第222話 修羅と修羅(1)

 コウスケは自分が着ていた着ぐるみを情けなさそうに抱えて引きずられていった。

 貯蔵室と呼ばれるところには、清潔そうな真っ白なフロワーにいくつもの白い牢が並んでいた。

「ここに入っていろ」

 守備兵は一つの牢の中にコウスケを押し込んだ。

 キーっという甲高い音共に牢の扉が閉まっていく。

 牢の中は真っ白な部屋。

 牢屋と言うより犬などを入れる飼育檻という感じがする。

 そのせいか、牢屋自体もじめっとした雰囲気ではなく、からりとした清潔な空気が漂っていた。


 しかし、その牢の中には先客がいた。

 ベッドの上で乙女座りをしながら背を向けている。

 何やら手に持つ何かを真剣に覗き込み、顔を手で触っている。

 上げたり、下げたり。せわしなくその手が動いていたかと思うと、もう一つの手に変わった。

 どうやら手に持っているのは鏡のようだ。

 鏡を見ながらフェイスマッサージをしている。

 しかし、その先客は奇妙な格好をしていた。

 白いレースがふんだんに装飾された可愛いらしいピンクの衣装。

 ピンクのミニスカートの隙間から見えると白いオーバーニーソックスが作り出す絶対領域。

 赤いリボンが映える美しい金髪。

 ここまではいい……

 ただ、背中が異常に大きい。というより、たくましい……

 太ももには黒々と立派な剛毛が、というより、白のソックスからも黒い毛がかなり突き抜けている……

「あら、あなた新人さん?」

 振り向く先客の顔

 そこには、割れた顎にむさくるしい無精ひげが青々と広がっていた。


 オッサンだ……

 これは間違いなくオッサンだ……


 牢の入り口でコウスケは後ずさった。

 身の危険を感じたコウスケは、手に持つ着ぐるみを強く抱きしめる。


 誰か助けて……


 にこやかに微笑むピンクのオッサン。

「あら、そんなに怖がらなくても、食べたりしないわよ」


 後ずさるコウスケの背は牢の柵へとぶち当たる。

 もうこれ以上後ろに下がれない。

 コウスケは首を振る。

 食べられるのも、食べるのも、どちらもイヤ……


「坊や。大丈夫よ」

 ピンクのオッサンは安心させるかのようにやさしく微笑み、両手を見せた。

 まるで自分が何も凶器を持っていないから大丈夫だと安心させるかのようであった。

 いや、凶器うんうんじゃなくて、顔面が凶器なんですが……・

 コウスケは、思う。


「そうね、初めてだと恥ずかしいものね。そうだ、自己紹介しましょ」

 何を言っているんだ……このオッサンは?


「私の名前はカレエーナ=アマコ。ゼレスデイーノ様の恋人です」

「違-----う!」

 思わず突っ込んでしまったコウスケ。

 突っ込みどころは名前?恋人?どっちだろう?

 いやいや、両方だろう。

 まず、名前、絶対にカレエーナなどと言う女の名前では絶対ないはず。

 と言うことは偽名!

 セレスティーノ様の恋人?

 俺はセレスティーノ様の神民だぞ!あのセレスティーノ様に限ってこんなオッサンを恋人にするはずが……・いや、あったとして、俺が知らないわけがない。もしかして、秘密の愛人とかか……

「なんで、違うって言うんですかぁ?」

 オッサンは上目遣いで問いかけた。

 マジでキモイ。

「大体……あんた、おっさんだろ……」

「ひどぉぉぉぉい! あなたも見たものしか信じないのね!」

「いやいや……見たまんまなんですが……」

「目の前にあるものが真実とは限らないのよ……心の目でしっかりと見るの!ホラ!目をつぶって」

 恐る恐るコウスケは目をつぶる。

 この辺りは素直なコウスケ。少々好感度アップと言ったところか。

 って、そんなのは関係ない?

 コウスケ静かに心を落ち着ける。

 何だかすえた臭いがした。

 加齢臭?

「なんか……カレーみたいなにおいがします……」

 ⁉

 オッサンの目が丸くなる。

 これはさすがにオッサンの逆鱗に触れたのか。

 オッサンが拳を自分の顎に引き当てた。

 殴られる?

 咄嗟にコウスケは頭を覆って目を閉じた。


「だって、私の名前はカレエーナ。しかも甘い甘いアマコなのよ」

 顎に手を当てたオッサンが、かわいらしく首を傾けた。

 目がクリクリッと輝いている。

 コウスケは固まった。

 頭を抱えて固まった。

 このオッサンは何を言っているのだ……


 まぁいい。名前なぞどうでもいい。

 とにかく、それよりも大事なことがある。

 そう、ココからいかにして脱出するか……


 っと、その前に、大事な大事な確認事項が……


「本当にセレスティーノ様の恋人ですか?」

 そこは確認しなくても分かるだろう……普通。






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