第436話 魂の融合実験(3)


 誰もいない実験室。

 部屋はひっそりと静まり返っていた。

 あいも変わらずこの部屋は薄暗い。

 そして、部屋の中心には緑の液体が詰まった筒が何も変わらず、いつもと同じように音もなく並んでいた。


 ヨメルやその助手である魔人たちは、ソフィアの融合加工実験において、やるべきことを一通り終えると順次部屋から出ていった。

 ヨメル自身もすでに必要事項を一通り終えた実験には、もう興味がわかないのだろうか、もう、かれこれ四週間、この実験室に姿を見せていない。

 時折、事後の実験の様子を伺いに一人の研究員が定期的に顔をだすぐらいである。

 今日も、同時刻に研究員の足音が近づいてきた。

 ドアを開ける音がひときわ大きく研究室に響いた。

 開けっ放しにしたドアから、いつものように無言で筒の前まで歩いてくる。

 そして、特有のオレンジのランプに照らし出される大きな筒を眺め、何かをゴソゴソと記録しはじめる。

 部屋の中には、そいつが使うペンの発するコツコツと言う音のみが響いていた。

 その記載する時間は、短い。

 ほんの数秒の時間である。

 それも仕方ない。

 この四週間、繭に変化が見られないのである。

『変化なし』

 書く内容はいつも同じである。

 記録が終わった研究員は、いつものようにしゃべることもなくドアへと足を向ける。そして、部屋から出た研究員は、無造作にドアを閉めていく。

 来た時に開けたドアの音よりも少々乱暴な音。

 いつものことだ。

 そして、ドア越しの足音が小さくなっていくのもいつものことだ。


 残された部屋には、あいも変わらず緑の液体が詰まった筒が立っている。

 その中には、虹色のまゆがぽつんと姿を変えず動かない。

 全く音がしない。

 全く動かない。

 ただ、ただ、単に繭は沈んでいるだけである。


 先ほどから、その繭を睨み続けている男がいた。

 その緑の液体が入った筒状のカプセルの前に胡坐あぐらをかくディシウスである。

 研究員が入ってきたときも微動だにせず腕を組んだまま、じーっと繭の様子を見つめるばかり。

 研究員も慣れているのか、ディシウスに話しかけようともしなかった。

 どうせ話しかけたところで無駄なのだ。

 ディシウスは、カプセルの前から一切、動こうとしない。

 よほどソフィアの事が心配なのだろうか。

 繭に変化があれば呼んでやると言っても、ディシウスは動かない。

 何も言わずに動かない。

 研究員が邪魔だと言ってディシウスを、研究室から引きずり出そうにも、相手は歴戦の傭兵。

 たかが研究員のオタク魔人がかなう相手ではなかった。

 だが、邪魔をせずにそこに座っているだけならいいではないか……

 諦めた研究員は、ディシウスを狸の置物と考えた。

 どうせ、動かないのである。

 最初からあった置物と考えれば、特に苦痛ではなかった。


 こんな状態になって、かれこれ四週間になるだろうか。

 ディシウスは、その場を全く動こうとせず、四六時中カプセルをにらみ続けていたのだった。


 ディシウスは繭のちょっとした変化を見逃すまいと緑色の目を見開き続けていた。

 さすがに見かねたヨメルが、部下に食事を運ばせる。

 ディシウスの生活は、その半畳のスペースですべて賄われていた。

 その様子は、カプセルの前から、ほんの数秒でも離れることを拒むかのよう。

 えっ? トイレはどうしたって?

 その辺に転がっていたビンに勝手に用を足しているみたいだよ。コイツ。

 でも、絶対、用を足した後、手を洗ってないよね……


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