650 幼女の夢にゃ~


「なんでホワイトトリプルが街中に……ダブルも居る!? ぎゃああぁぁ~~~! イサベレ様、たっけて~~~!!」


 わしとぶつかって転んだカーリーヘアのかわいらしい幼女がこんな事を言いながら逃げて行くので、わしは悲しくなって項垂うなだれる。しかし、残されたわし達は何か腑に落ちない。


「にゃにアレ??」

「他の人と驚き方が違いましたね……」

「あれぐらいの女の子だと、シラタマ殿は撫でられるのにニャー」

「まぁイサベレの所に向かったし、買い物してから聞きに行こうにゃ」


 リータとメイバイも気になっていたようだが、露店でタコスを山ほど買ってから女王達の待つテーブルに戻ったら、イサベレが幼女に抱きつかれて困っていた。


「その子、どうしたにゃ?」

「要領を得ない。助けてとか東の国に帰りたいとか。混乱してる」


 助けてはわしの事を言っているんじゃろうけど、東の国に帰りたいとは? 行きたいって言えないぐらい混乱しておるのかのう。


「お嬢ちゃん、わしは優しい猫さんにゃ。取って食ったりしないにゃ~」

「ぎゃああぁぁ~~~! 喋った~~~!!」

「ひどいにゃ~。わしだって泣きたいにゃ~」


 わしが宥めようとしても逆効果。こんな幼女にここまで嫌われたのは初めてなので、メイバイに抱きついて慰めてもらうわしであった。



 幼女が混乱していては仕方がないのでタコスをやけ食い。かなり辛いが、うちで作ったタコス擬きより美味しいので手が止まらない。

 しかし、コリスとオニヒメには辛かったようなので、近くの露店でも適当に買い漁って来てあげた。そうしてモリモリ食べていたら、幼女も落ち着いて来たようだ。


「ふ~ん……やっぱり東の国に行きたいんにゃ」


 イサベレとリータに幼女の聞き取りを任せていたら、どうしても東の国に行きたいと言われていたらしい。ただ、理由は行きたいとしか言わないので困っているようだ。


「わしともお喋りしてくんにゃい?」

「シャーーー!」


 メイドウサギをモフっているから大丈夫かと思ったが、わしがちょっと近付いたら、幼女はメイドウサギの後ろに隠れて威嚇して来やがる。


「わしは怖くないにゃ~。チョコあげるからお喋りしようにゃ~」

「チョ……チョコ??」

「あ、知らない言葉だったかにゃ? 甘くて美味しいんにゃよ~??」

「たべる! ちょうだい!!」

「う、うんにゃ……」


 幼女はわしの肉球の上に乗った一口大のチョコを奪い取るとむさぼり食い、何度もおかわりをして来るので、テーブルの上に山積みにして様子を見る。


 やはり何かがおかしい……チョコなんてジョージ君は知らなかったのに、この子は知っている食べ物のように食っておる。庶民の間で売っておるのか?

 あ、カカオも南米原産じゃ。ひょっとしたら、ここまで流れて来てるのかも……探さなくては! ととと、思考がブレておった。


 さっきもわしの事をホワイトトリプルとか言ったんじゃよな~。こんな呼び方をするのは、ハンターぐらいなんじゃが……もしかして、輪廻転生しちゃってる?

 それならわしを見て、東の国最強のイサベレに助けを求めるのも辻褄が合う。イサベレの名を聞いて東の国に帰りたいと言ったことも……


「あ……あたしのチョコが……」


 テーブルの上のチョコを全て次元倉庫に入れたら、幼女の魂が抜け掛けたのでひとつだけ取り出して見せる。


「わしとこっちでお喋りしてくれるにゃらあげるにゃ~」

「うっうぅぅ……わかった」


 幼女はわしと二人きりになるのは涙目になるほど怖いようだが、女王の目が光っている場所ではしたくない話だ。エサで釣って、隣のテーブル席で幼女を椅子に乗せ、わしはその隣の椅子に飛び乗る。


「もしかしてにゃけど、スサノオノミコトと会ったにゃ??」

「えっ!? なんでそのなまえを……」


 おっ! この反応はビンゴのようじゃ。


「じゃあ、東の国で死んで、ここで産まれたんにゃ」

「なんでそこまでくわしいの!?」

「だってわしも、元人間の転生者にゃもん」

「うそ……いや、ネコになりたいといえばなれるのか……ププッ……ヒトからネコになりたいとかいうヒトいるんだ。プププッ……」

「笑うにゃら、大声で笑ってくんにゃい?」

「きゃはははは」

「本当に笑わないでくれにゃ~」


 わしが元人間と知ったら、幼女から完全に恐怖は消えたようだ。


「わしだって人間に生まれたかったんだからにゃ。事故で猫になったんにゃ~」

「プププッ。それじゃあ笑っちゃ悪いわね。ププププ」

「まだ笑ってるにゃ~」

「ゴメンゴメン。それよりお互い名乗ってなかったわね。あたしはベティ、五歳よ」


 同い年か。しっかりした子じゃな。そう言えば、急に流暢な喋り方になったけど、親御さんに気持ち悪く思われないように幼女の振りをして喋っていたんじゃな。わしもおっかさんと喋る時は気を付けておったもん。


「わしはシラタマ、五歳にゃ。いちおうこれでも猫の国の王様をやってるんにゃ」

「猫の国?? そんな国なんてなかったはずだけど……」

「新しい国だからにゃ。建国三年だから知らないんにゃ」

「はぁ~……あたしが死んでから、そんな面白い国が出来てたんだ……てか、五歳で王様!? いや、前世の記憶があれば可能か……それにしても猫が王様って。プププ」

「だから事故って言ってるにゃろ~」

「ゴメン! これで一通り笑ったから大丈夫!! ……かも?」

「自信無さそうだにゃ……」


 わしがジト目で見ると、ベティは話を変える。


「それにしてもチョコなんて作っている地域あったのね。いや、コーヒー菓子と言ったほうが正しいか」

「うちの自慢の料理人と、東の国の宮廷料理長の合作にゃ。でも、よくコーヒーが使われてるとわかったにゃ~」

「そりゃ、私も同じ研究してたもん。道半ばで死んだけど……うん。アレに植物性の油を使えばこの味になるかも?? でも、食材が高いのよね~」

「にゃ、にゃんだと……」


 ベティがチョコをかじりながら饒舌じょうぜつに語るが、わしは驚愕の表情を浮かべるしか出来ない。


「どうしたの? とぼけた顔して……」


 いや、ベティにはわしが驚いているのが伝わらない。


「も、もしかしてにゃけど……」

「うん? なに??」

「東の国ではカミラと名乗ってなかったにゃ?」

「え……どうしてその名を……」


 数秒、時が止まるわしとベティ。


「そのチョコを作ったのがエミリだからにゃ……」

「エミリ……エミリ……うそ……あの子がこれを……」


 涙をポロポロ落とすベティに、わしはわざと日本語を使って語る。


「事実にゃ」

「に、日本語まで……久し振りに聞いた……」


 そう。この幼女はエミリの母親。五年前、パーティ全員獣に殺され、死後の世界に旅立ったカミラという女性。


「藤原恵美里さん。お会いしたかったにゃ~」


 そしてわしと同じく日本生まれの転生者、『藤原恵美里』だ。


 わしとベティは滝のような涙を流し、長い時が流れるのであった……



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



「ごめんね。エミリ……」


 その日、黒い森に侵入したとあるパーティが巨大な三つ首の白い獣に襲われ、生きようと必死に抵抗していた女性が血まみれの最後を迎える。


 まさかこんな化け物が居るなんて……また調子に乗っちゃったな~……


 女性は……いや、カミラは過去を振り返る。


 魔法少女とおだてられて育った幼年期。家族の反対を押し切って村を出た青年期。ハンターとなってチヤホヤされた成人期。

 そのハンターの中で一番のイケメンと付き合って天狗になった。しかし子供を授かったと言ったら消えたイケメン。遊ばれて捨てられたと涙するカミラ。


 出産に子育てと出費が嵩み、貯蓄が底を突きそうになった。そんなカミラと優しく接してくれるハンター仲間と孤児院の院長。

 謝罪をするとハンター仲間からは「いつも助けてもらったお返しだ」と言われ、院長からは「いつも寄付や孤児と遊んでくれたお返しだ」と言われたカミラ。

 本来の性格からお返しを期待していたわけではないカミラは、その優しい言葉に涙した。


 娘のエミリが成長した頃、カミラは悩んだ末、優しい仲間の「戻って来い」の一言でハンター活動を再開する。

 カミラの願いは料理店を開くこと。この開店資金を稼ぐ為に、稼ぎのいいハンターに戻ったのだ。


 元々Cランクともあり、実入りのいい依頼をこなす事が出来る。エミリには少し寂しい思いをさせるが、開店資金が貯まれば、そのあとは毎日一緒に居てあげられる。

 しかし家を空ける場合は孤児院に見てもらっているので、お土産として寄付をしてしまうからなかなかお金が貯まらない。院長からもいらないと言われたが、元の性格は変えられなかった。


 お金が貯まらない理由のひとつに、料理店のメニュー開発費用もあった。元の世界の味を再現させようと手に入る食材で研究していたからだ。

 ただし、それは苦にならない。エミリが手伝い、美味しいと言ってくれるので、ついつい調子に乗って新しい料理を作っていたからだ。


 そんな中、エミリが嬉しいことを言ってくれた。自分の店が開店したら手伝いたいと……


 ここでカミラはハンターに戻った目的を思い出し、仲間が持って来たランクの高い依頼に飛び付いた。

 内容は、東の国の南東にある森から獣が出て来る理由の調査。解決した際には、さらに高額の謝礼が支払われる。

 前者の依頼だけでもそこそこの額だが、運が良ければ別途その三倍も貰えるのだ。仲間も浮き足立ってしまっても仕方がない。そんな気持ちでいたからには、踏み込み過ぎても仕方がない。


 森の奥に行くに連れて強い獣が増えていたのに、無理して理不尽な強さの獣と出合い、一気に壊滅したのだ……


「エミリ、ごめんね。エミリにはお母さんのことをもっと話してあげたかったのに……」


 こうしてカミラは大きな未練を残し、死後の世界に旅立ったのであった。



「本当!? やった~~~!!」


 死後の世界に旅立ったカミラは、スサノオから記憶を残したまま輪廻転生できると聞いて大喜び。これまでして来た善行が身を結んで浮かれている。


「え……地域は選べないんだ……」


 だが、選べるのは記憶を残した人間まで。人種、性別、見た目、経済状況、地域等を選べる程の徳は無かったらしく、少し迷う。エミリを見守る動物にでも輪廻転生するか……

 しかし言葉を話せないのでは、エミリに自分の秘密を伝えられないので本末転倒。人間に生まれ変わって、何がなんでもエミリの前に立つと決めたのであった。



「オギャ~! オギャ~!」


 その日、新しい命が世界に産み落とされたが、その赤ちゃんは産まれた瞬間からいろいろと考えていた。


 二度目だから上手くいった。前回は泣くの忘れてて、めっちゃお尻叩かれちゃったんだよね~。

 てか、言葉はわかるけど、まだ目が見えないからどこの国に産まれたかわかんないや。とりあえず、魔法の基礎訓練でもしておこう。どこかの小国だったら、東の国まで旅するのも大変だもんね。


 それから目が見えた頃に、赤ちゃんは両親の顔を見てホッとする。


 やった! 肌が白い! これなら東の国か西の国、どちらかの可能性が高いわ。名前もベティだし、確実かも? 東の国なら、すぐにでも会いに行けるんだけどな~。


 浮かれるベティであったが、月日が経つに連れて不安が生まれて来た。


 ヤバイ……うち、貧乏かも。パパさんがクビになったって荒れてる~!!


 経済状況はドン底らしいので、自分に暴力が来ないかとビクビクしていたベティであったが、両親は優しく接してくれるので少し安心する。だが、流動食が出るようになって、またひとつ不安が増える。


 これ、トウモロコシよね? この世界に来て初めて見たんだけど……もしかして、小国の一部では栽培されていたの? それなら焼きトウモロコシが食べれたのに、早く言ってよね~……じゃなくて!

 てことは、確実に東の国の線は消えた。西の国のその先ってのが、有力候補か。あ~あ。思えば遠くに来たもんだ~♪


 ベティはガッカリしながらも両親にバレないように魔法の訓練は続け、固形の食べ物が多くなって来た頃にまた不安がのし掛かる。


 焼き魚……魚を食べてる。川魚よね? 私もそれぐらい食べた事はあるけど、けっこう高かったのに、うちにそんな余裕あるの??


 東の国では滅多に拝めない魚料理が毎日のように食卓に並ぶので、ベティの不安は膨らむ。


「シー??」

「あなた! ベティが喋ったわよ!」

「聞いた! seaって言ったな!」


 うかつにも、生まれ立ての赤ちゃんの第一声は、ママでもパパでもなく海。しかも、赤ちゃんが喋り出すには少し早すぎたので、「天才だ~!」と嬉々として喜ぶ両親。


 あっちゃ~。やっちゃった。今回は早すぎたか。相変わらずいつ頃喋り出していいかわからないのよね~。


 少し反省したベティがママやパパと連呼したら、気を良くした両親は外に連れ出してくれた。それも、遠くまで……


 うそ、うそうそうそ……


「ここどこ~~~!?」


 街並みは東の国と変わらなかったのだが、外壁から向こうには海が広がっていたので、またベティは喋ってしまったのであった。



 家に帰ったら、ずっと神童と言ってチヤホヤして来る両親の頬擦りを押し返すベティ。迷惑そうにしていても、考える事はいっぱいだ。


 海って……本当にここはどこ? この世界にあるなんて聞いた事は……ビーダールの南にあるって聞いた事があるわね。てことは、あの森を抜けた先に国があったってこと?

 いやいや、気候が合わない。そんな所だと、もっと暑くないとおかしい。となると……西か東の森を抜けた先に海があるのでは? もしくは、まったく違う大陸があるとか……


 え? これ、詰んでない?? 森なんて抜けられないよ~~~!!


 どちらにしても人間に辿り着けない領域では、エミリとの再会が絶望的に思えたが、ふとさっきの光景が頭によぎる。


 てか、街中に車、走ってなかった? それに海に驚いていて忘れてたけど、壁の上にマシンガンなかった??

 ひょっとしてこれって……科学の発展した国に生まれたのでは? じゃあ、飛行機とかあるかも? 獣もマシンガンで撃ち殺せばいいんじゃない??


 ここでベティに希望が生まれる。


 ここがどこかわからないけど、エミリに会える可能性はゼロじゃない。その為には金よ! マシンガンだって飛行機だって船だって買ってやるわ!!

 元創作フレンチの店長で子供食堂のおばちゃんの力をナメるな! 料理チートでお金なんて山ほど稼いでやるわ!!



 こうしてベティは、元の世界の力を惜しみ無く使うと誓い、エミリとの再会を夢見て笑うのであった。


「ゲッゲッゲッゲッ、ゲッゲッゲッゲッ」


 ただしその笑い方は気持ち悪すぎたので、悪魔でも乗り移ったのではないかと心配した両親に教会に連れて行かれ、ベティは聖水をぶっかけられたのであったとさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る