第609話 息をしろ! モーブ!

 この推薦状は勤造と権蔵が駐屯地に戻ってきた一之祐に懇願して書いて貰ったものなのだ。

 そのいきさつを、少々時間をさかのぼりながら見ていこう。


 アイナが死んだあの日、一之祐は走るラクダの背の上で焦っていた。

 瀕死のモーブの呼吸がどんどんと弱まっていくのが、担いだ背中越しに伝わってくるのだ。

 ――このままではモーブの命が尽きてしまう……


 だが、こう見えてもモーブは第8の騎士である。

 騎士と言えば不老不死!

 死ぬわけがない!


 だが、モーブの持つ不死性が発揮されるのは第8の門外フィールドと融合国内だけでのことなのだ。

 ここ第七門外の砂漠のフィールドではエリア外のため、その不死性が失われてしまうのである。


 そう、このままでは確実にモーブは死んでしまうのだ。

 だが、急ぐ一之祐の眼前には、四階建てほどある騎士の門が親指ほどぐらいの大きさにしか見えていなかった。

 ――間に合うのか……

 固く噛みしめられた奥歯がギリギリと低い音を立てた。


 ――ならば!

 なぜか一之祐はラクダから飛び降りた。

 そして、「モーブ! 舌を噛むなよ!」と告げると、今一度、背に担ぐモーブをしっかりとつかみなおす。

「神速!」

 一瞬、一之祐の姿が金色に光ったかと思うと、既にその場にその姿が無くなっていた。


 そう、一祐は、己が持つ騎士スキル「神速」を使ったのである。

 崩れゆく砂に強く踏み込んだ足がめりこんでいく前に体が消える。

 深い夜の砂の海、力強く立ち上がった砂柱が月明かりの中に連なって、音もなく消えていく。


 そんな砂柱は既に騎士の門の前にまで迫っていた。

 しかし、いまだに門は閉まったまま。

 まだ、開門の知らせが届いていないのである。

 おそらく、今見えている門の裏側、すなわち、内地側の門の前では守衛たちがあくびをしている頃だろう。


 だが、一之祐はスピードを緩めることもなく騎士の門に突っ込んだ。

 普通なら、門の前に立ち止まり開門を命令するのである。

 そして、開いた門をくぐり、悠々と内地へと帰還するのだ。


 だがしかし、今はそんな悠長なことを言っている暇はない。

 一刻一秒を争うのだ。

 そんな一之祐から怒号が発せられた。

「うぉおおりゃぁぁ!」


 バゴォォン!

 そして、次の瞬間、騎士の門が大きな音とともにはじけ飛んだ。

 そう、金色に光った一之祐の拳が騎士の門を打ち抜いていたのである。


 マジか!

 一応、言っておくが、騎士の門の大きさは四階建ての建物と同じぐらいの大きさなのである。

 しかも、融合国創世の時代からある頑丈な門だ。

 そんじょそこらの鉄の門とは、強度も厚さも全く違う。


 だが、そんな門の扉の片方が「く」の字にへこんで飛んでいく。

 ついには門前に立つ神民街を守る城壁にガツンと大きく食い込んだ。

 ちなみに門前広場はプール一つ分ぐらい。

 その距離を勢いよく飛んでいったのだ。


 さすがに門の前であくびをしていた守備兵は、大きく口を開けたまま固まっていた。

 どうやら何が起きたのか全く分から無いようでポカンとしている。

 でも、良かったよね。飛んでいったのが右の扉で。

 これが左の扉だったら弾き飛ばされた扉と共に、この守備兵は一緒に飛ばされ死んでいたかもしれない。

 と言うか……

 この騎士の門の修理と神民街の城壁の修理……

 一体いくらかかると思っとるねん!

 そんな時に使われる常套句!

「みんなは1人のために! 1人はみんなのために!」

 便利だよねぇ~

 って! また、俺ら守備兵のボーナスはカットかよ!


 急いで融合国内に駆け込んだ一之祐は、背負っていたモーブをすぐさま門前広場の地面に横たえた。

「息をしろ! モーブ!」

 息さえすれば、死ぬことはない!

 ここはもうすでに内地なのだ。

 そう、内地ならばモーブの不死性は復活するである。

 だから息さえすれば。息さえ……


 だが、モーブは動かない。






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