第577話 世界の始まり
これはタカトたちの時代よりはるか以前のお話。
そう、現存する八つの大門ができた頃のお話しである。
そしてまた、オキザリスが融合国の王になった話……
このころの大門は聖人世界と魔人世界にそれぞれ一つだけ存在していた。
そして、八つの騎士の門がこの大門を取り囲み、その内側でキーストーンを守っていたのだ。
これだけならタカトたちの時代と全く同じである。
だが、この時の騎士の門の役割は少し異なっていたのだ。
タカトたちの時代では騎士の門の役割は、魔人世界のキーストーンを奪いとり、逆に自分たちのキーストーンを奪われないように守りぬく場所であった。
これに対して、この時代の騎士の門にはキーストーンを守るべき存在の騎士がいないのである。
それどころか、騎士の門はその内側に誰も入れまいと固く閉ざされたままなのだ。
この聖人世界にある唯一の大門は『生の神エウア』によって所有されていた。
いや、エウアが所有するというより、エウアを封じていたといった方がいいのかもしれない。
その証拠に、騎士の門によって封印されたキーストーンにエウアは全くもって近づくことすらできなかったのである。
すなわち、この当時の騎士の門は、聖人世界の守護者であるエウアに大門を開けさせないようにするためのセキュリティロックであったのだ。
なぜ、大門はエウアをそこまで拒むのであろうか……
かつてエウアは聖人世界ではなく大門の内側の世界にいた。
その世界でともに生きる『死の神アダム』を愛し何不自由のない生活を送っていた。
そして、アダムもまたエウアを愛し内側の世界の全てを統べていたのだ。
だが、それを良しとしない大いなる力によって二人の存在は聖人世界と魔人世界に離れ離れに引き裂かれてしまったのである。
愛し合う二人を隔てる大門。
二人が再び体のぬくもりを重ね合わせるには、目の前にそびえる大門を開けるしか方法がなかったのである。
聖人世界で泣き崩れるエウア。
魔人世界で怒りに荒れ狂うアダム。
アダムはキーストーンを集めようにも、騎士の門のセキュリティに拒まれる。
だが、諦めぬアダムは、ついに大門そのものを無理やりこじ開けようとしたのであった。
自らの神の恩恵を目一杯に解放する。
死をつかさどる神アダムである。
その力は、タカトたちの時代に現存する神々の比ではないほど巨大であった。
キーストーンを集めないと開かないはずの大門が、アダムの力によって徐々に徐々にその形を歪めていった。
そして、アダムの目が金色から赤色に変わろうかという頃、ついに魔人世界の門が開いたのである。
アダムは、かつて自分たちが生きていた大門のフィールド内へと舞い戻る。
怒りに荒れ狂うアダム。
内側の世界を片っ端から破壊する。
そんなにこの世界が憎いのか……
愛するエウアと切り離したこの世界が……
だが、魔人世界の大門をこじ開けたアダムは、力を使い切りすでに荒神になりかけていた。
もうそんな赤き目のアダムは、もうおそらくほとんど思考することすらできなくなっていたのかもしれない。
「殺せ……殺せ……すべてを殺せ……」
そんな怒りのみが、今のアダムを突き動かしていた。
だが、思考できないはずのアダムの足は、それでも一点に向かって進んでいた。
その身に何がおころうが、その身がどんなに切り裂かれようが、ただただ愚直にその方向を目指していた。
そう、その先にあるのは聖人世界に通じる門。
アダムの足はいまだにエウアへと向いていたのである。
すでに自我を失いつつアダムであったが、その本能は愛するエウアを求め続けていたのだった。
だがしかし、アダムの歩みがピタリと止まった。
そう、アダムの前に再び大門が立ちふさがったのである。
この大門は、聖人世界へとつながる大門。
この大門の向こうでは愛するエウアが泣いているのだ。
会いたい……
エウアに会いたい……
だが、そんなアダムの想いを再び大門が無情にもさえぎるのであった。
「ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
赤き目のアダムは大門をこじ開けようと両腕に力をこめた。
アダムが発する神の恩恵にきしみ音を立てる大門。
しかし、赤き目のアダムは限界を迎えた。
神の恩恵を使いすぎたアダムの体はついに荒神となったのである。
だが、それでもアダムはあきらめない。
神の恩恵を使い続けるアダムは、門を押し続けていた。
だが、荒神化の先に待ち受けるのはただ一つ。
そう、荒神爆発である。
「エウアァァァァッァァァァ!」
一瞬の閃光とともにはじけ飛ぶ門内の世界。
全てが白き世界に溶けていく。
全てが無に帰していく。
膨大な荒神爆発のエネルギー。
当然、そのエネルギーの直撃を受けた聖人世界の大門もまた無事ではなかった。
世界を閉ざしたままの大門は、大小さまざまのかけらに砕け散ったのである。
聖人世界に飛び散った大きな八つのかけら。
その八つのかけらが融合国をはじめとする8つの大門と変化したのである。
そして、ほどほどの大きさのかけらは中門へ。
無数に広がった小さきかけらは小門へと変わっていった。
この聖人世界の大門の変化に呼応するかのように、つながる魔人世界の大門も姿を変えていったという。
「アダム!」
門が砕けた瞬間、聖人世界のエウアはアダムの消失を感じ取った。
失意にくれるエウアは、その瞬間、世界を見限った。
そして遂に、自らの手で王を殺し、大門、いや世界を放棄したのであった。
その後のエウアは8人の従者の神を従えて、どこかに姿を消したと言われている。
大門が割れたことにより、世界そのものが壊れ始めていた。
そして、門を安定させていたエウアという神までもいまや失っているのである。
不安定な大門は、門の隙間から世界そのものを内側の次元のはざまへと呑み込み始めたのである。
大門によって引き裂かれる大気は常に雷鳴をとどろかす。
荒れた大地は、徐々に崩壊し門へ向かって流れていった。
だが、この世界に住む力を持たない者たちには、この状況をどうすることもできなかった。
ただただ滅びゆく世界を見つめ嘆き諦めるしかなかったのである。
そんな世界……
当然、人心は荒れた。
荒んだ心は、わが身大切さに他人の命を平気で踏み台にしていく。
当然のようにいたるところで争いが争いを生んで繰り返され続けていた。
そんな絶望的な世界で、人の命など軽かった。
だが、オキザリスは争いによって孤児になった子供たちを古びた学校で世話をしていたのである。
そう、蕎麦屋でぼった金品は全てこの孤児たちのために使われていたのだ。
食事から生活に至る費用をオキザリスが一人で賄う。
しかも、空いた時間には孤児たちに教育まで施していたのである。
この壊れゆく世界で教育などを施して何の役に立つというのだろう。
そんなことを誰しも思った……
だが、オキザリスの目は諦めていなかった。
キラキラと目を輝かせ、孤児たちに夢を語るのである。
きっといつか、みんなが笑って暮らせる日が必ず来ます!
そういうオキザリスの笑顔は、身にまとう一張羅のぼろ服と対照的に清々しく美しい。
それはまるで、損な役回りばかり引き受けるタカトの様でもある(容姿の面だけは除く)。
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