刻印をはく奪されたと聞いてはいたが、王の手ではなく、まさかアルダインによって肉ごとはがされているとは。一体どうやって?

 と言うことは、そもそも、騎士の除名は王の命令ではないという事なのか。

 そもそも、軍事裁判は正当に開かれていたのか?

 エメラルダが魔の国と通じて謀反を企てていたという事すら、怪しいではないか。

 一体どういう事なのだ。

 アルダインから告示された内容と大きく違いすぎる。

 だが、仮に、アルダインがいう事が正しいとしても、罪人に対する仕打ちは常軌を逸している。

 罪人になったとはいえ、元騎士のエメラルダの体をもてあそび、非常な仕打ちをするとは。アルダインの奴は何を考えているのだ。

 憤怒の表情の一之祐は、怒鳴り声を上げた。

「権蔵ぉぉぉぉぉ! 後は任せた!」

「一之祐さま、どこへ行かれるのですじゃ!」

「俺は今からアルダインに会ってくる!」

 一之祐はとるものも取らず、一直線に駆け出していった。

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