376 京を歩くにゃ~


 コリスの元の姿を見たお海は、手をわきゅわきゅしていたので、ちょっとぐらいなら抱きついていいよと言ってあげる。

 そうしてコリスの腹に埋もれてだらしない顔になっているお海に、怖くないのか問いただしてみたら、不思議そうな顔で返された。

 どうやらこの世界の日本では、大きな獣は滅多にお目に掛からず、白い獣の驚異も知らないらしい。だが、海には白くて巨大な生き物が多く居るらしく、そちらは怖がられているとのこと。


 ひとまず服装やコリスの相談は終わったので、お海には別れの挨拶をして戦闘機で飛び立つ。何度もまた来てくれと言われたが、珍しい物も無かったので、行くかどうかは悩みどころだ。



 漁村を立ち、三十分ほどぺちゃくちゃとお喋りしながら空を行くと、京が見えて来た。リータ、メイバイ、イサベレは、その街並みに興奮して話が弾んでいる。


「あそこには、人がいっぱい居そうですね~」

「ドキドキするニャー」

「ん。こんな気持ち、初めて」


 エルフの里では、いきなり人と出会ったからな。心の準備があるいまとは、皆の感じ方が違うな。わしも江戸時代からどう発展したか気になるから、ドキドキするのう。

 侍は残っておるんじゃから、刀を差して歩いているのは想像できる。まぁそれも、この目で見たらいいだけじゃ。


「さあ、降りるにゃ~」


 わしは期待に胸を膨らませ、京から離れた場所に戦闘機を着陸させる。そうしてコリスにはさっちゃん2に変身してもらい、服が苦手なので締まりの緩い甚平を着せる。女性に甚平はダメでも、コリスは子供の姿だから、なんとか大丈夫だろう。

 コリスの服装が整うと、街道をひた走る。人の姿が見えると徒歩に変え、逸る気持ちを抑えて早足で歩き、人から離れるとまた走る。


 遠くに人だかりがあったが気にせず走り続け、徐々に京へ向かう人が増えて来るとわし達も合わせて歩き、ついに京へと辿り着くのであった。



「壁が無いです……」

「こんなので、街は大丈夫ニャー?」


 リータとメイバイは、文化の違いに戸惑いの顔を見せる。わし達の暮らす場所は壁の中に街があったのだが、日本では街の中心から離れると、まばらにボロい家が建っているだけだったからだ。


「強い獣もいないから、必要無いみたいだにゃ」

「ほへ~。私達の住む土地と違って、暮らしやすそうですね~」

「それはどうにゃろ? 島国にゃから、資源を外に求められないとにゃると、厳しい側面があるにゃ」

「あ……漁村の人は、細い人が多かったニャー」

「まぁそこまで食べ物に困っている感じもしにゃかったし、アレが普通の暮らしなのかもしれないにゃ」

「私の村と、そう変わらなかったですもんね」


 そうして周りを見ながら喋っていると、家の密集地に入った。


「ガラッと雰囲気が変わりましたね」

「猫の街ぐらい道が整備されてるニャー」


 ふ~ん……地面は土のままじゃけど、木造の長屋が真っ直ぐ建ち並んでおるな。時代劇で見た、京都の街並みのようじゃ。


「とりあえず、中央に向かってみようにゃ」


 わし達はただただ真っ直ぐ歩くと、また街並みが変わる。地面が石畳に変わり、建物も漆喰しっくいで塗られた白い壁に変わったのだが、それよりも奇妙なモノに目が行ってしまう。


「にゃ……」

「シ、シラタマさん! 本当にタヌキが歩いていますよ!」

「猫耳族もいるニャー!」

「アレはタヌキじゃない……キツネ??」

「モフモフがいっぱ~い」


 わしが愕然がくぜんとして道行く人々?を見ていると、リータ、メイバイ、イサベレ、コリスは、興奮して喋っている。


 嘘じゃろ……タヌキが着物を着て歩いておる。それだけでなく、キツネも着物を着てる……。猫耳族も居るかと思えたが、タヌキ耳と太い尻尾、キツネ耳とフサフサの尻尾じゃから、二つの種類の獣が人間と混じったのか?

 普通の人間は……居るな。分類すると、種族がざっくり五分の一ってところか。


「どうりでシラタマさんが驚かれないはずです」

「私も驚かれなかったニャー!」

「ん。道行く人は、私とリータ、コリスを見てるように見える」

「変身、もういい~?」

「も、もうちょっと待ってにゃ。先に宿を探してみようにゃ」


 コリスの変身は維持させて、お茶屋オープンカフェを発見したので、とりあえずそこでお茶休憩にする。


「えっと……すいにゃせ~ん」

「は~い。どうされました?」


 お茶屋のシステムがいまいちわからないので、入口らしき場所で店員を呼んでみたら、京言葉を使うキツネ耳の女性が対応してくれた。


「わし達は京に来るのは初めてでにゃ。こんにゃハイカラな店に入るのも初めてなんにゃ。どうしたらいいか、教えてくれると助かるにゃ~」

「あらあら。ハイカラだなんて、お侍様は口がお上手どすね。たいした店じゃありまへん。とりあえず、あちらにお座りくださいな」


 わし達は、尻尾を揺らすキツネ耳女性の案内で、長椅子が二本並ぶ所に座らされる。


「ご注文はいかがいたしましょう?」

「お品書きにゃんてありませんかにゃ?」

「うちはそんなにお出しする品がありませんので、あちらに書いてある通りになります」


 キツネ耳女性は店の奥を指差すので、わしもその方向を見ると、商品名と値段が書いてある紙が垂らされていた。


 緑茶と三色団子に、みたらし団子と……大福!? 大福じゃ……やっと出会えたアンコ! スサノオのなんでも叶えてくれる券で、何度、小豆を頼もうとした事か……我慢して正解じゃった!

 しかしどれも高価じゃ。漁村でけっこうな量の小銭を分けてもらったけど、京はインフレしておるのか? この分では宿にも泊まれない。この際、小銭は全部使ってしまおう。


「それじゃあ……」


 わしが注文するとキツネ耳女性は奥へ消えて行き、しばらく待つと、お茶が長椅子に置かれ、続いて皿に乗った団子や大福も置かれる。


「「「「「いただきにゃす」」」」」


 皆で手を合わせていただくが、コリスはガッツこうとするので、これしかないから味わって食べてくれとお願いしてから、わしは大福を頬張る。


「にゃ~! デリシャス、にゃ~~~」


 当然、泣く。元の世界の好物なので、涙は必至。コリスに味わって食べろと言ったのに、皆の大福まで食べてしまった。


「モフモフずるい……」

「にゃ! グスッ。す、すまなかったにゃ。またお金が手に入ったら買ってやるからにゃ」

「ぜったいだよ~?」

「絶対にゃ~」


 コリスには怒られたが、リータ達は、珍しいわしの行動だったので、笑って許してくれた。それから街行く人を見ながらぺちゃくちゃ喋っていると、キツネ耳女性が急須きゅうすを持ってやって来た。


「おかわりはいかがどす?」

「あ~……あまり手持ちが無いんにゃ」

「そうでしたか……でしたら、一杯だけおまけさせていただきます」

「いいにゃ?」

「京に初めて来られたのならば、いい思い出を残して欲しいですからね」

「ありがとにゃ~」


 わしが感謝すると、キツネ耳女性は急須でお茶を注いで回り、わしの元へと戻って来た。


「それにしても、変わった集まりですね。言葉も何を言っているかわからないのですが、どちらから来られたのですか?」


 う~ん……お姉さんの目には、わし達は変わった集団に見えるのか。わしも含まれておるのかな? タヌキだと思われているから入っていないと思うけど、ここはひとまず……


「肥後って、わかるかにゃ?」

「ええ。西にある地方の名前ですね」

「そのさらにド田舎から出て来たにゃ」

「それは遠方から来られたのですね。電車もまだ繋がっていないのに、大変だったでしょう」


 電車? ここは電車が走っておるのか?


「電車って、なんにゃ?」

「あら。知らないのでしたか。京と江戸を繋ぐ蛇のような乗り物で、何百人も乗せても、その日の内に着くんですよ」

「へ~。便利にゃ乗り物があるんだにゃ~」

「現在は西に工事中で、近々、海への電車も走る予定なんですって」


 海にか……そう言えば走っている途中で、遠くに大勢の人を見掛けたか。あれは線路の工事中だったんじゃな。


「ちなみに動力はにゃに?」

「電気どす。あ、お侍様に言ってもわかりませんね。平賀家と言う発明家の士族が発見した不思議な力で、夜になると街の電灯も明るく輝くんどすえ」


 平賀家? 平賀源内の事を言っておるのか? 自力でエレキテルを発明したとはビックリじゃわい。とりあえず、知ってる振りしてみよう。


「にゃ! 源内先生にゃ」

「源内? そんな名前は聞いた事がないですね。……源外さんと勘違いしているのでは?」

「間違えて記憶していたにゃ~」


 失敗! 全てがそのままってわけにはいかないか。源内の魂がここに居るはずないもんな。


「そうにゃ。物を売って路銀にしたいんにゃけど、どこかいい所を知らないかにゃ?」

「そうですね……。手っ取り早いのは、質屋に入れるのが早いのですが、売るとなると……」

「わからないにゃら、質屋で聞いてみるにゃ。道だけ教えてくれるかにゃ?」

「ええ。その道を……」


 質屋の場所を聞くと、漁村で手に入れたお金を全て置いて、お礼を言って茶屋を出る。それからしばらく歩いていたら、リータ達が質問して来た。


「道を聞いていたみたいですけど、さっきの説明でわかったのですか?」

「一本、二本とか言ってたニャー」

「京は碁盤……アミの目のように街が作られているんにゃ。だからある程度はわかるにゃ。そこまで行けば、にゃんとかなるにゃろ」


 そうしてお喋りしながら歩くと、漆喰の白い壁の続くゾーンに入った。


「長い壁ですね~」

「お城かニャー?」

「ちょっと中を見て来る」


 イサベレがジャンプして壁を越えようとするので、わしは慌てて服を掴んで止める。


「勝手に入ったらダメにゃ~」

「なんで?」

「メイバイが言った通り、お城かもしれないにゃ。城主に知られたら面倒ごとになっちゃうにゃ~」

「あ……ちょっと浮かれてた」

「にゃははは。イサベレでもそんにゃ気持ちになるんだにゃ~」


 またぺちゃくちゃと喋って歩いていたら、立派な門に辿り着いた。そこには、刀を差した袴姿はかますがたのタヌキがふたり立っていたので、わしはリータ達に押されて声を掛ける。


「すいにゃせん。この建物って、にゃんですか?」

「ん? ここは五条城だ。永井様のお住まいでもある」


 五条城? 二条城じゃと思っていたけど、またニアミスじゃ。城主の名字は聞いた事があるような気もするけど、名字だけでは判断がつかんな。


「教えていただき、ありがとうございましたにゃ」

「そんな事も知らないなんて、どこの侍だ?」

「田舎から出て来たばかりにゃので、勉強不足でしたにゃ~。失礼しましたにゃ~」


 タヌキ侍から少し疑いの目で見られたわしはそそくさと逃げると、皆と合流して足早に離れる。


「やっぱりお城だったにゃ」

「お城って事は、この国で一番偉い人が住んでいるのですか?」

「う~ん……この国で一番偉いのは、天皇陛下?天子様?帝かにゃ? この城は、たぶん京をまとめる人が住んでると思うにゃ」

「その天皇陛下は、どこに住んでるニャー?」

「おそらく、京に住んでると思うんだけどにゃ~。その情報も仕入れようにゃ」


 リータとメイバイの質問に答えながら歩き、五条城を通り過ぎて直角に曲がるとまた街並みが変わり、高い建物が目立つようになった。

 わし達は上を見ながら歩き、キツネ男とぶつかり掛けたら、おのぼりさんと悪態をつかれてしまった。まぁわし達が悪いので、丁寧に謝って先に進む。

 すると……


 ボーン、ボーン、ボーン……


 と、鐘の音が鳴り響いたのであった。

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