060 弟子は断るにゃ~


「ボクを弟子にしてください!」


 リータの突然の申し出に、わしは困っておる。猫に弟子入り? わしはニャンコ先生か! こんな古いネタ、誰がわかるんだか……。おっと、弟子の話じゃったな。さて、どうしたものか……

 そもそもわしはこんな姿じゃから、パーティを組んでもらえないと考えていた。だから、ソロで活動する予定じゃった。パーティ勧誘ならいざ知らず、いきなり弟子とは……

 弟子って事は内弟子か? 身なりも汚いし授業料なんて貰えるわけも無いな。賃料もあるから、内弟子はキツイかも……まだ生計の見通しも経っておらん。


 よし! 断ろう。


「ボクの家は農家をしていまして……」


 ゲッ! 考え事していたら身の上話しが始まってしもうた。聞きたくない! 聞いてしまうと断りづらくなってしまう。じゃが、子供の悲しむ顔は見たくない……うぅぅ……聞くか。


「去年の不作で食べる物も買えなくなってしまいました。去年は家族でなんとか乗り切ったのですが、今年も雨が少なく、不作になりそうなんです」


 あ~。湖でドロテがそんなこと言ってたのう。ソフィじゃったか? いや、アイノ? 適当に聞いていたから忘れてしまった。歳のせいではないぞ。


「このままでは一家八人、全員が飢えてしまいます。それで兄弟の中で一番年上のボクが、ハンターになって仕送りをしているのですが、稼ぎも少なく、満足に仕送りを出来ないのです」


 全部聞いてしまった。その前に家族多いな……ツッコム元気もないわ。わしもそんなに稼げるかわからないのに、どうしたものか。


「ひとついいかにゃ?」

「なんですか?」

「不作が起きた場合、国か領主は助けてくれないのかにゃ?」

「国? 領主様? 助けてくれません。税金も納められませんし、良くて土地を取り上げられて一家離散です」


 う~ん。この文明じゃこんなもんか。でも、あの女王ならなんとかしてくれそうなもんじゃが……。そう言えば、さっちゃんのお父さんが他国を回っているって言っておったから、救援物資を貰いに行っておるのかも知れん。

 だが、リータのところに回るのは時間が掛かるか……仕方ない!


「弟子は断るにゃ」

「そ、そんな……なんでもします! お願いします!!」

「まぁ聞くにゃ。弟子は断るけど、パーティ仲間として狩りのアドバイスはするにゃ」

「と、言う事は弟子にしてくれるんですか? 師匠!」

「弟子じゃないにゃ。仲間にゃ。師匠と言うにゃ~」

「じゃあ、なんと呼べば……」

「さっきまでのでいいにゃ」

「ニャンコ先生?」

「違うにゃ~!」


 なんでリータが知っておる! わしの心の声を聞いていたのか? いや、リータは英語で「ティーチャー キャット」と言った。わしの勝手な脳内変換じゃ。


「猫さんって呼んでたにゃ。あと、敬語も禁止にゃ」

「はい! 猫……さん」

「とりあえず、もう少し広い場所に移動するにゃ。どこかいい所はないかにゃ?」

「え~と。あっちの方向に開けた場所があったはずで……あったと思う」


 ぎこちないのう。初めて会った時に逆戻りじゃ。


「それじゃあ、移動するにゃ」



 わしは狼を次元倉庫に入れようと近付く。


「あ! 待ってください。ボクが持ちま……持つ」

「重たいにゃ」

「こう見えて、けっこう力持ちなんです」


 リータはそう言うと、リュックを降ろして紐を解く。リュックの紐を解くと布が広がり、容量が10倍以上の大きさに変わった。


「これはなんにゃ?」

「ビッグポーターです。本当は収納袋があれば楽なのですけど、収納袋は高いので……」


 うん。さっぱりわからん。新しい単語も出てきよった。


「ビッグポーターも収納袋も、もう少し説明が欲しいにゃ」

「ビッグポーターはですね……」



 リータの説明によるとビッグポーターは見たまんま、大きい袋だった。新人パーティが稼げるようになると買って、より多くの獲物を持ち帰るための袋らしい。

 入れるともちろん重く、満タンまで入れると、一人で持ち上がらないとのこと……リヤカー使えよ!

 収納袋は魔道具でお高いらしい。その分、機能は充実していてビッグポーターと同じ量を入れても、重さは袋のままとのこと。新人には高嶺の花で、持っているのは高ランクハンターぐらいらしい。

 ちなみにリータはビッグポーターを、先輩ハンターから「もう使わないから」と貰ったそうだ。いい先輩もいたもんじゃ。


 結論から言うと、次元倉庫が使えるわしにはどっちも必要がない。そう言えば、昔出会ったハンターのエレナが収納魔法で騒いでおったな。

 ただでさえ、この姿で騒がれているのに次元倉庫を知られたら、また騒ぎが大きくなりそうじゃ。かと言って使わないと稼げない。う~ん。しばらく使わないようにするか。


「それには狼ならどれぐらい入るにゃ?」

「五匹は入ります」

「入っても持てないなら意味無いにゃ」

「ボクなら運べますよ。力持ちなんで」


 マジですか? そんな小さい体で? わしも余裕で持てるけど……本当に持てるか後で試してみようかな?


「じゃあ二匹だし、お願いするにゃ~」

「わかりました」

「あ、血抜きした方が軽くなっていいかにゃ?」

「う~ん。大丈夫そうです」


 リータは狼と角兎をビッグポーターに入れると、軽々背負ってみせる。


「行きましょう」

「う、うんにゃ」


 この子……本当にどうなっておるんじゃ? あんなに重たい物を持って、さっきと歩くスピードが変わっていない。相変わらずつまずいているけど……力に加えて異常な丈夫さ……

 肉体強化魔法か? それなら納得いくが、使っている素振りはなかった。わしならまだしも、人間の魔力量では、こんなに長時間使えるはずがない。と、なると素か……

 この子、ちょっと鍛えれば化けそうじゃ。あ、また躓いた。



 わしはリータを先頭に観察しながら森を歩く。しばらく二人で歩いていると、少し開けた場所に到着する。


「ここなんてどうですか?」

「うん。いいにゃ」

「それでは、お願いします。あ! よろしく」

「はぁ。さっきからずっと敬語になってるにゃ。もういいから好きに話すにゃ」

「す、すいません」

「先に言っておくにゃ。わしの剣は我流にゃ。だから教えるのは苦手にゃ」

「誰にも教わってないのに、その強さですか……」


 昔、剣術師範のじい様に習ったけど、覚えているのは基本ぐらいじゃしのう。ほぼ我流じゃ。ぶっちゃけ身体能力で刀を振っているから、じい様に見られたら怒られそうじゃ。


「とりあえず、剣を振ってみるにゃ」

「はい!」


 リータは剣を振る。だが、下手過ぎて見てられないので、何度か見本を見せて剣を振るわせる。そして、リータはがむしゃらに剣を振るう。


 ひどいな……。いや、ひどいどころじゃない。まずダメなのは剣。さっきも見たが、よく見ると手入れも何もされていない錆びた剣じゃ。あれでは、兵士が練習用に使っていた刃を潰していた剣の方が切れそうじゃわい。

 次にフォーム。毎回バラバラじゃ。手と足の動きもバラバラ。刃先も真っ直ぐ行かずに斜めになっている。それに重心なんてあったもんじゃない。フラフラしているようにしか見えん。

 これでよくもまぁ剣なんて持っておるな。誰が化けるって言ったんじゃ! ……わしか。


 さて、どこから手を付けたら良いものか……リータの長所は力と頑丈さ。剣はどう見ても苦手そう。いっそ職業を変えてみるのはどうじゃろう? 変えるとしたら……


「リータ。魔法は使えるかにゃ?」

「いえ、使えません。習うにも魔法書を買うにもお金が無くて……」

「それじゃあ、魔力を感じる事は出来るかにゃ?」

「出来ません……」


 魔法使いに転職は時間が掛かりそうじゃな。次の案は……


「剣を置いてこっちに来るにゃ」

「はい」

「わしの手にパンチを打つにゃ」

「パンチですか?」

「拳で殴るだけにゃ。思いっきり来るにゃ」

「はあ。それでは行きます」


 リータは拳を振るう。しかし、空振った。ついでに空振りの勢いで倒れ込む。


 この距離で外しますか……思いっきりとは言ったが、大振りし過ぎじゃ。


「いたた……」

「力み過ぎにゃ~。こういう感じで打つにゃ」


 わしは見本の普通のパンチを見せる。リータは見よう見真似で軽くパンチをしている。


「そんなもんにゃ。パンチしてみるにゃ」


 わしはさっきのように肉球をリータに向けて前に出す。


「えい!」


 ドゴン!!


 リータの拳が肉球に当たり、わしの腕が弾き飛んだ。


 硬っ! なんちゅう硬さじゃ。石で殴られたかと思ったわ! 力を入れておらんかったとはいえ、こうも簡単に腕を弾くか……わしの肉球じゃなかったら骨折しておったかもしれん。


「どうでしたか? ……え?」


 しかし、この細い腕のどこにこんな力があるんじゃ? モミモミ。手はさっきのように硬くない。ペタペタ。脚は移動手段じゃから、そこそこ筋肉はついておるのう。モミモミ。


「あの……猫さん?」


 お尻はアスリートなら筋肉が付いているらしいが柔らかい。モミモミ。胸は鳩胸かな? 胸筋じゃなく、柔らかい。モミモミ。


「ん……あ、やめ……猫さん……」

「あ、すまないにゃ。ちょっと気になったにゃ」


 なんか顔が赤くなっておるな。わしも触り回されたら照れるから気持ちはわかる。

 しかし、触った感じだと普通の体じゃ。ソフィの方がまだ筋肉があった。謎が膨らむだけじゃな。じゃが、これだけのパンチなら、基本を抑えたら攻撃手段になりそうじゃ。


 剣士から格闘家に転職じゃ!


「結果発表にゃ~!」

「え? なんの発表ですか?」

「リータには、剣は使えないにゃ」

「そんな……どうやって狩りをすれば……」

「パンチにゃ!」

「パンチ?」

「そう。パンチにゃ」

「そんなので狩りをしてる人なんていませんよ」

「じゃあ、リータが第一号にゃ! 今日からリータの職業は、格闘家にゃ!」

「え……え~~~! って、それはなんですか?」


 知らんのかい!!



 こうしてリータの転職は決まり、格闘家の説明に骨を折るわしであった。

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