第171話 燃える万命寺(7)

 エメラルダを背負ったタカトは小門へと走った。

 守備兵たちに気づかれないようにエメラルダをローブでくるみひたすら走った。


 しかし、女の人というのはこんなに重いものなのか。

 よくまぁ、世の女性たちは、お姫様だっこなどとねだれるものだ。

 少なくとも、俺には無理だ……

 いやいや、それは、君が貧弱過ぎるんですよ。本当に……

 ガンエンに怒られるため、仕方なくエメラルダは運んだタカトは、不満の捌け口を世の女性たちに向けていた。

 これで、タカトは、世の女性方を敵に回したことだろう。アホが。


 小門の入り口では権蔵とコウエンが、スラムの人々を小門の中へと誘導していた。


 息を切らすタカト。

「チカレタ……」


 ふらつきながらタカトは、ローブで全身を包み芋虫みたいになっているエメラルダを背後の地面に降ろす。いや、落とした。ただ、後ろにいたビン子がさっとエメラルダの体を支え事なきを得たのである。

 地面に転がるエメラルダが、ローブのフードの中でゆっくりと目を開けた。

 一瞬、自分がどこにいるのか分からない様子であったが、すぐさま、立ち上がり声を張り上げた。

「私のためにこれ以上の犠牲はもう嫌なの!」

 ココがどこであるか分かっていないのにもかかわらず、エメラルダは、目の前の森の中へと走り出そうとした。

 懸命な表情のエメラルダの頭からフードが落ちると、金色の長い髪が光を散らしながら流れ出してきた。

 とにかく、万命寺へ戻る。

 混乱したエメラルダの考えは、それだけであった。


 コウエンがとっさにエメラルダの腕をつかむ。

「みな、ここに逃げてきています。ガンエンさまも、きっと大丈夫のはずです!」


 振り返るエメラルダ。

「いえ! 今、私ができることは、この身をもって万命寺を救うことだけです!」


 そう言い切る前にエメラルダの顔に悲痛な涙を浮かべていた。


「そんな聞き分けのない人には! こめかみギュー!」


 タカトの握りこぶしが、エメラルダの両方のこめかみを挟み込み押しつぶした。

 疲れきったタカトは、静かに休みたかった。

 重い荷物を運んで、足場の悪い森の中を走ったのだ。

 しかし、エメラルダが騒がしい。

 静かにしろよ!

 遂に、タカトの堪忍袋の緒が切れた!


「いたぁい!」

 エメラルダが泣き叫ぶ。


「ガンエンのジジィの気持ちを無駄にするなよ。みんなお前のために頑張ってんだよ! 静かに小門の中に入っとれ!」

 さらに力を込めるタカト。

 柄にもなく怒っているようである。

 しかし、その怒りの根源は、ただの疲れからであるのだが、周りの者は、そんな事は知るよしもない。

 コウエンとビン子とミーアがびっくりしながら、その様子を見つめている。

 今や罪人とはいえ元騎士であったエメラルダに、お前呼ばわりしたうえに、更にこめかみをぐりぐりと押しつけ泣かせているのである。

 まさに、ある意味、怖いもの知らずである。


「でも、でも、でも……」

 さすがエメラルダも、元騎士である。

 涙が込み上げる痛みの中でも、まだ抵抗を続けている。

 タカトの腕を掴もうとするが、片方の腕はコウエンに掴まれた。

 もう一つの腕も、とっさにミーアに掴まれて、身動きが取れない。

 コウエンとミーアは、エメラルダの身を案じタカトに手を貸したのである。

 ただ、タカト本人は全くそんな気持ちは無いのかも知れないが……


「分からない人には、さらに! こめかみギュー!」

 タカトはにやけながら、さらに力を込めた。

 すでに、この男、目的が何なのかを見失っているようである。

 エメラルダの泣き叫ぶその姿をまるで楽しんでいるかのように、手をぐりぐりと動かす。


「分かったから、もうやめて……」

 泣き叫ぶエメラルダが懇願する。

 タカトは、ふーっと大きく息をつきながらその手を離した。

 そして、両手を胸の前で合わせてお辞儀した。

「万命拳必殺奥義! こめかみギュー」

 コウエンが顔の前で手を振った。

「そんな奥義ないから……」


 エメラルダは力なくその場に座り込み、両手でこめかみを押さえていた。

 うつむくエメラルダに権蔵が声をかける。


「ガンエンのことなら大丈夫ですじゃ。ああ見えても、わしと同じでタフですから」

 うつむくエメラルダは、小さくうなずく。

 何度もうなずく。


「さて、私はあいつらの攪乱でもしてくるか」

 ミーアが万命寺の方へと歩き出す。


 エメラルダがミーアを呼び止めた。

「待って!その姿で攪乱って言っても、どうするの!」


「神民魔人の私が、あいつらの横から飛び出せば、ビックリするだろう。さらに、私が連れてきた魔物たちも、この周辺に集まってきているようだしな」


「神民魔人って気づかれた殺されるわよ……もしかして、死ぬ気……」


「もう、ミーキアンさまのもとに帰る方法もないしな……」

 寂しそうな顔をするミーア。


 ミーアは神民魔人である。魔人国に帰るには、中門、騎士の門、大門を通るしか方法がない。大門は、いまだ開いたことがない。通ってきた第6の騎士の門はガメル襲来により警備が厳しくなっている。中門はどこにあるのか全く分からない。ミーアが魔人国に帰ることは絶望的であった。


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