438 相撲対決、大将戦にゃ~


「勝負あり! 猫の王~。猫の~王~~」


 タヌキ力士が土俵に背中をつけると、行司がわしの勝ち名乗り。わしは開始線に戻って手刀てがたなを切るが、タヌキ力士が作法を無視してわしに詰め寄る。


「ふざけるな!!」

「待て待て~!」


 タヌキ力士は作法がなっていないので行司が間に入るが、それを飛び越して再度わしに怒鳴り付ける。


「もう一度だ! お前なんかに、俺様が負けるわけがないだろ!!」

「にゃん度やっても同じにゃから断るにゃ~」

「なんだと~!!」

「それよりあとがつかえているから、下がってくんにゃい?」

「ふ、ふざけやがって……」


 タヌキ力士は怒りに任せて行司を押してどけようとする。なので、わしは突き出してやろうと構えたが、その前に後ろに転がって行った。


「ぐわっ!」


 突然、後ろから引っ張られて投げ捨てられたタヌキ力士は、痛みからか、驚いたのか、どちらかわからないが大きな声をあげた。


「貴様はこの神聖な土俵を汚した……まげを切れ!!」


 タヌキ力士を投げ捨てたのは、東軍大将、大関千代の富士。タヌキ力士よりかなり小さいが、筋骨隆々のタヌキで、風格も別格。この場で二番目に大きなタヌキ力士より大きく見える。


「しかし!」

「口答えするな! 誰がどう見ても貴様の負けだ……あとでわいみずから髷を落としてやるからな! 覚悟していろ!!」


 口答えしようとしたタヌキ力士に、千代の富士は殺気を放って黙らせる。するとタヌキ力士は恐怖に気圧けおされたのか、すごすごと引き下がって行った。



 事が収まると千代の富士はわしに向き直り、お辞儀をする。


「若い者が迷惑掛けてすまなかった。それに不手際があった事も謝罪する」

「異国の者がいきなり土俵に上がったから、みんにゃ気持ちがたかぶっているんにゃろ。わしこそ、迷惑掛けてすまなかったにゃ」

「フッ……猫の王は心が広いのだな」


 うん。その四股名の前に笑われると、わしが笑われているとしか思えん。玉藻の奴、わざと本名から変えやがったな……


「まぁ最後の一番にゃ。お互い、後腐れなくいこうにゃ」

「おお! 手加減はせんからな!」

「わしはこう見えて頑丈にゃから、手加減にゃんて必要ないにゃ~」


 千代の富士はニヤリと笑って振り返り、わしも同時に振り返る。観客は何を喋っていたか聞こえていなかったが、これから熱い闘いが始まる合図と受け取って、大きな歓声をあげていた。


 お互い塩を撒き、何度も仕切り直して気を溜める。仕切り直す度に千代の富士の顔が鬼の形相に変わって行くのだが、わしはとぼけた顔のまま。もちろん、相撲以外の事を考えていた。


 あの太い二の腕……相撲取りには似付かわしくないマッチョな体型……180センチぐらいの身長……まさしく名前の通り、千代の富士に瓜二つ。それも、脂が乗りに乗った最高潮の、横綱千代の富士じゃ。

 まさか死んでから、ウルフと相撲が取れるとは思わんかった。てか、元の世界での二つ名はウルフじゃったけど、ここではなんじゃろう? タヌキ? これはそのままじゃな。いや、もう、あの顔は熊にしか見えん。熊かベアーに決定じゃ。


 わしがどうでもいい事を考えていると、待ったなし。行司が軍配を返す。その刹那、骨と骨のぶつかる鈍い音が会場に響き渡った。


「は~っけよい!」


 遅れて行司の声。わしと千代の富士が頭からぶつかり、頭蓋骨が放つ鈍い音のあとに響き渡る。

 わしと千代の富士は、お互いダメージは無し。わしは頑丈な体を持っているから脳震盪のうしんとうにもならない。

 少し頭を引いてクッションを作ったとはいえ、千代の富士は鍛え込んだ頭だから脳震盪にならないと思えて、わしは称賛の声を心の中で送る。


 頭と頭を合わせたまま、わしと千代の富士はまわしの取り合いを繰り広げる。わしは別に取られてもかまわないのだが、千代の富士がそうしているから合わせているだけだ。

 さすがは大関。前捌きも得意なのか、同じスピードでまわしを狙っても叩き落とされる。逆にまわしを狙われたなら、わしも手捌きで叩き落とし、らちがあかないと感じた千代の富士は戦法を変える。


 張り手だ。


 左から迫る張り手に、わしはどうしようかと考えて、わざと受ける。千代の富士はおそらく距離を開けたいと思ったからだ。

 その張り手でわしが少し吹っ飛ぶと歓声があがるが、わしは体勢をすぐに立て直して、ぶちかまし。しかし、千代の富士は受けてくれなかった……


 うそ……大関が八艘飛はっそうとびじゃと??


 わしは驚いたのも一瞬で、砂埃を立てながら体勢を立て直す。すると、千代の富士からの突っ張りが飛んで来た。これもどうしたものかと悩んだ結果、テレビで避けているところを見た事がないので、受ける事を選択する。

 その突っ張りは回転が速く、わしの顔面と肩口を的確に捉えて、土俵際に押し込む……ことはもちろん出来ず、わしは摺り足でジリジリ前に出る。


 もらった!


 ここでわしは、右まわしを取ってからの下手投げ。だが、不発に終わる。千代の富士も上手投げで応戦したからだ。

 いつの間にまわしを取られたかわからないまま、お互いトントン跳んでから、四つの組み合いとなってしまった。


「「「「「わああああ~~~!!」」」」」


 わし達の動きが止まると、観客から忘れられていた音が戻る。

 そんな中、組み合っている千代の富士が、わしに小声で話し掛けて来た。


「強いな……」

「お主もにゃ」

「いや……貴様は、わいの上を行っているはずだ」


 あら? 手加減しているのがバレておるのか……ちゃんと相撲になるようにしておったんじゃけどな~。


「もしかして、わかっていたから変則的にゃ相撲をしてたにゃ?」

「そうだ。受け身では、貴様に勝てないと踏んだが、それすら凌駕されてしまった。こんな相撲を取っては、相撲の神にも申し訳が立たない。これで引退だな」


 あちゃ~……わしのせいで引退を考えさせてしまったか。さっきの奴の、一段どころか五段も上の、千代の富士を引退させるのは忍びない。

 何かいい手は……


「引退は、関ヶ原が終わるまで、考えるのはやめてくんにゃい?」

「何故だ?」

「詳しくは言えにゃいけど、わしは千代の富士関が思っているより化け物にゃ。そんにゃ化け物に、千代の富士関が形振なりふりかまわず挑まざるを得にゃかった事を、その時までには証明してあげるにゃ」

「化け物か……たしかに、そんなモノに挑むならば、形振りかまっていられないか……」

「それに、貴花田の成長はどうにゃ? わしの見立てにゃら、二年も掛からずに、千代の富士関と並ぶ存在になるはずにゃ。若い世代に引導を渡してもらうのが筋のはずにゃ。頼むにゃ~」


 わしのお願いに、千代の富士は少しの沈黙のあと、答えを出す。


「ならば、化け物だと証明して見せろ。そのあと考えてやる」

「わかったにゃ。休憩はここまでにゃ~」


 わしと千代の富士は示し合わせたように釣り合い。ギリギリと千代の富士のかいなに力が入り、わしの体が浮いてしまった。

 このままでは千代の富士に釣り出されてしまうので、わしは反則を使う。


「なっ……」


 ただの力業……。自身が浮いているにも関わらず、腕の力だけで千代の富士を浮かせる。ほんの一瞬だけであったが、バランスを崩した千代の富士は釣る力を無くし、わしは着地。

 ここで下手投げに移行しようとするが、千代の富士の巻き返し。右上手うわてから右下手に持ち変えられたので、わしは再び上昇。

 なので、もう一度反則。ひょいっと持ち上げて、着地したと同時に、今度は左下手を自分に引き寄せる。すると、千代の富士は離れようと後ろに体重が移った。


 ここじゃ!


 千代の富士の体重移動に、わしは合わせて前に出て、千代の富士の脇に入れた右腕を返す。その結果、千代の富士の体は浮き上がり、背中を土俵につけるのであった。


「勝者……猫の王~。猫の~王~~」

「ただいまの決まり手は、呼び戻し~。呼び戻しで、猫の王の勝ち~~~」


 行司の勝ち名乗り、司会のアナウンスを聞きながら、わしは手刀を切って感動に打ち震える。


 千代の富士に勝った……しかも仏壇返しの炸裂じゃ! ……ほとんど力業じゃけどな。本来ならば、引いて戻る力を使うのじゃが、わしの場合は、引いて押しながら浮き上がらせて、ひねっただけじゃ。

 これではただの押し倒しじゃな。でも、千代の富士には、わしの化け物っぷりが少しは理解できたじゃろう。


 そうして観客席から座布団が舞う中、司会のキツネから西軍の勝利が告げられたのであった。



「まさかあそこで仏壇返しが来るとは思っていなかった。素晴らしい技だ」


 わしが土俵から降りて貴花田達の称賛の声を聞いていると、千代の富士が近付いて来た。


「やめてくれにゃ。わしがズルしたのわかってるにゃろ?」

「くっくっくっ。わいも同じ事をしているから、ズルとは言い難い」

「にゃははは。千代の富士関もにゃ? じゃあ、有り難くお褒めの言葉をいただくにゃ~」


 お互い笑い合い、固く握手をするのだが、千代の富士はわざと思い切り握って来たので、わしも強く握り返して、また笑い合う。

 その後、貴花田は千代の富士に「いい師匠を持ったな」とか言われていたが、首を傾げていた。わしも首を傾げていたが、もちろんわしの事を言っていたのだと気付いている。


 だから、貴花田達はわしを親方とか呼ばないでくれる? 部屋を作ってもいないぞ? あと、千代の富士は訂正してから帰って!!


 わしは太ったタヌキと太ったキツネと太った人間に囲まれながら、土俵から離れるのであった。



「よくやったぞ、シラタマ!!」


 しつこく親方と呼ぶ貴花田達と控え室に戻ると、喜ぶ玉藻に出迎えられた。


「わしだけに言うにゃ。貴花田も頑張ったにゃ~」

「お、おう! そうじゃったな。よくやった! さすが大関じゃ!!」

「ごっちゃんです!」


 玉藻がわしと貴花田だけを褒めるので、肩身の狭そうな残りの力士もわしは褒める。


「残りも……褒めるところが薄いにゃ~。次回は頑張れにゃ~」

「「「は、はい……」」」

「シ、シラタマ! そち達もよくやったぞ。次回も頼むぞ~」


 わしは褒めるところが見付からなかったので突き放したのだが、三人はテンションだだ下がり。それを見た玉藻はフォローに回り、「馳走を用意しているから食って行け」と優しい言葉を掛けていた。

 そうして力士達が消えて行くと、わしはまわしを次元倉庫にしまってから吐き出す。この方法は、いちいちぐるぐるまわしを取らなくていいから楽チンだ。


 それから着流しに袖を通し、玉藻に質問する。


「行程表を見せてくんにゃい?」

「ああ。そうじゃな」


 わしは着替え終わると、関ヶ原のスケジュールを受け取って目を通す。


「次は……綱引きなんにゃ~」

「そうじゃ。もう少し時間があるが、出てもらうぞ」

「う~ん……わしじゃなくてよくにゃい? にゃんだったら、護衛に連れて来た奴等を使ったらどうにゃ?」

「それは面白そうじゃが……勝てるのか?」

「リータかコリスを入れたら、にゃんとかなるにゃろ」

「ふむ……シラタマばかりを使うよりは、ズルとは思われないか」

「ズルには変わりないにゃ~」


 玉藻の心配をわしがとがめても聞く耳持たず。次の準備の為に、わしと玉藻はオクタゴンに帰るのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



 一方その頃、五重塔では、家康と秀忠がいきどおっていた。


「あのタヌキ……出場しないと言っていたのに、出ておるではないか!!」

「くそっ……まさか相撲で星を落とすとは思っていませんでした」

「まさか全競技に出るつもりじゃなかろうな……」

「き、聞いて参ります!」

「待て!」


 秀忠が慌ててふすまに向かうと、家康が止める。


「今日の競技はあとひとつだ。それを見てから対策を練って、苦情なりすればいい」

「……わかりました」

「もしもの場合は、秀忠も出すからな」

「私がですか?」

「あの猫とは尻尾の数が同じじゃろ。わしの見立てでは、秀忠と同格。やや下あたりじゃろう」

「しかし私が出場すると、玉藻が動くのでは……」

「わしが動かない限り、玉藻も動く事はない。それより、これから会議を執り行う。出場者と忍びを集めろ」

「はっ!」



 こうして徳川陣営では、急遽シラタマ対策会議が執り行われるであった。

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