第634話 本郷田タケシ改造計画(3)
シーンと静まり返る手術室。
周りにいる研究員たちは、デスラーの怒りに巻き込まれないように、そっと後ずさり四方の壁に背中をピタリとつけていた。
そんな中、ケラケラと馬鹿にしたように笑う
その表情の怖い事www怖い事www
その他モブの研究員たちは、もう、生きた心地がしない……
というのも、先ほどから真顔のデスラーの頬のお肉がピクピクと小刻みに痙攣しているのだ。
どうも、そのせいで発音が上手にできないようでwwww
「わ!
――まずい!
やっとのことで、このまずい状況に気づいた
手術台の上に立っているタケシに慌てて声をかけた。
「タケシ君! ここから逃げよう!」
タケシは突然の提案に戸惑った。
「え! 逃げるって! どこに!」
だが、手術台の上にいては何もできない。
ということで、タケシは大儀そうに、手をつき手術台の上から降りたのだが、そこにはやはり黒ナマコ怪人の亡骸が……
――汚ねぇ!
と、ついつい……いつもの癖で、手についた黒ナマコ怪人の残骸をケツにこすりつけ拭き始めていた。
そんなタケシの手首をヒロシはギュッとつかむと、一目散に手術室のドアに向かって走り始めた。
「いいから! タケシ君、ここから出るんだ! そうじゃないと君はツョッカーの一員にされてしまうぞ!」
そんな二人を止めるかのようにデスラーが大きな声をかけた。
「待て!
「なんだと!」
その言葉を聞いた瞬間、タケシはヒロシに引かれる手を無理やり引き戻し足を止めてしまった。
時給が大銅貨3枚(300円)……それはなんと甘美な響きであろうか。
大銅貨3枚(300円)もあれば、安売りスーパーで5パック入りの袋麺が一つ買えてしまう。
これで、食うことには困らない……
そう……飢えて死ぬことはないのだ……
考えてみると……
立花ハイクショップでいくらアルバイトをしたところで、時給大銅貨1枚(100円)なのである。
一日10時間休まずに働いたとして、銀貨1枚(1千円)
休みなしの一か月30日分に換算したところで、大銀貨3枚(3万円)にしかならないのだ。
当たり前である……
当たり前であるが……これでは食っていけない。
それどころか、家賃すら払えない……
そのため、タケシはハイクショップからくすねたダンボールで作ったダンボールハウスに住んでいたのである。
だが……時給大銅貨3枚(300円)、それだけあれば月給換算で大銀貨9枚(9万円)にはなるはずなのだ。
コレだけあれば、まともな部屋に住むことができる。
住所さえあれば履歴書だって書けるのだ。
そうすれば、もっといい仕事に就くことだってできるかもしれない。
しかも! しかもである!
ツョッカー病院がいくらブラック企業といても企業! いわゆる法人なのである!
――ならば、福利厚生がしっかりしているかもしれないではないか!
そう、法人である以上、最低でも社会保険が完備されているはずなのだ。
というのも、法人というものは、設立した瞬間から否が応でも社会保険の加入義務があるのである。
ならば、もう病院に通っても全額自己負担という悪夢を見ることはないのだ。
――アリではないか! ツョッカー病院!
だが、そんなタケシの想いを感じ取ったのか、ヒロシが強く手を引き諫めるのだ。
「タケシ君! だまされてはいけない! これは罠だ!」
「罠だと!」
驚いたタケシは勢いよくヒロシのほうへと振り向いた。
そこにはヒロシが悲しそうに首を振っていた。
「時給と言っても……それは雇用契約ではなく請負契約なのだ……」
「な・ん・だ・と!」
再び驚くタケシ!
言わずもがな、雇用契約とは従業員として働くことを意味する。分かりやすく言えばサラリーマンさんのことである。このサラリーマンさんは労働時間に応じて給料が支払われる契約になっているのだ。
これに対して請負契約とは、労働時間ではなく一つの仕事の成果に対して、いくらという形で働くのである。俗に言う一人親方さんや個人事業主がこの形に該当する。
すなわち、労働者であれば社会保険、労働保険は強制加入であるが、一人親方となれば、それは会社とは赤の他人さん! 社会保険や労働保険の加入義務など全くないのである。
しかも! 一人親方さんへの支払いは、消費税上の経費としてカウントされるが、従業員への支払いは給与としてノーカウントなのである。
こういった事情から、ブラックの会社では会社に在籍している従業員を、なんちゃっての一人親方さんとして働かせていたのだ。
そう、これによって社会保険料の負担もなく、その上、消費税もお安くなるという超絶お得な計算だったのである。
だが、世の中、そんなに甘くない!
社会保険事務所がOKといっても、税務署が黙っていないのである。
というのも、この一人親方と従業員の区別は消費税の計算において税務調査のトラブルになるところなのだ。
だが、それも過去の話……
いまや、あくどい政治家アルダインによってインボイス制度なるものが導入されたのであった。
もう、その対象が一人親方であるか従業員であるかなど、税務署にいちいち説明する必要はないのである。
要はその対象がインボイスをもっているのか! もっていないのかだけになったのである!
支払い対象がインボイスを持っていなければ、会社は自己の計算においてその支払いが消費税上の経費にならないため、その金額の消費税相当額を会社が代わりに税務署へ消費税として納めないといけないのである。
一見、会社にとっては損になるように見える。
見えるのだが、ブラック企業の論法は少し違うのだ。
インボイスがないことによって自分が負担しなければいけない金額を、一人親方に押し付けるのである。
分かりやすく言えば、一人親方さんへの支払い金額から、その消費税分を控除するのである。
こうすれば、ブラック企業は金銭的に何も痛くないのだ。
しかも、ツョッカー病院は消費税を控除するついでに他のものまで控除している。
そう、さきほどデスラーが提示した時給単価から下記のモノがひかれているのだ。
消費税……銅貨3枚
組合費……銅貨1枚
安全教育費……銅貨5枚
慰安旅行積立金……銅貨3枚
食堂使用料……銅貨5枚
デスラー副院長への貢ぎ物……大銅貨2枚
これらを計算すると……
時給、大銅貨3枚(300円)だったものが、時給 銅貨7枚(70円)のマイナスになるのだ。
マイナス!
マイナスである!
そう、働けば働くほどマイナス、いわゆる借金が増えるという悪循環。
しかも、社会保険も労働保険もないのである……まさに超絶ブラック!
この罠にはまった
しかし、ブラック会社にとって奴隷は産業資源である。
使い捨てと言えども、新たな資源を投入しないと会社は動かないのである。
そんな成長エネルギーの吸収を邪魔されたとあって、デスラー副院長の怒りはマックスになっていた。
「
部屋中に響くデスラーの怒声!
あまりの恐怖に、壁に並ぶモブの研究員たちは「イッィィィ!」と反射的に背筋を伸ばし手をまっすぐに上げている。
「
というのも、ここまで顔を真っ赤にしているデスラーを見たことがなかったのだ。
――やばい!
ということで、
――早く逃げないと!
だが、タケシは黒ナマコ怪人がついた手で鼻くそをほじっている。
「ウ〇コにウ〇コがついちゃった場合、ウ〇コの存在価値は二乗の関係になったといえるのだろうか?」
まさに哲学!
だが、そんな哲学も小学生並みの知能しかないタケシには解くことができなかった。
「そんな事より! 早く! タケシ君! 逃げるんだ!」
だが、それよりも早くデスラーの号令が飛ぶ!
「
号令一下、研究員たちがすぐさま出口の前に壁を作った。
行く手を阻まれた
徐々に徐々にと迫ってくる研究員たちに、二人は少しずつ後ずさる。
そんな様子を楽しそうに見るデスラーの表情からは、すでに怒りの色が消えていた。
「
それを聞く
「それだけは嫌だ! 私は!私はあなたのもとにタケシ君を連れてきたではないか! それなのに……なぜ!」
なぜって……あんた……マジで分かってないの?
だから空気が読めない奴は困るんだよ……
デスラーはバカにするかのように半笑いを浮かべ
「ウァハハハアハ!
それを聞くタケシはカチンと頭にきた。
だって、自分のことを失敗体と言い切ったのである。
ああ!なんと腹立たしいことだろうか!
そのため、ついつい腹に力が入ってしまったのだ。
そして……お尻からプゥ~
キュィィィィィン!
再びタケコプターが高速で回転する!
三度、タケシの体に蓄えられるプゥ~・ア! エネルギー!
そして当然に!
『了解!コンバットスーツ、電送シマス!』
と、タケコプターのコンピュータが言うのかどうか知らないが、タケシのケツへとコンバットスーツを電送装着するのである!
その間! 僅か0.05秒!
「蒸・着!」
そう!
って! 宇宙刑事ギャバンかよwww
だが、そのケツのコンバットスーツをまとうことによって、小学生並みのタケシの知能指数が若干、というか、ほんのわずかに上昇していたのである。
そして! その宇宙刑事も驚くそのスーパー頭脳が、だれも気づいていない一つの事実を導き出したのだ!
その事実とは!
――俺の存在……要らなくね?
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