第216話 誰がための光(5)

 オオボラは双眼鏡を空へと動かす。

「よくもまあ、まっすぐ飛べますね……」

 ローバンも双眼鏡に目を押し付け、天を見上げていた。

「まぁ、姿勢制御ユニットがありますからね……何なら名前聞きます?」

「いや、いいです……どうせ、またくだらないんでしょ」

「ここまで来たら聞いてくださいよ! 『スカート覗きマッスル君』だそうですよ」

 笑顔のローバンは、そのネーミングがだんだんと楽しくなってきたのであろうか。オオボラが断っているにもかかわらず、その名前を押し付けた。

 ピピピ・ピピピ・ピピピ

 ローバンの持っているタイマーが時刻を告げた。

「オオボラさん、合図をお願いします。残り時間1分です!」

「了解!」

 オオボラは、手に持つラッパを吹きあげた。

 プォォォォォォォ!

 ラッパの音が砂漠に響く。


「時間か……」

 上空にホバリングするアルテラは、遠く離れたオオボラとローバンを見下ろした。

 ピィィィィ!

 その瞬間、アルテラのゴーグルが危険を知らせる。

 ゴーグルに手を当て、何事かを確認するアルテラ。

 遠く離れる真下の砂の中に大きな白い影がうごめいた。

 白い影、それは生気を表している。

 ならば砂の中に魔物か魔人が潜んでいるのか。

 しかし、驚きはそこではなかった。

 ――何? この大きな生気の塊は!

 地の底から浮き上がるようなその大きな塊。

 いや、塊と言う言葉すら小さすぎる。

 地面の底から大陸でも浮かんでこようかと思えるほどの大きさ。

 その中心にはうずくまるコウテンの姿があった。

「マズイ!」

 アルテラは急降下する。

 空気の壁がはじけ飛ぶ。

 二つの円錐上の筒の中で高速回転するタービンが熱を帯びていく。

 ドンという衝撃音すら遅れてついてきた。


 落雷のように飛翔するアルテラは、さらに白い輪をくぐるとともに空気の壁を突き破る。

 それを見上げるコウテン。


 しかし、コウテンの両脇の砂が徐々に崩れ落ちていく。

 コウテンの残った左目がその流砂をとらえた。

 次の瞬間、砂の中から大きな壁が噴き出した。

 それは一枚ではない。二枚。

 コウテンを左右から挟み込むかのように二枚の大きな壁がそびえ立つ。

 その壁が落とす影が、コウテンの顔を覆っていった。


 見上げるコウテンは何もできなかった。

 この壁は何だというのか……

 呆然とするコウテンはあおぎ見る。

 その壁のようなものは赤黒く生々しい……

 コウテンは恐怖する。

 その壁の様なものを取り囲むように生える凶悪な尖った突起物……

 コウテンは悟った。

 ――食われるっす……


 これは壁じゃない……魔物の口だ……

 砂の中に潜んでいた超大型級の魔物の口が徐々に閉じていく。

 砂の上で恐怖に固まるコウテンを食わんと欲するその口が、砂を流れ落しながら静かに閉じる。


 第六の駐屯地を襲った超大型のガンタルトに続き、またも、超大型級である。

 こんなに、超大型級の魔物が何匹も存在しているのであろうか。

 聖人世界が魔装騎兵を生み出したことによって、魔人世界の優勢な戦況は後退した。それを打開するために、魔人世界に存在する魔の兵器の国では、大型魔物の超大型化に取り組んでいた。それが、ついに現実ものとなり、徐々にとその数を増やしていたのである。だが、この超巨大化も、聖人国の魔装騎兵同様、量産化することは困難であった。両世界は、まだ、決め手に欠いている状態であった。


 超大型級の魔物の口が閉じきる瞬間、ピンクの突風が突っ込んだ。

 アルテラはコウテンの残った右腕を掴み一気に加速する。

 閉まりゆく壁の隙間目指して飛躍する。

 アルテラの背後に衝撃音と共に砂塵が吹き飛んだ。

 キュイーン

 噴気孔から噴き出される風が白い渦を巻いて吐き出される。

 徐々に光が消えゆく口の中。

 一筋の光がついに消えさった。


「アルテラさま!」

 オオボラは双眼鏡を投げ出し駆け出した。

 砂から口を開け浮かび上がった超大型の魔物。

 事もあろうか、アルテラがその口の中に飛び込んだのだ。

 アルテラに何かあったら、どうするのだ!

 俺の夢が、目的が!くそ!あのバカ公女が!

「アルテラさまぁぁぁ!」

 オオボラは、懸命に走った。


 浮かび上がる大きなエイ

 それは地に潜むエイの魔物。

 紛れもなくそれは、深砂海しんさかい縦筋たてすじ露里ろり万札まんさつエイであった。

 いわゆる、シースーってやつね。

 だが、驚くべきはその大きさ!

 その背中に三本縦筋が入っていることから分かるように、通常のシースーエイの3倍の大きさなのだ。

 ちなみに、一露里とは約1067メートルのこと。


 エイは、まるで水面をはねるかの如く大きくうねっていた。

 その瞬間、歯の隙間から一筋の白き雲が糸を引く。

 勢い良く伸びる白き雲は地上へとまっすぐに伸びていく。

 落ちる!

 爆音とともに砂が舞い上がる。

 大きな砂柱。

 エイと同じぐらいの砂柱である。

 次の瞬間、砂柱の中からピンクの光が飛び出した。

 地面すれすれを飛翔する。

 砂嵐を従えて、高速でオオボラたちのもとへと飛んでくる。


「アルテラ様!」

 ローバンは手で口を覆った。

 安心したのかその目は涙で潤んでいた。


「オオボラ! この者の手当てを!」

「御意!」

 アルテラはオオボラにコウテンを投げ渡す。

「お前! オオボラっすか!」

「黙っていろ! コウテン!」

 オオボラは、投げられたコウテンを受け止める。

 アルテラは、ローバンに向けて手を出し叫ぶ

「魔血タンクを全部出せ!」

「もしかして、あれを使う気ですか?」

「四の五の言わずに、早く出せ!」

 アルテラは威圧する。

 その威圧に、なすすべがないローバンは慌てて魔血タンク六本を抱えて走る。

 さすがに六本となると全てを手ではつかめない。

 手の上でオタオタと揺れる魔血タンク。

 アルテラは、既に、魔血ユニットの魔血タンクを外し、その場に投げ捨てていた。

 ローバンの手から魔血タンクを次々と奪っていくと、左右の魔血ユニットに無造作に差し込んだ。


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