第169話 燃える万命寺(5)

 ガンエンが去った後の万命寺の門は固く閉ざされていた。

 門前のオオボラは唇を強く噛みしめていた。

 オオボラの不機嫌な気を感じ取ったのであろうか、馬が足をあげ、前後に体を行き来させている。

 バランスを取りながら、馬を制するオオボラは、意を決した。


「用意!」

 オオボラは守備兵たちに手をあげる。

 オオボラの後方より、十数人の守備兵が走り出してきた。

 すぐさま手に持つ弓を構えると、火のついた矢をつがえた。

 弓の弦がゆっくりと力強く引き絞られていく。


「やめよ!」

 しかし、オオボラがとっさに叫んだ。

 その瞬間、火のついた矢先が地面へと向いた。

 攻撃しろと命じられて構えたにもかかわらず、急に制止を命令された。

 どういうことかわからない守備兵たちがオオボラの顔を伺っている。


 万命寺の門を険しい表情で睨み付けるオオボラは、親指の爪を噛んでいた。

 万命寺には、スラムの人たちが逃げ込んでいる。

 確かに、逃げ道のない万命寺へ火矢を打ち込めば、混乱に陥ることは必至。ほどなくして、エメラルダは目の前の門を開け外へと逃げ出してくるだろう。

 たとえ逃げ出してこなくとも、中のスラムの人間たちにより引きずり出されることは間違いない。

 しかし、それでは、万命寺が燃え尽きる。

 それでいいのか……

 オオボラは迷っていた。

 オオボラらしくなく、迷っていた。

 万命寺での修行の日々が、その思考を邪魔していた。

 守備兵たちが構える火矢の先から黒い煙が揺らめいていた。


「万命寺は王よりいただいた寺である。よって燃やすわけにはいかぬ」

 オオボラは苦渋の決断をする。

「門を破壊し、中に突入する。丸太を用意しろ!」

 守備兵たちがとっさに森に駆け込み、一本の大きな木に斧を入れ始めた。

 その木をもって、万命寺の門を打ち砕こうというのである。

 しかし、この準備のためにしばらく時間を要した。

 万命寺攻略開始までの、この空白の時間が、妙にオオボラを不安にさせた。


 ――判断を誤ったか……いや、しかし、どうすることもできないはずだ……・

 オオボラは不安を払しょくするかのように自分に言い聞かせる。


 しかし、この空白の時間は、中にいるガンエンたちにとっては、幸運であった。


 こんなこともあろうかと、エメラルダ追撃を予想していたガンエンは権蔵と共に闘争の準備を整えていたのであった。

 権蔵は、以前タカトがタマを見つけた小門の中にいた。

 その小門の中を掃除し、道しるべを作り、明かりや干し肉などの保存食を用意できるだけ用意していた。まぁ、ほとんどが、クロダイショウとオオヒャクテの燻製ではあったが、なにぶん、数が大量にあったため、保存食の量としては問題ないほどの量が確保できた。

 小門の性質上、神民や騎士は入り口ではじかれて、中に入ることはできない。

 オオボラは神民、アルテラは騎士である。

 この二人を完全に寄せ付けない小門は、一つのシェルターと化すだろう。


 しかし、誤算は、スラムの人たちが万命寺に逃げ込んできたことであった。

 エメラルダ一人であれば、すぐさま小門へと駆け込めば済む話であったが、これだけ多数の人間を移動させるには時間が必要であった。


 だが、今、幸運が舞い降りる。

 オオボラが寺門破壊のための丸太を切り出しているのであった。


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