244 ラサの街に潜入にゃ~


 猫耳族のウンチョウ、コウウンと握手をしたケンフは、手を痛そうにしながら、席に着く。わだかまりは、簡単には解けないみたいだ。まだ和解するには時間が掛かりそうなので、会議を再開する。


 まずは、トンネルから引き返した一万人の軍隊の事を、ウンチョウに質問する。


「帝都に向かった軍隊は、どれぐらいで着きそうにゃ?」

「おそらく、あと二日は掛かると思います」


 二日か……。帝都からラサまでは三日じゃったな。となると、軍が帝都に戻った瞬間にラサを攻めれば、最低三日の猶予がもらえるのか。準備もあるだろうし、もっとかな?


「ここからラサに進軍すると、どれぐらい掛かるにゃ?」

「丸一日あれば着くかと……」

「兵の疲労を考えると、二日は欲しいですね」


 コウウンが最短の答えをくれて、ウンチョウは猫耳軍全体の事を考えた答えをくれた。


「にゃるほど……明日、進軍すると言ったら大丈夫かにゃ?」

「はい。猫耳の里も道が整備されていましたし、今日も休みが取れましたので、問題ありません」

「にゃら、進軍は明日の朝一にするにゃ」

「「はっ!」」

「あと、ここに残るメンバーを数人欲しいんにゃけど、猫耳族から出せるかにゃ?」

「それはどういった用途でしょうか?」


 ウンチョウの問いに、わしは包み隠さず用途を説明する。


「子供達の世話係で欲しいにゃ。多少は危険があるから、武器を扱える者も居れば有り難いにゃ」

「人族の子供を……」


 子供といえど、やはり抵抗があるか……


 ウンチョウとコウウンが口を閉ざす中、ズーウェイが声を出す。


「お世話だけなら私が……」

「ズーウェイはここに来てから、ずっと子供の世話をしているけど、いいにゃ?」

「はい。みんな良い子ですし、一緒にいると楽しいです」

「そうにゃんだ。じゃあ、引き続きよろしくにゃ~」

「はい! お任せください」


 わしとズーウェイの何気ないやり取りが、ウンチョウには不思議に見えるのか、質問して来る。


「王よ。そちらの女性は?」

「ああ。元奴隷で、わしの住んでいる国まで連れて来られていたにゃ」

「それなのに人族を……」

「まぁ仕える主によって、人族に対する考えは変わるにゃ。メイバイもそうだったにゃろ?」

「そうなんですか……」


 ウンチョウとコウウンが黙り込んでいると、シェンメイが口を開く。


「あたしが残ろうか?」

「さすがにシェンメイは、最前線に居なきゃダメじゃないかにゃ~?」


 さすがに猫耳族最強の筋肉猫……戦乙女を、こんなところに残しておけないと言うと、コウウンもわしに乗っかる。


「そうだぞ。お前の力は頼りにしている。抜けられると俺が困る」

「コウウンさん……では、妹に頼んでみるわ」

「妹にゃんていたんにゃ」

「ええ。腕はいいのだけど優し過ぎるのが欠点で、人に剣を向けるとなると、怖気おじけづいてしまうから戦争には向いていないわ」

「獣相手は大丈夫にゃ?」

「それは問題ないわ」


 シェンメイの案は、わしに取っては問題ないのだが、軍に取ってはどうなのかわからないので、コウウンに尋ねてみる。


「コウウン。シェンメイの妹を借りてもいいにゃ?」

「はい。軍からも立候補者を募ってみます」

「お願いにゃ~」

「うちの部隊からも募ってみるにゃ~」

「ワンヂェンもよろしくにゃ~」


 会議は滞り無く進み、一時解散。食事休憩をして子供達と遊んでいると、各自がここに残るメンバーを連れて来る。

 意外と多く集まったので、軽く面接をして、シェンメイの妹と、連絡用の魔法使い、それと奴隷だった者を採用し、残りは進軍にあてる。

 子供達にも挨拶をさせ、遊ぶ姿を見ていたが、敵意はまったく感じさせなかったので問題ないだろう。ただ、シェンメイの妹は姉よりデカイ。力加減を間違わない事を切に祈る。



 こうして子供達の安全は確保され、わし達は進軍した。



 日が昇ると、ウンチョウ、コウウンを乗せた馬車を先頭に進み、それに続く馬車や歩兵……。全軍、ゆっくりと移動する。

 わし達他国組は、車でノロノロとついて行くが、遅くて運転が面倒になって来たので休憩。野営地到着、もしくは人族と接触した場合に連絡をしてくれと頼んで、違う方向にドライブ。ケンフのナビで、人里の無い場所に移動する。


 だが、面白い物が見付からないので、適当な場所でピクニックをしてから、本隊に向かう。向かっている最中に、通信魔道具に連絡が来たので、急いで野営地にて合流。

 ラサまではおよそ10キロ地点に本陣を張り、鋭気を養う為に、日が落ちると早めの就寝。


 翌朝、予定通りわし達は馬車に乗り、猫耳軍より先行して進む。猫耳軍の進軍は一時間後。時間がわからないといけないので、王都で用意した砂時計を渡そうとしたが、猫耳族も砂時計を持っていたので、そちらを使ってもらう。

 馬車に乗り込んだのは、御者にケンフとノエミ。中にわしとリータとメイバイ。街の外から二千人の猫耳族の軍隊を見せ、このメンバーで、中から崩そうという作戦だ。



 馬車は順調に進むと、ラサの街の外壁が見え始める。なので、わしは最終確認で、御者台に座るケンフに声を掛ける。


「本当に中に入れるにゃ?」

「はい。門には門兵は居ますが、怪しい人物以外は取り調べ等はありません」

「じゃあ、わしも大丈夫なんにゃ」

「そ、それは……」


 わしの言葉にケンフが困っていると、メイバイ、リータ、ノエミが、生温い目で見て来る。


「シラタマ殿は怪しいニャ」

「どうやっても無理ですよ」

「それでなんで大丈夫だと思うのよ?」

「にゃ……」


 ああ。猫ですよ~だ! マントを被っても怪しさ倍増ですよ~だ!!


「冗談はさておき……」

「本気だったニャー!」

「メイバイさん。それ以上言ったら、また拗ねますよ」


 わしは子供か! そんな事で拗ねた事なんて……たぶんないはず?


 疑問は残るが、わしは最終確認の続きをケンフに振る。


「リータやノエミの見た目は大丈夫にゃ?」

「はい。これぐらいの髪の色なら多くいます」

「そうにゃんだ。メイバイはどうするにゃ?」

「猫耳族は奴隷紋で制御しているので、背中の肌さえ見せなければ、区別が出来ないでしょう」

「となると、問題はわしだけだにゃ」

「ですね」


 マントを深く被っても、門兵に見せろと言われたら一発アウト。潜入失敗になる。中に入るだけなら壁を飛び越えればいいんじゃが、予期せぬ事態に、わし抜きでおちいった場合を考えると、ちと怖い。

 わしがいるほうが、予期できる事態が起こる可能性は高いが……


 王都でも猫をペットとして飼っている人はいたし、ここでもいるじゃろうか? いるなら解決しそうなんじゃが……


「あの街には、猫が歩いていたりしないかにゃ?」

「そうですね……ペットなら飼っている人がいたと思います」

「にゃら、いい方法があるにゃ」


 わしは変身魔法を解いて、猫型に戻る。


「猫になった!」

「元々、猫だにゃ~。あ、ケンフの前では初めてだったにゃ」

「これは……念話?」

「そうにゃ。この姿でどうにゃ?」

「ホワイトトリプルだと、もっと目立ちそうです」

「あ……ちょっと待つにゃ」


 今度は変身魔法を使って猫に変身する。するとメイバイとリータが、わしの見た目を口にする。


「茶色い猫ニャー!」

「顔がルシウス君に似ていますね」


 そう。わざわざ変身魔法を使って、ルシウスの茶色版に変身した。尻尾も一本なので、街を歩く分には問題ないはずだ。


「あ! さわり心地が、さらさらニャー」

「本当です。ワンヂェンさんみたいですね」


 人間に変身するには制約があるみたいじゃが、猫の姿なら、質量もさほど変わらないから上手くいったみたいじゃな。じゃが……


「ゴロゴロ~。撫で過ぎにゃ~」

「これはこれでいいニャー」

「たまに変身してくれませんか?」

「そんにゃの、他の猫を飼えばいいにゃ~。ゴロゴロ~」

「それは浮気になってしまうから出来ません!」

「私達はシラタマ殿、一筋ニャー!」


 ペットを飼うだけなのに、浮気になるの? 他の猫を撫でるのが浮気になるとしたら、先日ワンヂェンを撫で回したのは、浮気になるんじゃなかろうか?


「そろそろ着くわよ? 遊んでいていいの?」


 わしとリータとメイバイが本当に遊んでいると、ノエミが冷ややかな目で尋ねて来た。


「にゃ? ノエミに注意されたにゃ~」

「じゃあ、交代でシラタマさんを運びましょう」

「いや、歩けるにゃ~」

「抱いていたほうが、怪しまれないニャー」

「もう、そうしなさい」

「にゃ……」

 ノエミは面倒臭そうに、わし達の言い合いをさえぎる。これ以上言い合いを続けていると、門で怪しまれるので黙るが、二人が撫でるせいでゴロゴロと言いながら、ラサの街に辿り着いた。



「止まれ!」


 街に入る、少なからず居る人の列に並んでいると、わし達の順番になり、門兵に止められた。ここは打ち合わせ通り、門兵の相手はケンフがする。


「なんでしょうか?」

「積み荷はなんだ?」

「ジャガイモでございます。近隣の村から売りに参りました」

「ジャガイモだと……中を確認させてもらおう」

「はい」


 門兵はニヤニヤした顔で馬車に乗り込んで来るが、わし達を見ると、何故か威圧するような声を出す。


「猫耳族と猫もいるじゃないか!」

「は、はい。少し前に、作物を金銭で払えないと、この二つを無理矢理渡されまして……」

「……そうか。それなら通行料が掛かるな~」


 ケンフの説明を聞いた門兵は、ニヤニヤした顔に戻り、嫌味な声を出した。


「いくら払えば……」

「ジャガイモを五袋だ」

「そんなにですか!?」

「払いたくないなら、そこの二人の少女でもいいぞ? な~に。街への滞在時間の間、貸してくれればいいんだ」

「そ、それだけは勘弁してください。ジャガイモをお支払いします」

「ははは。わかっているじゃないか」


 ケンフは積み荷のジャガイモ五袋をドサリと降ろすと、街の中へ馬車を走らせる。少し走り、馬車の預り場に到着すると、ここでも法外な値段を吹っ掛けられた。

 レンタル用の荷車も高く、渋々払うが、荷車にジャガイモを積み込むと、残りは三分の一になってしまった。


 あまりにも酷い事態に、わしはケンフに念話を繋げる。


「嘘にゃろ? 街に入るだけでこんにゃに取られたら、村が成り立たないにゃ~」

「今回は当たった連中が悪かったですね。普段は半分以上は残るはずです」

「それでも高過ぎるにゃ~」

「まぁ村に直接取りに来るより安いですよ。運賃やらなんやらで、根こそぎ奪って行きますからね」

「にゃ……」


 猫耳族だけでなく、人族にも位があるのか……。街に住めない人間は、人として扱われていないんじゃなかろうか?

 てか、これほどジャガイモに群がるって事は、この街ですら、食糧難で困窮しておらんか? 食糧はかなり準備したつもりじゃったが、すぐに足りなくなりそうじゃ。


「軍が来るまでもう少し時間があるし、街を見ておきたいにゃ」

「はっ!」


 わし達一行は、街の中心に向けて歩き出す。ちなみにわしは、メイバイに抱かれているので歩いていない。



 ラサの街を歩くと、西洋様式とアジア様式が合わさった建物が並び、東の国との文化の違いが見受けられる。

 アジア風の服を着ている人は、多く歩いてはいるものの、痩せている人間が目立つ。その中で、猫耳族はさらに痩せ、フラフラと荷物を持って歩いている姿がそこかしこにある。


「猫耳族は、にゃにを運んでいるにゃ?」

「食糧、薪、建築資材、なんでもです」


 街を見て、気になった事を質問すると、すぐにケンフが答えてくれる。


「食糧って、村以外でも作っているにゃ?」

「気付きませんでしたか? 街の外が大農場になっていて、そこで猫耳族が働いているんです」

「全然、気付かなかったにゃ~」

「俺達が来た道は、休ませている畑だったのかもしれませんね」


 ケンフと喋っていると、ラサ出身のメイバイが会話に入る。


「私も外の畑で働いていたニャ。時間が余ったら、こっそり仲間達で狩りをしていたニャー」

「そうにゃんだ……」


 それだけしても、食糧難なのか……。東の国でも、二年連続、水不足に悩まされていたし、ここもなんじゃろうな。


 わしがこの街について質問していたら、運び手がメイバイからリータに変わり、そのまま運ばれていると、街の中心部に辿り着く。そこでは、王都の広場のように露店は並んでいるものの、活気はない。


 ここも人はいるけど、静かなものじゃ。露店も物が少ない。みんなどうやって暮らしておるのじゃ?


「キャーーー!」


 露店の並ぶ広場を眺めて進むと、悲鳴が聞こえた。何が起こっていのかるかわからないので、抱いていたリータに降ろすように指示を出し、わし達は悲鳴の元へと進む。



「貴様~! 誰の荷物を落としているんだ!!」

「すみません。すみません」


 そこには身なりの綺麗な太った男と、痩せてボロボロな猫耳族の少女が二人いた。二人の少女の内、小さな女の子は倒れており、もう一人はその前に立って頭を下げ続けている。


「鞭が足りないみたいだな」

「待ってください! 妹は体調が優れないのです。その上、鞭なんかで叩かれたら死んでしまいます!」


 どうやら少女がミスをして怒られているみたいじゃな。鞭で打つとは酷い仕打ちじゃが、作戦中では、まだ騒ぎを起こせん。ここは我慢じゃ。


「奴隷が何を言ってやがる。俺に命令しようって言うのか?」

「い、いえ……」

「そんなに言うなら、お前が妹の分の罰を受けろ!」

「は……はい」

「口答えした分もあるからな。覚悟しろ!」


 そう言うと、太った男は鞭を振り上げる。わしは歯を噛み締めて、その光景を見ているしかなかった……


「ダメ~~~!!」

「リータ!!」

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