第338話 小門の楽園(2)

「二人とも暇? だったら手伝って!」

 不意にだれかの声がした。


 石の上に腰を掛け、顎に両手をおし当てて暇そうにしているビン子と、きょろきょろと女の子を値踏みしている犬顔のタカトの前に外から買い出しに戻ってきたコウエンが忙しそうに立っていた。

 忘れている人もいるかもしれないが、コウエンは、万命寺のみならい僧である。

 だから、当然、坊主頭。

 でも実は、女の子なのだ。

 そう、万命寺は、女の子でも坊主頭! 男女平等の精神なのである!

 しかし、今日のコウエンの姿は、違っていた。


 ――坊主頭じゃない……


 ビン子とタカトは、ぽかんと口を開けてコウエンを見上げていた。

 そこには、ワンピースを着たコウエン。

 いや、なにより、女の子らしいショートの黒髪をかき上げるコウエンの姿があったのだ。


「かわいい……」

 思わずビン子はつぶやいた。

 一方コウエンは、噴き出した。

 だって、見上げたタカトの顔には、なぜか犬の鼻と耳がついていたのである。

 バカ丸出しである。

 そりゃ、思わず吹き出すわ。


 タカトは、飛び上がり、大きな声で叫んだ。

「お前! 何やってんだよ。まるで女の子みたいじゃないか!」


 ボコっ!


 タカトの腹に、コウエンの蹴りが見事に入る。


「私は、最初から女だ!」


 腹を押さえてうずくまるタカト。

 ――そうでした……コイツ、女でした……

 と言うか、『ワンちゃん!(以下略)』は、女の子の心をゲットするのではなかったんですか? やはり、ビン子の言う通り、駆除対象のようだ。


 苦痛で歪むタカトの顔が、コウエンを見上げた。

 その目の先には、ワンピースのふくらみが。

 いつもはさらしを巻いて、押さえつけていたのが、今日は、ふくよかな山を作っているではないか。


 痛みを忘れて、飛び上がったタカトは、開口一番、頭を下げた。


「おっぱい揉ませてください!」


 しかし、タカトの頭は、そのまま地面にめり込んだ。

 どうやら、コウエンのエルボーが後頭部にヒットしたようである。

 ピクピクと揺れるタカトの足先。


「おーい、ワンちゃん……生きてるかぁ!」

 ビン子の使われなかったハリセンが、タカトの後頭部をつついていた。


 そんなタカトたちの横を、コウエンとは別に買い出しに行っていた僧たちが、通り過ぎていった。

 そして、奥にいるガンエンと何やら話をし始めた。

 コウエンとビン子が、その様子を不思議そうに見ている。


 その隙にと、タカトの指が、コウエンのふくらみにゆっくりと伸びていく。

 ――えへへ、今のうちに……

 緩み切った顔から、気色悪よだれが垂れている。もう、どこから見ても変質者である。


 指がそのふくらみに届こうかとした瞬間。


 ビシっ!


 ビン子のハリセンがテニスのバックハンドの如く、タカトの頭を跳ね飛ばした。

 油断していたタカトは、その一撃を、もろに食らう。

 そして、ハリセンが打ち付けられた頬を押さえ、地面で子犬のように泣き叫んでいた。

 しかし、ガンエンたちの様子を気にしているコウエンとビン子には、全く届いてない様子。

 一人でむなしく騒ぐタカトの声だけが、洞窟の中で響いていた。


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