181 女王誕生祭 一日目 2


 ガウリカの広げた南の小国ビーダールの国旗を見たわしは、絶叫する事となった。


 なんでわしとアイラーバが睨み合っておるんじゃ! いや、表情が柔らかいから、見つめ合っているのか? うぅ。どうしてこうなったんじゃ~!


「遠い国の国旗に、どうしてねこさんが描かれているのですか?」


 わしも知りたいけど、ローザの質問にガウリカがどう答えるかも怖い。


「それは……どこまで話していいかわからないのですが、それほどの事を、この猫がしたからです」


 ホッ。女王の贈り物の巨象に関わる事だから、箝口令かんこうれいが敷かれているのかな? これなら皆まで言う必要は無いか。


「ねこさ~ん。何したのですか~?」


 ローザの揺さぶりが無ければ……


「ローザ達はビーダールの事を、どこまで知ってるにゃ?」

「私は暑い国としか知りません。お母様は何か知っていますか?」

「最近、国王が代わったって聞いたわね。理由までは知らないわ」


 巨象の噂は東の領地には届いてはいないのか。これなら少しボカすだけでいいかな?


「その代替わりに少し力を貸したにゃ。それで、感謝しているのかも知れないにゃ。今度行ったら、国旗を燃やして来るにゃ」

「え! なんでですか?」


 は? ローザさん……聞かなくてもわかるじゃろう?


「こんなにかわいく描かれているんだから、いいじゃないですか!」


 は? それが大問題なんじゃ。リアル象の隣にゆるキャラがいるんじゃぞ?


「他国の国旗なんか燃やしたら重罪よ。絶対やっちゃダメよ」


 は? ロランスさん……肖像権の侵害をしているのは向こうじゃ。わし、悪くない!!


「「「悪い!」」」

「にゃ……」

「それじゃあ、あたしは国旗を飾って来ます」


 全員に心を読まれてわしが固まっていると、ガウリカが国旗を運ぶと、ローザも続こうとする。


「私もお手伝いします」

「いえ、貴族様にそのようなことは……」

「いいのですよ。ねこさん。行きましょう」

「いや、わしは……」

「ほら!」


 ローザはわしを後ろから抱きかかえて移動する。わしは背も低いし、体重も軽いので子供でも軽々と持ち運べるのだ。

 表に出ると、ガウリカはさっそく国旗を広げて壁に飾る。しかし、ローザのお眼鏡には敵わないようだ。


「さっきよりマシですけど、飾り気が足りないですね」

「そう言われましても、他に案は……」

「ねこさん。何かいい案はありませんか?」


 ここで迂闊うかつな事を言うと、精神にダメージが入りそうじゃから、無難に答えておこう。


「お店だとわかるようにしたほうがいいかにゃ~? 開店記念セールとか書いて出したらどうにゃ?」

「それいいかも。何か値引き出来る物、あったかな?」

「それだと、店の外観はあまり変わりませんね。う~ん。何か思い付きそうなんですけど……」


 いや、ローザさん。他国の店に、力を入れなくていいんじゃぞ? ローザには一度HPを削られているから、何も思い付きませんように!


 わしが祈っていると、その祈りは届かずに、ローザにヒントを与える救世主が現れる。


「シラタマさ~ん」

「やっと追い付いたニャー」


 リータとメイバイだ。ようやく予定していたガウリカの店で合流できた。


「思ったより遅かったにゃ」

「シラタマさんの芸が素晴らし過ぎて、皆さん固まっていて動けなかったんです」

「ホントに綺麗だったニャー!」

「楽しんでもらえたにゃら、よかったにゃ」

「ねこさんの芸ってなんですか?」


 二人が広場での感想を述べていると、ローザが気になって会話に入って来た。


「あ! ローザ様。お久し振りです」

「お久し振りですニャー」

「お久し振りです。それで、ねこさんの芸って?」

「魔法です。氷の木に花が咲いて、とっても綺麗でした」

「蝶も鳥も綺麗だったニャー。木が一瞬で消えて悲しかったけど、最後の虹は綺麗だったニャー」

「なんですかそれ! 私も見たいです!」

「アレは王族に無理矢理やらされたにゃ~」


 リータ達が興奮して教えると、ローザは目を輝かしてわしに詰め寄るので言い訳するが、他からもリクエストがやって来る。


「私もまた見たいです!」

「やってニャー!」

「お願いします~」


 これは、もう一度やらないと収拾つかんな。めちゃくちゃ揺らして来るし……


「わかったから揺らさにゃいで~」

「「「やった~!」」」

「でも、今日はかなり魔力を使ったから、また別の日にゃ」


 三人は了承してわしから離れてくれたが、何やら気になる視線があったので、質問してみる。


「……ガウリカも見たいにゃ?」

「あ、ああ」

「見たいにゃら見たいと言えばいいにゃ~」

「うるさい!」

「にゃ~!」


 仲間になりたそうな目をしたガウリカを誘ったら、両拳で頭を挟まれ、グリグリされてしまった。


 それからリータは、わし達が外に出ている事を不思議に思って質問する。


「これがガウリカさんのお店ですか。皆さん中に入らないのですか?」

「いま、どうしたら客が入るか、外観の相談をしていたんだ。で、国旗を飾ってみた」

「アイラーバとシラタマ殿ニャー!」

「なにか足りないんですよね~。あ! ひらめきました!」


 ローザさん。何を閃いたんですか? 嫌な予感しかしないんじゃけど……


「入口に国旗をした石造を置いたらどうですか? 前にねこさんの石造を作ったリータなら作れますよね?」

「にゃ……」

「それいいですね! リータ、やってくれ」


 ガウリカさんまで乗り気ですか? 店の前に置くと招き猫みたいじゃし、なんとしても阻止しなくては!


「それは無くても、いいんじゃにゃいかにゃ~?」

「とりあえず、シラタマさんは出来ました!」

「もう出来たにゃ!?」

「アイラーバさんは難しいです」


 リータは猫又石像を一瞬で作ったが、象は時間が掛かっているようだ。なので、ガウリカがよけいなアドバイスをする。


「近い形にしてくれたらいいよ。こっちの猫だけでも十分だしな」

「猫はいらないんじゃにゃいかにゃ~?」

「絶対いります!」

「かわいいニャー」

「噂で、猫のおかげで売上が良くなった店があったしな」


 わしが嫌そうにするが、ローザとメイバイはノリノリ。ガウリカも招き猫をご所望。リータに至っては、わしをこき使おうとしやがる。


「シラタマさん。仕上げをお願いします」

「にゃ……」


 こうして皆の賛成によって、ガウリカの店の外観には、国旗とわしとアイラーバの石像が置かれる事となった。

 デザインはわしが猫型で手招きしている一般的な招き猫。隣に黒板を鼻で持ったアイラーバだ。黒板に宣伝を書くらしい。

 わしの石像に黒板を持たして欲しいと言ったけど、拒否されてしまった。なんでも、わしの姿が見え辛くなるかららしい。……それが目的じゃ!

 作業が終わると皆は、満足して店の中に入るが、わしは哀愁にひたって一人でたたずむ……事は出来ずに、メイバイに抱かれて店内に連行された。


 そうして店内に入ると、ガウリカがわしに声を掛ける。


「猫達は、昼ごはんはもう食べたのか?」

「まだにゃ。適当に露店を回る予定にゃ」

「だったら、うちで食べて行きなよ。立派な石像を作ってもらったんだからおごるよ」

「そんにゃ事までしてるんにゃ~」

「ああ。お袋の郷土料理だけどな」


 ビーダールの郷土料理か。旅先では味わえない味じゃから、ご馳走になるのはありっちゃありじゃけど……


「ひょっとして、わしらで試すのかにゃ?」

「バレたか。まぁスパイスの使い方の一例で販売するんだ。使い方がわからないと売れないだろ?」

「へ~。思ったより考えているんだにゃ~」

「国王様が出資してくださっているから当然だよ。まだ探り探りだけどな」

「それにゃら協力させてもらうにゃ~」


 わし達はガウリカの案内で、隣の部屋に移動して料理を待つ。


「ロランスさんも食べるにゃ?」

「ええ。楽しみだわ。この店ひとつで、ビーダールに行った気分になれるなんてお得だわ」

「ロランスさんがそこまで言うにゃら繁盛しそうだにゃ。でも、この国の味に慣れた人には、料理は少し辛いかもしれないにゃ」

「そうなんだ。他国の料理だから違いがあるのね。それも旅の醍醐味だいごみだわ」


 ロランスさんは、旅行が好きなのかな? それとも、領土を離れられないから、憧れがあるのかもしれない。ロランスさんなら、そっちの可能性のほうが大きいな。



 しばらく皆と話をしていると、ガウリカ達が入って来て、テーブルに料理が並んでいく。


「「「「いただきにゃす」」」」


 なんでロランスさんや、フェリシーちゃんまで「いただきにゃす」って、言うんじゃ? まさか、ローザの家でも流行っているのか?

 そんな事よりも味見か。ガウリカが郷土料理って言ってたから、家庭料理なのかな? これはカレーとナン? 砂漠の街ではクスクスだったけど、ガウリカの故郷ではナンが主流なのか。

 とりあえず、一口。うん? 思ったより辛くないな。もう少し辛いほうが好みなんじゃけど……みんなは辛そうにしている人も居るから、かなり抑えて作っているのか。


「どうした?」


 わしが食べるよりも皆を見ていると、ガウリカが声を掛ける。


「この料理は砂漠の街の料理に似てるにゃ。そのわりに辛くないんだにゃ~」

「ああ。メイバイが辛そうにしていただろ? こっちの国に合うように作っているんだ」

「わしはもう少し辛いほうがいいにゃけど……」

「猫に合わせたら、食べられる人が少なくなるじゃないか」

「う~ん。複数の辛さを設定するか、あとからスパイスを足せるようにしたらどうにゃ?」

「なるほど。勉強になるな……」


 わしのアドバイスに、ガウリカは納得したように見えたが、言葉が止まった。


「どうしたにゃ?」

「なんで猫が経営に詳しいんだよ!」


 ガウリカのツッコミにわしが答えようとすると、それより先に、リータとメイバイにセリフを取られてしまう。


「猫だからですよ」

「シラタマ殿だからニャー」

「そうだった。猫のやる事に、いちいち考えてはダメだった」


 わしが言い訳したかったんじゃが、なんだかな~。まぁ楽が出来ていいか。


「ロランスさんは、ちょうど良さそうだにゃ」

「ええ。美味しいわ」

「私も美味しいですけど、少し辛いです」

「フェリシーちゃんは大丈夫にゃ?」

「からい~」


 ローザとフェリシーが辛いと言うと、ガウリカは違う皿を勧める。


「そちらのお子様には早すぎましたか。こちらの料理をどうぞ」

「パクッ。おいしい~」


 フェリシーが笑顔になるとローザも同じ物を食べ、感想を言い合う。その横で、わしとガウリカは話し込む。


「辛くない料理もあるんだにゃ~」

「ああ。お袋のアレンジみたいだけどな」

「弟も働いているし、家族でやってるにゃ?」

「ビーダールの国に詳しい者を雇ったほうがいいからな。みんな仕事先を探していたから、職につけて良かったよ」

「一人ぐらいこの国に詳しい人を雇ったほうがいいんじゃないかにゃ~?」

「それも考えたけど、いまは金が無い。店が軌道に乗ったら考えるよ」


 おっと。出過ぎた事を言ってしまったか。


「わしが口を挟む事じゃなかったにゃ」

「いや。手探りでやっているから助かるよ。ありがとう」

「ガウリカに感謝されるのは、慣れないにゃ~」

「なんだと~!」

「グリグリするにゃ~」

「「「「あはははは」」」」


 こうしてわしが、ガウリカの拳に頭を挟まれて笑い声の起こる中、皆、料理を堪能して高評価となるのであった。ただ、食後のコーヒーが出て来ると、匂いに慣れていない者は部屋から退室して行った。普及にはまだまだ課題がありそうだ


 昼食が終わると、ローザ達と店で別れる。ロランスの買い物はかなりの量となったみたいで、あとで使用人が取りに来るそうだ。ローザとフェリシーちゃんは民族衣装が気に入ったのか、そのまま帰って行った。



 ローザ達を見送ったわしとリータとメイバイは、次の行き先を話し合う。


「さて、わし達も行くにゃ。にゃにか面白そうな物はあったかにゃ?」

「あっちにナイフ投げってのがあったニャ。一等は豪華景品が貰えるニャー」

「向こうには、各地の品が集まっていましたよ。見に行きましょう」

「ナイフ投げがいいニャ。シラタマ殿にカッコいい姿を見せるニャー!」

「シラタマさんは珍しい物が見たいはずです!」


 少し興奮する二人に、わしは優しく割って入る。


「時間はあるんだから、全部回ればいいにゃ」

「そうだニャ」

「そうですね」

「さあ、楽しむにゃ~!」

「「にゃ~!」」


 気の抜けた返事と共に歩き出し、露店で面白い物が見つかると買い漁る。遊戯系の露店でも、わしとメイバイで荒稼ぎをして、帰路に就くわし達であった。

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