457 本気の家康にゃ~


 人間将棋は大詰め。残っている駒の数は圧倒的に西軍が多いのだが、わしは王将どうしの一騎討ちを選び、舞台の上で家康と対峙する。


「お互い、わらわが行司をする事で異存ないな?」

「ないにゃ~」

「ない」


 玉藻の最終確認はわしに向けられたものではなかったが、わしが答えると、重ねるように家康は頷く。


「では、見合って見合って~……」


 わしと家康は、玉藻の声を受けて得物を構える。家康は左手に黒魔鉱の軍配、右手に白い穂先が付いた十文字槍を構え、わしは軍配を次元倉庫に仕舞いながら【白猫刀】を抜く。


「はあぁっけよい!!」


 そして、玉藻の掛け声で、わし達は同時に動く。わしは下からの斬り付け。家康は上からの突き。

 その打ち合いで轟音が響き渡り、衝撃波が発生して観客の衣服や髪を揺らした。


「わはは。まだ力を隠しておったか!」

「そっちもにゃろ!」


 お互い様子見の一撃だったが、わしがやや力負け。なので、わしは一度後ろに飛んで構えを変える。


 ご老公は、昨日より力も速さも上がっておるな。一発ビビらせてやろうと思ったのに、失敗じゃわい。これは、もう少し手加減を緩めないといけないな。

 しかし、あの十文字槍……柄は黒魔鉱っぽいけど、穂先は白魔鉱じゃないか? 日ノ本では黒魔鉱が限界じゃと思っていたが、その上も持っておったか。刃毀はこぼれに気を付けて闘わんとな。


 とりあえず、わしは回りながらチャンスがあれば突っ込んで斬り付けてみる。家康はわしの攻撃の意思を捉えて動くが、速さでややわしが上回っているからか、防御はギリギリ。カウンターを取れないでいる。

 これでは不利と感じた家康は、軍配で防御と共に風を起こし、わしを吹き飛ばしてから槍を突く。わしは槍を刀で下から打ち付け、その力を使って地面を滑りながら着地。場外にまで吹き飛びそうだったので、刀を床に刺して止まる。


 ポンッ! ポポンッ!


 ぐっ……腹鼓はらつづみか!?


 家康が、何度も腹を叩いて魔力を乗せた音を飛ばすので、わしは空いてる手で耳を押さえる。衝撃波は耐えれるのだが、耳への攻撃は防ぎようがない。

 なので、昨日考えていた対処法。探知魔法の音版を波状的に流し、緩和する。


 うむ。ちょっとはマシになったな。じゃが、根本的な解決になっておらん。ご老公もわしが腹鼓を嫌っているから、多用しておるし……

 解決策は、両手を忙しくするしかないか。いや、最終戦じゃし、もうこの際【吸収魔法・兜】……お! 耳が痛くない。やはり魔力で音を増幅しておったんじゃな。

 若干ズルイが、うるさいのは嫌いじゃ。どうせ見えてないじゃろうし、バレないじゃろう。いちおう、痛い振りして【風玉】を打っておくか。


 わしが【風玉】を連続で放つと、家康は軍配で弾き、その間を縫って腹鼓み。だが、わしは回り込んでいたので、攻撃範囲は抜けたようだ。

 そこで、さらに回りながら【風玉】連打。さすがに片手では間に合わないからか、腹鼓は止まったので、わしは間合いを詰める。

 しかし、侍の剣の使い手は厄介だ。わしの意思を感じ取り、走り込む先に槍が置かれるので刀が合わさり、動きが止まる。その都度、腹鼓が来るので、衝撃波で体重の軽いわしは押し込まれてしまう。


 う~む……やりにくい。わしが嫌がる攻撃しかして来ないな。致し方ない。スピードで翻弄してやろう。


 わしはスピードをもう二段上げて、消えるように移動する。家康はなんとか食らい付くが、焦りの顔を見せる。

 そこに、わしの必殺技。


「猫又流抜刀術、駆け猫にゃ!!」


 通り過ぎ様のただの居合い斬り。ただのダッシュ斬りが炸裂。だが、「ガキーンッ」と金属音が鳴り響く。残念ながらわしの必殺技は、軍配で受けられてしまった。


 やりおるのう。完全に間合いの外から突っ込んだのに、意思を捉えられたか。もっと離れたら行けそうじゃけど、舞台は狭いからな~。

 たぶん、舞台上はご老公のテリトリーじゃろう。普通にやっては打つ手無し。ならば、普通にやるのはやめるか。


 もういっちょ! 駆け猫!!


「なっ……」


 わしのダッシュ斬りに、家康は軍配の防御は間に合ったのだが、それが仇となって軍配は砕け散る。


「何をしよった!!」


 日ノ本で、絶対の防御を誇っていたと思われる軍配を砕かれて、家康は激オコ。


「にゃにをしたって……斬っただけにゃ」

「斬撃でこのようにはならん。何かやったな……」

「さぁにゃ~? それを謎解きするのも、闘いの醍醐味にゃろ?」

「くっ……」


 まぁこれも気付くわけないじゃろうな。魔法でも呪術でもない、気功じゃからな。受けようと思ったら、同じ気功でないと対処できない。実験済みじゃ。

 そう言えば、メイバイが面白い技を編み出していたのを忘れておったわい。ご老公にモルモットになってもらおうかのう。



 わしが刀をだらりと構えて間合いを詰めると、家康は両手に槍を構え、目にも留まらぬ五段突き。

 目にも留まらぬのは一般人には、だ。リータ達でも厳しい速度。だが、わしには温い。ハッキリと見えている。

 なので、ひょいひょい避けて、最後の突きに合わせて刀を振るう。


 ガキーン!


 最初の一合の再現。わしが力負けした形で刀と槍が合わさるが、最初と違う点は、家康が槍を落としている点だ。


「ぐあっ……な、なんだ!?」


 お~。上手くいった。武器破壊をせずに、その武器を通して気功を当てる、わしオリジナル気功。いや、メイバイオリジナルか。

 何故かメイバイの気功は武器破壊にならず、剣を合わせると手に痛みが走ったから、受けるのが大変じゃった。

 それを研究して、穂先から柄に気功が伝わり、導線の両手で破裂させる高等テクニックを編み出したんじゃ。理論さえわかれば、メイバイも普通の武器破壊が出来るようになったからのう。

 じゃないと、わしが痛い思いをさせられるからな。みんな、メイバイの気功を受けてくれないんじゃもん。


 わしは痛みに驚いている家康に問い掛ける。


「武器を落としたって事は、わしの勝ちかにゃ?」

「何をふざけた事を……その隙を見逃した事を後悔するでないぞ!!」


 家康は、怒鳴ると同時に槍を蹴り上げて柄を握り、連続突き。気功の痛みに驚いて槍を落としただけで、さほど効いていないようだ。なので、わしの動きを読み、意思を感じ取り、怒濤の連撃。

 突きはもちろん、薙ぎ払いに打ち下ろし。綺麗な槍術だけではなく、どこか泥臭さもまじり、狙いが足だったり変化したりと、避ける事は一筋縄ではいかない。


 わしはそんな槍を辛くも避けるのだが、時に掠り、時に受け、侍攻撃を完全に避けられないでいる。なので、時々ズル。刀に気功を纏いながら受けてやる。

 しかし家康はお構い無し。痛みに歯を食い縛り、槍を振り続ける。


 もう痛みに慣れたか……本当にこの化けタヌキは強いな。わしのベストバウトじゃわい。傍目はためから見たら、鎧を着たぬいぐるみどうしの闘いに見えそうじゃけど……

 それに、まったく疲れを見せん。ひょっとして、まだ本気じゃないのか? そろそろ昼メシの時間帯じゃし、長引かせて封じ手になるのも面倒じゃな~。

 さっさと本気を引き出してやろう!



 わしは家康の槍に、気功を纏った刀を合わせる。すると家康は歯を食い縛ったが、狙いはそれじゃない。


 武器破壊じゃ!


 家康は槍の柄が中程で破裂すると、一瞬驚いたので、その隙に腹目掛けてジャンプ。刀の峰を使ってぶっ飛ばしてやった。


 息もつかせぬわし達の闘いを見守っていた観客は、それが引き金となり、「わっ!」と音を取り戻し、そのあと「スーハースーハ―」と深呼吸を繰り返していた。



「情けない……こんなに小さな者に吹っ飛ばされるとは……」


 場外ギリギリ手前で止まった家康は、怒りを通り越して冷めた顔に変わった。


「まだやるにゃ~? そろそろお腹すいて来たんにゃけど~?」

「ならば、お主が負けを認めろ」

「にゃんで~? ご老公の武器を二つも壊してやったんにゃから、どう見てもわしの勝ちにゃ。そっちが負けを受け入れろにゃ」

「笑止……儂が自分より弱い武器を手離しただけじゃ」


 やっぱりまだ本気じゃなかったか。まぁわしも玉藻も、本気の時は元の姿に戻るから、ご老公もそうなんじゃろう。

 てか、いまでも5メートルのタヌキなのに、変身したら、どんだけデカくなるんじゃろう? 玉藻で5メートルぐらいじゃったから、わしの予想は10メートルで!


とくと見よ。この家康、本来の姿を……」


 家康はそれだけ言うと、手で印を切り、煙が立ち込める。わしは自分の予想が当たっているかをわくわしして待っていたら、どこからともなく風が吹き、家康の全貌が見えて来た。


 な、なんじゃと……


 家康の姿が現れると、わしは驚きのあまり固まる。


 その家康の姿とは、鎧兜は脱ぎ捨てられ、四つ足で立つ白いタヌキ。五本の尻尾は天を突き、低い姿勢でわしを睨んでいる。


 サイズが変わってないじゃと……


 しかし、元の姿がそのままだったので、わしはガッカリを通り越して驚愕する事となった。


 な、なんで……普通、こういう時って大きくなるんじゃないのか? 玉藻だってデカくなってたぞ? それで強くなったつもりか! わしの期待を返せ! これでも当てに行ったんじゃ!!

 はて? 何故か、誰かがお前が言うなって言っているような気がする。……あ! わしは小さくなってる!? じゃあ、同じ大きさのご老公はマシなんじゃな。


 わしが様々な思いを抱いていると、家康が勝ち誇ったような念話を送る。


「ふふん……驚いているようじゃな」


 ええ。そうじゃよ。まさか二足歩行から四足歩行に変わるだけとは、度肝を抜かされたわい。


「この姿になるのはいつ以来か……大阪冬の陣じゃったか。あの時は、戦場を恐怖におとしめてやったわい」

「ふ~ん……それって、その大きさで走り回ったにゃ?」

「いや、あの時は儂も若かったからな。いまの半分も無かったか。しかし、その時より、とんでもなく強くなっておる。いまなら、儂ひとりで豊臣など皆殺しに出来るはずじゃ」

「あの~……武勇伝はそこまでにして、掛かって来てくんにゃい? 時間の無駄にゃ~」

「な、なんじゃと!? この姿の儂を見て、怖くないのか!!」

「さっきと変わらないにゃ~!!」


 わしの発言に家康は顔を赤くし、毛が逆立つ。


「貴様……生きてこの舞台から降りられると思うなよ! 死ね~~~!!」


 こうして怒り狂う家康の突撃で、最後の闘いが始まるのであった。

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