第444話 ちょっと待て(2)

「まぁ奴のことだ。おおかたソフィアを救うため、聖人世界の神払いの力でも欲したのではないのか。魔人はヒトの脳を食えば、わずかだがその人間が持つ知識を得られる。反逆者となったディシウスは、もう、魔人世界には頼るものがない。となると、あと頼みの綱は聖人世界。聖人世界にもあるのだろ、神払いの方法が」

 足を組みなおしたミーキアンはタカトに尋ねた。

 聖人世界のことはミーキアンには分からない。

 だが、おそらくディシウスの事である。

 あの一途のバカが、聖人世界でやることと言えば一つ。ソフィアを救うこと以外にあり得ないのだ。

 ならば、この目の前のガキの父親を食らったのも、そこに何かがあったからなのに違いない。


「そんなの知らん!」

 タカトは即答した。


 と言うのも、タカトは5歳の時にディシウスに襲われ、その後、母によって崖から落とされた。

 どこぞの女神の助けもあって、何とか一命をとりとめた。

 だが、その後は、融合加工職人の権蔵のもとで生活をしているのである。

 5歳以前の記憶など、はっきり残っているわけがないのだ。

 まして、父がタカトに何かを言い残したという記憶もない。

 何かを特訓させられたという記憶も全くない。

 ただあるのは、憎たらしい姉の笑顔。

 遊ぶたびにチョッカイを出してきては、タカトの遊びの邪魔をする。

 そのたびに母ナヅナに泣きつくのだ。

 たしなめるかのような母の顔。

 その笑顔と安らぎの記憶しか心の片隅には残っていないのだ。


 だが、そうは言ってみたもののタカトの中でなにかが引っかかる。

 そういえば、時の女神のティアラも、そんな事を言っていたような気もする。

『タカト! 私の荒神の気を、あなたの神払の舞で払って!』

 確かそんな感じの事だったような……

 神払の舞ってなに?

 マミキリマイマイ? カタツムリ?

 もしかして、もしかしてなんですけど……

 うちの家系って荒神の気を払う家系だったのではないでしょうか……

 えっ……ええええぇぇぇぇぇっぇ!

 知らんがな!

 そんなの知らんがな!

 父さんそんなこと全然教えてくれんかったし!

 母さんだって、いままで、一度もそんなこと言ってくれたことないですよ!

 どういうことなの! これ、どういうことなの?


 そんなことを考えていたタカトは、はっと気づく。

 騙された!

「あのウニ女! あいつ! ディシウスの仲間だったとは!」

 いやいや、何もウニ女さん、タカト君をだましてなんていませんがね。

 タカト君が勝手に勘違いしていたんでしょうが!


 タカトは一瞬、あのウニ女に懐かしさを感じていたのだ。

 もしかしたら、姉ではないのか。

 もしかしたら、姉は生きているのではないか。

 そんなかすかな期待

 そんな気がしたのも嘘ではない。


 ――あの意地悪そうな笑み……記憶の中で、俺の遊びを邪魔してくる姉にそっくりだった。


 そして、何よりも腰につけた鈴の音である。

 あの優しき鈴の音は、母が歌っていた時になっていた鈴の音。

 まさに、その音調に似ていたのだ。


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