第四章 ハンター編其の二 怖い思いをするにゃ~

081 困ったにゃ~


 我輩は猫又である。名前はシラタマだ。お風呂用のスポンジではない。


 アイパーティと再会して、一週間ほど生活を共にしたが、王都では仕事が少ないらしく、最前線の街に護衛依頼を受けて旅立った。

 毎日が騒がしいアイ達が居なくなると、静かになって少し寂しく感じるが、うるさ過ぎたので、リータとの二人暮らしがちょうどいいのかもしれない。


 わしの王都での暮らしは、週に三日、ハンターの仕事をし、その他は家の庭いじりやDIY、王女のさっちゃんと遊んだり、リータの目を盗んでこっそり実家に転移して、キョリスの娘、コリスと遊んだりする毎日だ。

 仕事量は少ないが忙しい毎日を送っていると、ハンター活動も一ヶ月を過ぎようとしている。


 王都をこの姿(猫のぬいぐるみ)で、一ヶ月も歩き回ったせいか、街中で一部を除いて騒がれる事が少なくなった。道行く人もわしを見掛けても、一瞬見るだけで普通に歩き去って行く。


 だが、一部の者に捕まると騒ぎ出し、なかなか離れてくれなくて困っている。


「ねこだ~!」

「ねこさん遊ぼ~」

「お母さん。わたしも行って来ていい?」


 困っている原因は子供だ。わしが害が無いとわかってから、チラホラと近付いて来た。わしも印象が悪くなるといけないから優しくし、子供の喜びそうな魔法で相手をしていたら、日に日に集まる子供が増えていった。


「ねこさん、滑り台作って~」

「ねこ~。ブランコも~」

「わたしはモフモフしていい?」

「超高い高いして~」

「ちょっと待つにゃ。いま作るから順番に遊ぶにゃ」

「「「「「は~い」」」」」


 わしは空いている広場の一角に、滑り台とブランコを何台か土魔法で作り出す。そして、女の子にモフモフさせながら、男の子を風魔法で上空に吹き飛ばす。

 上空と言っても5メートルぐらいで、落ちて来たら柔らかいクッションの風で受け止める。


 これはあまりに素行の悪い貴族の男の子がわしの毛を引っ張ったり、周りの子供を叩いたり、悪口を言っていたから、わしが怒ってついやってしまった。その時は怒りに任せて100メートルぐらいぶっ飛ばしてやった。

 貴族の男の子は放心状態だったが、それを見ていた男の子達は自分も自分もと、やってとせがまれ、親御さんとの相談の結果、そんなに高くしないならばと了承された。


 貴族の男の子はその後、現れなかったが、モンスターと化した親は来た。最初は丁寧に対応していたが、あまりに横柄な態度にキレて、ちょっとののしったら護衛の男とやり合う事となり、警備兵まで動く事となった。

 しかし、わしが悪くないと知ると、警備兵は貴族を連行して去って行った。きっと女王の友人設定が力を発揮したのだろう。



「ねこ~。もっと高く~」

「これ以上はダメにゃ~」

「あの子が順番抜かしするの……」

「コラー! ちゃんと並ばにゃいと次から使わせないにゃ~!」

「モフモフ~」

「そろそろ次の人に代わろうにゃ?」

「どうしたら、ねこさんになれるの?」

「来世に期待するにゃ」


 と……子供に捕まると大変な目に会う。


 サービスし過ぎてしまったか……いい子が多いのが幸いなんじゃが、そのせいで断り難くなっている。う~ん。どうしたものか……ん?


 わしがふと目を向けた場所に、汚い格好をした数人の子供達が目に入った。


 あの子達は、前もあそこで見てるだけじゃったな。はて? 一緒に遊べばいいのに、なんでこっちに来ないんじゃろう。手招きしてみよう。


 わしは猫の手で手招きする。一人の小さい子供は嬉しそうに近寄ろうとするが、年上の子供に止められ、全員、悲しそうに帰って行ってしまった。



 その夜……


「猫さん。どうかしましたか?」


 わしは縁側に座り、広場から去って行った子供達の悲しそうな顔を思い出していたら、リータが尋ねて来た。


「今日、遊びに参加しにゃかった子供達がいたから、にゃんでかにゃ~と、考えていたにゃ」

「あの子達ですか……」

「知ってるにゃ?」

「たぶん孤児院の子供達ですよ。広場に近付いては行けないと言われているんじゃないでしょうか?」

「にゃんでにゃ?」

「その……服装が汚いですから……。私も猫さんと出会う前は、浮浪児と間違えられて嫌な思いをしました」


 浮浪児だと、ゴミを漁りに来たと思われるのかな? たしかに汚い服装じゃったが、教育は行き届いているように見えたんじゃが……服装で差別されているのかな? どっちにしても子供は悪くない。


「明日、孤児院に行って来るにゃ」

「それでは私も……」

「別について来ても面白くないにゃ」

「いえ、何か嫌な予感がします」


 嫌な予感ってなんじゃろう?



 次の日、朝二の鐘(朝九時)が鳴り止む頃に家を出て、手ぶらで行くのもなんだから食料を買い込んで、リータと一緒に孤児院に向かう。


「ここが孤児院かにゃ?」

「ティーサさんが間違っていなければ……」

「ボロボロにゃ~」

「ボロボロですね」

「お化けが出そうにゃ」

「で、出るんですか!?」


 リータは驚いておるけど、お化けが怖いのか? 親戚の妖怪なら隣で手を繋いでるんじゃけど……


「たぶん出ないにゃ」

「そ、そうですよね」

「リータ、後ろにゃ!」

「ヒッ!」

「にゃんでもないにゃ~」

「もう! 猫さん、人が悪いですよ!」


 人じゃないし、妖怪じゃし、猫って自分でも言っておるじゃろう? リータの怯える姿は新鮮じゃが、からかうのは今後止めておこう。

 リータは女の子みたいにポコポコ両手で叩いているつもりじゃろうが、パワーがあるからドスドスと重たい。地面にり込みそうじゃ。



 ギ、ギギィィ……


 わし達が孤児院の前で遊んでいると、孤児院の扉が嫌な音を立て、ゆっくりと開いた。


「ヒッ……」

「リータは怖がりだにゃ~。扉が開いただけ……にゃ~~~!」

「ヒ~~!」


 扉の中からぬるりと、白髪の老婆が包丁を持って現れ、わしとリータは恐怖で叫ぶ事となった。


「猫が立ってる!!」


 老婆もわしの姿を見て、驚きの声をあげた。


 いつもの反応? 鬼ババアではなく人間のババアか。ビックリさせよって! わしも驚かせたから同罪か……


「ここは孤児院で間違いないかにゃ?」

「喋った!!」


 この反応は久し振りじゃのう。けっこう有名になっていると思っておったが、まだまだじゃのう。別に有名になりたくないが……


「それはいいから質問に答えるにゃ」

「へ……ああ。孤児院で間違いないよ。あんたが噂の猫か。本当に立って喋るんだね。驚かせるんじゃないよ」

「驚いたのはこっちにゃ。にゃんで包丁なんか持って出て来るにゃ」

「近所の悪ガキが、また騒いでるいると思ってね。この姿で出て行くと一発で逃げて行くんだよ。ヒッヒッヒッ」


 そりゃ鬼ババアを見たら逃げるわな。笑い方も怖いし……でも、そんな事するから悪ガキが集まるんじゃなかろうか?


「それで何か用かい?」

「こにゃいだ広場で孤児院の子供を見掛けたから、様子を見に来たにゃ」

「あの子達、また行っていたのかい。行くなって言っているのに……」

「たぶんわしを見に来ていただけにゃ。だから怒らないであげてにゃ。それにしても、にゃんで行っちゃいけないにゃ?」

「あんな汚い姿じゃ、ゴミを漁りに来たと思われるからね。それに女王陛下から援助を受けているのに、服も買ってやれないと思われる。そうなれば、陛下の心象も悪くなるだろう」


 ババアは女王の心配をしてる? 女王は国民に慕われておったのか。平民なのに女王を支えるとは、このババアも出来たお人じゃな。


「それと私の査定にも関わってくるからな」


 そっちが本音かい! 女王もババアも感心しておったのに台無しじゃわい。


「服も買えないぐらいのお金しかは貰ってないのかにゃ?」

「前に貴族が何人か処罰されただろ? あいつらが孤児院の援助金を着服してたんだ。不作の影響で減っていると言われて信じておった。院の修繕費に積み立てていたお金で、食費はなんとか持たしていたから、服も新しく買う事が出来ないんだ」

「じゃあ、援助金は元の額は貰える様になったのかにゃ?」

「そうだけど、不作で食品の値上がりがきつくて、やりくりはギリギリだ」


 不手際があったんじゃから、しばらくは多めに渡してあげればいいのに……不作じゃ財政も厳しいのかな? そう言えば、ローザから借りてる家も、無駄な出費を控えるために建て替えは出来なかったと言っておったな。


「う~ん。失敗したにゃ~」

「なにがだい?」

「困っていそうだから寄付をしようと食料を持って来たにゃ。現金の方がよかったかにゃ?」

「いや、食料でもありがたい。それを先に言いなよ。ささ、こんな所で立ち話もなんだから中に入りな」


 わしとリータは現金なババアに孤児院の中に通され、食堂に連れて行かれる。食堂では、席に着く様に言われたので、イスに座りながらリータと共に、コソコソと感想を言い合う。


「外もボロボロでしたけど、中もひどいですね」

「今にも幽霊が出そうにゃ~」

「あんた達ハッキリ言うねぇ」

「す、すみません」

「事実にゃ」


 このババア……わしとリータの小さい声を聞き取りやがった。地獄耳じゃな。


「失礼な奴らだが、寄付してくれるから大目に見よう。私がこの孤児院の院長をしているヨンナだ」

「わしはシラタマにゃ」

「リータです」

「それで食料は何処に出したらいいにゃ?」

「手ぶらに見えるけど、どこに持っているんだい?」

「わしは収納魔法が使えるにゃ」

「そうなのかい? じゃあ、あっちに調理場があるから、そっちで出してくれるかい」

「わかった……にゃ~!」


 わしは調理場に入るが、異臭と汚れに、即座に退出してしまう。


「く、くさいにゃ! 掃除はしてるにゃ?」

「最近、井戸の調子が悪くて、洗い物も最小限しか出来ていないんだよ」


 お金も無い、服も無い、水も無いんかい! もうこれ、詰んでないか?


「はぁ……先に掃除するにゃ。リータ、手伝ってくれにゃ」

「はい。くさいです……」

「これ巻いておくにゃ」


 次元倉庫から二枚の布を取り出し、鼻と口を覆って掃除を始める。一度、水魔法で一気に洗い流し、細かい作業はリータに手伝ってもらい、どんどん綺麗にしていく。

 ババアは最初、わしの魔法に驚いて固まっていたが、途中から参加してくれたので、掃除は二人に任せて違う作業に移る。


「冷蔵庫はあるかにゃ?」

「そんな高価な物があるわけないだろ」


 期待はしておらんかったけど、どうするかな? だいぶ寒くなって来たけど、あった方がこの先いいじゃろう。どこかいい場所があれば氷室が作れるんじゃけど……


「井戸の場所と、外に広い場所があれば教えて欲しいにゃ」

「井戸ならそこの勝手口を出た所にあるよ。庭がけっこう広いけど、何をするんだい?」

「悪い様にはしないにゃ」



 わしは勝手口から外に出る。出た所に井戸はすぐに見つかり、中をのぞき込む。そして、井戸水を水魔法で操作し、空中に浮き上がらせると、井戸の中に飛び降りて中の状況を調べる。


 今年は雨の量が少ないって言っておったし、地下水が枯渇しておるのか? 水が染み出す量が少ないが、出ていないわけではないな。少し掘ってみるか。


 わしは土魔法で井戸の底を少しずつ掘っていく。2メートルほど掘ると、多く水が染み出して来たので、止めて様子を見る。


 こんなもんかな? 枯れていないようじゃし、これでなんとかなるか。次に氷室を作る場所か……あっちが庭って言っていたな。


 わしは井戸から飛び出ると、浮かしていた水を戻し、庭に向かって歩く。


 広っ! 学校の校庭ぐらい広いな。これなら氷室を作る場所は何処でも出来る。でも、使い勝手もあるし、勝手口から近い方がいいじゃろう。


 わしは勝手口に戻り、穴を掘っていく。庭に向けて崩れない様に壁を強化しつつ、階段を作り、小部屋を掘り出し、最後に引き戸を付けて氷室は完成する。


 うん。これなら氷を入れておけば十分じゃろう。氷魔法で、ほい、ほい、ほいっと! それと次元倉庫から肉を入れておくか。



 氷室も完成し、肉も保管したので勝手口から調理場に戻る。すると、驚きの声が飛んで来た。


「猫!!」

「ねこさんがいる!」


 わしが食堂に戻ると、女性と十歳ぐらいの女の子が調理場にいた。


「これ! この猫は寄付してくれる金づるなんだから丁重に扱いな!」


 ババア……お前もな! 金づるってひどくない?


「わしはシラタマにゃ。君たちは?」

「私は副院長のマルタです」

「わたしはエミリです」


 ババアの言い分はムカつくが、ひつまずわしは自己紹介をし、二人も応えてくれた。そうして落ち着くと、ババアが二人に目を移す。


「マルタ、食材の仕入れはどうだった?」

「どれも値が張りますから、それほど多くは買えませんでした」

「そうか。でも、今日は子供達にお腹いっぱい食べさせられるから大丈夫だ」

「どういう事ですか?」

「こちらの金づる……じゃなく、猫? シラタマ? が食材を提供してくれたのだ」


 ババアは、わしの事を何と呼べばいいか悩んでいるみたいなので、抗議の意味を込めて、皮肉たっぷりに言い聞かせる。


「もう……金づると呼べばいいにゃ」

「それでは金づるさんが……」

「本当に呼ぶにゃ! ババア!!」


 こうしてわしに、新たなケンカ相手が増える事となったのであった。

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