386 天皇家の夕餉をゴチになるにゃ~


 我輩は猫又である。名前はシラタマだ。サンドバッグではない。

 現在、天皇陛下にポコポコと叩かれておる。あの現人神あらひとがみの天皇陛下にポコポコとじゃぞ? 回想してもおかしくないじゃろ?


 わ~~~!!


 玉藻がやめろと言ってもポコポコをやめないちびっこ天皇のせいで、わしはパニック。動く事も出来ない。

 そうして固まっていると、玉藻がわしから降りて、ちびっこ天皇を抱き締める。


「陛下。わらわの為に、ありがとう。じゃが、この者には大きな借りがあるのじゃ。暴力は、勘弁してやってくれ」

「玉藻がそう言うなら……でも、アイツ嫌い!!」


 うっ……天皇陛下に嫌われしまった。ショックじゃけど、あの鼻を伸ばした顔はなんじゃ? 玉藻の巨乳がそんなに好きか!? こんのクソガキー!!


 わしはちびっ天皇の傍若無人の態度に、キレてしまうのであった。



 ひとまず緊張は解けたのだが、ぷりぷりしていたら、リータとメイバイが慰めて撫でて来るけど、イサベレはどこを撫でようとしておる?

 とりあえずイサベレの魔の手は尻尾でペチペチ叩き、玉藻に案内されるままに立派な建物の中へと入る。

 中へ入ると厳かな雰囲気の畳の間に通され、ちびっこ天皇と玉藻は一段高くなっている場所に座り、わし達は低い場所で足を崩して座る。


 わし達が全員座り、キョロキョロとしていると、ちびっこ天皇が何か言い出した。


「フンッ。礼儀も知らないタヌキだな。頭が高い!」


 わしはそう言われては背筋を正すしかないかと、土下座をしようと手をついたのだが、ちびっこ天皇の顔が目に入ってやめた。


 あんのクソガキ……ドヤ顔がウザイ! わしの敬愛する天皇陛下と大違いじゃ! どうしてくれようか……


 土下座はやめて、コリスを後ろに座らせ、わしはコリスソファーでふんぞり返る。土下座もせず、目線も同じになったので、ちびっこ天皇は「ムキー」となった。

 なのでわしは、ドヤ顔返し。ますます「ムキー!」となったちびっこ天皇を嘲笑あざわらう。


「にゃ~はっはっはっはっ。この程度で心乱されるとは、現人神が聞いて呆れるにゃ~。にゃ~はっはっはっはっ」

「た、玉藻~! うわ~~~ん」


 わしの勝利。ちびっこ天皇は、玉藻の胸に埋もれて泣き続ける。


「シラタマさん! 子供に何してるんですか!」

「シラタマ殿は大人気おとなげないニャー!」


 わしはリータとメイバイに、グチグチと責められて目に涙が溜まる、その時、ちびっこ天皇がわしをチラッと見やがった。


「にゃ!? 嘘泣きにゃ~!!」

「そんなわけないでしょ!」

「さっき幸せそうな顔をしてたにゃ~」

「ずっと泣き続けてるニャー!」


 こうして一時の勝利の後、リータ達にこっぴどく怒られて、大惨敗をきっするわしであったとさ。



 それからしばらくして、玉藻からいったい話はいつするのかと苦情が入り、リータ達から解放されたわしは話に戻る。


いさかいはあったが、どれも不問にしてやるにゃ」


 わしの偉そうな発言に、ちびっこ天皇が噛み付く。


「ボクがこの国で一番偉いのに、アイツ偉そう!!」

「天皇が偉いのは承知しているにゃ。でも、わしは猫の国で一番偉い王様にゃ。同格と言っても過言ではないにゃ」

「え……猫の国? 玉藻……どう言うこと?」


 ちびっこ天皇が玉藻に問いただすと、猫の国や今日の出来事を丁寧に説明する。


「異国の猫王……」

「そうじゃ。妾を含め、日ノ本の者は、シラタマに対して数々の非礼をしてしまったのじゃ。それを全て無かった事にしてくれるとは、シラタマは心の広い猫王なんじゃ」

「な、なんと……」


 玉藻の話に驚いたちびっこ天皇は、少し沈黙してから深く頭を下げた。


「本来ならば、異国の王を手厚くもてなすのが筋であっただろうに、我が国民が失礼をしてすまなかった。一族郎党処罰しろと言われても致し方ない。どうかここは、ちんの謝罪ひとつで勘弁して欲しい。本当に申し訳なかった」


 ほう……まとっていた空気が変わった。口調も変わって、やる時はやる天皇だったんじゃな。若干、後光が差しているように見えるし……玉藻! お前の仕業か!! 魔法は反則じゃろう。


「頭を上げてくれにゃ。わし達も、親書を送ってから京を歩くのが筋だったと反省しているにゃ。そのせいで問題が起きてしまったんにゃから自業自得にゃ。こちらこそ、騒ぎを起こしてしまってすまなかったにゃ」

「そうか……」


 まぁお互い謝罪をしたから、これで痛み分けって事でいいじゃろう。


「頭を下げるのは今回だけだからな!」


 これが無ければ……


「これだからガキは困るにゃ~」

「お前だってガキだろう!」

「わ、わしは背が低いだけにゃ!」

「はは~ん。ガキで間違いなさそうだな」

「猫は四歳でも、人間で言ったら成人にゃ~」

「ハッ! 四歳!? ボクより二歳も下じゃないか」

「成人って言ってるにゃろ~!」

「あははは。ガキー!」

「にゃんだと~! このエロガキー!!」

「なんだと~!」

「シャーーー!」

「ぐぬぬぬ~」


 わし達が程度の低い口喧嘩を繰り広げていると、わしはリータ達に口を塞がれ、ちびっこ天皇は玉藻の胸に埋まって幸せそうにしていた。


 わしもアレぐらい優しくしてくれてもいいのに……。魂年齢百四歳のする事じゃないのですか。そうですか。


 落ち着いたところで夕餉ゆうげに誘われたので、断る事もないのでゴチになる。食堂に移動し、席順は、わしとちびっこ天皇が上座、その間に玉藻が座るので、一番偉い人が玉藻みたいに見える。

 リータ達はわし側に一列で並び、その対面のちびっこ天皇側には、同数の公家装束に包まれた男が並んだ。



 お盆に乗せられた夕餉が揃えば、玉藻の合図で宴が始まる。



 急遽始まった宴なので、あまり食材が無いからか質素だが、洗練された料理と、笛や琴の音が心地よく響き、わし達は舌堤を打つ事となる。


「あまり良い食材を用意できなくてすまなかったな」


 わしがちびちび食べていると、玉藻が謝って来た。


「あ、うまいにゃ。あまりにも美味しいから、もったいぶって食べていただけにゃ」

「喜んでくれたなら幸いじゃ」


 天皇の料理番が作る料理など、わしが食べる事すらおこがましい。京料理で少し薄味じゃが、それもまたよし。食材の旨味がよくわかる。うっ……涙が出そうじゃ。


「それにしても、あの二人はあっと言う間に食べてしまったのう。足りぬなら、用意させようか」

「あ~。コリスとイサベレは大食いなんにゃ。わしが持ってる物を食べさせるから、おかまいにゃく」

「そうか……出来れば、妾達にも少し振る舞ってくれないか? ケーキもうまかったし、そなたらの食べている物に興味があるんじゃ」

「それはいいにゃ。食の文化交流にゃ~」


 わしの次元倉庫に入っている料理は、エミリの作ってくれた和食が多いので、出来るだけ西洋風の料理を取り出す。

 シチュー、ハンバーグ、香草焼き、カレーも出してやった。どれも好評だったのだが、一番は白い巨象のステーキだ。それはもう阿鼻叫喚。おかわりまで要求して来たが、出してしまうとコリスが飛び掛かって来るので我慢していただいた。


 西洋料理を一通り食べた玉藻は、自信を無くしたかのように元気無く、ため息まじりに質問して来る。


「はぁ……猫の国とは、このような美味な食材が揃っておるのじゃな……」

「極一部にゃ。わしが狩った獣の肉だから、多く持っていただけにゃ」

「王みずから狩りをしておるのか!?」

「わしは王様になって二年目だからにゃ。その前は……」


 わしが王様になった経緯を簡単に説明していると、リータとメイバイが念話で割って入り、自慢するように、玉藻とちびっこ天皇に聞かせていた。


 山のような生き物、一万人の帝国兵、数々の獣を倒した冒険談。嘘みたいな話だが、話し自体が面白いのか、ちびっこ天皇達は聞き入っている。

 そうして一段落つくと、玉藻はわしとの話に戻るが、ちびっこ天皇はリータ達にもっと話してとお願いしていた。


「はぁ……妾も化け物だと自負していたが、そなたはとんでもない化け物じゃな。どうりで傷ひとつ付けられないわけじゃ」

「まぁ妖怪にゃから、化け物なのは否定できないにゃ~」

「コンコンコン。たしかに同族じゃったな」

「にゃははは。てか、日ノ本には妖怪って居るにゃ?」

「妾以外となると、少ないぞ。江戸に居る化けタヌキぐらいじゃ」


 いや、キツネとタヌキが歩いている時点で妖怪だと思うんじゃが……何か違いがあるのか?


「その江戸の妖怪は、どんにゃ風貌ふうぼうなんにゃ?」

「徳川家康と言ってな。五尾のタヌキじゃ」


 い……家康じゃと? たしかにタヌキと呼ばれていたけど、この世界では妖怪なの!?


「そ、その家康は、江戸でにゃにをしてるにゃ?」

「その昔は、当代の陛下が将軍に任命したんじゃが、とうの昔に隠居しておる。その後は、妾と同じく徳川家を支えておるな」


 おお! 征夷大将軍になっておるとは、元の世界と近い歴史になっておる……会いたい!!


「わしが会う事は出来るかにゃ?」

「う~ん……召集に応えん奴じゃから、京に呼び寄せるのは難しいな」

「わしのほうから出向くから、紹介状だけ書いてくれにゃ」

「それぐらいなら容易たやすい……」

「にゃ~?」


 玉藻の言葉が止まったので、わしが質問したら、饒舌じょうぜつに話し出した。


「そうじゃ! 近々国を上げた祭りがあるから、そこでも会えるぞ」

「祭にゃ??」

「東西が戦う祭じゃ! 五年に一度、関ヶ原に集まってのう。各種戦いを繰り広げて盛り上がるぞ~。どうじゃ? 見たくないか?」


 関ヶ原じゃと……徳川率いる東軍と、石田率いる西軍が戦った合戦じゃ。何をするかわからんが、そんな大イベントを見過ごすわけにはならん!


「見たいにゃ! いつやるにゃ!?」

「八月じゃ。六月にずらさなくて正解じゃったな」


 八月? たしか関ヶ原は、千六百年の10月21日じゃったな。日付も近い!! 面白そうなイベントじゃ~。


「にゃんで開始をずらそうとしてたにゃ?」

「去年の六月に神が降臨したからじゃ。どうせなら、その日に合わせたかったんじゃが、雨が多いと反対意見が多くてのう」

「あ~。ここまで光が届いていたんにゃ」

「なんじゃと? ……そちは西から来たと言っておったな。まさか現場に居合わせていたわけではないだろうな?」


 あ……すんごい興味を持っておる。顔が近い。嘘を言ってもいいんじゃが、古事記があるか気になるし、言っちゃおう!


「スサノオノミコトとオオゲツヒメに会ったにゃ~」


 わしが事実を告げると、玉藻はあきらかに落胆の表情を見せる。


「はぁ……」

「にゃんか言ってにゃ~」

「嘘をつくにしても、そこはアマテラスオオミカミかニニギノミコトじゃろ!!」


 どうやら古事記はあるようだが、スサノオ達が天孫降臨した事が信じられないようだ。

 あれほどの光が世界を包んだのだから、太陽神アマテラスか、実際に天孫降臨したニニギノミコトの光だと思うのは正しいと思われる。


「だから~。わしは実際に会ったんにゃ~」

「はいはい。そうですか~」


 それ以降、わしの言葉をまったく信じてくれない玉藻であったとさ。

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