021 キャンプにゃ~


「ぐるるるぅぅぅ!!」


 ハンターと名乗る五人の女性と話をしていると、木を薙ぎ倒しながら、角のある大きな黒い熊が現れた。それと同時に、黒熊を見た女性達から大きな悲鳴があがる。


「「「「「キャ~~~」」」」」


 ついさっきまで威勢のいい事を言ってたのに、もうそれか。ま、角が二本で8メートル以上ある熊じゃ。おっかさんが倒したボス狼よりデカイ。そんな反応が普通なのかもしれん。

 まぁわしの狙っていた獲物じゃから、やるって言われても譲る気はないけどな。


 わしが女性達の反応を見ていると、黒熊は女性達に向けて突進して行く。わしは女性達の間に入り、【突風】をぶつけて押し戻し、念話で指示を出す。


「下がれにゃ~!」

「猫ちゃん?」

「腰が抜けて……」

「じゃあ、みんな固まるにゃ!」


 どうやら恐怖で動けないみたいじゃな。守りながら戦うのは面倒じゃのう。いや……守りながら戦うのも修行にカウントされるかな?


 わしが女性達に指示を出し、どうでもいい事を考えていると、黒熊が話し掛けて来た。


「それはお前の獲物か?」

「そうじゃが……何か?」


 いきなり声を掛けるな! ビクッとなるじゃろう。他の動物に話し掛けられるのは慣れんわ~。


「ここは俺の縄張りだ。置いて行け」

「ダメじゃ。わしが見付けたから、わしのじゃ」

「なら、そっちの一匹で手を打とう」


 なんじゃ? 交渉して来よる。わしと戦いたくないのか? ちらっと魔法使いの子を見よったけど……震えてる女の子を置いて行けるわけがないじゃろう。


「全部わしのじゃ。とっとと、どっか行け。それとも、わしとやるのか?」

「ナメやがって~! ぐるるるぅぅぅ!!」


 黒熊の威嚇の声と共に、戦いの火蓋が切られるのであった。



 わしは女性達と距離を離す為に、再び【突風】で黒熊を吹き飛ばす。黒熊は大きな巨体だけあって、数メートル押し込まれただけで耐える。

 わしはすかさず懐に潜り込み、キャットアッパーを喰らわせ、浮かせてから再度【突風】をぶつけて女性達から遠ざけた。


 こんなもんかのう? デカイだけあって重たいわ。キャットアッパーも効いて無さそうじゃ。修行の為に肉弾戦で行きたかったが、守る者もおるし、得意の魔法で行こうかのう。


 わしは方針を決めると、黒熊に突進して行く。黒熊はわしが近付く前脚を振り下ろして地面を割る。足場が悪くなったところを黒熊が連続で前脚を振るい、追撃して来た。

 わしは避け続け、後ろに跳ぶと同時に【鎌鼬かまいたち】を放つ。しかし、黒熊は土の壁を作り出して防御する。


 甘いわ! そんなもんでわしの【鎌鼬】を止められるか!


 【鎌鼬】は土の壁を切り裂きいて黒熊に命中。【鎌鼬】を喰らった黒熊は血を吹き出し、うめきき声をあげた。


 浅い。土壁で威力を削がれたか。ならば近距離からじゃ!


 わしは接近するが、黒熊はわしを近付けまいと、ブンブンと両前脚を振り回す。わしは大振りの攻撃を簡単に避けて懐に入ると、さっきより魔力を込めた【鎌鼬】で右脚を切り落とす。

 そして、ズシンと大きな音を立てて倒れた黒熊の背中に飛び乗り、首を切り落としたのであった。



 ふぅ。タフじゃったが、わしの敵にはならんのう。重力魔法の解除も【肉体強化】も必要なかったわい。これだけのハンデで倒したんじゃから、そろそろおっかさんといい勝負が出来るかもしれんのう。


 わしはスキップしながら女性達の元へ戻る。すると女性達はわしを見て、震えながら謝罪する。


「「「「「すいませんでした! 食べないでください!!」」」」」


 はて? なんのことじゃ?? 食べないでって……黒熊との会話を聞かれておったのか? 彼女達との念話は解除してあったはずじゃが……

 しかし、土下座ってこの世界にもあるんじゃな。


「なんのことかにゃ? 食べないにゃ~。わしは悪い猫じゃないにゃ~」


 たしか孫から聞いたゲームの世界では、魔物がこんな事を言って主人公の仲間になるって言ってたはず! 孫よ、これで大丈夫じゃろう?


「ほ、本当ですか?」

「私達、あなた様に大変失礼な事をしたのに……許してくれるのですか?」


 まだ怖がっているが、孫の言葉は効いている?


「本当にゃ~。それよりも、なんで怖がっているにゃ?」

「だって……あんなに大きな獣を見たのは初めてでして……」

「お猫様がそんなにお強いなんて……」

「それにお姿も、かわいらしいです」


 リーダーっぽい女性は黒熊の事を怖がっていたが、槍を持った女性と弓を持った女性はわしの事も怖いから無駄によいしょしていると思われる。


「やだにゃ~。そんなに褒められると照れるにゃ。あと、無理してかしこまらなくてもいいにゃよ?」

「そうなんですか?」

「いいにゃ。普通にして欲しいにゃ~」

「わかりまし……わかったわ。助けてくれてありがとう。私はこのパーティでリーダーをしているアイよ」


 アイの自己紹介を皮切りに、各々自己紹介を始める。


 面倒見のいい剣士のアイ。男っぽい女剣士モリー。うるさい槍士のルウ。美人弓士のエレナ。おっとり魔法少女マリーと言う名前だとのこと。皆は、十七歳から十三歳の駆け出しハンターらしい。


 十三歳のマリーの年齢を聞いて世も末だと思ったが、この世界の人間の常識に疎いから口を挟めんのう。わしのじい様も、子供の頃から働いていたと言っておったし、わしも手伝いとは言えないぐらい親の手伝いをしていたしのう。


 アイ達の自己紹介が終わると、次は質問タイムが始まった。


「それで猫ちゃんのお名前は?」

「名前は無いにゃ。猫でいいにゃ」

「どうして助けてくれたんだ?」

「ただの気まぐれにゃ」

「あの熊と話をしていたみたいだけど、何を話していたの?」

「お姉さん達を置いてどっか行けって言われたにゃ。もちろん断ったにゃ」


 アイ、モリー、ルウの矢継ぎ早の質問に頑張って答えていたら、マリーの手が上がった。


「私からもいいですか? ねこさんも熊さんも私を見ていたけど、どうしてですか?」

「それは……」


 なんじゃろう? 三人から殺気が出てる気がする。話してもいいもんじゃろうか? みんな似たようなかわいらしい子じゃけど……一部分を除いて。え~い、なるようになれじゃ。


「それは断ったら、マリーだけでいいから置いていけと言われたにゃ」

「「「やっぱり胸か~~~!!!」」」

「わしじゃないにゃ! 言ったのは熊にゃ!!」

「あわわわわわ」

「はぁ……」


 わしとマリーは、アイ、ルウ、エレナに怒鳴られた。三人は気になるお年頃だったらしく、なだめるのに数十分かかってしまった。


 アイはリーダーなんだから、一緒に騒いでないで止めて欲しい。


 やっとお胸問題が落ち着いたと思ったら、誰かのお腹が盛大に鳴り、次々と鳴り響く。若い女性を問い詰めるのも無粋なので、ここはわしから提案してあげる。


「熊、食べるかにゃ?」

「いいの?」

「助かる。森に入ってからろくな物を食べてなかったんだ」

「やった~!」

「高級肉! じゅるり……」

「あれを売れば……ウヒヒ」


 アイ、モリー、マリーは喜んでいるだけじゃが、ルウとエレナの反応がおかしい。ルウは目がハートになっておるし、エレナは邪悪な笑みを浮かべておる。せっかくの美人さんが台無しじゃ。


「えっと……解体できるなら、好きな部位を持って行くといいにゃ。わしは肉だけあればいいにゃ」


 エレナは舞った。それはもう邪神を召喚するが如くおぞましい舞いだった……。わしとアイ達はその舞いに恐れをなして、無言で解体するのであった。



 解体が終わったら焼き肉にして皆で食べる事にするが、道具も調味料も無いとの事なので、わしが土魔法で鉄板もどきを作り、次元倉庫から薪と塩を取り出すと驚かれた。

 何も無い場所に収納する魔法は、使える者が少ない珍しい魔法だそうだ。そのせいでエレナの邪悪な瞳がわしをロックオンしているけど、無視している。


「おいしい!」

「昨日から何も食べてなかったからな」

「ねこさんおいしいよ~」

「この一枚で、いくらになるのかしら」

「バクバクバクバクバクバクバク」


 ルウの奴、どんだけ食うんじゃ! わしが焼く係になって食べれんじゃろうが。土の鉄板を作って火を起こしているのもわしじゃと言うのに……

 大きな肉の塊を風魔法でスライスして飛ばして鉄板に乗せるのは難しいんじゃぞ。おっかさんの要望でよくやっていたから手慣れたもんじゃけど……

 懐かしいけど、食い過ぎじゃ。ルウ!!


「ねこさん、ア~ン」

「ア~ン。うまいにゃ~」

「私が代わろう」


 マリーがわしに焼き肉を食べさせてくれて、モリーが焼き係に立候補してくれたので、わしは有り難くモグモグ交代する。


 黒熊がマリーを欲しがったのは、こういうところじゃないのかのう? 各々方! それを見ていたモリーも変わってくれた。やっぱり男前じゃのう。


「ねこさん、抱いてもいいですか?」

「ちょっと待つにゃ。(重力を解除しないと持てないからのう)いいにゃん」

「うわ~。モフモフしてる~。それにいいにおい」


 マリーはわしの体を持ち上げると抱きしめたり顔を埋めたり。それではまだ足りないのか、めちゃくちゃ撫で回す。


 そりゃ毎日、香草入りの風呂に入ってブラッシングはかかさん。身嗜だしなみには気を付けておるからのう。昔、娘にお父さんくさいと言われたあのショックは忘れられん。


「私も抱かせて!」

「私もいいか?」

「いいにゃん」


 アイは、かわいいかわいいと言っていたからわからんでもないが、モリーは意外じゃのう。身形みなりは男っぽいが、かわいい物好きなのかもしれん。


「私もいい?」

「私も!」

「ルウとエレナはダメにゃ!」

「「え~! なんで~~~!!」」

「さっきから味がとか毛がいくらとか言ってたにゃ! よこしまだにゃ!!」


 わしは一番抱かれ心地が良かったマリーの腕の中に避難する。それが火に油を注いでしまったのか、また怒鳴られた。


 胸に飛び込んだと勘違いされたか。そんなつもりはなかったんじゃが……ホンマホンマ。



 食事が終われば、アイが野営の準備をすると言って皆に指示をしていたので、わしは残りの黒熊を次元倉庫に入れて様子を見ていたら、その辺の草を刈ってそこに寝転がるだけとのこと。

 見兼ねたわしは、土魔法で少し穴を掘り、ドーム状に屋根と壁を付けて竪穴式住居を作る。それと、毛布代わりに狼の毛皮を全員分用意してあげた。


 何も用意しないで森の奥まで来るなんて、ハンターとしてどうなのかと聞いてみたら、全員に苦笑いされた。もっと森の浅い所で日帰りのつもりだったらしい。

 よくここまで死なずに来れたと思いながらも、この経験を活かして準備はちゃんとする様に言ってみたら、微妙な顔をされた。やはり猫に説教されるのは、人間としては受け入れられない行為なのだろう。


 わしの説教をなんとも言えない顔で聞いていた皆の中で、マリーだけは普通に聞いてくれていた。そのマリーは魔法使いと言う事もあり、わしの魔法が気になるようだ。


「ねこさんの魔力は凄く多いんですね。それに、こんな風に魔法を使う人は初めて見ました」

「猫だにゃ~」

「そうでした。ねこさんが、あんまりも自然に会話するから忘れていました。アドバイスも的確でしたし……」


 ヤバイ? 元人間とバレるのはどうなんじゃろう?? 気持ち悪がられてしまうと悲しいし、黙っておいたほうがいいかのう。


 マリーと話をしていると、アイ、ルウ、エレナと、おねだりして来る。


「さっき、水や火魔法も簡単に使っていたわよね。お風呂に入れないかしら?」

「私もベトベトで入りたい!」

「出来たら私も……」


 お風呂か……わしも入りたいけど猫だから、そんな単語に反応してはいけないか。


「お風呂ってなんだにゃ~?」

「猫ちゃんは知らないのね。お風呂っていうのは大きな箱に、温かい水を注いで、体を洗ったり浸かったりする物よ」


 浸かるの? 欧米人のような顔の作りじゃけど、日本風のお風呂の入り方なのか。ギリシャ人ならお風呂に浸かっておったから、別に変な事では無いか。


「わかった。やってみるにゃ。どんな風にしたらいいか指示を出してにゃ」

「「「やった~」」」


 わしはアイの指示で魔法で土を掘り、広い湯舟をふたつ作る。そして、水を入れて火魔法で沸かす。

 何故ふたつ作ったのかと聞くと、片方で汚れを落として、もう片方で浸かるとのこと。思ったより奇麗好きな人種のようだ。


「すごい、すごい! ねこさんすご~い」

「こんなに簡単に出来た」

「お風呂代がタダ……」


 3メートルはあるおっかさんのお風呂を作っていたんじゃから、このぐらいお手の物じゃわい。しかし、マリーとアイはいいとして、エレナの目が不気味じゃ。


「それじゃあ、わしはあっちで見張りしてるにゃ」

「ねこさんも一緒に入りましょう?」

「それはちょっと……毛が浮くから、やめたほうがいいにゃ」

「いいから、いいから。洗ってあげるわよ」

「にゃ~~~」


 見張りに行こうとしたわしはマリーに止められただけでなく、裸のアイに抱きかかえられ、湯舟に飛び込まれてしまうのであった。

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