293 友好条約締結にゃ~


 東の国と友好条約締結への話し合いで、わしが女王と対等に戦っていると猫問題が勃発。宥めていたら、昼一の鐘(正午)が鳴った。


「まあまあ。お腹すいたし、お昼にしようにゃ~」

「もう! 答えたくないならいいわよ! その代わり撫でるからね!!」


 女王……それでいいのか? それならそれで、話が進むからいいか。


 わしは女王に抱きかかえられ、王族御用達の食堂に連れ去られる。そこには、三王女と王のオッサン、兄弟達が昼食を食べている姿があった。

 遅ればせながら女王と共に席に着くと、さっちゃんが寄って来る。どうやらさっちゃんもわしを撫でたいらしく、ひと悶着あって、二人の間に挟まれて座る事となった。


「モグモグ。やっぱり料理長の料理はうまいにゃ~」

「そう? いつも通りだよ?」

「さっちゃんは毎日食べているから、わからないんにゃ。もっと感謝して食べないとにゃ」

「大袈裟だな~。シラタマちゃんだって、エミリの料理を食べてるじゃない」

「猫の国にはエミリを連れて行ってなかったから、粗食だったんにゃ」


 わしは猫の国での食生活を、さっちゃんに聞かせる。


「え……シラタマちゃんって王様よね? なんで民と同じ物を食べてたの?」

「それしかなかったからにゃ。わし一人、贅沢は出来ないにゃ~」

「シラタマちゃんらしいと言えば、らしいんだけど……」

「あ、変って言わないでくれにゃ。散々言われてわかっているからにゃ?」

「まぁ変なのは、昔からだもんね」


 昔って……さっちゃんと出会ってから、一年も経ってないんじゃけど……。兄弟達まで頷いてる!?


「それでお母様。猫の国との会談は終わったのですか?」


 さっちゃん。まだわしのツッコミは終わっておらんのじゃから、話を変えないで!


「それがね~……なかなかのやり手で、時間が掛かっているのよ」

「シラタマちゃんが!?」

「猫の癖に、変な事に詳しいのよ」


 女王の発言でさっちゃんだけでなく、双子王女やオッサンまで加わり、「猫の癖に……」と、わしは罵られる。


 王族全員で酷い言われようじゃな。猫じゃけど、国を思って戦っているんじゃから、もう少し労ってくれんかのう。


「それにあの服がね~」

「あ! アレじゃあ……」

「わしの服がどうしたにゃ?」

「「にゃんでもないにゃ」」

「……にゃんか隠してにゃい?」

「あ! デザート来たわよ」

「やったにゃ~!」


 わしはさっちゃんに話を逸らされ、デザートが来るのをわくわくして待つ。女王とさっちゃんは、大事なわしの秘密の話をしていたのに……


 服のせいで尻尾が隠れて、考えている事がわからないのよ。


 とか、小声で話していたのに、わしは残念ながら聞こえていなかった。


 うん! 料理長のデザートは甘くて美味しいのう。エリザベス……睨んでもやらんからな? ルシウスのを取るな! まったく……


 わしは話に夢中になっている女王のデザートをこそっと奪うと、エリザベスに念話で取りに来させ、ルシウスと分けるように渡す。

 もちろん女王にバレバレで怒られた。そのせいもあって、心を読むスキルの謎解きは完全に忘れてしまい、まったりと食後のコーヒーをすする。


 その後、話し合いに移動しようとしたが、わしと女王がどんなやり取りをしているのか気になった王族一同に、食堂で見せろと言われ、さっちゃんの勉強になるからと無理矢理始めさせられた。



「さて……残りはこれだったわね。シラタマが一切触れなかった、これ……」


 うっ……国家賠償か。国の運営費もいまいちわからんのに、ゼロが何個も並んでいるから後回しにしてたんじゃ。

 今までの話は、うちから金が出て行かないからある程度は妥協できたが、こんなアホみたいな大金、貧乏国家には厳しいんじゃよな。とりあえず、値切れるだけ値切ってみよう。


「それは帝国がやった事で、猫の国がやった事じゃないから、払う必要はないんじゃないかにゃ~?」

「こちらも資財を投げ打ったんだから、引けないわよ」

「戦犯の皇帝は死罪にしたんにゃから、罪はないって事にならないかにゃ~?」

「仕掛けて来たのはそっちなんだから、何を言われても払ってもらうわ」

「皇帝が勝手にやったんだから、わしは関係ないにゃ~」


 わしは値切るどころか、払わないでいいならと言い訳を続けていたら、女王がさっちゃんに視線を送る。


「……ほらね。交渉しているのに、不利な条件を出すと、話を逸らしたりして来るのよ」

「シラタマちゃん、ずるい!!」

「ずるくないにゃ~。頑張ってるだけにゃ~」

「頑張っても話を逸らしていたら、交渉が進まないじゃない?」

「そこは……女王がにゃ……ゴニョゴニョ」

「はぁ……。要は、賠償金の減額を、私から言い出すのを待っているのよ」

「やっぱりずるいじゃない!!」

「そこは戦略って言ってくれないかにゃ?」

「む~り~~~!」


 さっちゃんと口喧嘩になり掛けると、女王に睨まれたので二人して黙る。すると、ようやく女王が減額を口にするが、納得できないので反論する。


「そんにゃちょっとじゃ変わりないにゃ~。もっと安くしてくれにゃ~」

「こっちは譲歩したんだから、そっちも譲歩しなさい!」

「そもそも、この価格は適正にゃの?」

「適正に決まっているわよ」

「え~! 戦争に参加してたのは一万人にゃろ? この額を一万人で割ると、一般的なハンターの収入の三十倍以上になるにゃ~。取り過ぎにゃ~」

「また話を逸らそうとする……」

「逸らしてないにゃ~。女王だって、見込みの額を入れてるにゃ~」

「見込みって?」

「戦争をしたら、相手から取るにゃろ? その見込み額が入っているから、こんにゃ馬鹿げた額になってるはずにゃ~」


 わしが「にゃ~にゃ~」文句を言うと、女王はまたさっちゃんを見る。


「……ね? 計算も早いし、こっちの痛い所を突いて来るのよ」

「う~ん。わたしと勉強してる時は、そんなに賢いとは思わなかったんだけど……」

「さっちゃんだって、取り過ぎだと思わないかにゃ~? にゃあにゃあ??」

「えっと……」

「サティ! 乗っちゃダメよ!!」

「あ、はい!」


 チッ。さっちゃんを味方に付けようと思ったが、止められてしまったな。


「じゃあ、どのくらいが適当だと言うの?」

「そうだにゃ~。支出した分……」

「それで済むわけないでしょ!」

「わかっているにゃ。支出の二割増しでどうにゃ?」

「……ダメね。それでは、貴族や領主が納得しないわ」

「でもにゃ~。我が国は貧乏で、払うお金が無いんにゃ」

「いまさらそれを言うの!?」

「これ、見てくれにゃ~」


 わしは猫の国の金貨を、女王の前に差し出す。


「金貨? 質が悪そうね」

「そうにゃ。調べてみたら、四割しか金が使われていなかったにゃ。これで賠償額を払っても、納得しないにゃろ?」

「そうだけど……」

「作り直すにしても、手間が掛かるだろうし、うちでも東の国のお金を作れないかにゃ?」

「それで払うってこと?」

「いんにゃ」

「は? 値切りはして来るは話を逸らして来るは、元々払う気ないんじゃない!」


 わしの、のらりくらりの態度に、ついに女王はキレた。だが、わしは冷静にコーヒーを口に含み、飲み込んでから声を出す。


「支払いは麦にしようと思っているにゃ。それにゃら、金の価値も関係ないにゃろ?」

「………」

「でにゃ。さっきも言った通り、支出の二割増しの支払いでお願いしにゃす」

「それは……」

「悪い話じゃないにゃろ? いまは食糧難にゃんだから、他国に転売すれば、割増しで売れるにゃ。そうなれば、五割……いや、倍の儲けが出る可能性があるにゃ」


 わしの発言に、女王は黙って考え込む。わしは勝ちを確信しながら、もう一度、コーヒーを口に含む。

 皆が静かに女王の決定を見守る中、わしがゴクリと喉を鳴らすと同時に、女王が言葉を発する。


「わかったわ。それで手を打ちましょう」

「ありがとにゃ~!」


 わしは歓喜の声を出し、女王の手を握る。すると、さっちゃんが感嘆の声を出す。


「シラタマちゃん、すご~い……」

「にゃはは。褒められたにゃ」


 まぁ女王の落としどころは、こんなもんじゃろう。わしの実質は二割増しじゃが、先手でニンジンをぶら下げれば、飛び付くってもんじゃ。

 女王の平常心を奪ったってのも、効果覿面こうかてきめんだったじゃろう。


「まだ話し合う事はあるけど、これで友好条約を結ぶって事でいいかにゃ?」

「まぁ……いいでしょう」



 しばしのご歓談のあと、書類を作った書記官に渡された条約書を読み、わしと女王はサインをして握手を交わす。

 そして、お茶休憩。頭を使ったので、甘い物が欲しくなる。女王も同じ考えだったようなので、皆にシャーベットを出してやった。


「はぁ……疲れた。シラタマ相手に、ここまで疲れると思っていなかったわ」

「わしも、いっぱいいっぱいにゃ~」

「まぁお互い納得のいく友好条約になったかしら?」

「もっとまけて欲しかったにゃ~」

「もう無理よ」

「だって、捕虜の返還にもお金が掛かるんにゃろ?」

「うっ……また値切って来るのね」

「まぁにゃ~。今度はタダまで値切るにゃ~」

「それは値切りじゃないわよ!」

「にゃはは。たしかににゃ。まぁ値切るにしても、お金が無いから、返還はまた今度かにゃ」

「何をして来るか、いまから怖いわ。……私がこんな事を言うのはおかしいけど、そもそも武力で訴えれば、こんな話し合いはいらなかったんじゃない?」


 女王の発言に、オッサンが顔を青くするが、わしは無視して質問に答える。


「先に言ったにゃろ? 我が国は侵略戦争を放棄しているにゃ。友好的に出来るにゃら、それに越した事はないにゃ」

「そうだけど、国の為を思ったら、やらざるを得ないんじゃない? 私だったら、脅しぐらいには使うわよ」

「力で納得させられたら、わだかまりが残るにゃ。せっかくのお隣さんにゃんだから、仲良くしたいにゃ~」

「昔は我が国も、隣接する国とは小競り合いがしょっちゅうあったみたいだし、無いに越した事はないわね」



 友好条約が締結され、別室に移動すると、次は国交の話し合い。ここでも熱い戦いが繰り広げられ、室内からわしの「にゃ~にゃ~」と文句を言う声と、女王がキレる声が漏れるのであった。



 夕暮れ時にようやく終了し、応接室から出た時には、二人ともゲッソリとしていた。さっちゃんは労っているのか撫でて来るけど、撫でたいだけじゃろ?


 夕食も誘われたので有り難くいただき、明日の予定を女王に話す。


「明日はコリスとワンヂェンに、王都の案内をしたいんにゃけど、いいかにゃ?」

「う~ん……やめて欲しいってのが本音なんだけど……」

「だろうにゃ~。じゃあ、許可はもらわず行くにゃ」

「だから! はぁ……。もう疲れたからいいわよ。騎士を明日の朝に向かわせるわ」


 女王は怒りの表情を見せたが一瞬で、諦めた顔になった。


「明日はキャットランドが休みみたいだから、そこに行こうと思っているんにゃ。たぶん、そこまで大きな騒ぎにならないと思うにゃ」

「たしかに……。街を歩かなければだけど……」


 わしがキャットランドに行くと言った瞬間、シュパパパッと手が上がり、女王の声を遮る。


「わたしも行きたい!」

「「にゃ~ん!」」


 さっちゃんと兄弟達だ。さっちゃんはわかるとして、何故か兄弟達も手を上げていたので問いただしたら、滑り台が楽しかったそうだ。

 わしも女王も疲れていたので、ため息まじりに許可を出す。そして、夕食が終わればおいとます……


 ガシッ!


 無言の女王に尻尾を掴まれた。なんでも疲れたから、シラタマ成分を補給したいそうだ。意味がわからないから逃げようとしたが、ふくよかな物に挟まれて逃げらず、今日はさっちゃんと女王にロックされて眠るのであった。

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