第168話 燃える万命寺(4)

 エメラルダの黄金弓は、権蔵の手によってその鼓動を止められた。

 死んだのか、仮死状態になったのかは定かではないが、少なくとも、大量の血液を要することはなくなった。しかし、その攻撃力の低下は権蔵の想像以上のものであった。それを憂いた権蔵は、第一世代の融合加工の技術と固有融合を持ちいてその底上げを試みる。何もしないよりかはましではあったが、あまり、効果的とは言えなかった。

 また、魔血タンクを有しないエメラルダにとって、2.5世代の白き魔装装甲を装着することも叶わない。

 今やエメラルダの黄金弓は、その力を失っていた。

 しかし、なにも持たぬ今のエメラルダには、十分すぎるほどの力あった。


 タカトとビン子は万命寺に黄金弓を届けに来ていた。

 客間の机に黄金弓をそっと置く。

 そして、タカトは、権蔵からの伝言を伝える。

 エメラルダは、黄金弓を取ると、胸に強く抱きしめた。


「カルロスさんは生きているよ……たぶん」

 辛そうなエメラルダを慰めるかのようにタカトはつぶやいた。

 髪を垂らし小さくうなずくエメラルダ。

 その長い金色の髪に遮られ、エメラルダの表情を伺うことはできないが、おそらく、つらそうな表情をしているのだろう。


 タカトはいたたまれなくなり、ビン子の腕をつつく。

 ビン子もまた、なんと声をかけていいのか分からないため、小さく首を振った。


 タカトは、逃げるように静かに椅子から立ち上がった。

 そして、ビン子に目配せをする。

 ビン子もまた、ゆっくりと椅子をずらす。


「カルロスは生きていますか? 本当にそう思いますか?」


 ビクッとするタカト。

「たぶんね……人魔収容所に連れていかれたから死んではないと思う……」

 助け舟を求めるかのようにビン子の顔をちらりと見る。

「うん……たぶん大丈夫だよ……」

 ビン子も、慰めるかのようにつぶやいた。


「カルロスを助けに行きます!」

 顔をあげたエメラルダは強い声で叫んだ。

 その顔は悲壮な決意を抱いていた。


「アホか! そんなの無理! 無理! あの人魔収容所だぜ!」

 タカトは、とっさに拒絶する。

 タカトの言い分は至極当然であった。人魔収容所から戻ってきたものはいない。当然ながら、助けに行って戻ってきたものもいないのである。収容所は秘密にベールに包まれており、入ったら最後出てくることはできないと噂されているのだ。


「助けに行ったら死んじゃうよ……」

 そこまで言ってビン子の口は止まった。

 エメラルダの髪からのぞく黒い目から涙がとめどもなく流れ落ちていたのである。


「そんなことは分かっています……・でも、私のせいで……」

 涙のせいで、既に何を言っているのか分からない。

 既に顔面が崩壊しているエメラダは、嗚咽と共に言葉を吐き出していた。


 頭をかくタカト。

「あのオッサンだ! 今すぐじゃなくても大丈夫だろ。とりあえず情報を集めておくよ」

 とは言ったものの、どうしたらいいのか全く見当がつかないタカトであった。


「ありがとう。やっぱりタカト君ね」

 エメラルダの涙をたたえた目が力なく微笑んだ。

 少々、顔が赤くなるタカト。照れているようである。

 バツが悪いのか、続く言葉が出てこない。

 やっと絞り出した言葉が、

「なら! おっぱい揉ませて!」

 いるよね、こんな奴。場を和まそうと思って、ドン引きさせる奴。

 ビシッ!

 当然、ビン子のハリセンがタカトの後頭部をしばきあげた。

 ――ナイス! ビン子!

 言葉をつづけることができなかったタカトにとって、ビン子のハリセンは、タイミングのいい助け舟だった。


「はははっは」

 ミーアがドアの枠にもたれながらその様子を伺っていた。

「そんなにおっぱい好きか?」

 頭をこすりながら、タカトは、ミーアを見上げる。

「巨乳は、男のロマンだ!」

 ビシッ!

 イテェ!

 またもや、ビン子のハリセンがタカトの後頭部をしばきあげた。

 今度は先ほどとは違って少々力が入っているようである。

 どうやら、貧乳のビン子さまにとって、巨乳はNGワードのようだ。

「お前、面白いな。すごい巨乳なら、私も一人、知っているぞ!」

「だれだれ!」

 咄嗟にミーアの前で正座するタカト。

 その様子に唖然としたミーアであったが、少々、間を置いたのち、意地悪そうな笑みを浮かべた。

「そうだな。私の主の魔人騎士ミーキアン様だ。会う機会があったら揉ませてもらえ。きっと喜んでもませてくれるぞ!」

「まじかぁ! 俺、ちょっと魔の融合国行ってくるわ!」

 って、どうやって魔の融合国に行くんだよ!

 ビン子は白い目でバカにするかのようにタカトを見ていた。


 そんな時、外が急に騒がしくなった。

 スラムの人間たちが万命寺になだれ込んできたのである。

 互いに汚れた体を寄せ合い震えている。

 おびえた目は一様に万命寺の門をにらみつけていた。


 外から聞き覚えのある大声が聞こえてくる。

 ――はて、この声は?


「オオボラの野郎か!」

 タカトは咄嗟に窓から外を覗く。

 また、聞こえる。

 やはりオオボラの声で間違いないようである。

 窓のさんに足をかけ飛び出そうとするタカトを、ビン子が取り押さえる。

「ちょっと、落ち着きなさいよ」


「あいつどつかんと気が済まん! 大金貨三枚投げてハイ終わり! なんてあるか!」

 そんなタカトをビン子が必死に引っ張る。


 そんなあわただしい窓の外の廊下をガンエンが歩いてきた。

 ガンエンは、タカトとビン子の綱引きをちらりと見ると、すかさず、タカトの頭上に手刀を叩き込んだ。


「いてぇ! 何しやがるジジィ!」


「タカトや、そこは窓じゃ。ドアではない」


「やかましぃ!」

 飛び出そうとするタカト。

 しかし、次の瞬間、タカトの視界は暗転した。

 再び、ガンエンの手刀がタカトの頭上に落ちていたのである。

 しかも、先ほどのとはけた違いの力を込めて……

 唖然と見つめる、ビン子とエメラルダとミーア


 ガンエンは、窓の外から三人に語り掛ける。

「そこで、タカトと一緒に静かにしておれ」

 言い終わると、ゆっくりと万命寺の門から外へと歩いていった。

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