第179話 タカト入院する(2)

「しかし、よく食うな」

 アルテラが面白そうにタカトを見つめている。

 タカトは、一心不乱に食べる。

 すでに隅々までなめ尽された食器はピカピカになっていた。

 空になった食器を物欲しそうに見つめるタカト。


「これでも食べるか?」

 アルテラはポケットの中から何かを取り出すと、タカトの前にそっと差し出した。

 皿の上の丸い透明な物体を不思議そうに見つめるタカト。


「アメも知らんのか……」

 アルテラは包みをさっと外すと、タカトの口にそっと押し込んだ。


「あまぁぁぁぁい!」

 タカトの目が、その甘露味にほころんでいく。


「お前! いいやつだな!」

 笑顔満点のタカトはアルテラの手をとり、大きくゆすった。

 アルテラは、恥ずかしそうにうつむいた。

 そして、意を決したかのように小さく呟いた。


「お前……私が気持ち悪くないのか……」

「なんで?」

 キョトンとするタカト


「私は緑女だぞ!」

「あぁ、その緑の髪のことか」


「そうだ……」

「きれいだと思うよ。うん、実際にさっき本当にきれいだと思ったからな」


 信じきれないアルテラは、更に問う。

「私に触れていると魔物になるかもしれないんだぞ……」

「お前、バカじゃないか! 髪が緑なだけで魔物になるかよ!」

 笑うタカト。


 アルテラは今にも泣きだしそうにつぶやいた。

「緑女とはそういうものなんだ……」

「お前が魔物なら、俺の爺ちゃんなんか『妖怪つるべ落とし』そのものじゃんか!」

 自分のたとえに妙にはまったタカトは大笑いする。

 オオボラも意表を突かれたその言葉に、不本意ながら噴き出してしまった。


「ところで、青いスライム知らないか? 俺の腕に引っ付いていたと思うんだけど?」

 タカトは、アメを口の中で転がしながら、辺りを見渡した。

 白い病院服に身を包まれているものの、いつものポジションにタマの姿が見えない。

 タカトの汚い服は、綺麗に洗濯され、椅子の上にたたまれておかれていた。

 ところどころシミにはなってはいるが、アイナちゃんの肌が、ゾンビのような紫色から人間の肌色へと戻っていた。


「あの半魔だったら駆除したわ」


 笑いながら答えるアルテラ。

 咄嗟にタカトの目が吊り上がる。


「何してんだ!」


 その代わり様にアルテラはたじろいだ。

 鬼のような形相で睨み付けるタカトに、本気でおびえた。

 さっきまでの優しいほほ笑みは嘘だったのか。


「安心しろ。死んでない。ただ、どこかに逃げてしまっただけだ」

 今にもアルテラにつかみかかろうとするタカトを制止するかのようにオオボラがつぶやいた。

 咄嗟にオオボラに目をやるタカト。

 その目には安どの表情が浮かんでいた。


「そうか……悪かったな」

 ホッとするタカトは、振り上げた手を静かに下すと、アルテラを驚かせてしまったことを素直に詫びた。

 しかし、アルテラは、許す言葉を発することができなかった。

 いや、この場合、どうしたらいいのか、全く分からなかったのである。

 緑女と忌み嫌われ、常に一人ボッチのアルテラは、今の今まで人と深く接したことがない。

 自分の非を謝るべきなのか、タカトが誤ったことに対して許しを発するべきなのか、オオボラに助けを求めるべきなのか、それらのことですら考えも及ばなかった。


「半魔のスライムごときでなんだ!」

 混乱するアルテラは、そう言うのが精いっぱいであった。

 勢いよく立ち上がったかと思うと、ズカズカと病室を出て行ってしまった。

 出ていくアルテラを目で追うタカトとオオボラ。

 オオボラはアルテラを追いかけようと病室の入り口に足をかける。

「いいかタカト。最低でも一週間はここにいろよ。アルテラさまは、一般国民のお前を魔物から救助するためにエメラルダの捕縛をあきらめたことになっているのだからな。分かったな」

「あぁ、分かったよ」

 オオボラは、駆け足で病室の外へと消えていった。


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