第246話 人魔収容所(7)

 先ほどとは打って変わり、非難ごうごう、怒号が飛び交う貯蔵室。

 タカトたちが、牢屋のカギを溶かしたことを知った収容者たちが騒いでいるのである。

 もし、スペアキーがなければ、もう二度と、檻は開かない。

 下手したら、死体になってもこの牢から出ることは叶わない。

 そりゃ、何しやがんねん! と言う気持ちも分からないわけではない。

 だが、お前たちだって、タマの動きに期待をしたのではないか。

 そう、同罪だ!

 しかし、そんなことは、お構いなしの、収容者たち

「このボケがぁ!」

「後でどついたるからな!」

「私をここから出してぇ!」

「ゼレスディーノ様ぁ!」

 うん? どこかで聞いた茶色いお声。


「静かにしろ!」

 一つの部屋から、低い声が響き渡った。

 姿は見えないが、その威圧感のある声は、たちまち収容者の騒ぎを沈めた。

 タカトは、檻に顔を押し付けた。

 この声……もしかして……

 檻に押し付けるものの、通路の同じ側にあるせいか、よく見えない。

「カルロスのオッサンなのか!」

 タカトは叫んだ。

 しかし、返事は帰ってこない。

「カルロスのオッサンなんだろ! 巨乳の姉ちゃんから頼まれたんだ! 助け出してくれって」

「なんだと!」

 低い男の声が、静まり返った廊下に響く。

「やっぱりカルロスさんだ」

 まだ、生きていた。

 タカトとビン子は手を取り合って喜んだ。

「まさか、人魔騒動の時の少年か! 頼まれものは渡してくれたんだな」

「あぁ、届けたよ。だから、巨乳の姉ちゃんから頼まれたんだ」

「だが、もはや出ることは叶わぬ……」

 タカトは、アホだろうか。エメラルダのことを巨乳の姉ちゃんと呼ぶ。以前、カルロスと出会った時に、それでカルロスに睨まれ怖い思いをしたことを忘れているのか?

 しかし、今度のカルロスは、怒鳴らない。収容所に閉じ込められた事がショックだったのだろうか? いや、おそらく、その名を出すことによって反逆者の汚名が着せられたエメラルダが生きていると、誰かに聞かれる事を嫌がったのだ。そのため、エメラルダの事を巨乳の姉ちゃんと呼ぶタカトに感心していた。まさか、あの少年がココまで気が回るとは……

 実際、タカトは、マジで、巨乳と叫んでいただけかもしれないが。

「大丈夫だって!」

 タカトは胸を叩いた。

 まぁ、カルロスからは見えやしないが。

 そんな自信を示すタカトを、ビン子は不思議そうに伺った。

「でも、タカト、どうするの?」

「なに、簡単な事さ、鍵が溶けるんだったら、この檻だって溶けるってことだろ」

 確かにそうである。金属でできている鍵がタマによって溶けたのだから、同じ金属である檻だって溶ける。

 タカトはタマを掴むと、檻の入り口に設置された錠前に押し付けた。

 タマの体が錠前を包む。

「さぁ、溶けろ……溶けろ……」

 タカトとビン子は檻の錠前を凝視した。

 しかし、溶けない。

 それどころか、タマは、地面へと垂れ落ちた。

 やる気がない……

 それどころか体をプルプルと振っている。

 ――もしかして、この金属がマズイとか……

 タカトとビン子は、その考えが正しいのだろうかとお互いに顔を見合わせた。

「まさか……」

「マズイとか……って、それどころじゃないわい!」

 タカトは、タマを持ち上げると、もう一度、錠前に押し付けた。

「タマ! やる気出せ! そして食え! 食うんだ!」

 プルプルと体を震わすタマ。

 先ほどよりも激しい震えである。

 これって、タマ怒ってないかい?

 遂に怒ったのかタマは、タカトの手を振りほどくと、プイっと廊下へと飛び降りた。

 檻の隙間からタマを掴もうとタカトが手を伸ばす。

 しかし、あと少しで届かない。

 バタバタと手を振るタカト。

 タマは、そんなタカトを知らんぷり。スススと廊下を進んでいくと。どこかへ姿を隠してしまった。

「あぁぁ、怒らした。私、しーらないっと」

 ビン子が白けた目でタカトを見つめた。

「アホか! タマだけが頼りだったんだぞ!」

 檻に顔を押し付けて、必死にタマを探す。

「タマちゃーん。出ておいで―。タマや―! かぎやー!」

 だから、鍵は溶けたんだって。


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