393 京の娯楽にゃ~


 京に滞在して五日目。今日は朝からキツネ店主にガイドをしてもらい、京の娯楽を楽しむ事にする。


 服装は、和装はやめてみた。一昨日、街に立て札があったので、読んでみたら王様の件を除いたわし達の事が書かれていたので、実験の為に、いつもの服装にしてみた。もちろん武装は解除している。

 わしの普段着は白い着流しなのだが、リータ達に合わせて洋装にしてみた。大蚕おおかいこの糸で作られたスーツ姿にサングラスで歩こうとしたが、鏡を見てサングラスは外した。わしはナメ猫じゃないからな。

 ちなみにコリスは、ピンクのワンピースとリボンだ。リスの姿で歩くには服を着ないといけないので、少しでもゆったりした服装にしてあげた。

 昔作って渡したのだが、コリスは服を着るのは窮屈なのか、ぜんぜん着てくれなかったので、出番が来て若干うれしい。


 キツネ店主はわし達の姿を見て、かなり興奮していた。珍しい服装なので、商売に繋がると考えているようだ。

 街の住人も物珍しいのか、わし達をガン見する人が多い。まぁ立て札に天皇家の客人となっていたので、声を掛けて来る人がいないので無視して歩く。



 そうして目的地の歌舞伎小屋へと入ると、畳席左手の三階にある上桟敷うわさじきへと通される。


 ふ~ん……日本で見た歌舞伎の小屋と作りは一緒じゃな。そりゃそうか。そのまま近代に受け継がれているんじゃから、代わり映えするわけがない。

 たしか、上桟敷ってお高くてなかなか取れないって聞いてたけど、厳昭みねあきは頑張ってくれたのかな? いや、京一番の大店おおだなと言っていたし、年間フリーパスでも持っているのかもしれんな。


 わし達がわいわいと歌舞伎の開演を待っていると幕が上がり、歌舞伎役者が次々と出て来た。その演技を、リータ達は役者に念話を繋いで聞いていたのだが、難しい顔をしている。


「うぅぅ。言葉はわかるのに、言っている意味がわかりません」

「動きは面白いんだけどニャー……シラタマ殿は、わかっているニャ?」


 わしも半分ぐらいしかわからん……かと言って、バラすのもかっこ悪いし、博識っぽく答えておくか。


「歌舞伎は難しいからにゃ~。演目を前もって知っていないと楽しめないにゃ」

「じゃあ、シラタマ殿も面白くないんニャ」

「わたしもあきた~」


 どうやらわしが楽しんでいない事は、メイバイにバレバレだったようだ。さらにコリスがわしをこねくり回すので、キツネ店主に無理を言って、静かに席を立つ。


 次の目的地は、数十メートル歩いた先にある建物、寄席だ。


 寄席に入ると観客の大爆笑が聞こえ、リータ達は何事かとわしを見るので、静かにするように言って、予約してあったであろう二階の下桟敷しもさじきに座る。

 すると、ちょうど演目が終わったらしく、若手らしき男はお辞儀をして下がって行った。


「ここは先ほどとは違い、笑顔の人が多いですね」

「何を笑っていたニャー?」


 皆におやつと飲み物を回していると、リータとメイバイが質問して来た。


「これは落語と言ってにゃ。面白い話をして、観客を笑わせていたんにゃ」

「へ~。東の国では演劇はありましたけど、ここは変わった事をしているのですね」

「一人で、こんなに多くの人を笑わせるなんて出来るんニャ! 凄いニャー!」

「さて、次の人が出て来たし、笑わせてもらおうにゃ。次の話は……『猫皿』かにゃ?」


 マクラを聞いたわしは、知ったか振って言ってみたら、当たっていた。

 「猫皿」とは、茶屋に居た汚い猫が、エサを食べるのに使っていた皿が高級品だった為、商人が猫と共に格安で買い取ろうとする話。

 リータ達は噺家はなしかの動きとコロコロ変わる口調に笑い、最後のサゲでは吹き出して笑っていた。


 そうして噺家が頭を下げて袖に消えて行くと、リータとメイバイは、笑いながらわしを見る。


「面白かったです~」

「騙そうとした人が、逆に騙されるなんて考えられなかったニャー!」

「にゃはは。気に入ってくれたようだにゃ」

「次も猫の話ですか?」

「もう一回聞きたいニャー!」

「猫の話は、そんにゃにないかにゃ?」

「残念です」

「残念ニャー」


 え? そこで笑っていたの?? まさかわしが買われそうになった猫と重なって、笑っていたわけじゃないじゃろうな。わしはいつも身たしなみに気を付けておるぞ?


 わしの心配を他所に、次の演目、江戸からやって来た噺家の「時そば」でも、リータ達は大笑いし、次の「子別れ」では涙を流していたが、最後のサゲの意味が伝わらなかったようだ。


「いい話だったのに、皆さんは、なんで最後は笑っていたのですか?」

「子はかすがいと言ってにゃ、夫婦の間を取り持つには、子供が大事な役割をしているんにゃ」

「言ってる意味がわからないニャー」

「鎹ってのはだにゃ……」


 リータとメイバイ達に説明をしてみるが、わし達の住む地と日ノ本では、家の建て方が違うのでなかなか伝わらない。なので、家を作る時に大事なパーツだと言って、なんとか納得してくれたが、また違う謎が生まれたようだ。

 そうして説明していると祭りばやしのような軽快な音が聞こえて来て、リータ達は舞台に目を向ける。


「「はい、どうも~」」


 袖から出て来た二人の男は漫才師。中央に立つと、ボケまくり、ツッコミまくりの大爆笑。

 リータ達は、最初は人の頭を叩く事に驚いていたが、すぐに話術に引き込まれ、腹を抱えて笑っている。


 お~。久し振りの漫才じゃ……落語も好きなんじゃが、関西に住むわしからしたら、こっちのほうが馴染み深い。しゅっちゅうテレビでやっていたからな。

 感慨深いのう……うっ。ちょっと目に涙が……


 わしが涙を流しながら笑っていると、キツネ店主には、涙が出るほど面白かったと思われたようだ。リータ達も同じように目を擦っていたので、意味は違うが、変な勘繰りはされずに済む事となった。



 それから二組目のハリセンを持つ漫才師が袖に下がると、正午の鐘の音が聞こえて、一時中断となった。リータ達はやや名残惜しそうだったが、わし達は寄席を出て、次の目的地に移動する。


 次はお昼。寄席の近くにあった蕎麦屋に入り、座敷に通してもらう。


「一枚、二枚、三枚、四枚……いま、何時ニャー?」

「へい。二時です」

「三枚、四枚……いま、何時ニャー?」

「へい。二時です」

「三枚、四枚……」

「「「「あははははは」」」」


 蕎麦屋に入った事で、「時そば」を思い出したリータ達はマネて笑っているが、わしは微笑ましく見ているだけだ。


 子供達がテレビで見て、マネをしている姿を思い出すのう。あの時は、いまいち意味がわかっておらんかったけど、それでも笑っておった。リータ達はどうじゃろうな。


 皆に感想を聞きながら待っていると、天ざるそばが並んだので食べ始めようとするが、リータ達は作法がわからないと言うので、キツネ店主に教えてもらう。


「まずはですね。そばだけを箸で持ち上げて、口に……」

「ズルズル~」


 キツネ店主の説明の最中に、わしは薬味を全てつゆにぶち込んで、すすってしまった。懐かしいそばが目の前にあっては、辛抱たまらん。猫まっしぐらだ。


「ちょ、シラタマさん! 何してまんの!?」

「にゃ? あ、ああ。美味しそうだったから、ついにゃ。ズルズル~」

「そばは、まずは香りを楽しむのがつうの食べ方ですがな~」

「わし達は通じゃにゃいから、普通の食べ方を教えてやってにゃ。ズルズル~」

「はぁ……もうええですわ。この緑色のワサビだけは苦手な人もいるから、気を付けておくんなまし」


 わしが食べ続けるのでキツネ店主は諦めてしまい、普通の説明をしていた。何か小声でブツブツ言っていたので、念話で盗み聞きしてみたら、自分も通の食べ方は好きではないと言っていた。

 どうやらわし達を騙して笑おうとしていたわけではなく、親切心で、通の説明をしようとしていたようだ。


 キツネ店主の講習が終わり、リータやメイバイ達も食べ始めると、各々英語で感想を述べる。


「エミリちゃんの作るうどんとは違う味で、美味しいですね~」

「天ぷらも、エミリの作るモノより、サクサクして美味しいかもニャ……」

「ここの料理人は腕がいいみたいだにゃ。おそらく長年、そばと天ぷら一筋に作って来たから美味しいんにゃ。そんにゃ匠とエミリを比べちゃ、かわいそうにゃ~」

「これを一筋ですか……だからこんなに美味しいのですね」

「そっか~……でも、エミリだって、美味しい物をいっぱい作れるニャー」

「にゃはは。そうだにゃ。……熱いそばと、いなり寿司を追加するけど、みんにゃはどうするにゃ?」

「「「「食べる!!」」」」


 キツネ店主以外、全員一致したので、わし達はおかわりまでしてモリモリ食べる。

 コリスに至っては、ざるそばをわんこそばのようにして食べるので、店員を呼んで手持ちの物を食べていいか聞いたら、了承してくれた。仕込んでいたそばが尽きそうだったから、渡りに船と、逆に喜ばれた。

 そうしてわし達がドカ食いしていると、キツネ店主は青い顔をして、わしにギリギリ聞こえる声で呟いた。


「どんだけ食べるねん……」


 その声に、わしはキツネ店主の懐事情の話かと思ったが、リータ達の食べる姿を見て、箸が止まった。


 あれ? リータとメイバイって、あんなに大食いだったっけ? そう言えば、昨日もお昼を食べたあとに、大量に出したサンドイッチまでペロリと食べておったけど……まさか……


「にゃあにゃあ?」

「なんですか?」

「リータとメイバイって、最近食べ過ぎじゃにゃい?」

「え……そう言えば、いくらでも入ってしまうニャー」

「私も、すぐにお腹が減ってしまいます……」

「やっぱりイサベレ病にゃ~!!」


 強くなり過ぎた弊害は、こんなところにも出ていた。イサベレと同じく魔力量が少ない地では、食べ物から魔力を補おうとしているようだ。


「どどど、どうしましょう?」

「このままじゃ、家計を圧迫するニャー!」


 そう言えば、わしもよく何かを食べていたな。単に昔の食生活が酷かったから食い意地が張っていたのかと思っていたが、わしもイサベレ病に掛かっていたのかもしれない。

 でも、そこまでの大食いでは……あ、吸収魔法を常に使っているからかも?


「まぁわし達はお金持ちにゃし、お金の事は心配するにゃ。それでも気になるにゃら、吸収魔法を使えばたぶん大丈夫にゃ」


 ひとまずリータ達は安心してくれたでので、今度イサベレにも吸収魔法を教えて、空腹を満たしてもらう事になった。


 コリスは……美味しい物をいっぱい食べたいから、吸収魔法は使いたくないんですか。そうですか。


 食事が済めば、会計はキツネ店主に丸投げ。接待費用から出してもらう。


 え? 足りない? わし達が食べ過ぎ? 高級店だったの!? それはすみません!!


 食べた物は仕方がない。わしのポケットマネーから出してやった。

 次の娯楽はどうするかと聞いたら、もうチケットは購入済みとのこと。なのでわし達はわいわいお喋りしながら、京を闊歩かっぽするのであった。



  *   *   *   *   *   *   *   *   *



「なんだあの集団は?」


 シラタマ達とすれ違った馬車に乗る、立派な着物を着ている太ったタヌキは、目の前に座る髭を伸ばしたタヌキに尋ねる。


「あの容姿は……異国の者ですね」

「異国だと?」

「数日前から、天皇家が招き入れたと聞きました。奉行が失脚したのも、異国の者のせいらしいです」

「奉行はいい奴だったのに……。と言う事は、奴等のせいで上納金が減ったのか。……よし! 奴等を城に呼び出せ」

「しかし天皇家が身柄を預かっているので、まずはそちらにお声掛けするのが筋かと……」

「城に入れさえすれば、あとは何とでもなる。私はこの京の城主だ。会いたいとでも言っておけば、会わざるを得ないだろう。誰かを追わせて連れて来い」

「はっ!」



 髭タヌキは馬車を止めると外に出て、タヌキ侍にシラタマ達を追わせる指示を出す。


「さて、徳川家に楯突く者かどうか、しっかりと確かめぬとな」


 タヌキ城主はニヤリと笑い、馬車に揺られて帰って行くのであった。

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