392 しばし休息にゃ~


 京に滞在して四日目。今日は何をしようか悩んだ結果、池田屋でダラダラする事に決まった。


 コリスもそうだが、リータ達も慣れない和装で出歩くのは、少し疲れたみたいだ。なので、先日借りた本に目を通そうと思う。

 昨日もわしが留守の間に貸し本屋が大量に本を置いて行ったので、一日で読み終えるのは難しい。ひとまず仕分けをしつつ、面白そうな本を探していたら、リータ達も興味を持ったようだ。


「字が違いますけど、シラタマさんは読めるのですか?」

「にゃんとかにゃ。わしの世界とほぼ一緒にゃから読めそうにゃ」

「線がいっぱいあって、まったく読めないニャー」

「にゃはは。漢字は外国人には難しいからにゃ~」


 わしが笑って答えていると、読もうと思っていた一冊の本を、リータが手に取る。


「こっちの本は、猫の絵が書いてありますけど、なんて書いてあるのですか?」

「『吾輩はネコである』にゃ」

「シラタマ殿の話ニャ!?」

「わしじゃないにゃ~」

「ちょっと読んでニャー」

「しょうがないにゃ~」


 わしはメイバイのお願いに応えて、夏目漱岩作「吾輩はネコである」を、原文そのままに聞こえるように念話で朗読する。


「吾輩はネコである。彼氏はまだない」


 ん?


「生まれて三十年、ひとりもだ。いつか吾輩も男色を暴露して、あの安五郎の太くいきり立ったモノを、こう……」


 パタン……ポイッ!


 わしが本を閉じて投げ捨てると、リータ、メイバイ、イサベレが様々な反応を示す。


「あわわわわ」


 リータは顔を赤くし……


「なんで読むのをやめるニャー?」


 メイバイはいまいちよくわかっていない。


「ん。いまから面白いところだった。フンスコ」


 イサベレに至っては、目が輝いて鼻息が荒い。


 わしはと言うと……


 こんな本、読めるか~~~!!

 夏目先生の本が読めると思ったのに、まさかのBL官能小説! ネコってそっちの事じゃったんかい!! こんな本、喜ぶのなんてフレヤぐらい……イサベレも何故か興味を持っておるな。新しい世界に足を踏み入れる前に、違う本を読もう。


 健全な人間の読む本ではないと軽く説明したわしは、絵の多い本を手に取って開く。


「こっちは絵が多いからわかりやすいにゃろ? コリスもおいでにゃ~?」


 コリスがリータ達と並ぶと、わしは念話で読み始める。


「昔々あるところに……」


 わしの読んでいる本は、桃太郎の絵本だ。ただし、コマ割りが多い事から見て、漫画なのかもしれない。

 内容も全然違う。桃太郎という主人公が、鬼の総大将にさらわれた姫を助け出す話になっている。

 お供にはタヌキの盾役タンカーとキツネの回復役ヒーラーを連れて鬼達と戦うのだが、巨大な最後の総大将ラスボスとの戦いで大ピンチにおちいる。

 そこで取り出しましたるは、科学者の用意してくれた吉備団子。

 吉備団子を食べた桃太郎は、超桃太郎スーパーモモタロウに巨大化して、桃光線モモビームなる必殺技で辛くも勝利し、姫を取り返したのであった。


 わしが「めでたしめでたし」と本を閉じると、リータ、メイバイ、イサベレ、コリスは目を輝かせながら感想を述べる。


「お姫様……よかったです~」

「絵も凄かったニャー!」

「ん。ハッピーエンド」

「おもしろかった~」


 おおむねね好評のようじゃが……桃太郎の要素か薄い!! 桃太郎、吉備団子、鬼しか要素が無かったぞ。それにずっと刀で戦っていたのに、最後の桃光線ってなんじゃ! 侍が刀を投げ捨てるな!!


 ツッコミ所が多い桃太郎を読み終えたわしは、このあと数冊の漫画をツッコミながら読んであげて、わしも読みたい本があるからと言って読書に戻る。皆は一度読んだ漫画なら絵が多いので、何度も楽しめているようだ。



 さてと……古事記から行くか。うん。読めない。簡単なヤツを用意しろと言ったのに、まさか原文のほうを持って来るなんて思っていなかったな。たしか他にもあったはずじゃが……あったあった。

 ……だいたい一緒かな? 神様の名前は完全一致じゃけど、人の名前が若干違う。序文で古事記を書いた人は、わしの記憶では安万侶やすまろだったはずじゃけど、安五郎ってなっておる。ネコの話の安五郎じゃないよな?


 スタートはわかったから、次は歴史の流れが知りたい。どこかに年表みたいな物が無いかな?


 わしは何冊も本を開き、軽く目を通していたらお昼が運ばれて来たので、本を読みながらモグモグする。

 食べるのが遅くて、コリスにほとんど食べられてしまったが気にしない。次元倉庫からサンドウィッチを出して、モグモグすればいいだけだ。

 でも、皆も久し振りにパンが食べたいらしく、ガン見されていた事に気付かなかったら、激しく揺すられた。

 なので、多く出して、キツネ少女にも分けてあげた。キツネ少女は恐る恐る一口食べて、美味しさに驚いていたと、あとから聞いた。


 その間も、わしはモグモグ読書だ。


 ふ~ん。年表もいくさも、ほぼ一緒みたいじゃな。武将の名前が半分以上違うけど、土地が同じなら、同じ歴史を辿るのか。

 しかし、戦国時代は大戦と言ってもいいほどの戦があったのに、何故、スサノオの浄化装置が作動していないんじゃろ? 負の感情が足りなかったとかか?

 関ヶ原なんて、東軍、西軍の大戦じゃったのに……すぐ終わったからか? 他の戦も期間が短い気がするし……まぁなんにしても、浄化装置が発動してなくてよかったわい。

 そう言えば、この世界も関ヶ原は1600年の10月21日なのに、祭りはなんで8月なんじゃろう? 資料が見つからなかったら、玉藻に聞いてみよっと。


 さてと、明治維新は……お! あったみたいじゃな。ただ、内容が大きく違う。

 徳川家や武士の堅苦しい暮らしに、嫌気が差した下級武士と民衆が立ち上がり、天皇家が事を収めた事になっておる。

 最初は暴動で血が流れたようじゃけど、それ以降は天皇家が間に入って話し合いで解決したのか。ただ、東では、いまでも徳川家が幅を利かせているみたいじゃな。

 解決と言うよりは、線を引いて暮らしを分けたみたいじゃ。移住は自由らしいけど、これで大丈夫なんじゃろうか?


 明治維新以降は、白黒写真が残っておるな……この尻尾の多い女は玉藻か? めっちゃ美人で妖艶じゃ。てか、エロい。

 ロリ巨乳より、アダルトバージョンのほうが断然いいけど、玉藻の写真、多くない? 天皇陛下がちょっとしか写ってない。なんか砂浜で、水着姿で寝転んでいる玉藻もいるし……お前は裏方じゃねぇのかよ!


 おおかた知りたい情報は知れたか。次は……演芸系の本もあったはず。これこれ。

 ふ~ん……相撲に歌舞伎、落語に漫才? 堺から芸人がやって来てるっぽい。

 あとは、爆音ってなんじゃろう? 歌舞伎役者みたいな奴が三味線片手に歌っているっぽいけど……太鼓もあるし、ビジュアル系バンドかもな。

 なかなか娯楽も発達しているようじゃ。



 それからも、わし達はゴロゴロしながら本を読んでいると、キツネ少女が客を連れて来たと言うので、動くのは面倒だったから部屋に呼んでもらった。


「お邪魔しまんにゃわ~」


 来客者はキツネ店主。ボケに乗ってあげようかと思ったけど、やっぱりやめた。


「にゃんか用かにゃ?」

「今日はノリが悪いでんな~」

「たまには変化がにゃいと面白くないにゃろ」

「まぁ今日はそれでよろしいですわ。用件とは、厳昭みねあきさんに京の街を案内するように言われましてね」

「接待とは、裏がありそうだにゃ……」

「そりゃ大ありですわ! シラタマさんに、他所の商人が近付いて来られては困りますからね~」

「にゃはは。はっきり言ってくれるにゃ~」

「コンコンコン。下手な事を言って、信用を失うほうが怖いですからね~」


 どうやらキツネ店主は、厳昭の商売に一枚噛む事になったようだ。厳昭の店では、いまある商品を置くだけで手いっぱいなので、新店を作って、事情を知っているキツネ店主が番頭となるらしい。

 質屋のほうはどうするのかと聞くと、そちらは弟子が引き継ぐとのこと。目利きはきっちり仕込んでいるから問題はないようだ。


 キツネ店主の立場はわかったので、ついでに仕事を頼む。小豆やニガリ、猫の国に無い食材の種や製法なんかを、手に入らないか相談してみた。

 だが、わしの欲する物は、キツネ店主の領分を大きく超えていたらしく、厳昭に聞いてみないとわからないとのこと。なので商売の話を絡めて、メリットを懇々こんこんと述べ、味方に付ける。

 食品の輸出はさすがに難しいから考える余地はあるので、いい返事をもらえた。


 輸出関係の話がまとまる頃には、キツネ店主は気付いた事があるようだ。


「と言う事は、天皇家の確約が取れたんでっしゃろか?」

「ああ。玉藻も乗り気だから、三ツ鳥居を使える事になったにゃ」

「お、おお! さすがシラタマさんです~」

「まだ三ツ鳥居の製造があるし、我が国まで届くかどうかがわからないんだよにゃ~」

「そうでっか……でも、何がなんでもやるんでっしゃろ?」

「もちろんにゃ。いざとなれば、中間地点の候補もあるからにゃ」


 こうして仕事関係の話が終わると、接待の話が出たので、わしも乗っかる。


「この演芸本に載っている娯楽を見てみたいんにゃけど、手配できるかにゃ?」

「もちろんです~。でも、相撲はすでに券が売り切れになっているので、手に入れられないかもしれまへん」

「あ~……にゃらいいにゃ」

「あ! そう言えば、千秋楽は天覧試合となっていたので、玉藻様に聞けば連れて行ってくれるかもしれまへん」

「そうにゃんだ。じゃあ、聞いてみるにゃ~」


 娯楽関係も時間を決まれば、キツネ店主は何かを思い出し、手をポンッと叩いた。


「そうでしたわ。宿はここでよろしいのですか? 厳昭さんに言えば、もっといい旅館に泊まれまっせ~」

「う~ん……そこは高いにゃ?」

「そらもう。大名御用達なので、金子きんすは掛かります。ですが、うまい料理に広い部屋、備え付けの浴室もありますので、満足してもらえると思います」

「……ちなみににゃけど、そこを運営しているのって……」

「えっと、その……」

「厳昭にゃんだ……。先払いしてる料金もあるし、それが無くなってから考えるにゃ」


 キツネ店主の策略は軽くいなしたが、わしは明確に断ってはいないので、それでいいようだ。そうして商談の話も接待の話も上手く行ったキツネ店主は「コンコン」と鼻歌まじりに帰って行った。



 キツネ店主が帰ってからしばらくして夕食をとり、寝床で横になると漫画を読み聞かせながら、眠りに就くわしであった。


 だから「吾輩はネコである」は忘れてくれ! 読みたくないんじゃ!!


 しつこいイサベレの要求を受け流しながら……

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