第549話 この光景、デジャヴ!

 そんなタカトを品定めするかのようにコウセンが尋ねた。

「という事はお前も師匠に黙って金蔵家の輸送業務のアルバイトをしている口か!」


「違うけど」

 タカトはきょとんとした表情で首を振る。


 バカにされたかのように思えたのかコウセンが、声を荒らげた。

「おいおい……嘘つくなよ。大体、万命寺の僧たちは街で働いたらダメだって知っているだろうが!」


「だから、俺は万命寺の僧じゃないって!」

 鼻くそをほじりながら答えるタカト。


「……お前……スラムのみんなのために飯代を稼いでいる訳じゃないのかよ……」

 コウセンはすでに怒りすら通り越してあきれ顔。


 なんか無性にバカにされた気がするタカト君。

 懸命に自己弁護に励んだ。

「俺は、ただ無理やり働かされてるだけなの!」


「なんだ、金蔵の奴隷かよ」

「奴隷じゃねぇよ! 一般国民だよ! 俺は!」


 そんなやり取りを、長兄のコウケンは静かに観察していた。


 タカトの頭は坊主ではない。

 ぼさぼさながらも短い黒髪である。

 という事は、自分たちと同じ修行僧ではないという事は事実のようだ。


 そして、それを証明するかのように、タカトの体につく筋肉は貧弱そのもの。

 おそらく、突き出される拳の先には、体重すら伝わることはないのだろう。

 よくて万命寺の体験入学生と言ったところか。

 だが、師匠の事を気安く『爺ちゃん』と呼ぶという事は、親戚、いや、親友の子供と言う可能性が高い。

 安易にこいつが言うことを嘘だと切り捨てたのでは、後々面倒が発生しかねない。


 遂に次兄のコウセンがガンエンの事を爺ちゃんと気安く呼ぶタカトを怒鳴りはじめた。

「お前な! さっきから師匠の事を、爺ちゃん爺ちゃんってなれなれしいな。ちゃんと師匠と呼べよ!」


 タカトは指先についた鼻くそを飛ばそうと指をはじくが、ねちょっと引っ付きなかなかとれない様子。

「でも……ガンエンの爺ちゃんは、爺ちゃんだしな……」


 その様子についにコウセンがキレた!

「てめぇ! ケンカ売ってるのか!」

 コウセンが荷馬車によじ登ろうと手をかける。

 まさに、一色触発!

 ひぃぃぃぃ!


「やめないか! コウセン!」

 それを制する長兄コウケン。


「なんだよ兄者! コイツ! 師匠の事を軽石みたいに言いやがるんだぜ! それでいいのかよ!」

「師匠のお客人かもしれんぞ……」

「客人?」

「あぁ、おそらく、師匠の知り合いだ……よな、君は?」

 コウケンはちらりとタカトをみた。


「権蔵じいちゃんとガンエンの爺ちゃんは仲がいいのか悪いのかしらんけど、まぁ、知り合いと言えば知り合いか」

 タカトはズボンに鼻くそを擦り付けながら答えた。

 それを見るビン子と真音子は、まるで信じられないというような表情を浮かべ、それとなく距離をとった。


「やはり権蔵さんの身内か……」

「爺ちゃんのことを知っているのか」

「当然、寺に戻ってきたガンエンさまは、いつも私たち叱るときには、権蔵さんを引き合いに出しますからね」


 コウセンも腕を組みながら相槌を打った。

「そうだそうだ、権蔵ならもっと工夫するとか、権蔵ならもっと丁寧にするとかばっかりだもんな!」

「そうっすよ! でも、権蔵さんもガンエンさまと同じ60代なんすよね。そんなオジイと比べられても困るっすよ! コレでも俺らは10代前半スよ」

 末弟のコウテンも日ごろガンエンに嫌味でも言われているのだろう。


「だが、おそらく、ガンエンさまは権蔵さんを誰よりも信頼し頼りにしているのですよ。だから私たちもそういう権蔵さんのように自分で工夫して精進しないといけないと説いているという事です」


 ふと何かに気付いたビン子が耳に手を当てて、ぼそり。

「ねぇ、何か聞こえない……」


 その言葉にタカトが笑いながら返す。

「おっぱいが揺れる音か?いやいや、お前のは貧乳だから揺れないって」


 うん?

 なんかこのシチュエーション……どこかで見たことがあるような。


 コウケン、コウセン、コウテンの三兄弟は空の太陽を見上げた。

 そこには、羽音を舞い散らせながら舞い降りてくる大量のカマキガルたち。


「ちっ! 私としたことが油断していました」

 コウケンが唇をかんだ。


「カマキガルっすよ! しかも、あんなに大量に! どうするっすか兄者!」

 驚きの声を上げる末弟のコウテン


「どうするもこうするも! 全部、潰せばいいんだよ! 潰せば!」

 コウセンは嬉しそうに身構えた。


 空から飛来するカマキガルの数は十数体。

 それを迎え撃つ金蔵家の護衛はコウケン達を含めて30人。

 数ではこちらの方が多い。

 だが、護衛はすべて一般兵。

 頼みの綱である魔装騎兵は一人もいないのだ。


「魔装騎兵はいないのかよ!」

 泣きながらタカトはコウセンにたずねた。


「魔装騎兵? ああ、あの第五世代の事か?」

「そうその第五世代だよ! 普通護衛なら一人ぐらいいるだろうが」


「この第七駐屯地でも、まだ数人しかいないのに護衛なんかにつくわけないっすよ!」

 コウテンが泣き叫ぶ。


「なら、あのカマキガルの群れどうするんだよ!」

「簡単な事! 誰かがエサになって食べられているところを後ろからどつくんだよ!」

 コウセンが笑いながらタカトを見た。


 えっ?


 ドスン!

 荷馬車が揺れる。


 ゆっくりと後ろを振り向くタカト。


 その視界にはカマキガルの緑の複眼。

 荷台に上にカマを振り上げたカマキガルが立っていた。


 ははは……


 なんか、この光景、デジャヴ……


 タカトから乾いた笑みがこぼれる。


 太陽を背にするカマキガルは、タカトの顔に大きな影を落としていた。

 そんなカマキガルから、ビン子めがけて一気に振り下ろされる一つの鎌。


 タカトの体が瞬間動く。

「ビン子ぉぉぉぉ!」

 とっさにビン子の上に覆いかぶさろうとしたのだ。


 ビン子も思う。

 なんか、この光景、デジャヴ……


 きゃっ♥


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