313 天孫降臨にゃ~


「シラタマさん!」

「シラタマ殿!」

「モフモフ~」


 世界が光に包まれたその日、強烈な光で目も開けられなくなると、リータ、メイバイ、コリスがわしに不安な声を送る。


 くっ……まさかそんなわけは……とりあえず、皆の心配をぬぐわなければ。


「大丈夫にゃ! わしがみんにゃのそばにいるからにゃ! 絶対に守ってやるからにゃ!!」


 わしの声に皆は返事をするが、砂利の音が聞こえたので、探知魔法で確認する。


「動くにゃ! わしには居場所がわかっているから、すぐに集めるからにゃ? 心配せず、そのまま待ってるにゃ~」


 わしは探知魔法をこまめに飛ばして皆の形を確認し、まずはリータをコリスにくっつけ、メイバイもコリスにくっつける。


「にゃ~? みんにゃそばにいるにゃ。だから安心するにゃ」

「は、はい……ガチガチ」

「ガチガチ……な、なんだか、体が勝手に震えるニャー」

「モフモフ~。こわいよ~」

「大丈夫にゃ! 大丈夫だからにゃ? わしを信じるにゃ~」


 とは言ったものの、わしも体が震える。探知魔法では空に何かいるようじゃが、球体のような物があるぐらいしかわからない。じゃが、間違いなくあいつじゃ!

 何しに来たかわからないが、ここはひとつ逃げておこう。マーキングからの、【転移】! ……あれ? 発動しない。【転移】!! ……キャンセルされてる??

 くそ! 逃がしてもくれんのか……


 わしは逃げる事を諦め、皆に声を掛け続け、どれぐらいの時間が経ったであろう……光の力が弱くなった事を感じて目を開ける。

 そこには、まだ光の残る中、水の上に立つ大きな男と女の姿があった。



 男は、そこに居るだけで雄大さをかもしだし、女は、そこに居るだけで花を想像させる。



「シ、シラタマ…どの……」

「メイバイ!」

「モフ…モフ……」

「コリス!」

「シ、シラタマさん……あの人は……」

「リータ~~~!!」


 男と女の登場でメイバイが気を失い、コリスも続く。そして最後に、リータまでもが地に倒れる。

 わしも倒れてしまいたいが、そんなわけにはいかない。震える体を引きずって川の浅瀬まで行くと、水に頭を浸け、土下座をして叫ぶ。


「スサノオノミコトとお見受けしますにゃ! わしがにゃにか失礼にゃ事をしでかした事を、ここにお詫びしますにゃ! どうか、どうか……わしの命をもって、仲間の命は助けてくださいにゃ~~~!!」


 わしの心からの叫びを聞いた男と女は顔を見合わせたあと、男がわしに言葉を掛ける。


「あ~。何か誤解があるようだな。命など取らん。お前に会いに来ただけだ」

「にゃ……わしにゃんかにですかにゃ?」

「そうだ。確認にやって来ただけなのだが、何をおびえている?」

「お言葉ですが、そのようにゃ神の殺気を放たれると、ただの人間……いや、生物にゃど、正気でいられにゃいですにゃ」

「おお~。それは悪かった。久し振りの下界なので、漏れる気を消し忘れていた。しかし、俺の気に耐えられるとは面白い奴だ」

「この人の悪い癖ですわ。猫ちゃん。許してあげてね」

「は、はあ……」


 男が謝ると女も謝罪し、辺りから殺気が消える。そこでやっとわしの恐怖も消え去ったが、無礼があるといけないので、土下座を続けながら質問する。


「それで確認と言うのは、にゃんでしょうか?」

「まあまあ。面を上げろ。そこのテーブルで話そうじゃないか」

「水に頭を浸けていては、話も出来ないでしょう?」

「は、はあ……」


 わしは川から上がると水分を吹き飛ばし、男と女をテーブルに案内する。男はドサッと椅子に座り、女はおしとやかに席に着く。

 わしはどうしたものかと考え、コーヒーとチョコレートケーキを出して、立ったまま話を聞こうとするが、座るように促されて席に着く。


「おお! なかなかいけるじゃないか」

「滅相にゃお言葉ですにゃ」

「いえいえ。けっこうなお手前よ」


 えっと……神様じゃよな? えらくがっついておる。


「そうだ。お前達が神と呼ぶものだ」

「にゃ!? 失礼しましたにゃ」

「うふふ。いいのよ。でも、心を読む事も知っているのね」

「それに、俺の事をスサノオノミコトと呼んだぞ」

「そうでしたわね。私の事は、わからないのかしら?」

「えっと、スセリヒメ……は違うようですにゃ。だとしたら、ヤマタノオロチの時に嫁いだ、クシナダヒメですかにゃ?」

「どちらも違いますわ。私はオオゲツヒメと呼ばれていた者よ」

「にゃ!? それって、殺されたんにゃ……」


 わしが二人の顔を交互に見ると、二人は大きな声で笑う。


「がははは。こいつ、管理者の名をすらすらと言っているぞ」

「うふふふ。猫ちゃん。その歴史は間違っていますからね」

「申し訳ありにゃせん!」

「いいのよ。それにかしこまらなくても怒ったりしないわよ?」

「はあ……それで確認って言うのはにゃんですか?」

「ああ。そうだったな。まずは転生者かどうかの確認で来たのだが、どっちだ?」

「輪廻転生ではなく、違う世界から来ましたにゃ」

「たしかに、記録では姉の世界から来たとなっているが、猫がそんな知識があるわけがないだろう?」

「あ、それはですにゃ、どうも事故にあいにゃして……」


 わしがこの世界に来た経緯を話すと、二人は額に手を当てる。


「それは申し訳ない!」

「もうアマテラス様から謝罪は受けましたので、頭を上げてくださいにゃ」

「元は人間だったのに、猫ちゃんは苦労をなさったのですね」

「そうですにゃ……でも、いまは楽しく暮らしていますにゃ」

「それでも、苦労を掛けた事にはかわりない」

「も、もう終わった事ですにゃ~。これで、確認は終わったって事ですかにゃ? わざわざこんにゃ事で天孫降臨にゃんて、ご苦労様ですにゃ~」

「いや、それだけで来たわけではない」

「と、言いにゃすと?」

「これを見ろ」


 スサノオはそう言うと、テーブルの上に手をかざす。わしは不思議に思って見ていたら、一瞬で碁盤のような物が現れた。


「囲碁ですにゃ? 黒の碁石ばっかりですにゃ……にゃんですかこれは?」

「これは……お前達の言葉にすると難しいな。お前達がアカシックレコードと呼んでいる物に近い物だ」

「アカシックレコード? 世界の全記録が記されたって、アレですかにゃ?」

「その通りだ」

「これがわしに関係していると言う事は、わしが歴史を書き換えてしまったと言う事ですにゃ?」

「いや。未来を決めるのはお前達なのだから、罪はない。ただ、予想していた未来から大きく変わった事の確認でやって来たのだ」

「順を追って説明しますわね」

「にゃ!?」


 オオゲツヒメは、わしを指差す。するとわしは浮き上がり、抵抗する事も出来ずにオオゲツヒメの膝の上に乗る事となった。

 そうしてオオゲツヒメは、何が起こっているかわからないわしを撫でながら語り始める。



 どうやら予想していた歴史とは、東の国どころか、南の国、西の国、帝国、全ての小国の滅亡だったらしい。

 まず帝国が東の国に攻め込み、その混乱に乗じてビーダールが南の国をそそのかして東の国に攻め込む。西の国はその大戦を傍観していたが、影で小国をまとめ、後半には四つ巴の、大戦争に勃発する未来だったらしい。


 そこでこのアカシックレコードの役目が何かと聞くと、人々の怒りと悲しみを表す負の感情のバラメーターとなっていて、碁石の色で測れるらしい。

 現在、黒い碁石が置かれている場所は、過去の大戦で負の感情があふれ、黒い森に変わった場所とのこと。現在、白い碁石が置かれている場所は、黒い森が無い、全面戦争が行われていない場所とのこと。


「戦争が行われたのはわかったのですが、にゃんでその場所が黒い森に変わっているのですにゃ?」

「負の感情が一定以上広がると、それが魔力に代わり、そこに植物の種があると、一気に芽吹くシステムになっている。戦争の停止措置に作ったんだ」

「えっと……停止どころか、滅んでいるように思えますにゃ……」

「がっはっはっはっ。その通りだ!」

「……ひとつお願いをしたいのですが、聞いてもらえにゃいでしょうか?」

「お前を怖がらせた事もあるし、内容によっては聞いてやる」

「ありがとうございにゃす。では、おふた方が、わしの心を読めないようにしてくれにゃせんか? また失礼にゃ事を考えてしまいそうで怖いですにゃ」

「それぐらいなら容易たやすい」


 スサノオは、わしをジッと見て何かを呟くと、もう大丈夫と言うので感謝し、ケーキとコーヒーサーバーを取り出して振る舞う。

 二人ががっついている内に、何度か本当に聞こえていないか試してから、心の中でわしは叫ぶ。



 世界が滅んでいるのは、お前のせいかい!!



 ふぅ……ようやく自由にツッコめる。

 つまり、戦争を止める為のシステムが強力過ぎて、止めるイコール滅亡になっておるんじゃな。

 このシステムが近い将来発動する予定だったのを、はからずもわしが食い止めてしまったから、確認にやって来たと言う事か……

 まぁ神さんの情報では、元、猫が、猫に転生して、人間の街を歩き回っているのだから、おかしく感じたのかな?


 それにしてもやり方があるじゃろう。アマテラスのように、こっそり出来んのか。古事記では、スサノオは豪快な性格なようだったし、あまり深く考えないのか?

 ひとまず、誰の命も取らないって事は、安心材料じゃな。オオゲツヒメがわしを撫でる理由はわからんが……


 しかし、アカシックレコードか……本当に存在したんじゃな。碁盤にしか見えんけど……。ん? よく見ると、升目が増えてる? いや……どんどん増えてる!


「にゃ~~~!!??」


 わしが碁盤を見つめていると升目が無限に増え、その情報量が頭に一気に流れ込み、悲鳴をあげる事となった。


「あらあら」

「ぎゃっ」


 するとオオゲツヒメが暢気のんきな声を出しながら、わしの首をグキッと曲げて、碁盤から目を逸らさせる。


「スサノオ様。これは私達以外が見ると、精神が耐えられないですわよ」

「そうだったのか。また悪い事をしてしまったな。がっはっはっはっ」


 はぁはぁ……笑っている場合か! 頭が爆発するところじゃったぞ! オオゲツヒメも助けるなら、もっと優しくして! 首がもげるかと思ったわい。

 しかし、このダメージは久し振りじゃな。華奢きゃしゃな体なのに、わしより力があるのか。さすがは神様のひと柱。女性であっても、妖怪が勝るところは何ひとつないんじゃな。


 それにしても、さっきの映像はなんだったんじゃろう? 長靴が見えた気がしたと思ったら、人々、剣、血がフラッシュバックし、悲しみや憎しみの感情がわしの中に入って来た。

 あ、それが戦争か。たしかに、わしが経験した戦争と空気感が似ていたな。アカシックレコードは地図ではないからわからんが、この世界の至る所で戦争が行われていたんじゃな。



 わしが先ほどの映像について考えていると、二人はケーキを食べ終わり、他にも美味しい物を持っていないかと催促して来た。

 とりあえず、わしの持っている美味しい料理やお菓子を出して、機嫌を取ってみるが、わしは思う……


 いつ帰るの?


 と……


 お茶漬けを出したのにも関わらず、なかなか帰らない二人は愚痴まで言い続け、わしはしばらく「食事処・猫」を営業するのであった。

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