424 徳川将軍にゃ~
「何奴!?」
「怪しい奴め!」
「「「「御用だ御用だ!」」」」
わしが飛行機から一歩降りると、さっそく岡っ引きタヌキに囲まれた。どうやら飛行機を、遠くから視認されていたようだ。
住民も多数集まっているところを見ると、黒船ならぬ土色飛行機に、興味津々のようだ。
だが、この騒ぎはわしが望むものではない。丁重に騒ぎを収めようとする。
「やいやいやい! この紋所が見えにゃいのか!」
わしは着流しから左肩をずいっと出すと、手首に付けている腕時計に刻まれた菊の御紋を見せて凄む。
「かの天皇家から贈られた紋所……わしこそが猫の国の国王……あっ、シ~ラ~」
スパーン!
わしが決め台詞を言い終わる前に、渇いたいい音が鳴り響く。
「騒がしてすまないのう。こやつは天皇家の客人じゃ」
「「「名代様!? はは~」」」
玉藻だ。せっかくのわしの決め台詞を言い終わる前に、ハリセンで頭を叩き、勝手に紹介されてしまった。玉藻の容姿は江戸にまで伝わっているらしく、岡っ引きタヌキ達は
「にゃにするにゃ~!」
「だから遊ぶなと言っておろう! そちに時計を渡したのは、そんな事をする為じゃないんじゃ!!」
納得のいかないわしは玉藻に噛み付くが、逆に噛まれそうなぐらい怒鳴られてしまった。
「リータ、メイバイ。そやつの事を頼むぞ」
「「はい(ニャー)!」」
「むふぅ~~~」
玉藻の指示に、リータがわしをベアハッグ。ギリギリと締まって苦しいのと、胸に顔が押し付けられているので、息が出来ない。わしがぐったりするとメイバイが受け取って、逆向きのベアハッグに変わって息が出来るようになった。
そんなわしを無視して、玉藻は岡っ引きタヌキと会話を交わす。
「今日、徳川に客人を連れて行くと
「は、はい! 丁重にもてなすように言われております! こちらに馬車もご用意しておりますので、お乗りください」
「話が早くて助かるわい。じゃが、乗り物はこちらで用意しておるから、そち達は先導してくれるだけでいい。シラタマ?」
玉藻がわしを名指しで命令するので、メイバイのベアハッグの締まりが強くなり、渋々バスを取り出す。そこに猫ファミリーと玉藻が乗り込み、タヌキが操縦する馬車に続く。
バスの運転は玉藻がしたいとか言い出したので、勝手にやってもらい、わしは正座をしてリータ達の説教を待っていたけど、街並みに興味が移って放置プレーとなってしまった。
うぅぅ。金さんみたいに自己紹介しようとしたのに、玉藻に邪魔されてしもうた。桜吹雪の代わりに腕時計を使っただけじゃのに、あんなに怒らんでも……
てか、リータ達は説教するなら早くしてくれんかのう? ……いや、これはラッキーなのではなかろうか? 外ばっかり見て、わしを見ておらん。
ならば、わしも観光を楽しもう!
わしはこっそり、リータとメイバイの居る窓の反対側に移動し、窓から江戸の街並みを眺める。
ふ~ん……綺麗な街並みじゃけど、綺麗すぎる。人もなんだかきっちりしてるし、音も少ない。あ、歴史書で、徳川の治める武家社会とか書いてあったか。そりゃ、こんなにきっちりしてたら息が詰まる者も出て来るじゃろう。
人は……京と比べると、種族が少ないな。タヌキとタヌキ耳、普通の人間。キツネは……一匹も居ない。なんだか、京のほうが明るく見えるな。
わしが窓から街並みを眺めていると、リータ達がわし側の窓にやって来て皆で感想を言い合う。ただ、京ほど面白い物は無いから、タヌキばかり見ていた。
そうして外堀を越えて内堀近くになると、玉藻が江戸城に着いたと教えてくれたのだが、城はまだまだ小さい。ここからが侍達の居住スペースとなるらしく、先に進むに連れて立派な屋敷が並ぶようになって来た。
この場所は人間が見当たらず、タヌキばかりなので、他の種族が居ないのかと聞いたら、徳川の親戚筋が多いのでタヌキが集まっているらしい。
ちなみに他の藩はどうなっているかと聞くと、ほとんどが人間で、城主がタヌキだったり、お目付役にタヌキが常駐したりしているとのこと。ここまでタヌキが多い土地は、江戸しかないようだ。
なるほどのう。タヌキやキツネはそこまで多くないのか。他の藩に行けば、古き良き日本の原風景が楽しめそうじゃ。暇が出来たら日ノ本旅行もしてみたいのう。
しかし、天守閣が残っておるのはビックリじゃ。たしか江戸時代に入って、わりと早くに焼失しておったはずじゃが……まぁあるに越した事はない! 入れるなんて、いまから楽しみじゃ~。
わしがフゴフゴ興奮していたら、ようやく天守閣の全貌が見えたのだが、天守閣の手前で曲がってしまった。
なのでわしは玉藻に噛み付き、城主は天守閣に居るモノじゃないのかと聞いたら、天守閣は戦が起きた場合のシェルターや武器の保管庫だから、基本的には使わないとのこと。
わしもその事をすっかり忘れていたので、どうしても見たいと言ったら、徳川に聞けと言われた。どうやら天守閣は守りの要だから、玉藻も中に入れてもらった事がないらしい。
それでいいのかと聞くと、太平の世が長く続いているので、無駄に波風を立ててまで見る必要もないようだ。
質問をしていたら、将軍が居る立派な門構えの屋敷の前に着いた。ここからは、歩きのこと。なので、バスから降りて案内役のタヌキ侍に続き、長い石畳を歩いて屋敷に入る。
サンダルを脱ぎ、これまた長い廊下を日本庭園を楽しみながら進み、将軍の待つ部屋の前でタヌキ侍に待機させられると、暇潰しに玉藻に話し掛ける。
「にゃんか作法とかあるにゃ?」
「異国の者と説明してあるから、気にせずともよい。ただな……」
「にゃ~?」
「京の城主のように、将軍は高い所に座っていると思う。そちはそれが気に食わないのじゃろ? 妾としては、あまり波風を立てたくないんじゃ」
「ああ。わしも別に気にしないにゃ。あの時は、それまでの城主の態度が気に食わなかったから、意地悪しただけにゃ」
「……まことか?」
「玉藻の時は頭を下げたにゃろ~? 信用してにゃ~」
これまでのわしの行動が、玉藻の信用を無くしているようだ。リータとメイバイに泣き付いてみたが、わしが悪いんだとのこと。これほど真摯に向き合っているのに、そんな事を言われるとは思っていなかった。
なので、拗ねてコリスに埋もれる。すると、リータとメイバイが謝って撫でて来るけど、いつも通り撫でたいだけのようだ。
そうしてゴロゴロ言っていると、タヌキ侍が
「玉藻様の、おな~り~」
部屋に入るなり、歓迎ムード。玉藻もこんな扱いを受けた事がないからか、「おかしいのう」とか小さく呟いている。
わし達は失礼があってはいけないかと思い、玉藻の真後ろを一列になって歩く。これで作法が悪くても、玉藻に隠れて見えないはずだ。玉藻は幼女だから、わし以外丸見えじゃけど……
将軍までの距離はまだまだあったのか、畳を数歩進むと一段高くなり、また数歩進むと一段高くなる。
なかなか着かないのでやきもきしたわしは、玉藻の後ろからなんとか将軍を見ようとしていたら、玉藻が急に止まって、わし達はガンガン追突して止まった。
そこは日ノ本最強の玉藻。わし達の玉突き事故にあってもビクともせずに振り返った。
「何をしておるんじゃ……シラタマは妾の隣。リータ達は妾の後ろの座布団に座るのじゃぞ」
「はいにゃ~」
「「「「は~い」」」」
「はぁ……」
引率の玉藻先生に注意を受けたので、わし達はいい返事をしたのに、ため息を吐かれてしまった。何やら心労があるようだけど、わし達は気にせず座布団に座ろうとする。
その時、紋付き袴を着た大きな白いタヌキが目に入った。その白タヌキは高い所には座らず、わし達と同じ段の畳に座ってつぶらな瞳で見ている。
ふ~ん……高い所を背にして座っておる。てっきりあの奥に座って、ふんぞり返っていると思っておったわ。
大きさは、コリスぐらいかな? 尻尾は三本で、強さがコリスより下。リータ達よりは上ってところか。これなら、戦闘になっても余裕じゃな。
わしが将軍を見ながら座布団に座ると、リータ達も座ったようで、将軍から声を掛けて来る。
「
秀忠!? 二代目って事は、家康が長い間将軍でいて、子に譲ったってことか。しかし、まさか秀忠の名が出て来るとはビックリじゃわい。もっと歴史書をちゃんと読んでおけばよかったな。と、考えている場合じゃなかった。
「わしは、遥か西にある猫の国の国王、シラタマにゃ。後ろに並ぶのが、妻と娘みたいにゃ者にゃ。リータから挨拶するにゃ~」
「はい。念話で失礼します。私は……」
リータ、メイバイ、コリス、オニヒメと自己紹介は続くのだが、コリスとオニヒメが変な挨拶をしてしまって、秀忠の眉がちょっと動いた。二人をこういう場に連れて来るのは失敗だったようだ。
二人は「コリスだよ~」「オニヒメだよ~」と言ったからには、念話を聞いた秀忠だけでなく、何人かに繋いでいたタヌキ侍からも睨まれてしまった。
しかし、その空気を秀忠が吹き飛ばす。
「元気があってよいではないか。子供はこうでなくてはな」
セーフ! コリスとオニヒメは百歳オーバーじゃけど、精神年齢は低いから子供と言ってもいいはずじゃ。
「寛大なお言葉、ありがとにゃ~」
「よい。それで、馳走を用意したから食べて言ってくれ。そなたらの話も聞かせてくれると有り難い」
「こちらこそにゃ~」
玉藻の心配を他所に、和やかに始まる宴。わし達の前にお盆が揃えば始まったのだが、コリスとオニヒメはあっと言う間に食べた模様。なので、二人には高給串焼きを支給して、わしはゆっくり食べる。
おお。鯛の姿焼きか。豪勢じゃのう。小鉢も多いし、高級料亭に来たようじゃ。
わしがチビチビ食べてほっぺを押さえていると、玉藻が念話で声を掛けて来たので、その要請に応える。
「美味しい料理だにゃ~。お返しと言うわけではないんにゃが、我が国の料理も召し上がってくれにゃ~」
「異国の料理を食べられるのか。それは楽しみだ」
ひとまず将軍の前に、最近エミリが作ってくれた新作料理を取り出したのだが、毒味役のタヌキ侍が一口食べて倒れてしまった。すると、周りに座っていたタヌキ侍が殺気を放って刀に手を掛ける始末。
もちろん玉藻も、慌ててわしの襟元を掴んで怒鳴り付ける。
「おい! 将軍に毒でも盛ったのか!?」
「そんにゃことしないにゃ~」
「じゃあ、どうしてあやつは倒れているんじゃ!!」
「知らないにゃ~。とりあえず、玉藻とコリスに同じ物を出すから食べてみてくれにゃ~」
「妾にも毒を盛る気か……」
「信用してにゃ~」
まったくわしを信用してくれない玉藻に、同じ物を食べさせると、目をかっぴらいた。
「うっ……これは!? 甘しょっぱくて、うま~~~い!!」
エミリの新作料理とは、日ノ本でみりんが手に入ったので、わしがモドキじゃなくて本物が食べたかったから、試行錯誤して作ってもらった照り焼き。それも白い巨象肉の照り焼きだ。
どうやらタヌキ侍は、料理がうますぎて倒れたみたいであった。
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