062 そうだったにゃ?


 わしは買い取りカウンターのおっちゃんから受け取った報告書を持って、依頼受付カウンターに向かう。狙うはティーサのカウンターだ。ハンター登録の時に説明不足がひどかったので、一言文句言ってやるためだ。


「あ、猫ちゃん。報告書の提出ですね」

「それもあるけど、説明が不足し過ぎにゃ~。常時依頼や初心者の森とか聞いてなかったにゃ!」

「え? 言ってなかったですか? すみません! いつもはこんな事はないんです……」

「にゃんでわしだけ忘れたにゃ?」

「だって~。猫ちゃんが喋っているんですも~ん!」


 だって~ってわしのせいか? 考えてみる……得体の知れない猫が喋ってハンターになりたいとやって来る……わしでも平常心を保てないかも。


「……わしが悪かったにゃ」

「そんな。私の方こそすみませんでした」

「これ、報告書にゃ」

「はい……狼を五匹!? これは二人で狩ったのですか?」

「そうにゃ」

「猫さん。どうしてボクにまで昇級ポイントをくれるのですか?」

「パーティで活動していたにゃ。普通じゃないかにゃ?」

「そうですけど、ボクは何もしてません。インモさん達は荷物持ちしかしてないボクには、割り振ってなかったのですが……」


 う~ん……前のパーティーの基準か。性格悪そうなパーティーじゃったし、わしの方が普通じゃと思うんじゃが。


「よそはよそ。うちはうちにゃ」

「猫さん……」

「それじゃあ、ポイントは二人に割り振っておきますね。ハンター証を出しください」


 わしとリータはペンダントを外し、ティーサに渡す。ティーサは石版をカタカタと叩き、すぐに作業を終えてペンダントを返してくれる。


「これでリータちゃんはEランクにアップですね。おめでとうございます。これからも頑張ってください」

「え、そんな……何もしてないのに」

「そんなことないですよ。コツコツ仕事をしていた結果です」

「素直に受け取っておくにゃ。おめでとうにゃ~」

「は、はい!」



 わしとリータはティーサにお礼を言って、受付カウンターを後にする。外に出るとまた人が増えそうだから、テーブルのある場所で話をする。


「猫さん……これは?」

「報酬の分け前にゃ」

「分け前って、半分もあるじゃないですか?」

「二人で割ったらそうなるにゃ」

「ボクは何もしてませんから、そんなに貰えません!」

「パーティ仲間にゃ。気にするにゃ」

「ポイントもそうですけど、猫さんには闘い方を教わっています。さらにお金まで貰えませんよ」


 リータもお金が必要なはずなのにかたくなに断るな……わし一人で狩ってしまったのがまずかったか。次からは出来るだけ手伝わせよう。


「じゃあ、荷物運びで銀貨一枚だけ受け取るにゃ。わしも一枚取るから残りはパーティ資金にするにゃ」

「これでも貰い過ぎです……」

「いらないなら、仕送り資金にすればいいにゃ」

「猫さん……ありがとうございます」


 なんとか受け取ってくれたか。これで後は明日の予定じゃな……あ! 自炊しなくちゃならんかった。食べ物を買いたいけど売ってくれるかな?

 宿では断られたから心配じゃ。リータについて来てもらうか……


「リータはこの後は暇かにゃ?」

「暇ですけど、どうしたのですか?」

「食べ物を買いたいにゃ。買い物に付き合って欲しいにゃ~」

「はい。ボクも買いに行くつもりでしたのでお供します」

「それじゃあ、お願いするにゃ」



 わし達は騒がしいハンターギルドを出て、これまた騒がしい大通りを歩く。騒がしい理由は謎だ。きっとわしのせいではないはずだ。


「みんな、猫さんを見て騒いでますね」

「………」


 騒ぎの原因を謎解きする名探偵がいよった! まぁみんな指差してわしを猫、猫と言っているから、わからんわけはない。


「ボクが見られているようで、少し恥ずかしいです」

「………」


 わしは少しどころじゃないぞ? じゃが、街の者が慣れるまでの辛抱じゃ。そう言えば、リータは髪もボサボサで汚い服を着ているから、見られたりしないのか? これも本人には聞けないのう。




「着きました。あの場所です」


 騒がしい大通りを歩き、しばらくすると、リータは多くの露店が並ぶ広場を指差す。


「ここに来れば安く食料が買えます。他にも日用品も売っています」

「人がいっぱい居るにゃ~」


 広場には食料品を買いに来た主婦や子供、酒を片手に買い食いしている男達や女性達の姿が、そこかしこにある。


「王都の台所と言われていますからね。露店商が多く集まるので、いつも賑わっています」


 こんなに人がいる所は、入るのに勇気がいるのう。何も問題が起きませんように! ……行くか。


「猫!!」

「猫が立って歩いてる……」

「ぬいぐるみじゃない?」

「何かの出し物かしら?」

「うぃ~。飲み過ぎた。猫が立って歩いているように見える」

「あれが噂の猫か」

「かわいいわね~」

「お母さん、あれ買って~」


 ひとつぐらいツッコもう……わしは売り物じゃない!

 てか、やっぱり騒がれるな。人が多いから昨日の比じゃないのう。さっさと買い物して帰ろう。


「リータ、食料を売っている所に連れて行ってくれにゃ。急ぐにゃ!」

「は、はい!」


 リータの案内で足早に人波を抜け、広場の端にある一軒の露店の前に立つ。


「うっ……リータ、ここで間違いないにゃ?」

「はい。とっても安いんですよ」


 でしょうね。見てすぐわかる。傷み具合がひどい。それに異臭もする……


「本当にここで買うのかにゃ?」

「猫さん。食べ物は腐りかけが美味しいんですよ」


 いや。腐りかけておらん。腐っておる! 猫のわしでも食べんぞ。それに周りの目も痛い。


「あの猫、腐っている物を買おうとしてるぞ」

「お腹壊さないのかしら?」

「猫だから大丈夫なんじゃね?」

「金なんて持ってないだろう」

「腐った物すら買えないのか」


 うるさい! 金ならあるわ! こんな腐った物を買っていたら、変な噂が立ってしまう。


「リータ! 違う所に行くにゃ~!!」

「え……待ってください!」


 わしはそそくさと露店を離れる。リータはわしが急いで離れて行くので、渋々とだがついて来る。


「猫さん。急にどうしたんですか?」

「あれはダメにゃ腐っていたにゃ」

「そんな事ないです。いつも食べてますよ」


 リータの頑丈さは、腹までカバーしておるのか?


「それにあまりお金を持っていないから、他は高くて買えません」

「今日はお金持ってるにゃ~」

「あ! でも、節約しないと……」

「パーティ資金から出すにゃ。それでちゃんとした食事をするにゃ。決定にゃ!」

「は、はい……」


 納得した顔をしておらんのう。でも、これだけは譲れない。



 わしはリータを連れて歩き、食材の種類が豊富な露店に近付き、店主のおばちゃんに話し掛ける。


「邪魔するにゃ~」

「いらっしゃい……猫!」

「食材を買いたいにゃ」

「喋った!!」

「そこのパンはいくらにゃ?」

「猫が買い物?」


 あきまへん……話しが噛み合わない。


「おばちゃん。落ち着くにゃ~」

「猫が落ちてくる?」

「違うにゃ。落ち着くにゃ! 深呼吸するにゃ~」

「そ、そうね。ハーハー」

「落ち着いたかにゃ?」

「まだたよ。ハーハー」

「もういいにゃ! パンを売ってくれにゃ~」

「パンをどうするんだい?」

「パンは食べ物にゃ。食べるにゃ」

「そうだね。食べ物だね……」

「売ってくれにゃ~」

「お金は持っているのかい?」

「持ってるにゃ。ほらにゃ」


 わしは少ないよりは多い方がいいかと思い、金貨を見せる。


「た、たしかにお金だね……」

「そこのパンとジャガ芋を十個づつ包んでくれにゃ」

「あ、はい」


 露店のおばちゃんは頭にクエスチョンマークを付けながら、わしの指定した物を集める。食材が紙袋に収まると、いつもの流れなのか料金を口にする。

 わしは値札と価格を瞬時に計算して合っている事を確認すると、少し多めにお金を渡す。


「ちょっと! 多いよ!!」

「迷惑かけたからチップにゃ。ありがとうにゃ。ほな、さいにゃら~」

「いや、待ちな!」


 わしは食材の入った紙袋を受け取り、おばちゃんの制止を聞かずに歩き出す。そして、リータの手を掴み、逃げるように広場を後にした。




「ふぅ。にゃんとか買えたにゃ~」

「ボクは何も買えなかったです……」

「あ! すまなかったにゃ」

「いえ。また行けばいいだけです」

「これでいいなら分けるにゃ。ジャガ芋は調理出来るかにゃ?」

「はい。出来ます」

「そう言えば、リータは宿に泊まっているにゃ? 自炊なんて、宿はごはんが高いのかにゃ?」

「あの……その……」

「どうしたにゃ?」

「お金が無いから……宿には泊まってません……」

「え……いつも何処で寝てるにゃ?」

「え~と……こないだ待ち合わせした場所です。夜は滅多に人が来ないので、隠れて寝ています」


 ホームレスか……どうりで汚いし、くさいわけじゃ。そこまで切迫していたとは……仕方ない。


「はぁ……わしの家に来るにゃ」

「猫さんの? お家に住んでいるのですか?」

「宿は泊めてもらえなかったから、知り合いに土地を借りているにゃ。狭いけど寝るぐらいにゃら出来るにゃ」

「でも……」

「決定にゃ! 行くにゃ~!」



 わしは遠慮がちなリータの声をさえぎって決定を告げる。そして手を引いて、無理矢理家に連れて来る。


「ここが猫さんのお家ですか?」

「そうにゃ」

「焦げてます……」

「そっちは使えないからこっちにゃ」


 わしはリータを庭に案内する。すると、すぐに庭にある車が目に入る。


「これが仮住まいにゃ」

「変わった形ですね。馬車ですか?」

「まぁそんなもんにゃ」


 説明が面倒じゃし、いまはそう思っていてもらおう。しかし、リータを車で生活させるには汚過ぎる。リータの服の洗濯と、お風呂に入れなくてはならん。

 あ、お風呂は次元倉庫の中じゃったか。昨日の内に出しておけば良かったな……口止めしておくか。


「リータは収納魔法って知ってるかにゃ?」

「はい。知っています」

「わしは収納魔法が使えるにゃ」

「収納魔法まで使えるのですか!?」

「そうにゃ。ちょっと容量が大きいから、ハンター達にはしばらく秘密にして欲しいにゃ」

「猫さんが秘密にして欲しいなら喋りません。でも、しばらくとはいつまでですか?」

「来週、昇級試験があるにゃ。それ以降は使って行こうと思っているにゃ」

「わかりました」

「それじゃあ、お風呂を出すにゃ~」


 わしは次元倉庫から、さっちゃん達の旅で使ったお風呂セットを車の横に取り出す。


「なんですか、これは!」

「お風呂にゃ」

「こんなに大きい物が入る収納魔法なんて、聞いた事がありません!」

「ちょっと容量が大きいって言ったにゃ~」

「これはちょっとどころじゃありませんよ!」

「興奮するにゃ~。お風呂の準備するから入るにゃ」


 わしはブツブツと呟いているリータを他所に、お風呂の準備をする。と言っても、魔法で湯舟とタンクに湯を満たすだけ。


「こっちに来るにゃ」

「は、はい」

「このタンクの下に入って、上の仕切りをずらすとシャワーが出るにゃ。綺麗な着替えは持ってるかにゃ?」

「あの……綺麗な服は……ありません」


 やっぱり無かったか。ちょっと小さいけど、わしの予備の着流しを貸すか。


「とりあえず、わしの服を置いておくから着るにゃ」

「す、すいません」

「他に、わからない事はあるかにゃ?」

「あの……お風呂の入り方が……わかりません」

「お風呂にゃ?」

「家では体を洗う時は井戸水だったのです。街に大衆浴場があるのは知っているのですが、お金が無くて行った事はありません……出来れば、一緒に入ってくれませんか?」


 お城やローザの家には普通にあったけど、この文明レベルではそういうものなのか。そう言えば、アイノがお風呂の魔道具があるのは金持ちか大衆浴場ぐらいって言っていたな。

 湯舟にいきなり入られても困るし、一緒に入るか。さっちゃん達だと女の子じゃから照れはあったが、リータは男じゃし問題ない。


「わかったにゃ。一緒に汗を流すにゃ~」

「はい!」



 わしは服を脱ぎ、女王から貰った石鹸を出して風呂に入る。そして、シャワーを先に浴びてリータを待つ。

 しばらくするとリータも入って来て、わしの後ろに立つ。気配を感じ取ったわしは、後ろを向きながら声を掛ける。


「すぐ代わる……にゃ~~~~!!」


 わしは振り向き様に、リータの下半身を直に見て叫んでしまった。


 リータ……女の子じゃったんか~~~!!

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