011 試験を受けるにゃ~


「おいしかった~。すっごく、すっごくおいしかった~」

「そうじゃのう」


 鷹を焼いて食べた女猫の反応に、わしは子供の喋り方を忘れ、遠い目をして応えた。


 噛みしめる度に、肉の脂と涙があふれたのう。待ちに望んだ文化的な食事じゃ。致し方ない。女猫も食べるのに夢中で気付いておらんかったから助かった。


「これも言っちゃダメなの~?」


 ん? 女猫が申し訳なさそうに尋ねて来た。何も言ってないのに、どうしたんじゃ? もう女猫に見られた時点で諦めているからいいのに……秘密にしてくれるのかな?


「みんなのまえでモフモフのはなししたら、モフモフかなしい顔してた」


 気にしてたのか。いまさらじゃから、もういいのに。女猫も気を遣う事が出来るようになったのか。


 わしは前脚で女猫の頭を優しく撫でる。


「もういいよ。でも、大きな鳥さんを倒したのは黙っていて欲しいかな? おっかさんにバレたら怒られそうだし、兄弟も騒ぎそうだからね」

「わかった~」


 女猫は嬉しそうに抱きついて来る。


 今までわしの秘密を話した事を悪く思っていたのか。許されて、よっぽど嬉しかったのじゃろう。


「モフモフ~」


 そっちですよね~。


 鳥を食べ終えると焼いた肉は埋める振りをして、次元倉庫に入れてから帰路に就いた。


 もったいないからのう。



 その日から我が家は焼き肉パーティーじゃ。女猫が美味しそうに食べた事をおっかさんに話すと、おっかさんの目が輝き、毎日料理を作るハメになってしまったと言ったほうが正しい。


 もう目からビームが出てるんじゃなかろうか? ちょっと痛かった気がするし……


 調理は丸焼き方式でやってみたけど時間が掛かるから、おっかさんが満足する量は用意できなかった。そのせいか、おっかさんは少し悲しそうな顔で生の肉をかじっていた。

 そんなおっかさんの顔を見たわしは、翌日には土魔法で薄くて硬い大きな土の板を作り、鉄板もどきを作る。

 そして貝の様に開く形に整えて、厚めにスライスした肉を置いたら鉄板もどきでサンドイッチ。そこに、上から下から【火の玉】を当てて焼く。あっと言う間にステーキ肉が焼き上がる仕掛けじゃ。


 これを見ていると、関西の某デパートで販売しているイカ焼きを思い出してしまう。どこかに小麦でも生えていないかな?

 そう言えば、この世界に人間は居るのか? 居るなら小麦を生産しておるじゃろう。盗みはしたくないから、動物と物々交換できないかな?

 その前に会話か……もしも出会った時に備えて、何か使えそうな魔法を見繕みつくろっておくか。


 巨大鉄板焼きもどきはおっかさんにもちろん好評で、おっかさんの目からビームが出ていた。ホンマに! 避けなければ体を吹き飛ばされておった。ホンマホンマ。……嘘っぽい?


 そんなこんなで、ここ三ヶ月は魔法で調理したり、魔法で掃除したり、魔法で洗濯したり、運動不足にならないように散歩したり、主婦として大忙しじゃった。


 さすがにわしも思うところがある。魔法の使い方……これであってる?


 まぁ主婦活動と、常時、重力魔法と吸収魔法を発動してるおかげで、魔力量はとんでもないことになっている。【鎌鼬】百発ぐらい余裕で撃ててしまう。

 そろそろ変身魔法、使えるかな? いまだに女猫を撒く方法が見付からないからのう。考えものじゃ。





 ある日……


 ん? おっかさんが呼んでおる。こんな朝から呼ばれるのは珍しい。また大掛かりな物でも作らされるのかのう。


 わしは不安を抱きながら、トコトコとおっかさんに近付く。


「一緒に狩りに行きましょう」

「え? 兄弟達はどうしたの?」


 わしを誘うなんて珍しい。おっかさんも、わしをかまい過ぎてる自覚があるのか、狩りにはいつも兄弟達としか行かない。

 わしも男猫が拗ねると面倒臭いから、極力寝た振りでやり過ごしておる。それをわし一人だけなんて、本当に珍しい。


「それがみんな寝てるのよ。一人じゃ寂しいから付いて来てくれる?」

「うん。わかった!」


 おっかさんと二人だけでお出掛けなんて初めてじゃ。元の世界でも兄弟が多かったから、お袋さんを独り占めなんて出来なかった。初めての経験でちょっと嬉しいかもしれん。

 男はいつまで経ってもマザコンっていう話も、満更嘘では無いのう。わし、魂年齢百一歳じゃけど……


 今日はどこまで足を延ばすんじゃろう? わしは普段、一人(女猫がついて来る)が多いから、縄張りをたまにしか出ないから楽しみじゃ。



 何気ない会話をしながらトコトコ歩いていると、おっかさんは歩みを止める。


 ここは……わしが魔法の練習で使ってる岩場じゃ。なんでここで止まるんじゃろうか?


 わしが不思議そうな顔をしていると、おっかさんはとんでもない事を言い出す。


「今日はあなたの力を見させてもらうわ。本気でかかってきてちょうだい」


 え~! なんでじゃ? そう言えば、一昨日は女猫がボロボロになって帰って来て、翌日は男猫。ここから導き出される答えは……わからん。聞いてみよう。


「なんでそんなことするの?」

「それは、独り立ちしても大丈夫かを見る為よ」


 独り立ちと言う事は巣立ちと言う事か……。猫の常識はわからんが、もうそんな時期なのか。

 う~ん。力を見せて早く巣立って自由にやるか、手を抜いてもうちょっと家族と一緒に暮らすか、悩みどころじゃな。


「ちなみに本気でやらないと死ぬわよ」

「へ?」

「にゃ~~~ご~~~!!!」


 おっかさんは鋭い目付きに変わり、本気の咆哮ほうこうをあげる。


 こえぇぇ~! ちびりそうじゃ。


「さあ、どうしたの!? かかってきなさい! それとも私から行く?」


 おっかさんは、素早く右前脚を振るう。すると【風の刃】が発生し、わしの目の前の地面を切り裂いた。


 魔法じゃない。素の力じゃ! 素でこれかい。こりゃ手加減なんてしてたら本気で死ぬかも……やるしかない!



 わしは久し振りに重力魔法を解除する。軽い重力から始めて、今では自重の五倍の負荷を掛けていた。そして念の為、辺りに何か居ないか探知魔法を使って確認する。


 これは……女猫。またついて来ていたか。おっかさんの咆哮に驚いて察知できたのかな? と、そんな事を考えている場合じゃないわい。集中!


「行くよ!」


 わしはゆっくりと、おっかさん目掛けて歩き出す。おっかさんは近付いたわしを殴りつけようと、左前脚を上げる。


 ここじゃ!


 わしは左前脚が浮く瞬間に、全力でおっかさんの左に移動して、左脇腹に体当たりを繰り出す。


「あまい!」


 おっかさんは体を捻ると、尻尾でわしを弾き返す。わしは咄嗟とっさに風魔法【突風】を使い、後ろに飛んでダメージを減らす。


 いまの攻撃ヤバ過ぎじゃろう! いきなり死に掛けたわい。


「いまの速さはよかったわ。兄弟一ね。でも、私のほうが速いわよ」


 おっかさんは一瞬でわしの後ろに回り込み、前脚を叩き付けて来る。わしは間一髪、前方に跳んで難を逃れる。


 ふぅ。肉弾戦は分が悪いのう。魔法で行くか。怪我をさせたくないし、言霊抜きでやろう。


 わしは【風の刃】を連続して放つ。しかし、おっかさんは簡単に片脚の爪で切り裂いた。


「そんなもの? 死にたくなければ本気を出しなさい!」


 おっかさんは突進して来る。ただそれだけで、わしを殺すには十分すぎる攻撃だ。


「【土壁】×5」


 わしは危機感を覚え、言霊をまぜた土魔法を使う。五枚並べた【土壁】は、おっかさんの体当たりで尽く粉砕して行く。


 うそん! じゃが、数秒稼げた。避けられる!


「それでいいのよ」


 全ての【土壁】を破壊したおっかさんは、にっこりと笑う。


 その顔も怖いです。重力5倍を解いても、この身体能力の差か……なら、【肉体強化】じゃ!


 わしはさっきまでの速度で突っ込み、おっかさんの攻撃をかわすと、【肉体強化】で引き上げた全力の速度で、最初と同じ様に横に回り込む。そして……


「【鎌鼬】!」


 わしの放った風魔法を、おっかさんは紙一重でかわす。


 かすりもせんのか! おっかさんはどんだけ強いんじゃ。


 わしは初めて焦りの顔を見せる。そんなわしを、おっかさんが褒める。


「いまのは危なかったわよ。あなたは本当に不思議で強い子ね。私の攻撃を最後に、そろそろ終わりにしましょう。死なないでね」


 ビリビリと緊張感が伝わる……おっかさんは、いったい何をして来るんじゃ?


 おっかさんの口元に魔力が集まる。咆哮に乗せた強力な範囲攻撃が、いま、繰り出されようとしている。


 マジか……なんと言う魔力量じゃ。こんな攻撃【肉体強化】だけでは避けきれん。跳ぶと同時に、痛くて嫌じゃが強い【風玉】で押し出さないと死ぬ……

 いや、ダメじゃ。この角度はマズイ! 後ろに女猫がいる。降参して止めてもらわなければ……


「待って……」

「にゃ~~~ご~~~!!!」


 わしの制止の声は、おっかさんの咆哮に掻き消され、凄い速度のエネルギー波が放出された。


 間に合わんかった……。死んだな、わし……。いや、まだじゃ! わしが諦めたら女猫も死んでしまう。こうなったら次元倉庫のストックも全部使ってやる。最大出力……


「【大竜巻】じゃ~~~!!!」


 おっかさんのエネルギー波は、わしの作り出した【大竜巻】とぶつかる。数秒押し比べとなるが、エネルギー波は徐々に【大竜巻】に巻き込まる。そして上空に上がり、霧散して行った。


 その後、わしは久し振りに魔力の使い過ぎでその場に倒れた。


「ハハ……なんとかなったのう」


 倒れるわしを見て、おっかさんが慌てながらわしに駆け寄って来る。


「どうして避けなかったの! あなたなら避けられたはずでしょう!!」

「そ・れ・は……」


 もう喋る体力も無い……


「モフモフ~~~」


 わしに駆け寄る女猫の声に安心して、わしは眠りに就くのであった。

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