377 軍資金を手に入れるにゃ~


 ボーン、ボーン、ボーン……


「なんの音でしょう?」

「時の鐘かニャー?」


 鐘の音を聞いたリータとメイバイは話し合い、わしもキョロキョロと辺りを見回す。だが、音が建物に反響して発生源がわからないので、髭を生やしたタヌキの耳と尻尾を持つ老人に尋ねてみた。


「すいにゃせ~ん。さっきの音は、にゃんですか?」

「ああ。時計台の鐘の音じゃ」

「時計台ですにゃ?」

「あの建物じゃ」


 タヌキ耳老人が指を差し、わし達は一斉に建物を見る。


 本当に時計じゃ……。東の国でも砂時計を使っておったのに、何故、こんな技術があるんじゃ?


「ちょうど正午みたいじゃな」

「……これも平賀家が作ったのですかにゃ?」

「そうじゃ。時の賢者様の残した遺物から、かなり前に作られたんじゃ」


 時の賢者の遺物?? あ! 砂時計の時間を、どうやって計ったのか謎だったんじゃが、時計を持っておったのか!! ここの技術で作れるならば、クォーツじゃなく、機械時計かな? 見てみたい……


「そ、その遺物って、どこかで見られたりしないですかにゃ?」

「たしか博物館で展示してあったはずじゃ。時計台の下が博物館になっているから、見て行くといい」

「これはご丁寧に、ありがとうございましたにゃ~」


 礼を言ってタヌキ耳老人と別れた瞬間、リータ達がわしに詰め寄って来る。


「いま、時の賢者様の話題をしてましたよね?」

「やっぱりここに来てたニャー?」

「遺物ってなに?」

「モフモフ~。おなかすいた~」

「ちょ、ちょっと待つにゃ。落ち着くにゃ~」


 ひとまずコリスには、肉の串焼きを支給して、リータ、メイバイ、イサベレにはタヌキ耳老人との会話で得た、わしの予想を伝える。


「時の賢者はここに来て、時計って機械を残して行ったみたいにゃ。その大きい版が、あの建物にゃ。その建物に行けば、時計が見られるらしいにゃ」

「だ、大発見ですね!」

「見てみたいニャー!」

「ん。私も見たい」

「先立つ物が無いから、先にお金を手に入れようにゃ」



 興奮する皆を連れて歩き出し、しばらくキョロキョロしていたら質屋の看板を見付けたので、そのお店にズカズカと入った。


「邪魔するにゃ~」

「邪魔するなら帰りなはれ~」

「それじゃあ失礼しますにゃ~……て、にゃんでやねん!」


 わしが男か女かわからない着物を着たキツネに挨拶すると、懐かしい返事が来たので、ノリツッコミしてあげた。


「お~。ノリがええですな」

「お主もにゃ」

「コンコンコン」

「にゃ~はっはっはっ」


 わしとキツネが笑っていたらリータとメイバイに、両脇に肘を入れられて、笑いを止められてしまった。


 遊んでる場合じゃないのですね。わかっていますとも!


「ゴホン! お金が入りようでにゃ。質に入れるか、売るかしたいんにゃけど、どうしたらいいか教えて欲しいにゃ」

「ほう……物を見せてもらえますか? 物によっては、質草を流す問屋に口を聞いてあげますさかいにな」

「にゃ! それって手数料にゃんかは……」

「もちろん懐に入れさせてもらいますがな~」

「質屋……お主も悪よにゃ~」

「お侍さんには勝てまへんがな~」

「にゃ~はっ……ごふっ!」


 わしがお代官ごっこで遊ぼうとしたら、リータとメイバイに、さっきより強い肘鉄ひじてつで黙らされてしまった。

 凄い音が鳴ったものだからキツネ店主も青い顔をして、笑うのをやめたようだ。


 ひとまず咳払いして、ショルダーバッグに開いた次元倉庫から、ホワイトタイガーの毛皮を見せてみる。


「こ、これは!?」

「どうにゃ? いい品にゃろ~?」

「ぐっ……騙して安く買い叩く事もできまへん」

「にゃはは。そんにゃ事をしたら、一発でわかるもんにゃ~」

「しかしこんな物、質では取り扱えまへんわ。大店おおだなでも、払えるかどうか……国宝相当の品でっせ!」


 あら? やり過ぎたか。東の国でも高かったけど、買い取り不可能とは……


「じゃあ、違うのを出すにゃ。これにゃんかどうかにゃ?」


 わしが次に取り出したのは、黒いフェレットの毛皮。キツネ店主は、広げて毛皮を確かめる。


「これもいい品ですな~。お代官様なんか、大枚叩いて買ってくれそうです。どうりで売り手を探していたわけですわ」

「やっぱり、ここでは買い取れないかにゃ?」

「そうでんな~……大店に持って行かない事には、値段も決めかねます」

「もうちょっと安そうな物を出すにゃ。それで質に入れられそうな物を見繕ってくれるかにゃ?」

「そりゃもう、このような品を出すあんたはんの物なら、色を付けさせてもらいますがな~」


 そうしてわしは、猫の国や東の国で、村々を回った際、肉と交換に解体してもらった鹿の毛皮や、一般的な動物を出してやる。

 キツネ店主は目を爛々らんらんとしながら毛皮を広げ、値付けをして行き、半数を返されて、最終的には、わしの目の前に大判小判が積まれる事となった。


「こんなににゃ?」

「へえ。どれも綺麗ですし、見た事もない動物もありますさかいにな。おそらく大店に持って行けば、もう少し高く取り引きしてくれるはずですが……うちではこれが限界です。もうすっからかんでんがな~」

「すっからかんって……質屋がお金が無くていいにゃ?」

「全て流してもいいのですよね?」


 大店に行けば高く買い取ってもらえるのか……。まぁ時は金なり。すぐに金が手に入るのは有り難い。それに店の金を全て吐き出すなら、毛皮は返却なんてしないじゃろうし、この質屋の値付けなら信用してもいいじゃろう。


「かまわないにゃ」

「でしたら、今日は店じまい! うちの最高収益のうん十倍になりますから、かまやしまへん。どうぞお納めください」

「じゃあ、有り難くいただくにゃ~」


 よしよし。茶屋の値段から予想するに、東の国で、二、三ヶ月は暮らしていける金額じゃ。安い獣の毛皮でこれとは、質屋が頑張ってくれたのかな? それとも、価値がかなり違うのか?


 考え事をしながらショルダーバッグに開いた次元倉庫に小判を入れていると、キツネ店主が覗き込もうとするので、わしは見えないように体で隠す。


「それにしても、その鞄と出した量が合わへんのやけど、どうなっておりますん?」

「それは聞かないでくれにゃ。じゃなきゃ、取り引きは無しにゃ」

「うっ……気になりますが、やめときまひょ。まだまだ付き合いをしたいですからな」

「さすが商売人にゃ。それと、ちょっと気になったんにゃけど、店主は堺の出かにゃ?」

「ちゃいます。堺で商売を習って戻って来たんです。だから言葉がなまってしもうたんです」


 なるほどな。ノリが大阪っぽい理由はそれか。


「お侍さんこそ、不思議でんな。お侍さんが狩りなんてしてるなんて……」

「わしは遠い田舎から出て来たからにゃ。そこで山にこもって剣の修行を積み、獣を多く狩っていたんにゃ」

「ほう。武者修行でっか。では、京には仕官で?」

「いんにゃ。ただの観光にゃ。仕官するにゃら、お江戸にゃろ?」

「そりゃそうでんな。コンコンコン」

「にゃはは。それじゃあまた来るから、黒いイタチの毛皮が買い取れるか聞いておいてくれにゃ。それと……」


 わしは食事処と宿の集まる場所を聞いて、質屋をあとにする。そうして店から出たら、先頭にいたわしは、トラックに……いや、大きな何かに跳ねられた。


「にゃ~!!」


 ボヨンボヨンとバウンドして止まったわしは、ぶつかって来た人物をキッと睨む。その人物は、2メートルを超える体で、大銀杏おおいちょうまげを結った巨漢のタヌキ。

 わしが睨むと、慌ててそばに寄って来た。


「すんません。見えてませんでした。怪我はありませんか?」


 野太い声で手を出す巨漢タヌキは、わざとやったとは思えなかったので、わしは顔を緩め、手を取って立たせてもらう。


「わしこそ、急に飛び出して悪かったにゃ」

「いえ。よくやってしまうんで、僕が悪いです」


 よくやる? たしかにデカイから足下はおろそかに見えるけど……子供なら、死んでしまうぞ? いや、それよりも……


「ひょっとして、お相撲さんですかにゃ?」

「あ、はい」


 やはりか。大銀杏をした巨漢なら、相撲取りじゃと思ったんじゃ。


「それだけ大きければ、さぞかし強いんだろうにゃ。番付はにゃに?」

「関脇です。今場所でいいところに行けたら大関に上がれるんですが、どうなるか……」

「おお~。機会があったら応援させてもらいますにゃ。わしを転がしたんにゃから、絶対、勝ってくれにゃ~」

「ごっちゃんです!」


 そうして巨漢タヌキと別れると、リータ達が駆け寄って来た。


「おっきな人でしたね」

「コリスちゃんぐらいあったニャー」

「これならコリスちゃんも、いつもの姿で歩けるのでは?」

「そうしてあげたいんにゃけどにゃ~。もうちょっと我慢してくれにゃ。これからごはんを食べに行くからにゃ」

「ごはん! がまんする~」


 コリスは聞き分けよく歩いてくれるけど、わしの尻尾をモグモグするのはやめてくれる?


 しばらくモグモグされながら歩いていると、キツネ店主から聞いていた食事処に辿り着く。リータ達も、京でのちゃんとした食事は初めてなので、わくわくしているようだ。

 席に着くと、さっそく特上を人数分頼んで、キツネ耳の店員が戻って来るのを待つ。そして重箱が揃えば、手を合わせてから蓋を開ける。


「これはなんですか?」

「お肉ニャー?」

「ウナギって言う魚にゃ」

「魚ニャ!?」

「美味しいからにゃ~?」


 皆、一斉に食べ出すと、一部の者が猫になる。


「「にゃ~~~」」


 わしとメイバイだ。メイバイは初めて食べるウナギの美味しさに、久し振りに猫になって、わしは久し振りに食べたから「にゃ~にゃ~」泣いた。

 もちろん全員おかわりをしたけど、高いから一杯だけだ。足りないと言うイサベレとコリスには、店を出てから肉の串焼きを支給した。


「美味しかったです~」

「エミリちゃんの料理と似ていたニャー」

「ああ。エミリのお母さんも、ここの出身だからにゃ。今度はエミリも連れて来てあげなきゃにゃ~」

「エミリちゃんが居れば、同じ物が作れますね!」

「う~ん……ウナギが川魚にゃからどうかにゃ~?」

「シラタマ殿が探したら、すぐに見付かるニャー!」

「いや、難しいからにゃ?」

「楽しみですね~」

「楽しみニャー」

「聞いてるにゃ?」


 まったく話を聞いてくれないリータとメイバイは、時々鋭い視線を送って来る。


 わしに探せって事ですか……善処しますけど、見付からなくても怒らないでね? 絶対に探し出せって事ですか……


 二人の視線にビクビクしながら歩いていたら、次の目的地、時計台に辿り着いた。


「おっきいです~」

「アレが時計ニャー?」

「時の賢者は巨人だったの?」


 リータとメイバイに続き、イサベレも時計台を見上げ、おかしな事を質問して来たので訂正してあげる。


「にゃはは。大きい版って言ったにゃろ? あんにゃの持ち運べるわけないにゃ~。たぶん、遺物は手の中に収まる大きさにゃ」

「シラタマさんも知っているのですか!?」

「時の賢者も、おそらく同郷だからにゃ。さあ、受付はあそこみたいだし、行っくにゃ~」

「「「あ! 待ってにゃ~」」」


 わしがコリスの手を引いて歩き出すと、時計を見上げていたリータ達は、急いで追い掛けて来るのであった。

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