233 猫耳の里に出発にゃ~


「貴様~~~!!」


 ケンフがシェンメイを「筋肉猫」と呼び、わしはリータとメイバイに、「デカ鬼」と、どっちが酷いかを聞いた。それと同時に、シェンメイは斧を振りかぶり、ケンフを襲う。


 マズイ!


 わしは咄嗟とっさに肉体強化魔法を使うと二人の間に入り、ケンフを左手で突飛ばして、斧を右手で受け止める。その衝撃は大きく、床にヒビが入ってしまった。


「何故、止めるの! そいつは敵よ!!」

「子供達の前だからにゃ! 頼むから矛を収めてくれにゃ……頼むにゃ~」

「くっ……」


 シェンメイは辺りを見渡し、子供達の不安そうな顔を見て、元に居た席に戻る。


 いまのは危なかった……。一瞬でも判断が遅れていたら、ケンフは真っ二つじゃった。

 それに力も凄い。さすがは筋肉猫と呼ばれるだけあって、わしの作った床にヒビが入ってしまったわい。普通の床なら、完璧に抜けておったぞ。とりあえず、直しておこう。


 わしが床を土魔法で補修していると、リータとメイバイが心配して近付いて来た。


「シラタマさん……血が……」

「ああ。ちょっと切っただけにゃ」

「あんな大きな斧を受け止めたのにニャ!?」

「あれくらい、どうって事ないにゃ。すまにゃいけど、子供達を別の部屋に連れて行ってくれにゃ」

「……はい」

「わかったニャー」

「みんにゃも出て行ってくれにゃ。……ノエミとケンフは残るにゃ」


 わしの指示に皆は部屋から出て行き、最後に出て行くリータに、水の魔道具とコップを数個渡すと、ケンフとノエミをわしの隣に座らせる。


「これでケンフを殺しても大丈夫にゃ」

「……殺してもいいの?」

「猫耳族にとってケンフは敵だっただろうから、シェンメイの好きにしてかまわないにゃ。でも、どうせ殺すにゃら、情報を絞り取り、使い尽くしてから殺すほうがお得にゃ」


 シェンメイは、わしの発言が意外だったのか、答えに困っているように見える。そんな中、同席しているノエミが声を発する。


「シラタマ君……。あの時も思ったけど、シラタマ君って残酷なのね……」

「………」

「あの時って?」


 ノエミの言葉にわしは黙る。そこに、シェンメイの質問が投げ掛けられる。


「言っていい?」

「……いいにゃ」


 わしが許可を出すと、ノエミが猫耳族を魔法陣で操っていた男の話を始める。わしが怒りに任せてした所業だ。言い訳のしようがない。

 ノエミの話が後半になると、シェンメイは黙っていられないのか、驚きの声をあげる。


「四肢を切り落として、治した!?」

「そうよ。シラタマ君の怒りは、死すら許さないわ。あの時ほど、シラタマ君を敵に回してはいけないと感じた事はないわ」

「信じられない……」

「これは事実よ。ケンフがシラタマ君に従順なのは、同じ事をやられたんでしょ?」

「いや、俺は……」

「してないにゃ」


 ノエミの質問に、ケンフは困った顔をしてわしを見るので、代わりに答える。


「え?」

「ケンフは正々堂々闘って、負けを認めたにゃ。それに自殺をしにゃかったから、そんにゃ事は必要なかったにゃ」

「じゃあ、なんでこんなに従順なの?」

「わしの力の一端を見せたからにゃ。にゃ?」

「ワン!」

「それだけで犬になったの!?」

「ま、まぁにゃ」

 

 ノエミから見ても、ケンフは犬に見えるのか。これも言い訳のしようが……あるかも? だって、バカっぽいもん。


「シェンメイにゃら、わしの力が少しはわかったんじゃないかにゃ?」

「……たしかに。私の本気の一撃を片手で受けて、かすり傷だけなんて有り得ない」

「シラタマ君って魔法だけでなく、そんなに力があるの!?」

「にゃにをいまさら……ノエミを担いで、10メートル以上はある壁を飛び越えたにゃ~」

「あ……」


 ノエミもわしの力を理解してくれたようなので、わしはシェンメイに問う。


「で……ケンフをどうしても殺すにゃ?」

「シラタマが殺すなと言うのなら……」

「わしはかまわないと言っているにゃ。判断をわしにゆだねるにゃ」

「………」

「しいて言うにゃら、ケンフは戦いたいだけのバカにゃ。ケンフに殺された者もいるだろうけど、それは戦争だから、ある意味仕方がないことにゃ」

「あの、シラタマ様……よろしいでしょうか?」


 わしが喋り続けていると、ケンフがそろりと手を上げた。


「どうしたにゃ?」

「俺は最近まで山に籠もっていて、誰も殺した事がないんですけど……」

「そうにゃの!?」

「軍に入ったのも流れでして……」


 ケンフは帝国軍に入った経緯を話す。

 なんでも、最強の武術家を目指す為に山に籠もり、一人で修行していたらしい。


 修行も終わり、村に帰ると騎士への仕官兼、テストの武術大会がラサの街で開催されると聞いたので、参加したらぶっちぎりの優勝。軍に入れば強い敵と闘うのに困らないかと、そのまま入隊したそうだ。

 その成果もあって、騎士になったらいきなりの大役を仰せつかって、さらに出世が出来ると期待していたそうだ。

 まさかそんな順風満帆じゅんぷうまんぱんの成り上がりを、一匹の猫に止められるとは思いもしなかったらしい。


「じゃあ、にゃんでシェンメイの事を知っている風に『筋肉猫』にゃんて呼んだにゃ?」

「猫耳族に猛者がいると聞いていたんで、見た目も合致していたから、皆の共通の呼び名を言ったまでです」

「……シェンメイ。二つ名は『戦乙女』だったかにゃ?」

「そ、そうよ!」

「人族からは『筋肉猫』と呼ばれているにゃ~」

「殺す……」


 うお! 凄い殺気じゃ。ケンフを襲った時より、力が込められておる。「戦乙女」は気に入っておるのか。全然似合っておらんけとな……うっ。わしにも殺気が来た! 話を変えよう。


「シェンメイはいきなり襲い掛かったけど、ケンフは敵だと、すぐに見抜けるのかにゃ?」

「その服装は、帝国軍の正装よ。猫耳族の宿敵だから、当然わかるわ」

「にゃるほど……ケンフ。着替えは持ってる……わけないにゃ」

「はあ……」

「この街の家捜しを命じるにゃ。服ぐらい、少しは残ってるかもしれないにゃ。この際、布でもいいから、片っ端から集めて来るにゃ。一人でも大丈夫にゃろ?」

「はい!」

「ほい。袋と光の魔道具にゃ。日が暮れるまでに戻るにゃ~」

「ワン!」


 ケンフが部屋から出て行くと、わしはシェンメイとの話を再開する。


「えっと~。にゃんだったかにゃ……あ! 猫耳族の長に合わせてくれにゃいかにゃ?」

「……会ってどうするの?」

「わしはこの国の事にうといにゃ。だから情報と、これからの協力を頼みたいにゃ」

「シラタマだけならいいけど、他は連れて行けないわ」

「わしだけにゃ?」

「さっきも言った通り、一族の者には、人族を極度に嫌っている一派もいるわ。連れて行くと、話すどころか里には入れない。私も危険因子となるかもしれないわ」

「にゃるほど……」


 そりゃそうか。隠れて住むぐらいなんじゃから、人族嫌いは当然じゃな。でも、人族じゃなければいいのかな?


「メイバイだったら大丈夫かにゃ?」

「多少は警戒されるかもしれないけど、問題無いわ」

「じゃあ、さっそく向かうにゃ~」

「いまから?」

「里は遠いにゃ?」

「私だったら走れば一時間ぐらいで着くけど、人の足だと丸一日は掛かる場所よ」

「猫の足にゃ~」

「あ……」


 こうしてわしのお願いは了承されたので、主要メンバーを集めて会議。と言っても、お留守番の注意事項。ケンフに集めてもらっている服の処置や、食事の事を話すだけだ。

 裁縫に必要な物も食材も渡しておくので問題は無い。飲み水に困るぐらいなので、魔力の入った水の魔道具を多く用意したから、こちらも問題無いだろう。


 準備が整うと、わしはリータの前に立つ。


「リータ。子供達の事は頼むにゃ~」

「はい!」

「にゃにか足りない物は無いかにゃ?」

「すぐ帰って来るのですよ?」

「出来れば夜には……長くて二、三日にゃ」

「それなら足りています。て言うか多過ぎです! 一ヶ月以上もちますよ!」

「シラタマ殿は、心配性だからニャー」


 どうやらわしの渡した水や食料は、多すぎたようで、リータとメイバイは呆れているようだ。


「あと、空からの警戒だけはおこたるにゃ」

「何度も聞いたから大丈夫ですって~」

「それから……」

「もう! 大丈夫ですよ。私に任せてください!!」

「ほら、シラタマ殿。行くニャー」

「にゃ~~~」

「行ってらっしゃ~い」


 わしは笑顔で手を振るリータに見送られ、シェルターを出る。メイバイに首根っこを掴まれて無理矢理だったが……



 その後、街跡も出て、シェンメイが本格的に走ると言うので、わしとメイバイも走ってついて行く。


 速い! あのガタイでこれほどの速度を出せるのか。メイバイが辛そうじゃな。


「メイバイ。無理せず魔道具を使うにゃ」

「いいニャー?」

「里に着いたら補給するから大丈夫にゃ。切れたらすぐに言うにゃ~」

「わかったニャー」


 うん。これならわしが抱き抱えて走る必要はないな。しかし、この速度で木にぶつからず走るなんて、まるで猫みたいじゃな。

 あ、二人とも、だいたい猫じゃ。わしがほぼ猫っていうツッコミはいらん!


 わしがどうでもいい事を考えていても、皆の足は止まらずに進み、三十分を過ぎた頃に、シェンメイが止まれと指示を出す。


「ハァハァ。休憩ニャー?」

「シッ! 厄介な奴がいる」


 メイバイが息を切らして質問すると、シェンメイは警戒を強めるので、わしは感心して見ている。


 ほう、あの速度で走っていて気付くとは、伊達に筋肉猫と呼ばれていないな。いや、戦乙女じゃったか。

 さて、どうしたものか……メイバイの疲労があるから、二人には休憩してもらうか。


「シラタマ殿。何かいるニャ?」


 わしがこれからの方針を考えていたら、メイバイが質問して来た。


「デカイのがいるにゃ」

「じゃあ、一緒に戦うニャー!」

「疲れてるにゃろ? 水を出すから飲んで待ってるにゃ」

「シラタマ殿だけにやらせるのは……」

「シェンメイの里の者と会うと、にゃにが起こるかわからにゃいから、体力は温存してくれにゃ」

「……わかったニャー」

「ほい。水にゃ。シェンメイも飲むにゃ」


 メイバイに水筒を渡し、シェンメイにも手渡そうとするが、受け取ってくれない。


「私も? この先にいる奴は、私でも出来れば避けたい相手よ。それを一人で相手するつもり?」

「まぁまぁ。座って待ってるにゃ~」

「死んでも知らないわよ?」

「わかったにゃ。行って来るにゃ~」


 と言って水筒を押し付けて別れると、すぐに獣を発見したので、首を斬り裂き、次元倉庫に入れる。悲鳴もあげさせない早業だ。


 そうして、メイバイ達の元へ走って戻った。


「ただいまにゃ~」

「おかえりニャー」

「もう戻って来たの? やっぱり協力が必要なのね」

「いんにゃ。終わったにゃ」

「え? 戦闘音なんて全然しなかったわよ?」

「そうだにゃ。メイバイ、疲れはとれたかにゃ?」

「そんな数分でとれないニャー」

「え? え? え??」


 シェンメイは、わしとメイバイの何気ないやり取りに、目をパチクリさせている。


「どうしたにゃ?」

「本当に倒したの?」

「そう言ってるにゃ」

「……どうやって?」

「剣で首を斬り裂いたにゃ」

「その短い剣で?」

「大きかったから、剣に風魔法をまとわせて斬ったにゃ。おかわりいるかにゃ?」

「お願いニャー」


 メイバイから水筒を受け取ったわしは、水魔法で補充しようとするが、シェンメイがそうはさしてくれない。


「ちょっと! まだ話してるでしょ!!」

「なんにゃ~?」

「だから、どうやって倒したのよ!」

「さっき言ったにゃ~」

「シェンメイさん。シラタマ殿のやる事に、いちいち考えたらダメニャー」


 わしが「にゃ~にゃ~」言っていたら、メイバイが助け船を出してくれたけど、それは助け船か?


「メイバイは信じているの?」

「どんな獣かわからないけど、シラタマ殿が終わったと言えば終わっているニャー」

「そうね。わからないわよね。10メートル近い猪よ。こんなの、音も無く倒せるわけないでしょ?」

「シラタマ殿なら出来るニャー」

「え?」

「もういいにゃ。現物見せたらいいんにゃろ?」

「そ、そうね。移動しましょう」


 シェンメイは、猪が居た方向に歩き出す。


「あ、そっちにはもういないにゃ」

「逃げたってこと?」

「わしが持ってるにゃ」

「……持ってる?」

「そこに出すから離れてくれにゃ~」


 シェンメイは、わしの言葉に意味がわからないって顔をするので、引っ張って離れさせる。そして、次元倉庫から巨大な黒い猪を取り出すと、シェンメイは目を擦って見ている。


「うそ……」

「ニャ? もう考えないほうがいいニャー」


 メイバイよ。そんなにわしのやることに諦めさせたいのか? うなずいていますね。そうですか。


「わかった」


 あ、ついに諦めたか。


「無理に決まっているでしょ!!」



 どうやらシェンメイは、諦めが悪いみたいだ。

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