073 依頼完了にゃ~


「【風玉】×5にゃ~!」


 二十匹以上の猿を引き連れた、黒く大きなボス猿と遭遇したわしとリータは、臨戦態勢を取る。そして、戦いの狼煙として放ったわしの風魔法で、五匹の猿は地に落ち倒れ伏す。


「ギャー! ギャー!」


 突如、ボス猿が叫ぶと猿達は、前後左右に別れるグループと、木に登って距離を詰めるグループに別れる。その準備が整うとボス猿の合図で、わしとリータに飛び掛かって来る。


 ザコの残りは十八匹。魔法で一気に始末したいところじゃが、リータの練習もあるし、チビチビ倒すか。



 わしは上から降って来る猿には【風玉】をぶつけ、前と左右から襲って来る猿には変型トンファーで薙ぎ払う。

 リータに複数の猿が迫ると【突風】で吹き飛ばし、一対一で戦わせる。そして十分が経過する頃には、ボス猿以外の猿は息絶えた。


「残り一匹にゃ。リータがやるかにゃ?」

「む、無理です。黒いし大きいです!」

「じゃあ、一緒にやるにゃ。わしが動きを止めるから、リータは隙を見て攻撃するにゃ」

「はい!」


 話が終わると、ボス猿に向けてわしを先頭にリータと駆ける。ボス猿もわし達に向かって走り、近付くと大きな手で左から薙ぎ払う。わしは変型トンファーでその手を受け止め、リータに合図を送る。


「いまにゃ!」

「えい!」


 ボス猿の腹にリータのパンチが減り込み、ボス猿はパンチの勢いに押される。だが、わしが押さえている反対の手をリータに振るう。


「きゃ~!」


 わしはすぐさま間に割り込んで、ボス猿の手を、くるくる回した変型トンファーで、かち上げる。


「下がるにゃ!」

「はい」


 わしとリータは下がるが、ボス猿が追撃を掛ける。ボス猿は上から腕を落とし、横から薙ぎ払い、そして掴みかかる。わしは全て打撃を変型トンファーを盾にして受け止め、掴みかかる時には、回転させた変型トンファーで弾く。

 さらにチャンスがあれば、リータに合図を送り、パンチを撃ち込ませる。


 そろそろいいかな? リータもいい練習になったじゃろう。


「リータ。わしが倒すから、頭にトドメを喰らわすにゃ!」

「はい!」


 わしは変型トンファーをくるくる回し、飛んで来るボス猿の両手を粉砕。後ろに回り込むと膝カックンの要領で両足をくじく。

 ボス猿は悲鳴をあげて前のめりに倒れ、待ち構えていたリータの拳で頭を砕かれ、沈黙する事となった。



「やった! やりました!」

「よくやったにゃ」


 ボス猿が動かなくなると、リータは嬉しそうにわしを抱き上げてギュッとする。わしはそんなリータの頭を撫でる。


 喜ぶのはいいんじゃが、これではハグじゃない。抱っこじゃ。まぁ嬉しそうじゃし、しばらく好きさせるか……


 十分後……


「もう降ろすにゃ~!」

「はっ! いつもよりおとなしいから、つい……」


 え? わしが悪いの??


 納得いかないわしだったが、リータに休憩するように言って、黙々と猿達を次元倉庫に入れていく。



 全ての猿を入れ終えると、車に乗って村に向かって走らせる。そうして村に着くと村長が村の入口に、二人の見張りと一緒に立っていた。

 わしとリータは報告をする為に車から降りると、見張りの男が騒ぎ出し、村長が止める姿があった。


「猫!!」

「これ! 騒ぐな! ……やはり諦めて帰って来たのですか?」


 森に入って二時間くらいかな? まだ昼になったばかりじゃし、そう思っても仕方ないか。


「いんにゃ。全部、倒して来たにゃ」

「え? こんな短時間で?」

「嘘だ!」

「村長! この猫、金欲しさに嘘を吐いているぞ」


 まぁこんな怪しい猫又じゃ疑うわな。でも、証拠を見せればいいだけじゃ。


「ちょっと離れるにゃ」


 わしは上空に次元倉庫を開き、猿達を地面に落としていく。総数五十四匹。最後に黒いボス猿を落として証拠とする。


「これで全部にゃ」

「収納魔法……こんなに……」

「嘘じゃないぞ……」

「黒い猿もいる……」


 猿の山を見た見張りの男は顔を青くして息を呑み、その後、土下座をして叫ぶ。


「「殺さないでくださ~い!!」」

「にゃんでそうなるにゃ~!」


 まったく失礼な奴らじゃ。わしが一言でもそんな事を言ったか? なかなか頭を上げないけど、もう無視じゃ!

 しかし、こんなに多くの猿の解体は面倒くさいのう。次元倉庫なら痛まないし、内臓の処理は必要無いんじゃけど……丸々持って帰って、おっちゃんに聞いてからにするかな。いや、やっぱりここは……


「村長。この村の食料事情はどうなっているにゃ?」

「恥ずかしながら不作が続き、厳しい状況です。その上、猿の群れにも畑を荒らされて、この冬は死者を覚悟しないといけないでしょう」


 思った通り、困窮こんきゅうしておったか。タダで猿を引き渡してもいいんじゃが、わしにも生活がある。それに施しをし過ぎても、この村の為にはならんしのう。


「仕事を頼みたいにゃ」

「仕事ですか?」

「黒い猿以外を解体してくれたら、肉を好きなだけ報酬として支払うにゃ」

「いいのですか?」

「肉は不味いみたいだし、買取価格も安かったからいいにゃ。それでもよかったらだけどにゃ」

「いえ、助かります! さっそく取り掛からせてもらいます」

「それじゃあ、よろしくにゃ~」



 わしは黒いボス猿だけ傷まないように次元倉庫に入れて、リータと共に車に戻る。しばらくすると、村の入口に村人達が集まり、解体作業が始まる。

 作業が続く中、わしとリータはソファーに座り、お茶を片手にまったりと会話をする。


「お肉を譲ってよかったのですか?」

「あ! リータの許可を取るの忘れてたにゃ~」

「私の許可なんて……猫さんの決めた事に文句は言いません」

「でもにゃ……」

「わかりました。許可します。これでいいですか?」

「……ありがとにゃ」


 なんだか無理やり許可させてしまったかも? 事後報告じゃ仕方ないか……


「それより、猫さんが使っていた武器は、私にも使えますか?」

「にゃ? アレは器用じゃにゃいと使えないから無理かにゃ?」

「そうですか……」

「どうしたにゃ?」

「猫さんが私を守ってくれたのが嬉しかったのです。私も猫さんを守れたらいいなと思いまして……」


 わしを守る……か。そんな事を出来たのはおっかさんだけじゃ。今ではおっかさんを超えて、キョリスより強い。でも、リータの気持ちは嬉しい。


 わしはおっかさんを思い出し、自然とリータに抱きついてしまった。


「猫さん?」


 リータの声に、慌てて離れる。


「にゃんでもないにゃ」

「あ~~~。離れなくてもいいのに~」

「にゃんの事にゃ? それより、盾だけにゃら使えるかもしれないにゃ」

「本当ですか?」

「リータしだいだけどにゃ」

「頑張ります!」


 やってしまった……女の子に自分から抱き着くなんてセクハラじゃ! いや、この世界の年齢は二歳じゃから問題無い。しかし、魂年齢百二歳のわしの心がダメだと言っておる……散々、抱きしめられているからいまさらか。



 わしが自分のやらかした事に悶えていると、車の中にコンコンとノックの音が響き、ドアを開けると村長が声を掛けて来た。


「解体が終わりました。昼食もご用意しましたので、一緒にいかがですか?」

「みんにゃが怖がるからいいにゃ」

「いえ。この村を救って頂いたのに、何もしないわけにはいきません。席もご用意しましたので、こちらにお越しください」


 村長の感謝を無下にするわけにもいかず、車を降りて村の広場に案内される。村人には騒ぐ者もいるが、村長が一喝して黙らせ、わしとリータは広場の一番いい席だと思われる、布の敷いた席に座らされた。


「こちらは、我が村を救って頂いたハンターの……」


 村長……ハンター証を見せたのに、名前忘れておるな。


「シラタマにゃ」

「リータです」

「ハンターのシラタマ様とリータ様だ。今日は二人のご厚意で、食事を用意出来た。二人に感謝し、腹いっぱい食べよう」


 村長のわし達をたたええる挨拶で宴が始まると、わしとリータは恥ずかしくなり、身を縮めて肉をかじる。

 村人は久し振りにお腹いっぱい食べる食事に嬉しそうに、中には涙を流しながら肉を頬張る。村人は感謝をしているように見えるが、わし達に近付く者は村長以外はいない。


 わしが怖いのかな? こんなに愛らしい猫なのに……まぁ触り倒されるよりマシか。それにしても、猿肉はやっぱり美味しくない。これなら持ってる肉を調理して食べればよかったか……



「シラタマ様。こちらが解体した毛皮です。肉は好きなだけと言われましたので、処理仕切れる量を戴きました。ですので、残りはお持ち帰りください。それと依頼完了書です。どうぞお納めください」

「ありがとにゃ。でも、様はやめてくれにゃ~」

「いえ。この村の救世主にそのような事は出来ません」

「わしは仕事をしただけにゃ~」

「それでも、私共は感謝しか出来ません」


 救世主って大袈裟な……リータもあわあわしておるし、なんとかならんかのう。



 わしが救世主と言われ、慌てているリータを宥めていると、後ろから質問が投げ掛けられた。


「ねこさんはねこさんなの?」


 ん? 小さい女の子か……リータと初めて会った時にも、同じ質問をされたな。ぬいぐるみに見えるのかな? まさかタヌキではないじゃろう……まぁわしの答えはひとつじゃ。


「これ! シラタマ様になんて口を聞くんだ!」

「うぅぅ……」

「気にするにゃ。わしは猫だにゃ~。いっぱい食べてるかにゃ?」


 わしは女の子の頭を優しく撫で、語り掛ける。


「うん! ねこさん、ありがとう。チュッ」

「あ~~~!」


 わしに抱きつき、頬にキスする女の子を見て、リータが声をあげる。


「どうしたにゃ? 子供のやる事にゃ」

「だって……私だってゴニョゴニョ」

「なんにゃ?」

「なんでもないです!」


 リータは何故か怒っていたが、女の子の行動を見た村人達は次々とわし達に礼を言い、照れくさくなったわし達は、宴を早々に切り上げる。村長には泊まって行くように言われたが丁重に断り、帰路に就く。



 王都に向けて車を走らせると、リータは疲れていたのか運転席で眠りに就いたので、わしは土魔法を操作しながら、リータを抱えてベッドに運ぶ。リータが寝ていたおかげでスピードアップし、一時間ほどで王都に着いた。

 リータを起こすのもなんだし、車のまま王都に入れないかと、奇っ怪な目をする人々の列にしれっと並んでみたが、門兵に怒られた。どうやら得体の知れない物体はダメみたいだ。二本足で歩く猫はいいのに……


 渋々リータを抱え、車から降りると猫、猫と騒ぎが起きて、リータが目覚めてしまった。


「あれ? ここは……猫さん?」

「王都にゃ。騒ぎが起こっているから走るにゃ~」

「えっと~。どうぞ」


 リータは抱き抱えているわしにしがみつく。


「いや、そうじゃにゃくて……」

「どうぞ」

「降りて……」

「どうぞ」


 このまま行けと? リータってこんな子じゃったか? しかし、周りが騒がしいし、悩んでいる暇はない。


 わしは走る。リータの謎のおねだりに負けて、抱き抱えたままハンターギルドまで走る。


「お姫様。ギルドに到着しましたにゃ」

「あ、私は何を……すみません!」


 わしの皮肉にリータは頬を赤らめ、慌てて降りて謝る。わしはリータの謝罪に何も言わずに歩き出し、リータもわしを追い、ギルドに入る。怒ってないから撫でないで欲しい。

 ギルドに入ると込み合う前だったので、ティーサの居るカウンターに依頼完了書を提出する。


「え? この依頼は朝に受けた依頼ですよね。もう終わったのですか?」

「そうにゃ」

「この村は王都から馬車で二日かかりますけど……」

「行って帰って来たにゃ」

「え? え? 依頼完了書は……偽物じゃないですよね?」

「本物にゃ~」

「ちょっと混乱しています。え~……そうだ! 倒した獲物を見せてください」

「黒い猿は3メートルぐらいあるけど、ここで出すのかにゃ?」

「え? え? え? どこに持っているのですか?」

「収納魔法にゃ」

「あ……そう言えば猫ちゃんは、収納魔法を使えましたね。ちょ、ちょっと待ってください」


 ティーサは買い取りカウンターに走り、いつもわしの買い取りをしてくれているおっちゃんを連れて戻る。


「猫ちゃん。先に買い取りをしてください。大きいみたいなので、訓練場に行きましょう」


 ティーサに連れられ、わしとリータとおっちゃんと、その他大勢の野次馬が訓練場に移動する。


 なんで関係の無いハンターまでついて来るんじゃ!



「それでは出してください」


 訓練場の扉を潜ると、わしはティーサに言われるままに、猿の毛皮と村で余った肉、黒い猿を次元倉庫から取り出す。すると大量に積まれる物体を見て、周りのハンター達が騒ぎ出した。


「凄い……」

「あの猫の収納魔法はあんなに入るのか」

「うちのパーティに欲しい」

「荷物持ちだけじゃもったいないな」

「ブラックを狩るなら戦力としても欲しい」

「私のパーティならマスコットにするのに~」


 う~ん。野次馬がうるさい……それにマスコットってなんじゃ!


「ティーサ、お前は毛皮を数えろ。俺は黒い猿と肉を調べる」

「はい」


 わしが野次馬にツッコんでいると、おっちゃんとティーサで協力して数の確認が始まり、数分後には結果が出たようだ。


「これほど鮮度のいい獲物は見た事が無い。ティーサ、そっちはどうだ?」

「五十三枚あります……依頼完了書通りです」

「黒い猿は、解体した方がいいかにゃ?」

「いや、これなら内蔵も買い取れる。このままでいいぞ」

「それじゃあ、依頼完了でいいかにゃ?」

「は、はい」



 無事、依頼は達成。黒い猿の買い取りは予想よりも高く買い取られ、わしとリータはホクホク顔で、ハンターギルドを後にしたのであった。


 野次馬だった、ハンター達のギラつく目に気付かずに……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る