第551話 バカは風邪ひかないっていうしさ!

「もう! 全然、使えないじゃない!」

 ビン子は『スカートまくりま扇』を床にたたきつけた。

 と言っても、ビン子ちゃんは真面目だから、散らかしたものは最後にはちゃんとお片付けができる子なんですよ。


 だが、そんな二人、いや三人のコントなどお構いなしのカマキガル。

 上空からビン子に狙いをつけたかと思うや否や、一直線に急降下!


 咄嗟に上空を見上げる三人。

「キャぁァァァァ」

「きゃぁぁぁぁ♥」

 悲鳴を上げるビン子と真音子。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 見上げるように体をよじったタカトも同様に悲鳴を上げていた。

 もっこりと大きくなっていたズボンのテント。

 身をよじった際にポケットの中にしまわれていたプライヤーが真音子の足にぶつかってガッツんと何かを挟み込んだようである。

 どうやら、タカトのポケットには穴が空いているようだ……

 その穴から頭を出したプライヤーの先端が、タカトのイモムシを蛇の口のようにガブリとひとかみ!

 予想だにできないその突然の出来事。

 そら、悲鳴も上げますわ……

 だから権蔵じいちゃんから、あれほど工具をポケットに入れるなって言われているのに……って、そんな事言われてたっけ? 言われてたんだよ!


 ビン子の目にミドリのカマキガルの顔が映る。

 真音子の目にピンクのカマトトのハートが映る。

 タカトの目にもくすんだ奪衣婆の顔が映っていた。

 こっちにおいで……坊や❤


 カマキガルの鎌がビン子めがけて振り下ろされた。

 縦一文字の鎌の軌道。

 閃電せんでんの勢いが乾いた砂漠の風を切り裂いた。


 ビン子の目には、その鎌の動きはゆっくりに見えた。

 本能的に命の危険を感じたビン子。

 だが、その鎌を認識するものの体はやっぱり動かない。

 生存本能は頭の中で堂々巡りを繰り返す。

 浮かぶ言葉は

 ――助けて……タカト……


「ビン子ぉぉぉぉ!」

 タカトは四つん這いの状況から必死に飛び出した。

 ポケットの中からプライヤーを引きずり出すと、それを突き出す。

 プライヤーに噛みつかれていた芋虫の頭が限界まで伸びたかと思うと、食いちぎられるかのようにプライヤーの歯から外れ、いそいそとズボンの穴へと逃げ帰る。

 だが、今のタカトにはそんな激痛はお構いなし。


 ビン子の眼前で、火花が散った。

 震えるプライヤー。

 押し込もうとする緑の鎌。

 プライヤーが悲鳴のような甲高いきしみ音を立てていた。


 だが、所詮は工具。

 武具ではない。

 遂に、プライヤーの頭が切れた。


 勢いそのままにカマキガルの鎌がビン子の髪先に届こうとした。


 その時である。


 カマキガルの腕が途中からちぎれて吹き飛んだのだ。

 ちぎれた二の腕から噴き出した魔血が、ビン子とタカトの顔に雨のように降ってくる。


 一体何がおこった?

 意味の分からないタカトとビン子。


 だが、次の瞬間、目の前のカマキガルの体は光の矢に貫ぬかれ、勢いそのままに弾き飛ばされた。


 荷馬車隊の後方から、次々と飛来する無数の光。

 その光の矢は、数十匹のカマキガルを次々と打ち抜いていく。


 その矢の飛び来る先には、戦馬にまたがる女の姿。

 その手には黄金の弓が美しく輝いていた。


 残ったカマキガルたちは、我先にと空へと逃げ帰る。

 砂漠の砂の上には数十体のカマキガルのむくろが魔血を噴き出し転がっていた。


「あなたたち大丈夫?」

 戦馬にまたがる女は、タカトたちに声をかけた。

 その女を見上げたタカトは声を上げた。

「あっ! エメラルダの姉ちゃん!」


「コラ! エメラルダ様に向かってなんて口の利き方だ!」

 女の横にいた武骨な男が声を大にした。


「も……もしかして、カルロスのおっちゃんか……」

「若い……しかも、渋い……」

 ビン子も目を丸くしている。


「カルロス、まぁ、いいじゃない」

 エメラルダは、タカトたちを叱るカルロスをなだめた。


「エメラルダ様、それだから、ダメなのです! 騎士には騎士の威厳というモノが!」

「あら? 私には威厳がないというの?」

 エメラルダは少々ふくれっ面でカルロスを睨んだ。


「いえ、決してそのようなわけではございませんが……」

「でしょ」

 にっこりと微笑むエメラルダ


 カルロスはばつが悪そうにタカトたちに目を戻した。

「お前たち、だいぶ魔血をかぶっているみたいだな……」


 互いの体を見回すタカトとビン子。

 第一の門の時のように魔血でべっとりである。

 だが幸いにも、真音子はタカトの体の下にいたおかげで魔血をかぶらなかったようである。


 カルロスはタカトたちに人魔検査キットを投げ渡した。

「ここは騎士の門内だ。人魔症になっていたら……分かるな……」

 タカトとビン子は震えながら小さくうなずいた。


「カルロス! 子供たちを脅さないの! 安心しなさい、もし人魔症にかかっていたとしても私がちゃんと血液洗浄の治療をしてあげるから」

 その言葉を聞くと安心した二人は、チェックを始めた。


 結果は陰性。

 こいつら、意外に人魔症にかからないのな……

 抵抗力でもあるのか……

 というか、ビン子ちゃんは神様だから人魔症にかからないでしょうが!

 人魔症にかかるのは聖人世界の生き物だけ。

 でも、タカトは人間……そうだった、知性が低いと人魔症にかかりにくいんだった。バカは風邪ひかないっていうしさ!


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