383 天下の猫王様にゃ~


「水責めだ。準備しろ」


 わしが抱き石の刑をダイコン演技でやり過ごしていたら、怒ったタヌキ奉行の命令で、着物を着たタヌキ達は水責めの準備に取り掛かる。

 バケツに頭を入れられるだけかと見ていると、物干し台のような物に、わしは逆さに吊るされてしまった。


「名は?」

「シラタマにゃ~」

「やれ」


 わしの返答のすぐあとに体は下がり、大きなバケツに頭が収まる。そうして数秒後、引き上げられた。


「にゃ~。クルシイにゃ~」

「生まれは?」

「に……」

「やれ」


 タヌキ奉行はわしが返事を言い終わる前に命令し、先ほどより長い時間、水に浸けられる。

 もちろんわしは苦しくない。水魔法で顔の周りに空間を作り、その中で空気を作り出す魔法を使っているので、せいぜい頭に血がのぼるぐらいだ。

 わしが長く水に浸かっているからリータ達は念話を使って心配する声を掛けてくれたが、苦しくないと言ったら演技が下手と注意を受けた。


 そうしてリータ達と世間話をしていたら引き上げられる。


「……?? 気を失ったか」


 わしが反応を示さないので、タヌキ奉行は勘違いしたようだ。なので、慌てて演技をする。


「にゃ!? 超クルシイにゃ~。超シニソウにゃ~」

「「「「プッ……」」」」


 その言い分は、リータ達のツボに入ったらしく、軽く吹き出した。するとタヌキ奉行は顔を赤くして、次の拷問に移行する。


「殴れ!」


 タヌキ達は角棒を握ると、逆さ吊りにされてるわしに近付く。わしはいちおう礼儀のつもりで叫んでみる。


「そんにゃので殴られたら死んじゃうにゃ~」

「まだ殺しはしない。聞く事があるからな」

「それはにゃに?」

「まずは甚振いたぶってからだ」

「話が先にゃろ~!!」

「やれ!」


 わしの文句は聞く耳持たず。当初の目的を忘れたタヌキ奉行の命令で、二人のタヌキが角棒を振るう。腹、背中、頭にも当たるが、わしはブランブランするだけ。まったく痛くないが、演技は忘れない。


「イタイにゃ~。超イタイにゃ~。背中が痒いから、その辺を集中的に頼むにゃ~。もうちょい上にゃ……そこにゃ!! 気持ちいいにゃ~」


 ちょっと忘れた。そのせいで、リータ達が爆笑してしまい、真面目にやれと怒られてしまった。

 怒っているのは奉行も一緒。次なる拷問に移らせる。



 次はどんな拷問かとわくわくして見ていると、大きな釜が用意され、薪でぐつぐつと水が煮られている。わしは二人のタヌキに立たされると、まだ完全に沸いていない釜に落とされた。


「にゃ? これはお風呂にゃ??」

「いつまでその余裕が続くか見物だな」


 わしがわざとらしくボケてみると、タヌキ奉行は勝ち誇ったような目を向ける。もちろんわしだって、どんな拷問か理解しているので、それに乗ってあげる。


「ぬるま湯かにゃ、ぬるま湯かにゃ。ハテ、いい湯じゃにゃ~」

「ちょこざいな~! もっと薪をくべろ!!」


 五右衛門の名文句を、かなりアレンジして聞かせてあげたら、タヌキ奉行は激オコ。その怒りの命令で湯は煮立ち、沸騰する事となった。

 リータ達は、もうわしの心配する事はない。どうやっているかを聞いて来たので、【雪化粧】で体を包んでいるから適温だと教えてあげた。

 しかし、そんな事を知るよしもないタヌキ達の一部は、わしをおぞましいモノを見る目で見ている。


 そんなタヌキ達とは違い、怒りで冷静さを無くしたタヌキ奉行は、手を変え、品を変え、太陽が真上に来るまで拷問を続けたのであった。



「くそ……何故、吐かん……」


 全ての拷問を終えたタヌキ奉行は悔しそうに扇子をかじるので、茣蓙ござに座らされたわしは、胡座あぐらを組んで声を掛ける。


「吐くもにゃにも、名前と生まれしか聞かれてないですにゃ。それも、嘘偽りなく答えましたにゃ」

「それが嘘だと言っておろう!」

「て言うか、途中から質問もしてなかったですにゃ~。お腹もへって来たし、質問がないにゃら、帰ってもよろしいかにゃ?」

「帰すわけがなかろう! もういい!!」


 わしの問いにタヌキ奉行はキレて、リータ達を睨む。


「この白タヌキに聞いても無駄だ。女から聞き出せ!」

「待つにゃ!」


 タヌキ達が動き出そうとした瞬間、わしは叫んで止める。


「ほう……やはり女が弱点か」

「そんにゃ事で止めてないですにゃ。御奉行様は、約束を破るのですかにゃ?」

「約束??」

「わしが全ての拷問に耐えたら、仲間に手を出さないと言いましたにゃ。それに、武士に二言はないと言いましたにゃろ?」

「罪人相手に、本気で約束するわけがあるまい」

「と言う事は、お前はわしに嘘をついたんだにゃ?」


 わしが口調を変えると、奉行の顔色も変わる。


「何を馬鹿な事を……」

「虚言の罪は、お前にこそ相応ふさわしいにゃ!!」

「罪人の戯れ言ざれごとは笑えん。さっさと女から話を聞け!」

「そっちがその気にゃら、こっちもおとなしくしているのはやめたにゃ。みんにゃ~。もういいにゃ~」


 わしが念話で縄を切るように言うと、リータ達はブチブチと縄を引きちぎって立ち上がる。わしもそれと同時にゆっくりと立ち上がって、縄をちぎってやった。


「なっ……」


 わし達が縄を難なく抜けると、タヌキ奉行は言葉を失ったので、わしは気にせず歩を進め、リータ達も続く。


「ひ、引っ捕らえよ~!!」


 しかし、タヌキ奉行は我に返り、タヌキ達をけしかける。


「手加減は忘れるにゃよ~?」

「「「「にゃ~!」」」」


 皆は飛び掛かるタヌキ達をぶん殴り、遠くに吹き飛ばすが、もうちょっと手加減してあげて! どうもリータとメイバイは黒い森で戦い過ぎて、力加減がわからなくなっているようだ。

 そのせいで、リータとメイバイに襲い掛かるタヌキは居なくなり、イサベレとコリスに向かうが、こちらも気絶させられる。若干ダメージは大きい気がするが、この程度なら命に別状はないだろう。

 わしはと言うと慣れたものなので、ネコパンチで両脇に弾きながら進み、タヌキ奉行の座る畳に土足で上がる。


「き、貴様~! あ、あれ??」


 叫びながら【白猫刀】を抜こうとした奉行は、普通の刀より重いので、すんなり抜けなくてもたもたしている。


「それはわしのにゃ!」


 勝手にわしの刀を使おうとしたタヌキ奉行には、お仕置きで肉球ビンタ。畳に転がって止まる。

 ひとまず【白猫刀】を回収したら、リータ達も畳に上がらせる。


「これ、わしの合図で読み上げてくれにゃ」


 そして、リータとメイバイには台本を手渡し、わしは転がっているタヌキ奉行の襟元をつかんで砂利に放り投げる。

 タヌキ奉行は「ぐわっ」と痛そうな声を出し、タヌキも半数は気絶しているが、気にせずコリスに変身を解いてもらって、わしはその腹に座る。

 リータとメイバイを両脇に立たせ、イサベレもその隣に立たせると準備完了。メイバイから台本を読んでもらう。


「えっと……。シズまれ。シズまれニャー」

「や、ヤアヤア、こちらにおワスおカタをダレとココロエる。かのタイコク、ネコのくに、ネコオウサマであるぞ」

「ミナのモノ。ズがタカいニャ。ヒカエおろうニャー」


 リータとメイバイの、緊迫感の無い片言の日本語に、タヌキ達はポカンとするだけで平伏ひれふさない。わし達の強さと、猫の国と聞いて混乱しているみたいだ。


 う~ん……そこそこ決まったと思ったんじゃが、リータ達の片言では弱かったか? 今度やる時は、もうちょっと強く言うように頼んでおこう。

 とりあえず、誰も「へへ~」となってないし、わしがやるしかないな。


 わしは隠蔽魔法を解き、目いっぱいの殺意を向けて、小さく呟く。


「頭が高いにゃ……」


 それだけで、この場に居る者は、リータたち以外地面に腰を落とす。

 恐怖で立っていられず腰を抜かし、中には失禁し、土下座をして謝り続ける。

 もちろんタヌキ奉行も恐怖に呑まれ、高速で土下座をして何かをブツブツ言っている。


 これでわしに逆らう者は居なくなったので、隠蔽魔法を掛け直して語り掛ける。


「よくもまぁ、他国の王であるわしを甚振いたぶってくれたにゃ」

「も、もうし……」

「誰が口を開いていいと言ったにゃ!!」

「はっ……はは~」


 タヌキ奉行が喋ろうとしたので、わしはノリノリで遮る。ちょっと御奉行ごっこがしたくなったからだ。


「さて……わしの力の一旦は見せてやったんにゃけど、どうにゃ? わしが思うに、この国ぐらい、わし一人で征服できるにゃ。出来れば友好的にしたかったんにゃけどにゃ~。まず手始めに、ここに居る者から皆殺しにするにゃ」


 わしの皆殺し発言に、土下座をしながらプルプルと震えるタヌキ達。その中で、わしを連れて来たちょんまげタヌキが、土下座しながら口を開いた。


「お、恐れながら!!」

「にゃ? 誰が喋っていいと言ったにゃ?」

「申し訳ありません! それでも、聞いてもらいたく存じます!!」

「あ~。お前は拷問に参加していにゃかったにゃ。それに免じて許可するにゃ」

「有り難う御座います! では、あの二人だけは助けていただけないでしょうか?」


 ちょんまげタヌキが指差す先には、庭の端でプルプルしている二人のタヌキが居た。


「にゃんで~?」

「祝言を上げて間も無く、一人は子が、近々産まれるのです! 何卒なにとぞ、何卒……」

「どうせこの京の人間を皆殺しにするのに、生かす理由がわからないんにゃけど……あい。わかったにゃ」

「ま、待ってください! それじゃあ……」

「にゃ~はっはっはっはっはっ」


 ちょんまげタヌキが顔を青くしたところで、わしは大笑いする。すると全員、恐怖の底に叩き付けられたようだ。


「にゃはっ、にゃはは。冗談にゃ~。にゃはははは」

「はい??」


 わしは嘘を喋り続けていたので、ずっと笑いを我慢していた。その笑いは長く続き、リータとメイバイに数初殴られてから止まった。


「はぁはぁ。ごめんにゃ~。ちょっと仕返しさせてもらったにゃ」

「と言う事は……」

「誰も殺す気ないにゃ。あ、奉行はそれなりの罰を受けてもらうからにゃ」

「えっと……」

「みんにゃ嫌いなんにゃろ? 他国の王様を知らないとはいえ、無駄に甚振ってくれたんにゃ。わしが上と掛け合って、クビにしてあげるにゃ」

「は、はあ……」


 ちょんまげタヌキは空返事。なので、わしは次の要求をする。


「まずは、天皇陛下か将軍に会いたいにゃ。海を越えた西の国、時の賢者と同じ道を辿って遥々やって来たと伝えてくれにゃ。信じられないと思うから、これを持って行ってくれにゃ」


 わしは次元倉庫から、金貨とソードを取り出し、ちょんまげタヌキの目の前に投げ捨てる。


「これは??」

「我が国で一般的に使われているお金と刀にゃ。この国では使われていないだろうから、それで証明になるはずにゃ」


 金貨もソードも英語が書かれている物を渡したので、ちょんまげタヌキは信用するかと思えたが、許容オーバーみたいだ。物は見てくれているが、呆気に取られて動かないので、仕方なく、大声で命令する。


「さあ、行けにゃ~!!」


 わしの声で、ひとまずタヌキ達は、動ける者は散り散りに逃げて行った。ちなみにタヌキ奉行もコソコソと逃げ出そうとしたので、イサベレに引っ捕らえてもらってお縄にした。



 タヌキ達が消え、タヌキ奉行を畳に座らせると、わしの頭をモグモグしていたコリスには大量の肉の串焼きを支給。その間わしは、怪我で倒れているタヌキの治療に当たる。

 リータとメイバイの殴ったタヌキは危険な状態であったが、わしに掛かればちょちょいのちょい。完全回復させ、寝ているタヌキも皆で起こし、出て行ってもらった。


 これで掃除は終わったので、わし達もランチにする。


「シラタマさんが呼んだ人は、来てくれますかね?」

「すごい逃げ方だったニャー」

「さあにゃ~? 信じなくても、ここに立てこもっていたら、それなりのアクションは起こすにゃろ」

「軍が来たらどうするのですか?」

「久し振りに、赤い雨でも降らしてやろうかにゃ?」


 リータとメイバイと話し合っていると、赤い雨に反応して、イサベレも会話に入って来る。


「さすがダーリン。血の雨を降らすなんて、かっこいい」

「そんにゃ事しないにゃ~!」


 帝国との戦争を知らないイサベレには、唐辛子モドキを使った地獄絵図を教えてあげたが、ピンと来ないようだ。


「アレはアレで怖いニャー」

「でも、死傷者を減らすには、手っ取り早いにゃ~」

「偉い人が来てくれる事を信じましょう」


 そうして喋りながらランチをしていたら、タヌキ奉行がうらやましそうに見ていたので、試しに白タコの触手を食わせてみた。

 めちゃくちゃ叫ぶものだからビクッとしてしまったが、うまさに驚いたようだ。


 それから暇潰しに、タヌキ奉行に俳句を詠ませていたら、タヌキが数匹戻って来て、代表のちょんまげタヌキが土下座をしながら報告を告げる。


「御所にて話をして参りましたが、天皇陛下はお会いにならないとの事です」

「あ~。それは仕方ないにゃ。誰か交渉できそうにゃ偉い人でかまわにゃいから、引き続きよろしくにゃ~」

「それでしたら、陛下の名代みょうだいの方がいらしていますので、交渉できると思います」


 名代? 天皇陛下の代理って事か。それなら皇太子殿下か摂政せっしょうじゃと思うんじゃけど……。この世界では制度が違うのかな? まぁ交渉できるなら、それでかまわん。


「じゃあ準備するから、五分後に連れて来てくれにゃ」

「はは~」


 ひとまずわし達は、服装を正装にチェンジ。猫付き袴に綺麗な振り袖。イサベレにはメイバイの予備を貸して、コリスにはティアラを付けさせる。ただ、高価な物を付け過ぎると失礼になるかと思い、大蚕おおかいこの生地はやめておいた。

 そして、砂利にピクニックシートを広げ、お茶を飲みながらぺちゃくちゃ喋っていたら、庭側からちょんまげタヌキがやって来た。


「あ、あれ? 名代の方は……あちらですか?」

「わし達があっちじゃおかしいにゃろ?」

「は、はあ……」


 畳は名代に譲ると思っていなかったらしいので、立ち位置を変更して、畳に名代が現れるのを待つ。


 しばらくして現れた名代の姿に、わし達は驚く事となる。


「にゃ……」


 キツネ耳に幼女でも驚くところだが、公家装束が膨らむ巨乳に驚いたのも束の間、揺れる九本の尻尾を見て、わし達は言葉を失うのであった。

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