061 獲物を買い取ってもらうにゃ~


 格闘家を知らないリータに、わしは格闘家の説明をする。言葉で説明したら全然伝わらなかったので、実演を兼ねて、テレビで見た空手の型を見せてみた。

 初めてやったけど、上手く出来たと思ったが、リータは納得した顔はしていなかった。もう説明するのは面倒だから、このまま進める事にする。


「じゃあ、正拳突きを教えるにゃ。わしと同じ動きをするにゃ。まずは拳の握り方はこう……」


 う~ん……わしの猫の手じゃ、拳を作っても真ん丸じゃ。とても殴るような形じゃない。


「え~と。手を開くにゃ。で、人差し指の第一関節と第二関節を折る。それを順番に小指まで折るにゃ」

「……はい」

「次はさっきとは逆に小指から、第三関節を折っていって、最後に親指で止めるにゃ」

「こうですか?」


 リータの握り方は、親指が人差し指の横にある、女の子にありがちな握り方だ。このままでは突き指をしてしまうので、わしはリータの手を掴み、親指を補整する。


「こうにゃ。この形をよく覚えておくにゃ」

「はい!」

「それじゃあ、肩幅まで脚を開いて腰を落とすにゃ」

「……はい!」


 わしは実演しながら正拳突きを教える。最初はゆっくり形を教え込み、慣れるまでは、この速度でやってもらう事にする。


「こんな事で強くなれるのですか?」

「それはリータ次第にゃ。わしを信じて真面目にやれば強くなれるにゃ。信じないにゃら、もう教えないにゃ」

「し、信じます!」

「それじゃあ、そのまま、左右千回にゃ!」

「は、はい!」


 ……強くなれるじゃろうか? とりあえず空手の基本、正拳突きを教えてみたが、空手なんかやった事はない。テレビと息子の読んでいた漫画の知識しかない。

 たしか、正拳突きは突き方三年じゃったか……あれ? これじゃあ、強くなるのに三年掛かる。

 心配じゃし、魔法も教え込もう。あの強靭な体に【肉体強化】魔法を使えば敵無しじゃ。こけなければ……

 歩き方も教えねば。昔、わしが軍隊で習った行進させればいけるじゃろう。当面のメニューは決まったな。腹も減ってきたし、メシでも作るか。



 わしはリータを背に、さっき狩った角兎の血抜きをする。ついでに狼二匹も血抜きして内蔵も取り除く。これは次元倉庫に入れないから、痛んでしまわない処置だ。

 血は土魔法で深い穴を掘ったから、埋めてしまえば問題無い。作業をしていたら、狼が三匹近付いて来たので狩って、また解体する。


 それが終わると角兎の肉をさばき、調理していく。塩と香草を振って、土魔法で作った棒に刺し、直火で焼くだけ。それと土の鍋を作り、狼の内臓を水洗いして調理してみた。くさみ消しで香草と唐辛子モドキを入れたが、辛くなり過ぎてしまった。

 調味料ぐらいなら、手ぶらのわしが持っていても不自然ではないだろう。リータには、次元倉庫はまだ秘密にしておくためだ。



 わしは準備が整うと、わしを背にして拳を振るっているリータに近付く。


「117……118」

「リータ。ごはんにするにゃ~」

「え? ……ボクは用意してないからいいです……」

「持って来てないのかにゃ?」

「はい……」

「まぁ二人分用意したから食べるにゃ」

「いいんですか?」

「いいにゃ」

「ありがとうございます……狼が増えてる! それに……お肉?」


 リータは後ろを向いていたから、気付いてなかったのか。それだけ集中してやっていたのなら感心じゃ。


「さっきの角兎と狼の内蔵にゃ。口に合うといいにゃ~」

「いえ……そんな」

「いただきにゃす」


 わしは食事の挨拶をすると食べ始める。わしがパクパク食べるのをリータはしばらく見ていたが、わしの真似をして「いただきにゃす」と言ってから食べ始める。


「美味しい……」

「内臓の方は、ちょっと辛かったにゃ~」

「いえ。美味しいです! 香辛料って高いんじゃないですか?」

「どうにゃんだろ?」

「高い香辛料をこんなに使うなんて……猫さんは貴族様のペットですか?」

「違うにゃ~!」


 職業はペットじゃけど……貴族も間違っている。わしをペットにしたがっているのは王族じゃ。


「それじゃあ、お金持ちなんですか?」

「わしは貧乏にゃ。それよりちょっといいかにゃ?」

「は、はい」


 わしはあれこれ詮索せんさくされたく無いので、強引に話を変える。


「ハンターは、昼食は食べないのかにゃ?」

「いえ。獲物しだいですけど、普通のパーティは堅パンや固形のスープを持ち歩いています」

「リータは持って来てないにゃ?」

「ボクは貧乏なので、朝と夜の二食にしてるのです」

「お腹が空くにゃ~」

「もう慣れました。それに家でも……」


 あ……そうか。食べ物に困ってここにいたんじゃったな。しんみりさせてしまった。明るい話題は……


「今日は狼が五匹も狩れたにゃ!」

「あ! それです。いつの間に狩って来たのですか!?」

「さっきにゃ。近付いて来たからちょちょいと」

「そんな簡単に……一日で五匹も狩るなんて、Dランクパーティ並ですよ!」

「ふ~ん。これでどれぐらいの稼ぎになるにゃ?」

「そうですね。これだけ状態がいいなら差し引かれる事もないですから、四人パーティなら、二日分の稼ぎってとこですね」


 と言う事は、狼を一日一匹狩れれば、生活に困る事は無いのか。最初は不安じゃったが、これなら楽勝じゃな。


「じゃあ、今日は帰るにゃ」

「え? まだ正拳突き、百回ぐらいしかしていません」

「そんにゃのどこでも出来るにゃ~」


 わしはコップに入った水をクイッと飲み干して立ち上がる。


「あの……さっきから気になっていたのですが……」

「なんにゃ?」

「猫さんは鞄も持って無いのに、このコップや水はどこから出したのですか?」

「これは魔法にゃ」

「猫さんの職業は剣士じゃないのですか!?」

「言ってなかったにゃ。わしの職業は【魔法剣士】にゃ」


 けっしてペットじゃない!


「そんな職業、聞いた事がありません」

「それじゃあ第一号にゃ。リータの格闘家も第一号だし、仲良しにゃ~」

「はぁ……」



 リータは何か言いたそうにしていたが、わしは片付けを始める。血抜きで使った穴は狼の余った内臓と一緒に土魔法で埋め、狼達はビッグポーターに押し込んでいく。

 リータのむしっていた草は、どう見ても雑草だったので捨てた。かなり悲しい顔をされたが文句は言わなかった。そのせいか、わしの片付ける姿を見てリータは「ボクがやります」と仕事を奪う。


 片付けを終えると、リータに軍隊式行進の歩き方を教える。


「もっとフトモモを高く上げるにゃ~」

「はい!」

「手も大きく振るにゃ~。左、右、左にゃ~」

「は、はい!」


 軍隊式行進がある程度形になったら、荷物を持って森を出る。わしが持つと言ったが「これぐらいやらしてください」と引かないので持ってもらう。本当に持てるのか不安だったが普通に歩き出し、驚かされた。

 森に来た道をそのまま戻り、王都への帰路に就く。リータの一人行進は最初はぎこちなかったが、中盤になる頃には慣れ、行きと違って躓く事なく王都に戻れた。


 王都の門には、まだ昼二の鐘(午後三時)が鳴ったばかりだったせいか、朝にいた半分男の兵士がわしを待ち構えていた。

 また近い距離に寄られそうと警戒していたが、わしが街に入る人達の列に近付くと騒ぎが起きてしまった。その騒ぎを収めるために、わしとリータを先に中に通してくれたので、舐めるように見られなかった。本当によかった。

 


 街の中に入るとまた猫、猫と騒ぎになるが、そそくさとハンターギルドに逃げ込んだ。逃げ込んだ先でも当然……


「昨日の猫!」

「ぬいぐるみ?」

「本当にホワイトダブルだぞ」

「本当にかわいい」

「ギルマスが止めなかったら狩ってやるのに……」

「撫でたい……」


 昨日とは違い、好意的な声が聞こえて来るな。これもわしの日頃の行いがいいからじゃ。見た目のせいではない。いや、見た目のせいでからまれるのか……それよりも買い取りじゃ。


「リータ、買い取りはどこでしてくれるにゃ?」

「あっちです」


 リータの案内で買い取りカウンターに向かう。人も並んでいなかったので、そのままカウンターに居る、太ってハゲたおっちゃんに話し掛ける。


「買い取りをお願いするにゃ」

「お前をか?」

「違うにゃ~!」

「冗談だ。だが、高く買い取るぞ?」

「その目をやめるにゃ~!」


 全然、冗談で言っておらん。目がマジじゃ……


「それで何を持って来た?」

「リータ、出すにゃ」

「はい」


 リータは広いカウンターに狼を次々と並べていく。すると周りからどよめきの声が起こる。


「狼が五匹……」

「あの二人でか?」

「リータは戦力にならないから、あの猫がやったのか」

「腐ってもホワイトダブルか」

「あんなにかわいいのに……」


 誰が腐っておるんじゃ! しかし、狼をたった五匹で何を驚いておるんじゃ? これもわしの見た目のせいか……ん? あれは料金表かな?



 買い取りカウンターのおっちゃんの査定を待っていると、カウンターの上の、数字の書いた看板が目に入る。


 なになに? 左の欄は、アニマル……動物か。下に行くと種類じゃな。右に金額が書いてある。狼は……値段的に真ん中辺りか。

 右の欄は、モンスター? 大きさと色に角の数、尻尾の数と首の数と、その他か……色は白と黒は知っておったが、何色かあるみたいじゃな。


 はぁ……人間から見ると、わしはモンスターじゃったんじゃな。妖怪猫又じゃし、立って歩いているからモンスターは否定できんが、悲しいのう。

 ちょっとわしの値段が気になるな。あの欄にわしの見た目を当て嵌めると……高っ!! おっちゃんが欲しそうにするのもわからんでもない。

 金に困ったら身売りするか? その場合、命は無いな……



「この狼だとこんなもんだ。これでいいならサインしろ」


 おっと、査定が終わったか。これはまとめた金額じゃな。さっきの表を見ると……


「満額で貰っていいのかにゃ?」

「ああ。状態がいいからな。こんなに綺麗な狼は珍しいから有り難い」

「わしの見た目のせいで、てっきり足元を見られると思っていたにゃ」

「おいおい。ハンターギルドは信用が命だ。そんな奴はここでは働けない」

「そうにゃんだ。有り難く頂くにゃ。ここにサインすればいいんだにゃ?」

「よし。それじゃあ、金と報告書を渡すな。報告書はそっちの依頼受付に忘れず持って行け」

「にゃんでにゃ?」

「そんな事も知らないのか。常時依頼でも獲物を持ってくれば、昇級ポイントが加算されるんだ」


 ティーサ! また説明、抜け落ちてるぞ。ちゃんと仕事せい!


「にゃにからにゃにまでありがとうにゃ~」

「おう! それで尻尾を一本だけでも売らないか?」

「売らないにゃ~!!」


 まだ諦めておらんかったのか……


 無事、買取を済ましたわし達は、目をギラつかせるおっちゃんから逃げ出し、受付カウンターに向かうのであった。

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