135 依頼報告にゃ~


 白象騒動で静まり返る酒場で、わしが晩メシを頼んだら、ガウリカに空気を読めと言われた。仕方がないので、空気を読んで黙って食べる事にする。

 皆に呆れた顔をされたがわしがバクバク食べていると、お腹のへっていたリータとメイバイも、食事に手を付け始める。


「空気を読まなくていいにゃ?」

「もう! 意地悪言わないでください」

「ポコポコ叩くにゃ~」

「ドスドス言ってるニャ……」

「リータ。もうやめてやれ。あと、猫以外にはやるなよ?」


 リータの怪力で殴られているわしを見て、メイバイとガウリカは青い顔をして止めてくれた。


「私もやられたくないニャー」

「なんでですか?」


 リータはまだ気付いてないのか……。わしの座っている椅子は、悲鳴をあげているぞ?


「それでガウリカの仕入れのほうは、上手くいったかにゃ?」

「いまする話か? はぁ……女王陛下からの発注の品のコーヒー豆は手に入った。それと猫が欲しがっていた豆も何種類か用意したから、あとで試飲しな。ただ女王陛下への贈り物は、ピンと来る物が無いな」

「それじゃあ、砂漠の街のティアラにするにゃ。ひょっとしたら面白い機能が付いているにゃ」

「面白い機能?」

「ここでは人が多くて聞かれたくにゃいから、宿に戻ったら説明するにゃ」

「わかった」

「お腹もいっぱいになったし、そろそろ帰ろうかにゃ?」


 わしが立ち上がると、ガウリカは周りの状況を見て止めに入る。


「この状態でか?」

「わしの仕事は終わったにゃ。ジジイ! 依頼完了書くれにゃ~」


 わしは早く帰りたくて、あっちの世界に行っている依頼主の老人を揺すって催促する。


「あ、ああ……なんじゃったかいのう?」

「ボケるにゃ! 白い巨象の報告は済んだにゃ。これで達成でいいにゃ?」

「う~ん……そうだな。これ以上の成果は無い……」

「じゃあ、くれにゃ~」

「ああ……」



 わしが依頼完了書を受け取ると、酒場の扉が乱暴に開かれ、兵士と身なりの良い、若い男が入って来た。


「ゴータムはここにいるか!!」

「は、はっ! 王子殿下……何故この様な所におられるのでしょうか?」

「石板の話を聞いたからだ。事実なら、この国の根幹を揺るがす事態だ。石板を寄越せ!」

「はっ! 只今!!」


 王子? ジジイが答えていると言う事は、ジジイの名前はゴータムと言うのか。初耳じゃわい。依頼完了書も受け取ったし、帰ろっと。


「みんにゃ、帰るにゃ~」

「猫……」

「シラタマさん。いま、帰ってもいいのですか?」

「にゃ? わし達が居る意味はもうないにゃ」

「そうかニャー?」


 わしが帰るのを急かしていると、また酒場の扉が開き、白いローブの男達と、派手な装飾を多く付けた、太った老人が飛び込んで来た。


「ゴータム! 貴様~。また嘘で民衆を惑わしやがって。今度こそ地獄に落ちるぞ!」

「教皇様が、こんな所で何をしているのやら。お布施なら、もっと金を持っている奴等の所へ行け!」

「それが石板か? そこの男、寄越せ! 叩き割ってやる」


 ゴータムと言い争っていた教皇は、王子と呼ばれた男にいきり立って近付くが、兵士が間に入って怒鳴り付ける。


「こちらは王子殿下であらせられるお方。いくら教皇であっても不敬だぞ!」

「王子殿下……」


 今度は白象教の教皇様のお出ましか。この石板に権力者が群がって来ていると言う事は……面倒事じゃ! うん。逃げよう。


「ガウリカ。この店に裏口はあるかにゃ?」

「ああ。あっちだ。どうするんだ?」

「逃げるに決まってるにゃ。絶対、面倒事に巻き込まれるにゃ」

「な……お前が持ち込んだんだろ!」

「にゃ! 声が大きいにゃ~! リータ、メイバイ。わしを抱えるにゃ。わしはぬいぐるみになって、離脱するにゃ~」

「自分でぬいぐるみって……」

「自覚あったんだニャ……でも、もう遅いニャー」


 メイバイの言葉に振り返ると、王子と教皇は、猫、猫と騒いでいるところであった。

 なので、わしは無視して一人で歩き、入口から外に出ようと向かう。だが……


「に、逃げるな!」


 ゴータムに捕まってしまった。


「ジジイ。離すにゃ!」

「お前が居なくなったら俺が困る!」

「わしはしがないハンターにゃ。報告はしたんにゃから、自分で説明するにゃ~」

「いや、それでは俺が矢面に立たされる。こんな面倒、まっぴらごめんだ!」

「じゃあ、一緒に逃げればいいにゃ~」


 わしとゴータムが揉めていると、二人の男が背後から声を掛ける。


「それはこの国の王子として見過ごせないな……」

「石板を持ち込んだのは、この猫か? お前も同罪だ。地獄に落ちろ!」

「ひっ!」

「にゃ!」


 わしとゴータムは青筋を浮かべた王子と教皇に睨まれ、兵士と白象教の教徒に取り囲まれてしまった。


 それでもわしは、逃げる事を諦めない!


「ただの猫にゃ~。逃がしてくれにゃ~」

「「「「「そんなわけないだろ!」」」」」


 それは酒場にいる人間の心がひとつになった瞬間だったとさ。



 その後、王子と教皇の事情聴取に、わしはおとなしく答える。


「岩山が伝説の白い巨象……白い象とその群れ……巨象の殺害依頼……遺跡に石板……それで全部か?」

「そうにゃ。持ち込んだのはわしだけど、内容は知らないにゃ」

「ゴータム。聞かせてやれ」

「はっ!」


 王子に命令されたゴータムは、わしに石板の内容を聞かせる。

 石板には、ゴータムが呟いた通り、象の売買記録と価格が書かれているらしい。そこで問題になるのが白象教のマーク。石板の内容と合わせると、白象教は宗教ではなく、象の販売業者になってしまう。


「へ~。象の販売業者が、にゃんで宗教にゃんてやってるにゃ?」

「猫!」


 わしの問いに、誰かが「猫」と叫んだが、気にせず教皇は答える。


「そんな事するわけがない! この石板が偽物なんだ。お前がゴータムとグルになって、我が白象教をおとしめているんだろ!」

「そんにゃ事して、わしにメリットは無いにゃ。それと、にゃんで象の販売業者を王族が宗教に仕立てたんにゃ? こっちのほうがグルっぽいにゃ~」

「猫~」


 次に王子に問い掛けると、焦ったような声が聞こえたが、王子は無視して答える。


「こんな金の亡者と一緒にするな! 俺は内々に、ゴータムの研究を調べていたんだ!」

「王子様の事じゃないにゃ。王子様の先祖の事にゃ」

「猫! 猫!!」


 わし達の会話に、ずっと、猫、猫、言っていた人物が、ついにわしの肩を掴んで来た。


「ガウリカ。さっきから、なんにゃ?」

「お前はわからないのかも知れないけど、このお方達はとっても偉いんだ。その人達を愚弄するな。な?」

「いや。事実を言っているだけにゃ~」

「その事実が問題なんだよ!」

「あ、魔法陣の話を聞き忘れていたにゃ」


 ガウリカの訴えは軽く流し、わしは王子に話を振る。


「時の賢者のか……話し合いをしようとした巨象を、魔法陣に誘き寄せて、石化させる計画が書かれている。お前が見たと言うのなら、成功したんだろうな」

「ふ~ん………にゃ!」

「どうした?」

「にゃ、にゃんでもないにゃ」


 まさかね。帰る時は岩のままじゃったし……魔法陣の外に追い出したら石化が解けるとか、そんな事はないじゃろう。のう? アマテラスよ。


「シラタマさん……ちょっといいですか?」


 わしが不穏な考えを振り払っていると、リータとメイバイが小声で話し掛けて来る。


「コソコソとなんにゃ?」

「魔法陣から外に出したら、石化って解けたりしませんか?」

「私も同じ事を思ったニャー」


 偶然……わしも同じ事を思っていたわ! あ~あ……フラグじゃ~。孫よ。違うと言ってくれ! アマテラスよ。わしの願いを聞き届けたまえ!


「お前達、何をコソコソ話しているんだ?」

「「「にゃんでもにゃいです!」」」


 わし達が小声で喋っていると、王子が質問して来たが、リータとメイバイまで、わしの口調をマネて言い訳をする。

 そうして三人であわあわしていたら、ガウリカがわし達を擁護してくれる。


「お、王子様。この者達は昨日、この国に来たばかりで、文化も作法も何も知らないのです。どうかご容赦を……」

「まぁ白象教を追い込むネタを持って来てくれたのだから、多少の非礼は許そう」


 ガウリカに対して笑顔で許す王子の言葉に、教皇は大きな声で割って入る。


「王子殿下! 白象教は、この国の国教ですぞ。この様な者達に惑わされてはなりませぬ!」

「惑わされる? 惑わされているのはお前達だ! 国民は飢饉で苦しんでいるのにお前は何故、そんなに肥えているのだ。何故、きらびやかな装飾に包まれているのだ!」


 何やら王子と教皇の言い争いに発展してしまったな。わしには関係無いけど、王子に一票ってことじゃな。

 先祖はひどい事をしたけど、この王子は国民の為に白象教を潰そうとしているのじゃからな。それより、帰ってもいいかのう?


「私がこのような格好をしているのは、神を呼び戻す為です。教皇が地味だと気付いてもらえないでしょう。これも信者の為にしている事ですぞ」


 この教皇は……信者に寄付を募って豪華な暮らしをしておるだけじゃろう。飢饉ききんなんじゃから信者を思うなら、いまは財を投げ売ってでも食糧を確保するべきじゃろう。まぁわしには関係無いし、帰りたいな。


「ハッ。そんな事を言っていても、この証拠があれば白象教も終わりだ!」

「それはどうでしょう……。この件は、国王陛下はご存知なのですか?」

「父上は知らないが、証拠がある」

「はてさて……白象教が無くなる事は、国王陛下が喜ぶ事なのでしょうか?」


 教皇は口には出さないが、国王に袖の下を渡していると言っているな。

 さてと、二人で口喧嘩をしているし、帰るかな? 抜き足、差し足、忍び足っと……


「「どこへ行く?」」


 わしが静かにドアに向かっていると、王子と教皇は同時にぬるりと振り返った。


「にゃ? おふた方が忙しそうだから、帰ろうかにゃ~っと……」

「「お前が忙しくさせたんだろ!」」


 なんでこんな時だけ息が合うんじゃ。まったく……


「さっきから聞いていると、王子様は国民の為を思って、白象教を潰したいんにゃろ?」

「ああ。そうだ」

「にゃら、さっさと白象教なんて潰すにゃ」

「猫、貴様~! 我々には国王陛下の後ろ盾がある事を忘れるな!」

「国王にゃ? 賄賂なんて貰っている奴を、この国の民が認めるのかにゃ? わしだったら、民の為を思って、白象教と戦っている王子様について行くにゃ。みんにゃ……そうにゃろ?」

「「「「「おおおお!!」」」」」


 わしの発言に、酒場に居た者達が大声で応える。その声は酒場の外にまであふれ、それを見ていた王子は困惑した表情を見せる。


「これは……」

「民の声にゃ。王子様がこの国を背負っていたにゃら、ガウリカもわざわざ遠い、東の国に移住する事は無かったんだろうにゃ~?」

「バカ! 王子様の前で、なんて事を言うんだ!」

「いや、いい。ガウリカと言ったか……不甲斐ない王族で申し訳ない。私がまた戻って来たくなるような国を作る。皆の者……私について来てくれ!」

「「「「「おおおおおお!!」」」」」


 王子の覚悟に、民衆の声はさらに大きくなるのであった。



 うん。これで一段落じゃろう。あれ? 白象教達はどこに行った? あ! 入口に……逃げるの早過ぎじゃろう。わしもさっさと逃げるか。


「じゃあ、わし達は帰るにゃ」

「猫……」

「シラタマさん……」

「シラタマ殿……」

「にゃ?」


 リータ達は何か言いたそうだったが、再度、酒場の入口に移動しようと試みるが、王子に肩をガッシリと掴まれてしまった。


「これだけ焚き付けておいて、それはないだろう……お前も付き合え!」

「嫌にゃ~! 帰って寝たいにゃ~」

「さあ、作戦会議だ!」

「リータ、メイバイ。助けてにゃ~! ガウリカ! 逃げるにゃ~!!」


 わしの声はリータとメイバイに届いたが、一国の王子に意見も出来ないらしく、ガウリカに連れられて宿屋に帰って行った。



 酒場は王子の覚悟と決起を喜ぶ民衆の声に包まれて、しだいにどの様な方法で王を退陣に追い込むかの話し合いへと変わる。

 その後、王子が決起した噂を聞き付けた民衆が酒場に駆け付け、輪は大きくなり、ビーダール王都中に白象教を糾弾する声が響き渡る。その中を王子とわしは並んで歩き、王子の演説が終わる、夜遅くまで付き合わされるのであった。


 なんでわしが、決起集会の中心にいるんじゃ~!!

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