101 厄日、終了にゃ~


「話しは終わった。さあ、始めよう」

「にゃをにゃ~!」


 いや、わかっておる。魂年齢百二歳のわしじゃ。ベッドに入って裸の女に抱きつかれておるんじゃから、やる事はひとつしかない。


「セックス」


 言わないでいい! 猫のわしに言い寄るなんて、この国の女はどうかしてると思う。ここは穏便に済ませないと、また怒られてしまうわい。


「それは無理にゃ。わしには心に決めた人が居るにゃ」


 いちおう候補でリータがいるから嘘ではない。


「子種だけでいい」


 これではダメか……。では、違うアプローチじゃ。


「お互いが愛し合っていないと嫌にゃ」


 うぅ。言ってて恥ずかしい。ぶっちゃけ男は狼じゃから、こんな美人に迫られたら喜んでしてしまう。しかし、わしは男で猫じゃ。理性が勝る……はず?


「愛し合う?」

「そうにゃ。イサベレはわしの事が好きかにゃ?」

「私より強い男だから好き」

「わしはイサベレの事を好きじゃないにゃ。イサベレは、わしのおっかさんを殺した張本人にゃ。好きになれるわけがないにゃ」

「そんな……やっと理想の人に出会えたのに……」

「猫だにゃ~」

「うわ~~~ん!!」


 嘘じゃろ? 会話をしてても表情がぜんぜん変わらなかった人間が大泣き? 泣きたいのはこっちじゃ!


「な、泣くにゃ~。友達! 友達から始めるにゃ。にゃ?」

「グズッ……。ト・モ・ダ・チ?」


 いまにも人差し指を出しそうな言い方じゃな……


「そうにゃ。友達から始めて恋に落ちるにゃんて、よくある事にゃ」

「たしかに……恋愛指南書にも書かれていた。でも、押し倒せば、ほとんどの男は落ちるとも……私はどちらを信じればいい?」

「ほとんどにゃ。100%じゃないにゃ! 普通は友達から始めるにゃ~」

「じゃあ、友達から始める。始めよう」

「にゃんでわしの上に乗るにゃ~!」

「セフレじゃないの?」

「違うにゃ~~~!!」


 こうして、押しまくるイサベレへの説得は朝まで続いた。


「今日からわしとイサベレは友達にゃ。休みの日には、わしの家に遊びに来るといいにゃ。わしも遊びに来るにゃ。にゃ?」

「わかった。楽しみにしている」

「それじゃあ、わしは帰るにゃ。さいにゃら~」


 なんとかイサベレを説得したわしは、急いでリータの待つ家に走る。


 リータが起きる時間には、ギリギリか……起きていませんように!


 わしは神に祈る。もちろんアマテラスではない。いや、もうアマテラスでもいいから、リータを寝かせていてくださいと祈る。


「朝帰りですか……」


 わしの祈りは届かなかった。


「どこに行っていたんですか!」

「もう怒らないでくれにゃ~~~」


 わしは怒られまくる厄日を終え、今日も怒られる朝から始まるのであった。






「シラタマ殿~」


 寝室で寝ていたわしは、メイバイの声を聞いて目を覚ます。


 ん? もう昼か……。昨日は散々じゃった。あんなに怒られたのはいつ以来じゃろう。女房や娘に怒られまくっていた元の世界が懐かしいわい。

 朝帰りしたら、起きていたリータに怒られて、許してもらうのに人型で一緒に昼まで寝るハメになってしまったんじゃったな。メイバイには起こしてくれるように頼んでいたけど、ちゃんと起こしてくれたみたいじゃ……と、隣で寝てる!!

 こ、これは、リータにどやされてしまう! そっと抜け出さなくては……うっ。どかそうとしても二人の拘束が解けん。


「ん……シラタマさん。おはようございます」


 しまった! もぞもぞしてたら、リータを起こしてしまった。


「お、おはようにゃ~」

「今日もかわいいですね」

「ありがとにゃ。リータもかわいいにゃ。すっごくすっごくかわいいにゃ」

「やはり昨日の朝帰り……何か後ろめたいことでもあるんですか?」

「ないにゃ~。もう怒らにゃいで~」


 現在、後ろが目痛しなんじゃが……


「フニャ~」

「なっ……メイバイさん!? シラタマさんの布団で何をしているんですか!!」

「愛を確かめ合っていたニャー」


 いや、ずっと寝てたじゃろう……これ! 尻尾を絡ませるな。リータに見られたらどうするんじゃ!


「シラタマさん……」

「そんにゃ事してないにゃ! 起きたらメイバイが隣に居たにゃ!!」

「ですよね。メイバイさん! すぐに出て行ってください!」

「シラタマ殿を独り占めはズルいニャー!」

「「ぐぬぬぬぬ」」


 わしは怒られずに済んだみたいじゃが、キャットファイトが始まってしまった。ん? わしも猫じゃから参加したほうがいいのかな? しょうもない事を考えてないで起きよっと。


「二人とも、喧嘩はやめて、ごはんにするにゃ~」

「「私が作ります(ニャ)」」

「いいにゃ。わしが用意するにゃ」


 わしは人型から小さい猫型に戻ると、二人からするりと逃げ出し、食事の準備をする。次元倉庫に入っている出来合いの料理を出せば、あっと言う間に準備が終わり、着替えをしていた二人を呼び、居間で食卓を囲む。


「シラタマ殿は猫の姿にもなれるんニャ。どっちが本当の姿ニャ?」

「猫の姿にゃ。人型は変身魔法を使っているにゃ」

「それじゃあ、ご先祖様もかニャ?」

「たぶんそうじゃないかにゃ? それよりもメイバイはメイド服のままだけど、それでいいのかにゃ?」

「はいニャ。かわいいニャー」


 気に入っておるのか……。元のお家ではボロを着ていたと言うし、初めての綺麗な服じゃから、しょうがないのかもしれんな。


「それだと街を歩くには目立つにゃ。リータの盾も新調しにゃいといけないし、今日はみんにゃで買い物に行くにゃ」

「私の盾ですか? それでしたら昨日、夜なべして土魔法で作ったので、シラタマさんの魔法で強化してください。持って来ますね」


 だからリータも、帰って来たら眠そうにしておったのか。わしの朝帰りのせいではなかったんじゃな。きっとそうに違いない。


「これにお願いします」

「ぶほぅっ! ゲホゲホ」

「汚いニャー!」


 わしは飲んでいたお茶を盛大に吹き出してむせた。何故むせたかと言うと、リータの持って来た盾には、わしそっくりな彫刻が施されていたからだ。


「シラタマ殿、そっくりニャー。私にも作ってくれニャー!」


 作らんでいい!!


 リータの作った盾は、相談の結果、表札の代わりとなって、家の門に取り付ける事となった。拒否して壊したかったが、そう言うと二人に悲しい顔をされたので、壊す事が出来なかった。



 朝食を終えたわしは、リータとメイバイを引き連れて家を出る。大きな道に入ると久し振りに集まる多くの視線と、聞こえる猫コール。


「見られているニャ。恥ずかしいニャー」


 はて? ここ最近はわしが歩いても、こんなに騒がれる事が無かったのにどういう事じゃ? みんなまた、猫、猫言っておる。じゃが視線の行方は……メイバイか?


「みんなシラタマ殿を見て、猫、猫言っているニャ。恥ずかしくないニャ?」

「恥ずかしいにゃ。でも、これはメイバイのせいにゃ」

「どうしてニャ?」

「猫だにゃ~」

「シラタマ殿より猫じゃないニャー!」

「じゃあ、先を歩いてみるにゃ」


 わしとリータはメイバイを歩かせ、様子を見る。


「シラタマさんと出会った頃を思い出しますね」

「もっとひどかったにゃ」

「そうですね。シラタマさんは女性に人気がありましたけど、メイバイさんは男性に人気がありそうですね」


 たしかに。女性は猫耳がかわいいとキャッキャと騒ぐが、男はメイバイのかわいい容姿に鼻の下を伸ばしている。これならメイバイを使って、メイドカフェを作れば儲かるかもしれない。

 あ、男達に囲まれた! 困っておるようじゃし、助けるか。


「わしの連れにちょっかいかけるにゃ。散れにゃ! しっしっ」

「助かったニャー。でも、モテモテニャー」

「誰かいい人が見つかるといいにゃ~」

「シラタマ殿以外、考えられないニャ! あのテクニック……忘れられないニャー」


 うっとりして何を言っておる。奴隷紋を解除しただけなのに……リータの顔がまた不機嫌になっておるじゃろう。


「変なこと言うにゃ! さっさとギルドに行くにゃ!!」

「こんな人、置いて行きましょう」

「待ってニャー」


 わしは足早にハンターギルドに向かい、扉を潜ると、またしても猫コール。当然、無視して受け付けにいるティーサに声を掛ける。


「こんにゃちは」

「猫耳!?」

「初めて会った時の反応にゃ~」

「この猫耳の女の子、どうしたのですか? 拾ったのですか??」


 混乱しておるのか? こんな大きな女の子は段ボールには入らないじゃろう。むしろわしのほうが似合う……


「親戚のメイバイにゃ。しばらく預かる事になったにゃ」

「いえ、あいじ……むぐっ」


 わしは慌ててメイバイに飛び付き、口を塞ぐ。


「親戚? だから耳と尻尾が付いているのですね」

「そうにゃ。それより、女王からギルドに話が行っていると思うんにゃけど……」

「あ、はい。ギルマスから聞いています。猫ちゃんに、これから女王様からの指定依頼が入るのですね。すごいです! これならすぐにでも、王都一のハンターになれますね」

「興味ないにゃ。ギルマスから聞いてるにゃら、魔道具?こっちに届いているかにゃ?」

「はい。こちらです。これは猫ちゃんに似合いますね」


 ティーサは、カウンターの下から包みを取り出し、中身を見せる。


 やられた……昨日、渡さなかったのはこのためか。首輪じゃ! ああ。似合うともよ! 猫に首輪は当然似合う。女王め……わしが嫌がると思って、あの場で渡さなかったんじゃな。


「通信魔道具の簡易版ですので、音しか鳴りません。音が鳴ったらギルドの受付に出来るだけ早く来てください。その時に内容を知らせます。他の支部でも受付は行っているので、そちらでもかまいません」

「これは持ってるだけでいいにゃ?」

「いえ。装着者の魔力に反応するので、出来るだけ装着していてください」


 首輪をか……ペンダントでも嫌なのに、つけないといけないのか。とりあえず、腕に嵌めてみよう。


「これでいいにゃ?」

「う~ん。ぶかぶかですね。それじゃあダメなんで……首に合うんじゃないですか? ちょっと貸してください………ほら!」

「シラタマさん。似合っていてかわいいです!」

「本当ニャー。かわいいニャー!」

「ですよね~」

「………」


 不本意!! これで正真正銘、女王のペットじゃわい。みんな、わしの心の声が聞こえないのか? かわいい、かわいい撫でやがって!


「はぁ……わしが手を離せない時は、この二人に代理で聞きに行ってもらってもいいかにゃ?」

「リータちゃんはいいのですけど、ハンターではない、親戚の方はちょっと……」

「わかったにゃ。リータを行かせるにゃ」

「シラタマ殿。なんで私はダメニャ?」

「ハンターじゃないからにゃ」

「ハンターとは、どういったものニャ?」

「動物や植物を採取する仕事にゃ」

「おお! それなら我が国……モゴッ!」


 わしは再びメイバイに飛び付き、口を塞ぐ。そして、ティーサに聞こえないように小声で話す。


(我が国とか言っちゃダメにゃ!)

(そうだったニャ。ごめんニャ)

(それで、言い掛けた事はなんにゃ?)

(私の国でも似たような仕事があったニャ。前も言ったけど、主様は金策に困っていたニャ。でも、奴隷じゃ仕事は出来ないから、主様を助けるために年上の私達が狩りをして、食費の足しにしていたニャ)


 そう言えば、あの山を仲間を連れて越えて来たんじゃよな? それなりに強いのじゃろうな。まぁ強くなくても登録だけしておけば、王都から出入りは出来るし、お使いも出来るな。


(じゃあ、ハンター登録だけしておくかニャ?)

(はいニャ。でも、食事代だって払わないといけないから、シラタマ殿の仕事も手伝わせてもらうニャ)

(う~ん。わかったにゃ)



 ティーサにメイバイのハンター登録を頼んで、手続きをしてもらっている間に、わしとリータは依頼ボードを確認しておく。特にめぼしい依頼は無かったので、メイバイの元に戻ると、登録は終わっていた。


「それでは詳しい説明に入ります」

「それはわしのほうでやっておくにゃ」

「そうですね。三日後に昇級試験があるので、お受けになりますか?」

「いちおう受けさせるにゃ」

「わかりました。登録しておきます」

「あ、そうそう。この王都でお勧めの武器屋か、腕のいい鍛治屋を教えて欲しいにゃ」

「それでしたら……」


 ティーサの説明では、どうやら武器屋と鍛治屋はセットでやっているみたいだ。武器屋の場所を聞いてお礼を言うと、わし達はギルドを出て武器屋に向かう。

 ギルドを出ると、またメイバイが、猫、猫と言われ、恥ずかしそうにわしの後ろに隠れる。


「メイバイの事にゃ。わしに視線をなすり付けるにゃ~」

「そうですよ。シラタマさんに迷惑を掛けないでください!」

「リータは恥ずかしくないニャ?」

「それは……恥ずかしいです」


 うっ。リータもやっぱり恥ずかしかったんじゃ……


「ごめんにゃ……」

「シラタマさんが謝る事じゃないです。私がシラタマさんと一緒に居たかっただけなんですから……あ、あそこじゃないですか!」


 わしは少し落ち込みながらリータの指差す店を見る。その店の看板らしき物には剣がクロスして施されており、一目で「ザ・武器屋」と思わせる外観だった。

 その武器屋に、わしは扉を開けて、いつものように入る。


「邪魔するにゃ~」

「猫!?」


 そして店主らしき男はわしを見て、いつもの反応を返し、わし達は声をそろえるのであった。


「「「ドワーフ(にゃ)!?」」」

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