180 女王誕生祭 一日目 1


 ローザ親子の護衛依頼を受けた次の日、女王誕生祭が幕を開けた。

 さっちゃんいわく、誕生祭は七日間行われ、先の三日は民衆主導のお祭りで、民衆が女王をもてなす。年が明けて一日は完全な休み。この一日は静かに過ごすのが通例らしい。

 あとの三日は、女王が民衆をもてなすと聞いたが、何をするかは楽しみに待っていてと言われた。





「シラタマ殿~。早く行こうニャー!」

「わかったにゃ~。リータも行くにゃ~」

「はい! 楽しみです~」


 わしはリータの手を引き、祭りの空気に浮かれて急かすメイバイに追い付き、手を掴む。いつもと違い、露店で賑わう大通りを眺めながら歩き、広場に足を踏み入れた。


「何かやってるニャー!」

「にゃ、待つにゃ!」


 メイバイはわしの手を振り切り、大道芸の行われている輪に加わる。


 ふ~ん。大通りに露店が出ていると思っていたら、広場は出し物が行われておるのか。


「シラタマさんも行きましょう!」

「わしが行ったら、芸をしてる人に迷惑が掛かりそうにゃ」

「そう言えば今日は、猫、猫と言われていますね」

「他の街から来た人にゃ。あっちでお茶してるから、メイバイと見て来るといいにゃ」

「それじゃあ、シラタマさんが……」

「大丈夫にゃ。二人の楽しむ顔が見れるだけで、わしは楽しいにゃ~」

「……わかりました。いってきます!」


 リータはわしから離れ、メイバイと大道芸を観賞する。わしは少し離れた所にあるベンチに腰掛け、二人を眺める。


 大道芸は見えないが、二人の嬉しそうな横顔は見えるな。元の世界でもこんな感じじゃったな。まぁあっちでは連れ回されて、疲れ果ててベンチに座っておったか。


 わしがお茶をすすりながら、大道芸を見ている二人を眺めていると、辺りが騒がしくなり、兵士の数が増える。


 女王の登場だ。


 屋根の無い馬車に乗った王族一同が、大道芸を見に来たみたいだ。


 王族一同も大道芸を観覧し、民衆はその王族を眺めて輪となる。不思議な事に、広場には輪がみっつ出来上がった。

 ひとつは大道芸を見る輪。ひとつは王族を見る輪。もうひとつは、わしを取り囲む輪だ。


 うぅ。恥ずかしい。久し振りに取り囲まれてしまった。輪の大きさ的に、わしが一番大きくないか? 女王を見ろ! レアキャラ、イサベレだっておるじゃろうに……


 座ってお茶を飲んでいるのがそんなに珍しいか? でしょうね。猫じゃもん。

 触れたいなら近付いてくれ。そっちのほうが助かる。

 ぬいぐるみじゃない! 隣のお嬢ちゃんが同じの持っておるじゃろう? 

 笑うなら向こうに行ってくれんかのう? ピエロさんが、かわいそうじゃ。

 タヌキじゃない! 猫じゃ!!


 わしが様々な言葉にツッコミを入れていると、わしを取り囲む輪に穴が開き、数人の騎士がわしの前に現れた。


「シラタマ様……何をしているのですか?」

「ソフィ……お茶を飲んでただけにゃ」

「こんなに人を集めてですか?」

「勝手に集まって来たにゃ~。わしのせいじゃないにゃ~」

「はぁ。女王陛下が呼んでおりますので、こちらに来てください」

「え~~~!」

「いいから来てください!」

「にゃ!? にゃ~~~!」


 ソフィに首根っこを掴まれ、わしは女王の前まで連行される。


「シラタマ……」

「怒ってるにゃ?」

「少しだけね。一緒に見ましょう」

「にゃんで~?」

「あなたが離れた所にいると邪魔なのよ! 民が何処を見ていいか困ってるじゃない!」

「あ……女王の人気を取って、申し訳ないですにゃ」

「そんなんじゃないわよ!」

「怒らにゃいで~」


 こうして女王の膝の上で、王族に撫でられながら大道芸を観覧するわしであったとさ。



 大道芸もわしの猫騒ぎが無くなったせいか、皆の注目が集まり、大きな歓声があがる。王族達も声をあげ、楽しんでいるみたいだ。

 わしの騒ぎの声が無くなったのは永遠の謎だ。女王の膝の上にいるせいか、ぬいぐるみと勘違いされているわけではないだろう。


「こうして動かないと、シラタマちゃんってぬいぐるみみたいね」


 さっちゃんに謎解きされてしまった。口答えしたいところだけど、女王に怒られそうだからやめておこう。


「あ、もう芸が終わっちゃった」

「う~ん。何か物足りないわね」


 さっちゃんも女王も、大道芸は面白そうに見ていたのだが、やや不満のようだ。


「そうだ! シラタマちゃん。何かやって~?」

「いいわね」

「にゃんでわしが?」

「シラタマもこの国の国民だから、私を楽しませる義務があるわ」

「あんだけ撫でておいて、まだ足りないにゃ!?」

「ええ。足りないわ」

「ねえねえ。何かやってよ~」

「にゃにかって言われても、にゃにも考えてないにゃ~」

「なんでもいいから~」

「う~ん……しょうがないにゃ~」


 わしはさっちゃんのお願いに応えて、広場の中央に降り立つ。

 歩く猫の姿を見た民衆の驚きの声、期待の声を聞きながらお辞儀をし、わしは魔法を使う。


 まずはこれ。【樹氷】!


 わしの魔法の発動で、地面から大きな氷の木がそびえ立つ。観客は驚きの声をあげたが、木に枝はあるが、葉が無いので残念そうな声も聞こえる。


 わかっておるとも。次の魔法。【火蝶かちょう】×300!


 次にわしの作り出した物は、燃える蝶。辺りに暖かさを振り撒きながら、ふわふわと飛び、枝に止まる。すると氷の木はパッと赤く花が咲き、歓声があがる。


 【樹氷】には、魔力を込めて頑丈にしてあるが、たくさんの蝶の熱で長くはもたん。【火雀ひじゃく】×10!


 燃えるすずめは地上から回転しながら【樹氷】を昇る。【火蝶】を巻き込み、大きな火の渦となって、辺りに熱気を振り撒く。その結果、【樹氷】は、あっと言う間に水蒸気と変わり、観客の残念そうな声があがる。


 綺麗な物は、短命ではかないから心に残るのじゃ。と、言ってもわかってもらえないかのう。それじゃあ、仕上げじゃ。


 わしは火魔法だけを吸収し、【光玉】を上空に飛ばす。すると光は、空気中の水滴に屈折、反射し、丸い虹が出来上がる。


「楽しんでもらえたかにゃ? これでわしの芸はお仕舞いにゃ。女王陛下。お誕生日、おめでとうございますにゃ~」


 丸い虹の掛かる中、わしは丁寧に挨拶をして、お辞儀をする。観客からも、王族からも温かい拍手をもらい、そっとその場をあとにした。


 よし! 脱出成功。リータとメイバイはどこじゃろう? 人が多過ぎてわからんのう。先に次の目的地に行くか。今日の予定通り動けば、会えるじゃろう。



 わしは大通りを抜け、値段がお高い貴族街に入る。すると前方に、ローザ、ロランス、フェリシーが仲良く手をつないで歩いている姿が目に入った。


「ねこさん!」

「ローザ達もお出掛けかにゃ?」

「はい。買い物に出て来ました」

「そうにゃんだ。でも、護衛が居にゃいけど大丈夫にゃ?」

「周りを見てください。兵士が多く居ますでしょ?」


 わしはローザに促されて周りを見る。


「にゃ! 本当にゃ。いっぱい居るにゃ~」

「だから安全なんです。それにしてもねこさんは、貴族街に何かご用があるのですか?」

「ああ。この先で知り合いが店を始めたにゃ。その様子を見に来たにゃ~」


 ローザと喋っていると、ロランスも会話に入る。


「猫ちゃんの知り合いが? 面白そうだからついて行こうかしら」

「面白いかわからにゃいけど、贔屓ひいきにしてあげて欲しいにゃ~」

「それは品物によるわね」

「ロランスさんは、手厳しいにゃ~」


 こうして仲間を増やし、ローザとフェリシーと手を繋いで歩き出す。ロランスはわしの尻尾を掴んで離さない。しばらく歩き、聞いていた住所の場所に辿り着くと、店をよく見る。


 外観は普通の家じゃな。看板らしき物も出ておらん。これで人が入るんじゃろうか?


「ねこさん、ここですか?」

「ビーダールって書いてあるけど、南の小国の?」

「そうにゃ。とりあえず入ってみるにゃ」


 ローザとロランスの質問に答えると、わしは扉を開き、まずは一人で中へと入る。すると、笑顔のガウリカが寄って来た。


「いらっしゃいませ」

「ガウリカ。お疲れ様にゃ~」

「なんだ、猫か」

「にゃんだとはにゃんだ! お客を連れて来てあげたのににゃ~」

「本当か!?」


 わしは皆を店内に招き入れると、ロランスさんから紹介する。


「こちらのご婦人は、東の街の領主様。ロランス……ゴニョゴニョ様にゃ~!」

「ねこさん……」

「猫ちゃん……」

「猫……」

「ねこさ~ん」


 ああ、猫じゃよ! 言われなくともわかっておる! ちょっと自信が無かっただけじゃ。たしか、ペルグラ……


「ロランス・ペルグランよ。少し見させてもらうわね」


 合っておったな。普通に言えば、生温い目で見られなかったのに……


「あ、はい。私は店主のガウリカと申します。今日は宜しくお願いします。スシール。案内をお願い」

「はい!」


 ロランス達は、遠い南の小国の品に興味があるのか、スシールと呼ばれた男に説明を求めながら店の中を見て回る。そんな中、わしは残っていたガウリカと世間話をする。


「スシールが、ガウリカの彼氏だったにゃ?」

「違っ! 弟だよ」

「にゃんだ~。そんにゃ事でみんにゃに責められていたんにゃ~」

「そうだよ。なかなか信じてくれなかったんだ」

「御愁傷様にゃ~。ところで、お客さんは来てるのかにゃ?」

「いや、また猫が第一号だ」

「またにゃ? ……にゃ! コーヒーの時にゃ~。そんにゃ事もあったにゃ。懐かしいにゃ~」


 わしがポンっと手を打つと、ガウリカが呆れたように口を開く。


「ついこの前だ。遠い国に来て、変な猫のおかげで店なんて持てたよ」

「変って言うにゃ~!」

「アハハ。ゴメンゴメン。これでも感謝してるよ」

「それはそれで気持ち悪いにゃ~」

「なんだと~!」

「にゃはは。仕返しにゃ~」

「何を笑っているのですか?」

「にゃ?」


 わしとガウリカが話し込んでいると、ビーダールの民族衣装、細長い布で包まれるように身にまとった、ローザが声を掛けて来た。


「似合っていて、かわいいにゃ~」

「本当ですか? 嬉しいです」

「フェリシーちゃんも、かわいいにゃ~」

「えへへ。ありがと~」


 わしが二人を褒めると、ロランスもベタ褒めている。


「服も取り扱っているんだにゃ」

「売れるかどうかは、わからないけどな。まだ始めたばかりだから、幅広く置いて様子見だ」

「だから、いろいろな種類があるのですね! 見ていて楽しいです」

「楽しんで頂いて光栄です」


 ガウリカはローザに褒められると、礼儀正しく頭を下げた。


「貴族のローザが喜ぶにゃら、幸先がいいんじゃないかにゃ?」

「どうだろうな? さっきも言ったけど、オープンして数時間で、猫達が第一号だからな~」

「貴族街ですから、見慣れない店には入り辛いかもしれませんね」

「それよりも外観じゃないかにゃ?」

「「外観?」」


 わしの言葉に、ガウリカとローザの質問が重なった。


「店の前には、申し訳程度に国の名前が書いてあったにゃ。まぁ他の店も似たようなモノだけどにゃ。でも、これじゃあ、お得意様しか入らにゃいんじゃないかにゃ~?」

「たしかにそうですね。私も王都では、同じ店にしか入った事がありません」

「にゃ~? 遠い南の小国の品が置いてあるのに、気付いてもらえないのはもったいないにゃ~」

「でも、どうやったら……」


 ガウリカは何も思い付かないようなので、わしが適当な案を出す。


「店の前に国旗でも出したらどうにゃ? それぐらいにゃら、貴族街でも許してくれるんじゃないかにゃ? 怒られたら引っ込めればいいだけにゃ」

「そうだな。少しの間、出しておくか。夜にでも、エンマさんに聞けばいいな」

「ビーダールの国旗って、どのようなデザインなのですか?」

「あ! フフフ。先日届いた物があります。取って来ます。フフフフ」

「「??」」


 ローザの質問に、ガウリカはそう言うと、奥の部屋に入って行った。


 なにその笑い? 嫌な予感しかせん。わしの記憶が正しければ、ビーダールの国旗は象が二頭、向き合っていたはずなんじゃが……


 わしは不穏な空気を感じ取るが、ローザはまったく気付かず、フェリシーと一緒に商品を見て回る。程なくして、ガウリカは目当ての物が入った木箱を抱き抱えて現れ、広いテーブルに国旗を広げる。


「にゃ、にゃんで~~~!」


 広がった国旗を見た瞬間、わしは絶叫した。その大声に、ローザ、ロランス、フェリシーが集まって来て、口々に感想を言う。


「ねこさんがいます!」

「猫ちゃん。叫んでどうしたの? これは……猫ちゃんがいるけど、ビーダールの国旗?」

「ねこさんだ~!」

「新王様が、新しく作り直したんだ」


 そう。南の小国ビーダールの国旗には、鼻の三本ある白い象アイラーバと、尻尾が二本ある丸くて白い猫、わしが対面していたのであった。

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