387 菊の御紋にゃ~
天孫降臨の話はまったく信じてくれなかったので、リータ達の話を嘘と疑い始めたちびっこ天皇と玉藻。二人してわしを嘘つきと
「「あわわわわわわ」」
九尾のキツネより、四倍もデカいクワガタを見た二人の反応はこんなもん。ついて来た公家達も腰を抜かしている。
ちなみに立派な庭は、白クワガタのせいで枯山水が台無しになったけど、しらんがな。わしをタヌキ猫と罵るから悪いんじゃ!!
そうして冒険談が事実だと知った玉藻は、驚きの表情でわしに話し掛けて来た。
「これをそちが一人で倒したのか?」
「そうにゃ。玉藻様でもこれぐらいにゃら簡単に倒せるはずにゃけど、そんにゃにビックリする事にゃの?」
「いきなりこんなに大きな物を出されたら、ビックリするじゃろう」
「ここでは滅多にお目に掛かれにゃい代物なんにゃ」
「そうじゃな。こんな化け物、海にしかおらん」
海? クジラクラスのデカさじゃから、たしかに海にしかおらんじゃろうな。
「しかしこれを売れば、城ひとつ……いや、みっつは作れそうじゃ」
「欲しいにゃ?」
「欲しいが、とてもじゃないが対価を支払えん」
「まぁわしも、いまのところ手放す気はないからにゃ~……他のヤツにゃらお近づきの印に、天皇陛下に献上してもいいにゃ」
「まことか!?」
「その代わり、多少のお願いは聞いてくれにゃ~?」
「ああ! わかった!!」
白クワガタをコンコン叩いているちびっこ天皇を下がらせて、今度は白フクロウを一羽見せてやる。
「ほう……これでも国宝級の羽毛が手に入りそうじゃ。もらってもいいのか?」
白フクロウは小さい物を出したのに、やはり東の国より価値が高い。白い木の群生地は空から確認できなかったし、情報通り強い獣が居ないんじゃな。
「いいけど、他を見なくていいにゃ?」
「まだ持っておるのか!? 先ほどの冒険談は事実じゃったのか……」
「スサノオも事実にゃ~」
「百歩譲って、スサノオノミコトはあるかもしれんが、オオゲツヒメはな~」
どさくさにまぎれて嘘つき呼ばわりされた事を訂正してみたが、やっぱり信じてくれなかった。どうも、スサノオに殺されたと記されているオオゲツヒメがネックとなっているようだ。でも、わしは会ったんじゃもん!
その後、数々の白い生き物を取り出してやったら、もう何がなんやらわからなくなったと言い出したので、最初に出した白フクロウを献上する事となった。
プレゼントの話が終わると、今日はもう遅くなったから泊まっていけと言われたのでお言葉に甘える。その時、
リータ達と一緒に入らせるわけがないじゃろう! このエロガキが!!
寝屋も豪華で、もしかすると超VIP対応のおもてなしをされているのかもしれない。布団もふかふかなのだが、時代劇に出てくる高い枕で寝づらかったので、自前の物を用意して眠る事となった。
いつものように書き物を終え、しつこく撫で回す皆の寝息が聞こえて来ると、わしは寝屋をこっそり抜け出して、先ほどの立派な庭にて作業を開始。
土魔法で壊れた灯籠を直し、砂利も円を描くように線を引いてみた。
ふぅ……こんなもんかな? 素人の作品じゃから元の形には戻らなかったが、灯籠は直したから、これで勘弁してもらおう。
今夜は三日月。枯山水と
そうして一人で飲んでいると、わしに声を掛ける者が現れた。
「
玉藻だ。わしは返事の代わりに、盃に酒を注いで差し出す。すると玉藻は、わしの隣に座って上品に口を付ける。
「ほう……清酒か?」
「猫の国の特産品で作っているんにゃけど、こことは劣るにゃ~」
「たしかに荒いな」
「玉藻様には、洋酒がいいかにゃ?」
「それは楽しみじゃ。それと、様はやめてくれ。そちとは友として飲みたい」
共に笑顔で酒を酌み交わしながら天皇が幼い理由を聞いてみたら、父親も母親も早くに亡くしたそうだ。この数世代、側室も作っていなかったので少子化が進み、男の子がちびっこ天皇しかいなかったとのこと。
なので、玉藻が名代として様々な仕事をし、ちびっこ天皇が大きくなるまでの繋ぎとして活躍しているらしい。
ちなみに摂政や関白の事も遠回しに聞いてみたが、長寿の玉藻が代わりを務める事が多いから、その制度はめったに使われないそうだ。
「ふ~ん……存続の危機なんにゃ~」
「いや、伏見宮家に男子が居ると把握してるから、いざとなったら連れてくればいいだけじゃ。ただ、出来れば、陛下の血の者に継いで欲しいんじゃがな~」
「それにゃら、国民に頼んでみたらいいにゃ。天皇家を残したいと強く思う女性が数人集まれば、この先も安泰にゃ~」
「陛下がそれを望んでくれたらいいのじゃがな。先代、先々代の陛下は純愛が過ぎてのう。一人を一生愛したいとかで、妾の話を聞いてくれんかったのじゃ」
なるほどのう。そんな経緯で、日本と同じ事態になっておったんか。まぁ側室は作れるみたいなんじゃから、問題ないじゃろう。
「あのエロガキにゃら、好んで側室を作るにゃ」
「陛下は母を亡くして、妾に母性を求めているだけじゃ」
「にゃいにゃい。それにゃらもっと歳上の人を求めるにゃ~。そう言えば、その姿は玉藻が好んでしているにゃ?」
「陛下じゃ。もっと背の高い姿じゃったが、陛下の要望で小さくなっていったんじゃ」
「ほら~。わしの嫁にまで手を出そうとしてたんにゃから、絶対上手く行くにゃ」
「そうかの~」
それからも二人で飲み続け、様々な話をしてから
翌朝も
どうやら、名前も聞いた事のない
だが、コリスとイサベレがエサを寄越せとうるさいので、最後のほうは聞き損じた。
食事が終わると玉藻が話があると言うので、昨日話をした荘厳な部屋に通される。昨日と同じく、ちびっこ天皇と玉藻は高い所だ。
わし達が対面に座ると、ちびっこ天皇が口を開く。
「昨夜は楽しい夜だった。国宝となり得るフクロウまで貰っては、こちらとしても、お返しをしなくてはならぬだろう。玉藻」
厳かに喋るちびっこ天皇の言葉に頷いた玉藻は、
「開けてもいいかにゃ?」
「ああ。気に入ってくれるといいのじゃがな」
「では、遠慮にゃく」
わしが桐の箱の蓋を開けると、中には天皇家の紋が刻まれた物が入っていた。
「これって、時計にゃ?」
「そう言えば、時計台に入ったと情報があったな。ならば、説明はいらぬな」
おお! 欲しかったんじゃ! しかも、復刻版のほうか。これなら、わしが鉄魔法でベルトを作れば腕時計になる。菊の御紋の蓋は邪魔じゃけど、これぐらいなら支障はないな。あ、邪魔なんて言ったら不敬か。
「結構にゃ品を
「うむ。こちらこそじゃ」
わしの感謝の言葉に、二人は満足した顔になり、玉藻は元の位置に戻って声を掛ける。
「それで、今日はどうするのじゃ?」
「う~ん……昨日できにゃかった観光かにゃ~? あ、製造業を見学したいにゃ。口を利いてくれにゃい?」
「製造業? そんな所を見てどうするんじゃ?」
「我が国の発展に繋がるからにゃ。作り方を教えてくれたらありがたいにゃ」
「職人に声を掛けてやってもいいが、
そりゃそうか。じゃが、うちは探り探り作っているから、基礎的な知識でも助かる。それから
「それは仕方ないにゃ。交渉して無理にゃら諦めるから、見学だけさせてくれにゃ」
「わかった。ただ、数日待つ場所もあるからな」
「うんにゃ。あ、そうそう。平賀家も尋ねてみたいにゃ。たしか、京に屋敷があるんにゃろ? にゃんとかならにゃい?」
「平賀家か……」
平賀家の名を聞くと、玉藻は腕を組んで考え込む。
「難しいかにゃ?」
「会うのは可能なのじゃが、あの家は、ちと特殊な者が多くてな。話が通じるかどうか……。まぁ陛下からの書状を出しておこう。あとはそちの頑張りしだいじゃ」
「にゃんかわからにゃいけど、それで頼むにゃ~」
社会見学はアボイントを取ってからとなったので、カリキュラムは玉藻先生に任せる。その時、滞在先をどうするかと聞かれたので、しばらく池田屋にお世話になると言って、御所をあとにした。
それからぺちゃくちゃと御所の感想を喋りながら歩き、気になるお店に着いたら、店から見回り組と、お縄になったキツネが出て来た。
「さっさと歩け」
「ちゃ、ちゃいます! 何かの間違いでっせ~!!」
気になる店とは、質屋。キツネ店主がお縄になって、何やら言い訳をしているので、わしも聞きたい事があったから近付いてみた。
「にゃあにゃあ? やっぱり、こいつもグルだったにゃ?」
「あなたは!? 昨日は申し訳ありませんでした!」
わしの質問に、ちょんまげタヌキが頭を下げるので、質問に答えてくれるように頼む。
「まだ決定ではありませんが、聞けば、すぐに口を割るでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくだはれ!」
ちょんまげタヌキの発言は、暗に拷問を意味していたので、キツネ店主は慌ててわし達の会話に割り込んで来た。
「せめて、なんでわてが連行されているか、教えてくんなまし~!」
「それを今から聞くのだ。天皇陛下のお客人に迷惑を掛けた事を後悔してな」
「天皇陛下のお客人!?」
キツネ店主は、何やら物凄い速度で計算して答えが出たのか、わしを「バッ」と見た。
「お侍様! わては何もしておりません! 助けてくんなまし~!!」
わ~お。アレだけのヒントで、わしが天皇の客だと見抜きおった。まぁ国宝を持ち歩いているんじゃから、ダメ元で言っておるのかもな。何も知らずに連行されるのもかわいそうじゃし、それぐらいは教えてやるか。
「質屋には、わしが国宝を持ち歩いている事を、ヤクザにチクった罪状が掛かっているんにゃ」
「ヤ、ヤクザ!? わてはそんな者と関わった事はありません!」
「じゃあ、わしの事を誰に話したにゃ?」
「
「そいつがヤクザを雇って、わしに
「それだけは絶対ありまへん! 厳昭さんは、そんな汚い
あれ? 嘘っぽくないな。それに、厳昭ってわしの聞いた名前じゃないような……
「タヌキの人……奉行は誰に
「利兵です」
「りへりへりへ、利兵~~~!?」
キツネ店主が声を裏返して叫ぶので、わしとちょんまげタヌキは、ビクッとして顔を見る。
「犯人はそいつでっせ! ヤクザを使って同業者を潰す事は、あいつのよくやる手口……と言う事は……あきまへん! 厳昭さんとこに裏切り者がいます。厳昭さんに伝えてくんなまし~!!」
う~ん……自分の事より、厳昭って奴の事を心配してる? これは、冤罪っぽいな……
「タヌキの人……縄をほどいてやってくれにゃ」
「しかし……」
「わしが身元を保証するにゃ。捕らえた者から話を聞いてから、罪があるにゃら捕らえるってのでどうかにゃ? 質屋も逃げたりしないにゃろ?」
「はい! わても厳昭さんも、後ろ暗い商売は一切しておりません! 叩いてもホコリは出ないでっせ~!!」
「……こう言ってるにゃ。玉藻ににゃにか言われたら、わしの名を出してくれたらいいからにゃ」
「……わかりました」
ひとまずキツネ店主は執行猶予。ちょんまげタヌキは仲間の見回り組を連れて帰って行くのであった。
そうして縄のほどかれたキツネ店主はわしに感謝し、手を握って来たので、わしはジト目で問いただす。
「……叩いても、ホコリが出ないんにゃ」
「ギクッ」
「盗品……」
「ギクッギクッ」
「安く見積もったり……」
「ギクッギクギクッ」
質屋なら、それぐらいしてもおかしくないのだが、正解のよう……
「若気の至りでんがな~。てへぺろ」
「やっぱりやってたにゃ~!!」
反省する素振りのないキツネ店主に、わしはツッコムのであったとさ。
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