498 サイン攻めにゃ~


 お礼参りの旅、最後に訪れた東の国では、女王の膝の上でグースカ眠っていたわしは、女王、玉藻、家康だけでなく、皆に呆れられていたようだ。しかしわしの態度を諦めた皆は、各々談笑し、話に花を咲かせていたらしい。

 しばらくして、いい匂いがして来たのでわしは目を覚まし、わくわくして待っていたら、今日もヤマタノオロチフルコースが運ばれて来た。


 うむ。前回来た時より、料理長の味が上がっておる。あの時はうますぎて、手でも震えていたのかもしれんな。あとはあん肝をなんとか料理して欲しいんじゃけど、西洋料理って、あん肝なんて使えるのかな?

 フォアグラなら調理しておるし、アレンジ出来ないか試してもらおうか。さすがにエミリじゃ難しいもんな。もしくは、日ノ本の寿司職人に頼むか引き抜くか……

 まぁ一度、玉藻に連れて行ってもらった寿司屋に持ち込んでみよう。餅は餅屋。調理してもらった物を料理長に食べさせれば、調理の仕方も思い付くじゃろう。いや、いっそ、エミリと一緒に連れて行くのもいいな。


 わしがほっぺを押さえながら食べていると、玉藻と家康も満足しているようだ。さっちゃん達も何度か食べていたようだが、何度食べても飽きない模様。

 猫ファミリーも、エミリが作る物以外でも美味しく食べて、お腹いっぱいになると、さっちゃんが女王の膝からわしを奪い取った。


「それにしてもさ~……」

「にゃに?」

「シラタマちゃんの剣って、日ノ本の剣と似てるよね?」

「またにゃんか疑ってるにゃ~? 似てるだけにゃ~」

「え~! シラタマちゃんだって、大小二本の剣を持ってたじゃない? 似すぎだよ~」

「だから、たまたまにゃ~」


 さっちゃんの疑いを受け流していると、わしの刀に興味を持った家康が話に入る。


「そう言えば、お主の刀は白鉄しろがねじゃったな。脇差しとはいえ、あれほどの量を用意するとは、どこで手に入れたのじゃ?」

「白鉄にゃ? ……ああ。こっちでは、白鉄の事を白魔鉱と呼んでいるにゃ。黒いのは黒魔鉱にゃ。それで質問に答えると、この土地でも白魔鉱は少ないんにゃけど、黒魔鉱にゃら日ノ本よりは多く手に入るんにゃ」

「なるほどな。世界にはそのような鉱山があるのか」


 わしと家康が魔鉱について話をしていると、さっちゃんがよけいな事を言って来る。


「シラタマちゃんの剣って面白いんですよ。いま持っているのは【白猫刀】、黒くて長い剣は、【黒猫刀】とか名前を付けてたんですよ~。あははは」

「ぷっ……猫が刀に猫と名付けておるのか。ポンポコポン」

「笑うにゃ~! 別にいいにゃろ~」

「せっかくだから、イエヤスさんにも【黒猫刀】を見せてあげなよ~」

「おお! わしも刀は好きじゃからな。是非とも見せてくれ」


 今回のお礼に送った刀は、家康の刀コレクションから出したと聞いていたので、わしの刀にも興味津々の家康。なので、熱を冷まそうとわしは面倒臭そうに答える。


「無理にゃ。【黒猫刀】は人にあげちゃったから、もうないにゃ」

「え……シラタマちゃんの大事にしてた剣じゃないの?」

「大事にしてたけど、新しい剣も作ってしまったから、使う頻度も低かったからにゃ」

「ちなみに、その新しい剣はなんて名前なの~? 見せてよ~??」

「揺らすにゃ~~~!!」


 さっちゃんがおねだりモードに入ってぐわんぐわん揺らすので、わしは渋々、次元倉庫から【猫干し竿】を取り出す。


「鞘はないけど、白魔鉱で出来てるにゃ」

「長いね~」

「こ、これは……波紋はボチボチじゃが、なかなかの業物……持ってもよいか?」


 家康がフゴフゴ興奮して近付くので、減るものでもないので手渡す。すると重さにも驚いていたので、三倍に圧縮してあると教えてあげたが、その製法は秘密と言っておいた。

 家康が興奮するので、女王と王のオッサンも気になるのか、見たいと言い出したから好きにさせるが、何やらさっちゃんがニヤニヤしながら近付いて来た。


「それで~。あの子の名前はなんて言うの~?」


 【猫干し竿】なんて言ったら、絶対笑う顔をしておる! いまさらじゃけど、わしはなんちゅう名前を付けておるんじゃ。もっとわしに命名のセンスがあればよかったんじゃが……とりあえず、さっちゃんの顔がムカつくから嘘をついておこう。


「名前にゃんて付いてないにゃ~」

「え~! 絶対付いてるよ~」

「わしは名付けのセンスがにゃいから、にゃにも思い付かなかったんにゃ~」


 よし。細心の注意を払って心も読まれていない。【猫干し竿】と知っているのも、リータとメイバイ、あと、産みの親のドワーフしかおらん。バレるわけがない。


「じゃあ、当ててあげる!」


 またさっちゃんは突拍子の無い事を……こんな事を言うとかわいい【猫干し竿】に悪いけど、こんな変な名前、当てられるわけがなかろう。


「猫は確実に入っているとは思うんだよね~」


 正解! そりゃわしは猫で、【白猫刀】にも【黒猫刀】にも入っていたんじゃから、ハズレるわけがない。じゃが、それ以外は当たるわけがない。


 わしが安心して見ていると、さっちゃんはニヤニヤしながら驚く事を言う。


「【猫干し竿】! これがあの子の名前よ!!」


 はい? なんで一字一句間違わず、名前を当てておるんじゃ?? 正解じゃ……いやいや、わしが正解と言わなければ正解ではない!!


「ざ~んねんにゃ~。そんにゃ変な名前を付けるわけないにゃ~」

「絶対これだよ~」

「【猫干し竿】なんて、さっちゃんのセンスを疑うにゃ~」

「ふ~ん。あくまでもとぼけるんだ……」


 さっちゃんは振り向くと、本が数札並んでいる部屋の端に歩いて行ってしまった。


 ふふん。わしの勝ちじゃ。ぐうの音も出ないで逃げよったわ。


 わしが勝利を確信してメイドさんにコーヒーをお願いし、席に着いてズズーっと飲んでいると、さっちゃんが三冊の本をテーブルに「ドンッ!」と置いた。


「にゃ? にゃにこの本??」

「最近貴族の間で流行っている本よ。商家の者も読んでるって聞いたかしら? それも、近々大々的に売り出すとも……」


 なんじゃその悪い顔は……でも、そんなベストセラーの本があるとは初耳じゃ。しかしこの本の表紙……各国を回っている最中に見た事があるかも? たしか……わし達をキラキラした瞳で見ていた人が持ってた気がする。

 なんてタイトルなんじゃろう? あ……


 タイトルはさっちゃんの手に隠れていたので、どけてと言おうとしたが、さっちゃんはその前にページをペラペラと捲ってブツブツ言い出した。


「たしか最初のこの辺……あった! ここ! ここ読んでみて」

「にゃににゃに……巨大で白いカマキリを前にした猫王様は、【猫干し竿】を構え……」


 えっ……え? 白いカマキリ……ええ??


「にゃにこれ~~~~!!」


 本には、新婚旅行で倒した白カマキリとの戦闘が誇張されて描かれており、驚きのあまりわしは叫び声をあげる。


「何って……『猫王様の東方見聞録』じゃない。発行元は猫の国で、作者はシラタマちゃんってなってるわよ。あ、シラタマちゃんはゴーストライターに書かせたって、お姉様から聞いたっけ」


 何そのマルコ・ポーロが書いたような本……わしは知らんぞ! ……ああ!? 関ヶ原の前に、トウキンに頼んでいたのをすっかり忘れていた……え? これってもう販売してるの?? わし、トウキンに校閲するって言ったのに……


「ね? 【猫干し竿】で正解でしょ。当たったんだから、サインちょうだ~い」


 ちょ! まだわしは混乱中なんじゃから、さっちゃんは揺らさないで!!


「サインもにゃにも……わしが書いた物じゃにゃいし……」

「いいのよ。誰が書いていたって……友達に自慢になるからね」


 それでいいの? いや、よくなくなくない??


「ちにゃみににゃんだけど、残りの二冊は上中下って事にゃの?」

「あ、こっちにもサインもらわなきゃ! リータ、メイバイ、コリスちゃ~ん! サインちょうだ~い!!」


 さっちゃんが本を抱えてリータ達の元へ向かうので、わしは途方に暮れるが、女王まで本を持ってやって来た。


「……にゃに?」

「気になっているだろうから、見せてあげようと思ってね」


 それは助かるんじゃけど、その悪い顔が気持ち悪い。ま、とりあえずスルーして、さっきと背表紙の違う二冊の本を……


 『猫王様の観察日記』 作者がリータとメイバイになっておる。タイトルから察するに、わしを観察した事が書かれておるんじゃろう。

 あ、だから小説家の猫耳娘は【猫干し竿】の名前を知っていたのか。リータ達が書いた日記に、【猫干し竿】が記載されていた可能性が高いな。

 でも、「にゃ~にゃ~」虫から逃げ惑うシーン、必要なのかね? 王様の恥なのでは??


 次の薄い本は……


 『リス王女様のお品書き』 コリスが作者になっておる!? しかも、いつの間にコリスは王女になっておるんじゃ? てか、マジでこんな料理本を出したのか……

 読んでみたところ、エミリが監修してね? 絵はいいとして、コリスはこんな事細かな感想は言った事ないぞ? なんじゃ「ほのかに香る醤油の風味は」とか……コリスの「星みっちゅ!」の絵はかわいいけど……



「それで……」


 わしがパラパラと斜め読みしていると、頃合いと見て、女王が声を掛ける。


「続編は書かないのかしら?」

「そんにゃこと言われても……わしが書いてないから知らないにゃ~」

「じゃあ、ジョスリーヌ達に頼んでみるわ」


 双子王女に……か。勝手にやられると、わしが困るかも? まだ全て読んでもいないし、変な事を書かれているかもしれんしのう。


「頼んだところでネタにゃんか提供してないし、無理じゃないかにゃ~?」

「ネタならあるでしょ?」

「にゃ~?」

「この本の最後は、日ノ本を発見したところまでしか書かれていないわ。どうせ日ノ本で騒ぎを起こしたのでしょ? それとヤマタノオロチの事も書いてくれたら、面白い本になると思うわ」


 お~い……何を続編を期待させるような書き方をしておるんじゃ。たしかに売る為に書いてもらったけど、わしの頭の中に続編なんて、これっぽっちも思い浮かべておらんかったぞ。


 わしが嫌々女王の質疑を聞き流していると、それを他心通で聞いていた玉藻と家康が入って来た。


「おお! その本に、日ノ本の事を書いてくれたら、日ノ本の宣伝になるぞ!!」

「ヤマタノオロチ戦は、儂も活躍したんじゃ。かっこうよく書いて欲しいのう」

わらわの登場した場面は、幼女じゃなく、大人の体にしてくれんか?」

「続編を書くにゃんて言ってないにゃ~~~!!」

「「「「「ええぇぇ!?」」」」」


 圧の強い玉藻と家康を怒鳴り付けると、何故か猫ファミリー以外の全員から悲鳴のような声があがった。メイドさんまで愛読していたとは……


 その後は、悲鳴をあげた全員がわしに詰め寄り、各々わめき散らす。


「なんでじゃ! そこまで書いておいて、妾を書かんとはどういうことじゃ!!」

「そうじゃ! 徳川も書いてもらわんと困る!!」


 玉藻と家康は目立ちたいが為にわしに詰め寄り……


「これから面白くなるところでしょ! 続編を書きなさい!!」


 女王はわしを脅すように髭を引っ張り……


「続きを書いてよ~! 日ノ本だけじゃなくて、遠い遠い土地にも行って来てよ~!!」


 さっちゃんはしれっと無理難題を付け足してぐわんぐわんと揺らす。


「寄るにゃ! 髭を引っ張るにゃ! 揺らすにゃ! わしは王様の仕事で忙しいんにゃ~~~!!」


 当然わしは、そんな面倒事を避けたいが為に叫ぶが、皆の我が儘は続く……いや、ピタリと止まって、各々近くの椅子に座ってわしを見る。


「「「「「暇なくせに……」」」」」


 その言い訳はまったく通じず、全員から冷ややかな目を向けられてしまうわしであったとさ。

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