136 ビーダール王子


 シラタマがビーダールに到着する数週間前……


 王宮の一室で、ビーダールの王と王子が、言い争う姿があった。


「父上! 民は飢えています。いまは国庫を解放して、民へ食糧を与えるべきです!!」

「ならん。そんな事をすれば、困った事が起きれば国が助けてくれると民は付け上がる」

「民を守るのが国の役目でしょう!」

「違う。民は王である余の言葉を聞くのが役目だ。そうでもしないと、民は何も出来ないからな」

「そんな事はありません! 皆、考える事は出来ます。わずかばかりの食糧でも、考え、家族が飢えないように必死に生きています」

「このような事態になったのは誰のせいだ? 余の言葉を聞かず、白象教へのお布施を拒む者が居たからであろう? いまこそ、神への祈りが必要なのだ」


 王子は王の口から「神」が出ると、顔を曇らせる。


「神ですか……その神は居ないのです。いい加減、目を覚ましてください! 白象教の幹部を見ましたか? きらびやかな装飾で包まれています。お布施を、そんな事に使っているのですよ。腐敗した宗教など、即刻解体すべきです!」

「何を馬鹿な事を……白象教は、この国の国教ぞ? この国の土台だ。解体など出来ぬ。解体などすれば、民の拠り所が無くなるぞ! それに……」

「それにとは?」

「いや。なんでもない。もう下がれ。余は疲れた」

「しかし!」

「下がれ」

「……はい」


 王子は王に頭を下げ、部屋の扉に手を掛ける。その時、王が小さく呟いたが、王子は聞こえないふりをして、部屋をあとにした。



(父上の最後の言葉……王になればわかると言うのは、どういう意味だったのだろう?)


 王子は考えるが、答は出ない。なので、王の言葉は一時考えるのをやめ、民の事を思いながら自室に戻る。

 すると、部屋の中には、この国の王女が待ち構えていた。


「お兄様。お疲れ様です」

「ああ」


 王子は王女の労いの言葉に応え、ソファーにどっしりと腰を落とす。


「その顔ですと……」

「ああ。わかってもらえなかった」

「何故、お父様は白象教に加担するのでしょう?」

「わからん。だが、何かしらの繋がりがあるのだろう」

「では、お父様にも白象教から、お布施が流れていると?」

「だろうな。国から離れる者も増え、税収は落ちているが、国の財が減っていないところを見ると、そうなんだろうな」

「ならば、そのお金を民の食糧に使えば……」

「俺もそう思うが、父上がそれを許さない」

「そうですか……」

「「はぁ……」」


 王子と王女は、国をうれい、同時にため息を吐く。


「あ、先ほど兵士が来まして、お兄様が席を外していたので、報告書を受け取りました」

「ああ。ありがとう。これか……」

「いつものアレですよね?」

「まったく父上は、何をしたいのかわからない。南西の森に何があると言うのだ? 毎日、三度、地鳴りがあるかのチェックだと? 兵の無駄遣いにしか思えん」

「そう言えば視察に向かった際に、真面目に取り組んでいないと、兵士に処罰までしていましたね」

「何をやっているんだか。やはり南西の森に、何かあるのか……」


 王子が黙って考え込んでいると、王女は何やら思い付いて質問する。


「南西の森なら、調査しているのですよね? どうなりましたか?」

「ゴータムか……。まだ成果は出ていない。ゴータムの研究が花開けば、白象教を解体するいいネタになると思ったんだがな」

「白い巨象が山になったという話は、信じられませんけどね」

「そうだな。だが、白象教が圧力を掛けてまで、当時のナンバーワン学者を地に落としたんだ。必ず何かあるはずだ」

「だといいのですけど……」

「……信じて待つしかないな」

「「はぁ……」」


 二人は、酒場で酔い潰れているゴータムの姿を思い出し、同時にため息を吐く。それでも、いまは信じるしか手段が無いのだ。



 その後、王子は何度も民への優遇を王に進言するが、すかさず却下され、月日が流れる。


 そんなある日、変わった報告が王子の目に入る。


「クックックックッ……」

「お兄様。どうしたのですか?」

「いや……クックッ……お前も読んでみろ」


 王子は笑いながら報告書を渡し、王女は目を通すと、驚いた表情を見せる。


「え? 猫が立って歩いて喋ってる? 馬のいない馬車? 東の国の使者? プッアハハハハ」

「な? 笑える報告書だろ。久し振りに笑わせてもらったよ。文才のある者が書いたのだろうな」

「報告書に、この様な冗談を書くなんて、お父様に知られたら処罰されていましたよ」

「そうだな。きっと兵士が書いていた空想のメモがまじっていたのだろう。笑わせてもらったんだ。不問にしよう」

「そうですね。でも、そんな猫が居たら、抱いてみたいです」

「お前はまだまだ子供だな」

「そんな事はありませんよ。ほら?」

「う、うん……」


 王女は自分の大きな胸を持ち上げて見せるが、王子はすぐに目を逸らす。そして、この器量よしの王女に、何故、婚約者も出来ないのかと考えるのであった。



 その翌日……


「また猫だ……」

「またですか!?」


 報告書を読んだ王子は呆れた顔になり、王女は二度目とあって、笑う事も出来ない。


「街を立って歩き、高級宿屋、酒場にも現れたらしい。さすがに、立て続けて嘘の報告書は笑えないな」

「猫さんが宿屋や酒場に、何の用なのでしょう?」

「さあな。でも、猫のくせに人間みたいな奴だな……。馬鹿な報告書のせいで、馬鹿な事を考えてしまった」

「……もしかして、本当に猫が立って喋っているのでは?」


 王女の質問に、王子は肩をすくめる。


「まさか……有り得ないだろう?」

「でも、侍女も、猫、猫と噂していましたよ?」

「あったとしても、普通の猫が立っただけだろう。言葉も飼い主の聞き間違いだ」

「たしかにそれだけでも、かわいらしい猫さんですね」

「さて、この報告書はどうしたものか……」

「またあるようなら、厳重注意でいいのではないでしょうか? ここ最近、明るい話題もなかったのですから、少しぐらいよろしいでしょう」

「まぁ笑わせてもらっているしな。そうするか」


 二人は一時の話のネタにするが、王都では猫の話題が渦巻いていた。



 そんな矢先、ゴータムとの連絡役をしていた者が、王子の部屋に飛び込んで来た。


「王子殿下。大変です!」

「どうした?」

「ゴータムが、新情報を入手しました!」

「どんな内容だ?」

「白象教が、過去に行っていた所業です。石板の内容からすると、白象教は宗教ではなく、象の販売業者となってしまいます」

「なに!?」


 王子は驚き、立ち上がるが、すぐに腰を下ろして考え込む。しばらく考えていた王子であったが、答えが出ないまま兵士を連れてゴータムの待つ酒場に急行する。

 酒場に入ると、王子はゴータムから強引に石板を受け取り、目を通す。そうしていると、酒場の扉が乱暴に開き、教皇が登場した。


 少しのいざこざが起こるが、そんな事がどうでもよくなるモノが目に入る。


「「猫!?」」


 王子と教皇は、自分の目を疑うように騒ぎ出し、その騒ぎに紛れるように逃げようとする猫を捕獲する。


(あの報告書は事実が書かれていたのか。この目で見ているのに信じられない。嘘だろ? いや、いまは嘘だと思うのは、白象教が象の販売業者だったと言うほうだ。これが事実だとしたら、白象教を解体するのに絶好のネタだ。あ! 逃がすか!!)



 王子と教皇は猫を捕まえ、事情聴取を執り行う。


(この猫は賢いのか? もう国と白象教の繋がりを疑っている。見た目もそうだが、失礼に、「にゃ~にゃ~」と喋る姿からは想像できないな。しかし、魔法陣の話の時に、何かコソコソ話していたのが気になる……)


 猫の事情聴取が終わると、今度は教皇との言い争いに変わった。お互い引くことはなく、話を続けていると、猫がこっそり逃げ出そうとしたので、再度捕獲する。


(くそ! 教皇と息が合ってしまった。猫のせいで調子が狂って仕方がない)


 捕獲した猫は、逃げるのを諦めたのか、王子に語り掛けて来る。その内容に、民衆は震え、王子について行くと言わんばかりに声を張りあげる。


(そうか。簡単な事だったんだ。父上を玉座から引きずり下ろし、俺が民を救う王になればよかったのだ。こんな猫に気付かされるとは……。いい案が浮かんだぞ。この猫を使えば……。また逃げようとしやがる!)



 その後、王子を讃える民衆が集まり、王子は猫と並んで街を練り歩く。


「にゃあにゃあ? わしは必要にゃの?」

「必要だ」

「にゃあにゃあ? もう眠いんにゃけど?」

「もう少しで終わる。少し待て」

「にゃあにゃあ? わしで宗教とか作るのはやめてにゃ?」

「あ、ああ。そんな事はしない」

「にゃあにゃあ? もう帰っていいかにゃ?」

「これでも食ってろ。うまいぞ?」

「にゃ!? うまいにゃ~!」

「酒もあるぞ」

「変わった味だけど、悪くないにゃ~」


(にゃあにゃあ、にゃあにゃあ、うるさいわ! いや、ここは下手したてに出ておかなくてはならない。この猫を使って新興宗教を起こすんだからな。しかし、もう気付いているみたいだったが、本当に猫か? ひとまず、うまいモノでも与えておけば静かになるみたいだし、切らさないようにしないとな)


 そうして王子は決起集会を執り行い、夜が更けて来ると解散となった。

 その後、猫に終わりを告げると、逃げるように消えて行ったが、十分役割は果たしてくれたので、追う事はなかった。



 翌朝……


 ビーダール王都に激震が走る。

 騒ぎは王宮から始まり、そこでは王と王子が言い争う姿があった。


「父上! 兵を集めて何処へ行こうとしているのですか!!」

「この国を捨てる。お前も支度を急げ!」

「国を捨てるですと……理由をお聞かせください!」

「伝説の白い巨象が復活した。おそらく、怒りに任せてこの国に向かって来るだろう」

「白い巨象が復活した? それがどうしてわかって、この国に怒っているとわかるのですか?」

「先祖の残した古文書だ。その中に、先祖が巨象を岩山に変え、象達に怒りを買う所業が書かれている。毎日、南西の森を見張らせていたのはその為だ。さっき、地鳴りが聞こえたと報告を受けただろ?」


 王の言葉に、さっきまで怒りの表情を見せていた王子は、愕然とした表情に変わる。


「……嘘ですよね?」

「何がだ? 岩山の巨象か? 怒りを買っていることか? それとも古文書の件か? 見たいなら、地下の宝物庫に行け。隠し扉が一番奥にあるから勝手に調べろ」

「そんな事は聞いていません! 戦いもせず、民を見捨てて逃げるのかと聞いているのです!!」

「そうだ。だから急げ。余は先に行くからな」

「父上~~~!!」


 王子の叫びは、王に聞き届けられなかった。


 王子は王の背を見送ると、呆然としていたかったが、民のため、そんな時間は無い。

 走って宝物庫に向かい、古文書を確認すると、王子の兵が集まっているであろう場所まで走る。


「皆、聞いてほしい。これから、伝説の白い巨象が復活し、この国を襲うらしい。信じられない話だが、事実だ。それを証明するように、王は逃げ出した。だが、それでいいのか? 私は民を一人でも多く助けたい。皆の力を貸してくれ!」


 王子は悲鳴にも似た声を張りあげ、頭を下げる。その姿に兵士は、黙り込む。

 皆が黙り込む中、王子に長く仕える兵士長が言葉を掛ける。


「王子殿下。頭をお上げください。これまでの殿下の民を思う気持ちを知っていましたので、そんなところだと思っていました。我々は、国に仕える兵士ではなく、王子に仕える兵士です。一言、命令してくれれば良いのです」

「……いいのか?」


 王子が顔を上げると、そこには笑顔を見せる兵士達の姿があった。


「「「「「はっ!」」」」」

「すまぬ……皆の者……全員、私と一緒に死んでくれ!」

「「「「「おおおお!!」」」」」

「これより、民の避難にあたる。一人でも多くの民を逃がすのだ~~~!!」

「「「「「おおおお!!」」」」」


 兵士は死を覚悟した声をあげ、王都へと散って行く。その間、王子は兵士長と簡単な打ち合わせを済ませると、馬車に乗り込もうと走る。


「お兄様!!」


 王子が馬車に向かっている途中、廊下で王女に呼び止められた。


「お前……まだいたのか!?」

「はい。私も残ります。どうか指示をしてください」

「馬鹿な妹だな……」

「お兄様よりはマシですよ」

「ははは……本当にいいんだな?」

「はい!」


 馬鹿だと言われて笑っていた王子であったが、王女の覚悟の目を見て、真面目な顔に変わる。


「では、お前には地下にある古文書と、今日の出来事を後世に伝える任を与える」

「それでは、ここに残る事にはなりません」

「いいんだ。父上の非道を伝える役も必要だ。必ず生き残らなければならないから、これが一番重要で難しい任務だ」


 王子は真っ直ぐ王女の目を見て語り、その眼差しに負けた王女は決断する。


「……わかりました。必ず生き残ります!」

「頼んだぞ!」

「あ、お兄様はどちらに?」


 走り出そうとした王子を、王女は再度呼び止めた。


「気になる事があるから、猫に会って来る」

「猫に会う??」

「報告にあった猫だ」

「喋る猫さん??」

「そうだ。時間が無い。行って来る!!」

「え? あ、待って……」


 王子は、クエスチョンマークを頭に乗せた王女を置き去りにして馬車に乗り込むと、急いで走らせる。どうしても、猫に会って確認しないといけない事があるからだ。


(ぜったいお前が、巨象を復活させただろ~~~!!)


 その心の声は……正解だ。


 こうして王子を乗せた馬車は、猫が泊まっている宿へ向けて、最高速でひた走るのであった。

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